033.月夜の沐浴
さて、すっかり暗くなった頃、腹もくちくなったオレは、いよいよ眠りにつこうかと思ったのだが。
「沐浴したいです」
とフローラが言った。
ふむ、沐浴……お風呂の事ね。
確かに、さっきのわら草パラダイスのおかげで、大まかには掃ったものの、オレ達の身体のあちこちには、まだ、小さなわらくずがついている状態だ。
このまま寝るのはちょっと気持ちが悪い。
「そういえば、宿の近くに小川が流れていたわね」
「なんと……」
こ、これは、まさか……俗に言う……。
「お風呂イベントとはなんだ。ディグ?」
心読ぅーーーー!!!
「あんた、よからぬことを考えているわね」
「違うんや、アンシィ。ウェブ小説でも、お風呂とか温泉イベントっちゅうんわ。お約束やから、ちーとばかし、脳裏をよぎってもうただけなんや」
「そないなこというて、覗いたりするつもりやろ。そんなんしたらいてこますで、われ」
「あの、お二人とも……言葉遣いが……」
お好み焼きのせいや!
「まあ、冗談は置いておいて、アタシが見張っとくから。フローラとシトリンはちゃっちゃと沐浴してきなさい」
「ボクは別にディグと一緒でも……」
「私も、タオルとか巻きますし」
えっ、何、オレ、もしかして、二人とも割とウェルカムな感じ?
マジで一緒に入っていいの……!?
「あんたら……」
珍しくあきれ顔のアンシィだが、気持ちはわかる。
この2人、くっそかわいいのに、その辺のガードがかなり甘い。
いや、むしろ、誘っているのかとさえ思える。
「誘うとはなんだ。ディグ?」
「あー、あー、なんでもないんや!」
「?」
と、とりあえず、このままじゃ、オレの理性が保たない。
「オ、オレはここで待っているから、先にシャワー浴びて来いよ……じゃなかった、先に沐浴してきな」
「あ、はい、わかりました」
というわけで、フローラとシトリンは納屋を出ていった。
「ふぅ……」
「そういう行為も禁止だからね」
「し、しねえよ!」
くっ、この世界にプライベートはないのか!!
まあ、実際、あの2人の裸なんか見た日にゃ、鼻血出してぶっ倒れる自信があるので、今回は自重しておこう。
なんだかんだで、オレは紳士かつピュアなのだ。
ふぅ、だが、なんだ……やはり、この状況、どうしても2人の様子を想像してしまうのは、健全な元男子高校生として避けることのできない本能だろう。
そうそう小川のほとりの草むらの中で、二人はしっぽりと服を脱ぎ捨てるのだ。
月明かりでシルエットになったその様子は、それはそれはもう幻想的かつ艶めかしく。
気のせいか、衣擦れの音さえ聞こえてくるような……。
「って、アンシィさん……!!?」
「んっ?」
横で、アンシィがいつも着ているノースリーブのへそ出しトップスを脱いでいた。
上半身は下着、スカートもファスナーを下したところで、ショーツがわりとがっつり見えている。
ははーん、白か……って、そうじゃねぇ!!
「ちょ、おま……何してんの……!?」
「何って、今のうちに、先にわら草の屑を掃っとこうと思って」
そう言いながら、するするとスカートさえ脱いでいくアンシィさん。
これで上下ともに完全に下着姿だ。
こうやってみると、やはりこいつのスタイルはちょっと群を抜いてる。
手足はスラリと長いし、腰はしっかりくびれている。お尻はやや小ぶりだが、胸の存在感はなかなかのものだ。
「どうしたの、じろじろ見て?」
「な、なんでもねぇよ……!!」
「そう……?」
上下の服を広げて、パンパンと手で叩きながら、彼女は全く恥ずかしがる様子もない。
こいつあれか、フローラやシトリンは人間カウントだから、阻止しようとしやがるが、自分はスコップカウントだから、その辺、何も感じてないのか。
なんちゅうめんどくさいやつ……!!
き、気にするなオレ!!
あいつはただのスコップだぞ!!
意識してどうする!!
オレはとりあえず目をつぶって、アンシィが再び服を着るのを待つが、「なかなか取れないわねぇ」とか言いながら、全然服を着る気配がない。
あー、ダメだ。もう耐えられん……!!
ガタッ!!
