032.スコップクッキング
さて、アパタイさんに紹介された服飾マイスターがいるというデゾメアの街までは、馬車でおよそ二日かかるということだった。
基本、交通路が確保されている街と街には乗合馬車という何人もの人が一つの荷車に詰め込まれて移動する定期便が出ているのだが、少しでもシトリンの負担を減らしたいという理由から、今回も貸し切りの馬車を借りることにした。
レフォレス村に行くときと同様、小さな馬車なのだが、御者付きでそれなりに高くつく。
とはいえ、うちのパーティメンバーの中には、馬を扱える者はいないので、荷車だけ借りてくるというわけにもいかない。
某ゲームみたいに一瞬で他の街に移動する呪文とかあればいいんだが、さすがにそううまくはいかないか。
というわけで、少し贅沢だが、今回も貸し切り馬車で行くことになったオレ達は昼の街道をひた走っていた。
お日様ぽかぽか、風はそよそよ、小学校の教科書の詩にでも出てきそうなほど穏やかな風景に、思わずこくりこくりとしてしまう。
うーん、このまどろんだ時間が至高だ。
今回の御者さんはずいぶん寡黙な人で、行き先を尋ねた後は、黙って走り続けてくれている。
前の世界では、妙にしゃべるタクシーのおじさんとかいたけど、オレはこういう仕事だけに邁進してくれるタイプの人の方が好きだ。
「ふぁああ」
思わず、あくびが出た。
基本的に、街道沿いというやつは、各ギルドで常時クエストとして魔物退治の仕事を斡旋しており、初心者冒険者達の生活を支えている。
アクセスもよく、あまり強い魔物の出ない街道沿いというのは、初心者冒険者にとって、格好の狩場であるからだ。
今も、時折、冒険者のパーティーとすれ違うことがあるが、皆、駆け出しだろう。
そんなわけで、街道沿いをこうやってポケーっと走っていても、魔物に襲われるのは稀であり、オレだけでなく、パーティの仲間たちは、皆うつらうつらしていた。
アンシィはとっくに寝入っているし、シトリンも新しい環境に来たばかりで疲れていたのだろう、すでにほぼ寝ているといってもいい。
フローラだけは、時折、あくびをしつつもなんとか頑張っているが、それももうあとわずかだろう。
ちなみに馬車の中は、オレとアンシィが隣同士、対面にフローラ、斜向かいにシトリンという配置だ。
「すぅ……」
そんなわけで、隣のアンシィが完全にオレの左肩に頭を乗せているのだが、それは仕方ないだろう。
うん、左腕に何か当たっている感覚がしなくともない、というかするのだが、最近は少し耐性がついてきたのか冷静だよ、オレは。うん。
斜めを見れば、船を漕ぐシトリンの少し緩めの黄色いワンピースの襟元から、鎖骨とささやかなふくらみがちらちらと見える。
彼女がこっくりこっくり頭を下げた時だけ見えるのだが、常に見えているより、かえって扇情的だ。
そして、睡魔と苛烈なバトルを展開しているフローラは、そちらに集中する余りか、足元がお留守になっている。
少しめくれ上がったスカートから覗く真っ白なふとももには、正直かぶりつきたくなる。
アンシィやシトリンと比べると、フローラは肉付きが良いというか、太いわけではないんだけども、こうちょっとムチっとしたような感じがたまらない。
絶対領域の上に、少し乗ってしまっているふとももの肉の感じとか、もはや神の造形だわ。
「ああ、転生して良かった……」
「兄さん」
「ひえっっ!?」
突然声をかけられてびっくりした。
御者のおじさんだ。
「宿場町に着く、そろそろお仲間さんを起こしてやってくれ」
「あ、はい」
くっ、もう少し、眼の保養をしたかったぜ。
「ふぁーーーー!」
アンシィが大きく伸びをする。
無理もない。決して、広いとは言えない馬車の中で、半日近く座っていたわけだからな。
オレも身体の一部がギンギン……ではなく、あちこちがギシギシ言ってる。特にアンシィの頭を乗せていた肩はバッキバキだ。
別段することもないし、さっさと宿をとって大の字になって寝ちまおう。
そう思って、宿に行ってみたはいいのだが。
「あいにく今日はいっぱいでね」
三軒ある宿はみんな部屋がいっぱいだった。
なんとも運が悪い。
まあ、どちらにしろ、これだけ人がいっぱいだと、部屋が空いていたにしても、シトリンにとってはしんどい環境だったろう。
「今日は野宿かなぁ」
「あー、離れの納屋だったら自由に使ってくれてもいいぜ。わら草をベッド代わりにでもしてくれ。ちぃとちくちくはするが」
「いや、ありがたいです」
宿屋の人のご厚意で、宿から少し離れたところにある納屋を使わせていただけることになった。
これだけ距離があれば、シトリンも不用意に大多数の心を読んで、精神を消耗させることもないだろう。
部屋に入ると、オレとアンシィはそろって、わら草にダイブした。
「わーお、ふかふか~」
「オレちょっと憧れだったんだよな~」
昔スコップした小説の中に似たようなシーンがあって、一度、わら草で眠ってみたいと思っていたのだ。
「もう、ディグ、アンシィ、はしたないですよ」
「フローラも早くこいよ」
「い、行きますよー! えいっ!」
フローラも何気に少しわくわくしていたのか、勢いをつけてわら草へとダイブした。
「わわっ、ぺぺっ……! 顔から飛び込んじゃダメですね。でもふかふか~!」
「さあ、あとはシトリンだ!」
「ボ、ボクもやるのか……!?」
シトリンは躊躇していたが、オレ達3人の、早く早くオーラに耐えきれなくなったのか、意を決して、こちらへと向き直った。
「わ、わかった!」
「さあ、来い!」