「……あ、ちょっと」
アンシィの声も無視して、オレは一人立ち上がると、納屋を飛び出した。
「はぁ……はぁ……本当に、あいつ……なんなの……」
なんだか、疲れてしまった。
目を閉じれば、アンシィの滑らかな肌が瞼の裏に像を作る。
お、落ち着けオレ……相棒でそれはしゃれにならん。
ちょ、ちょっと顔でも洗って落ち着こう。
あ、ここにちょうど良い小川が……。
「…………って」
小川の中、静かに髪の毛を梳く2人のシルエットが見えた。
間違いない。フローラとシトリンだ。
「やばっ……!?」
オレは、近くにあった草むらに身を隠した。
こ、これ、完全に覗きに来たようなもんじゃん。
あ、で、でも、せっかくだし……。
少しだけ草むらから身を乗り出す。
月明りが照らす中、タオルを巻いた姿の二人は、お互いの髪を梳き合っているようだった。
フローラがシトリンの金髪を優しくなでながらほれぼれした表情を浮かべた。
「本当にシトリンさんの髪って綺麗ですね。うらやましい」
「そうか? ボクはフローラのその豊満な胸の方がうらやましいが」
「えっ!? ほ、豊満って……。た、ただ、太ってるだけですよ。実は最近、アンシィの暴食っぷりにつられて私もついつい食べ過ぎてしまっていまして……。そのスカートが……ちょっときつくなってきてて……。ほら、おなかとかこんなにつまめちゃうんですよ」
そういって、タオルの隙間からわき腹の肉をぷにっとつまむフローラ。
「それくらいの方が、男性は喜ぶと思うのだが」
「うー、仮にそうだとしても、やっぱりシトリンさんみたいな、ほっそりとした体型に憧れます」
「お互いないものねだりだな」
二人は何か通じるところがあったのか、微妙な顔を見合わせた。
穏やかな沈黙のあと、ふと、シトリンがまじめな顔になった。
「フローラは……その、ボクの事が怖いのだろう?」
言ってるシトリンの方が、何かを怖がっているかのような声だった。
「あー、やっぱりシトリンさんには心が読まれちゃいますよね」
「すまない……。自分でも本当に嫌になるのだが……」
「いいえ、自分でどうしようもできないんですから。仕方ないですよ」
「でも、やはり……すまない」
シトリンは深々と頭を下げた。
「私、確かに、シトリンさんの事を怖いと思っている部分があります」
「そうか……」
「輝眼族だったり、心を読めたり、私にとってわからないことがいっぱいで」
「うん……」
「ディグやアンシィみたいに、すぐに全部を受け入れることはたぶん私には難しいのだと思います」
フローラはそう言って、少しだけ目を閉じた。
シトリンは少しだけ申し訳なさそうな表情で、黙ってフローラを見つめている。
「でも、だからこそ、私、シトリンさんの事がもっと知りたいんです。私が見ていたのは、シトリンさんの表面的な部分だけでした。でも、今日という日をシトリンさんと過ごして、わら草で子どもみたいに恥ずかしがって、はしゃいだり、一緒においしいものを食べたり、身体のコンプレックスを打ち明け合ったり……そんなことを通して、少しずつ、本当のシトリンさんが見えてきたように思えるんです。だから、初めて出会ったときより、今はずっとシトリンさんを怖く感じません」
「フローラ……」
「それに、シトリンさんって、なんだか私に似てるんです。あっ、もちろん体型の話じゃないですよ! その……自分の力を忌避しているところとか、肩書じゃない、本当の自分を見て欲しいと思っているところとか」
「あっ……」
ふと、フローラがシトリンの手を取った。
「だから、これからもっと仲良くなっていきましょう。ねっ」
「うん……ありがとう……」
心からの笑顔を浮かべるシトリンの少しだけ泣きそうな表情は、あまりにも可憐だった。
「うぐっ……凄い破壊力です。これは、ディグが撃墜されるのもわかりますね……」
「破壊力? なんのことだ?」
「いえいえ、こちらの話です」
「そうか? あ、その、フローラ……」
「なんですか?」
シトリンは頬を赤らめると、まるで秘密でも打ち明けるかのように、おそるおそる口を開いた。
「できれば、ボクの事は……シトリンと呼んでもらえないだろうか」
「あ……はい! もちろんです! シトリン!」
月明りの下で、手と手をつなぎ、微笑み合う二人の少女。
ああ、なんて尊い光景だろう。
そうか、フローラはそんな風に思っていたんだなぁ、うんうん。
でも、お互い仲良くなれたようで良かった。
さて、オレはそろそろ納屋に戻っ──
「見つけたわ」
「げっ……!?」
すっかり二人の美しき女の友情に見とれているうちに、いつの間にかアンシィが背後に立っていた。
「まったく……。人が服を着ていないタイミングで逃げていくなんて、やってくれたわね。おかげで探すのに時間がかかっちゃったじゃない」
「違うんやアンシィ。これはその……半分はお前のせいで……!!」
「人のせいにするなぁあああ!!!」
「ぶぉおおおおおおっ!!?」
スコップモードに変身したアンシィの一撃がオレの左頬に直撃した。
数メートルも吹き飛んだオレは、フローラとシトリンの頭上を飛び越え、頭から小川に突っ込んだ。
きっと噴水と見間違うばかりの水しぶきが上がっているだろう。
こんな昭和のコメディアニメみたいなオチいやだー!!!