「え、えいっ!!」
シトリンはだいぶ慎ましやかに跳んだせいか、かえって体勢を崩した。
「あっ!?」
反射的に体勢を整えようと風魔法を使ったシトリンは……風によって、巻き上がったわら草でもみくちゃになった。
夕刻のオレンジ色の光の中では、シトリンの金色の髪とわら草は似たような色に見えるのか、その姿はまるで立派な鬣のついたライオンだ。
「……………ぶはっ!!」
「シ、シトリンさん……これは……あまりにも……!?」
「最高!! 最高よ、シトリン!! あんたクール系キャラかと思ってたけど、コメディアンの才能もあるんじゃない!」
「…………ぅ……!!」
声にならない声を上げて、シトリンの顔が真っ赤に染まった。
すると、第3の瞳──神視眼が淡く光った。
「この恥辱……皆にも味わってもらう!」
「うひゃああ!!?」
シトリンの風魔法によって、オレ達はみんなわら草まみれになった。
「ぶはっ……フローラ、その頭!!」
「ディグだって、凄い顔ですよ!!! ぷぷぷつ!!!!」
「シトリン!! 今のもう一回、もう一回やって!!」
「何度だってやってやるぞ!! もう躊躇などせん!!」
修学旅行みたいなノリで過ごした時間が楽しすぎた件。
さて、わら草パラダイスを終え、食事の時間となった。
宿の食堂はいっぱいのようだし、シトリンにもよい環境ではないので、今日はオレとアンシィが料理を担当することになった。
「ディグ、料理なんてできるんですか?」
「まあ、任せておけよ。アンシィ!」
「合点承知の助!」
実は先日、レフォレス村を発つ時に、村の人達からとあるアイテムをいただいた。
マジックボトルというアイテムだ。
見た目は、ほんの茶筒ほどの大きさの入れ物なのだが、中は異空間になっており、様々なものを持ち歩くことができる上に、入れたものが劣化しないという素晴らしい性能を持っている。
オレのスコップ知識でいうところの『収納スキル』的なアイテムだ。
ソシャゲでいえば、URとはいかなくてもSSRクラスの貴重なアイテムという印象だったが、村の救世主様に、ぜひ、お譲りしたいということで、ありがたくいただくことになった。
ちなみに普段はオレの腰のポーチに格納しているのだが、落ちないように縛っている麻縄はアイナが縒ってくれたものだ。
小さいのに、大人顔負けの麻縄が縒れるなんて、本当にたいした子だ。
素朴だけど、溌溂としたかわいらしさがあるし、きっとあと数年もすれば、村の男たちがこぞって求婚するくらいの美人さんに成長するだろう。
その頃には、鍛冶の修行に出てる親父さんもきっと帰ってきているはずだし、幸せそうな彼女の姿が目に浮かぶ。
……と、ちょっと脱線。そう、今から料理をするのだった。
マジックボトルの中には、村で採れた野菜や肉などを大量に詰められている。
これだけあればしばらくは食いっぱぐれる心配もない。
というわけで、せっかくなので、今回は村の方々からいただいた材料を使って料理を作ることにする。
どうせならフローラとシトリンには異世界の味を堪能してもらいたい。
そんな思惑もあって、今回アンシィを使って作るのは、お好み焼きだ。
まずは、生地作り。
米粉と水、卵をボウルに入れて混ぜる。
キャベツをノーマルスコップモードのアンシィで千切りにすると、これも加える。
最後に入れるのは山芋だ。山芋をすりおろすために、アンシィをモード<空>《スケルトン》にチェンジする。
このモードは俗に穴あきスコップと呼ばれる形態で、泥や粘土など、水分を多く含んだ土を掘るのに適している。
つまり水気のあるものを通すための穴が開いているわけなのだが、この穴がちょうどおろし金のような構造になっているので、料理にも使えるという寸法だ。
オレは皮をむいた山芋をアンシィですりおろす。
「なんか身体がかゆい」
「我慢しろ」
とこうして、生地は完成。
あとはアンシィを<角>モードにして、ヒートスコップで焼いていく。
炎帝の加護を使うことにもずいぶん慣れたアンシィは火加減の調整もばっちりだ。
豚肉も同時に炒めていく。今日作るのは一番スタンダードな豚玉だ。
「こ、これは……」
「な、なんだか、おいしそうです……!!」
フローラもシトリンも興味津々だ。
生地に適度な焼き色がついたところで、裏返し、さらに焼く。
ここで焦ってはいけない。
「よっと!」
しっかりと裏面も焼き色がついたところで、オレは生地を空中に放り投げて皿へと移した。
記念すべき異世界クッキング第一弾の完成だ。
『おおっ……!!』
フローラとシトリンから歓喜の声が漏れる。
アンシィの刃の面積ギリギリで作ったからなかなかでかい。
街で買っておいたソースやマヨネーズに類似した調味料に、あおさの代わりに村でもらった小松菜を刻んだものをかけると、それはもうまごうことなくオレの世界のお好み焼きそのものだ。
鰹節だけは手に入らなかったが、それはまたおいおい見つけることにしよう。海の方の街に行けばあるかなぁ。
というわけで、見事にシェアして食べる感じのおシャンティな大皿料理に仕上がった。
この世界には箸を使う文化はないので、木製のスプーンですくって食べる。うん、いかにも大皿って感じ。
「うっ、これは……なんて濃厚な味!!」
「ふ、ふわふわだぁ……こんな料理食べたことがない!!」
「うぉーーーん、我ながらなんておいしいのかしら!!!」
「おい、アンシィ、一気に食いすぎだ! オレの分がなくなるぅ!!」
やいのやいの言いながら、シェアして食べる料理は、本当にめちゃくちゃ美味かった。