031.鬼鉄仮面はさすがにねぇわ
街の外の草原、人の全くいないここまで来ると、シトリンはにわかに元気になった。
やはり原因は、人口の密集地帯にいることでの心の読みすぎ、言ってみれば人酔いのようなものだったということか。
「ふぅ……ありがとう」
「全く、調子の悪い理由がわかっているなら、ちゃんと教えてくれればよいのに」
「すまない。どうやら、ボクは伝えるという行為が苦手らしい」
そういって、申し訳なさそうに頭を掻くシトリン。
「だが、これではっきりした。やはり、ボクはこのパーティーには……」
「あー、そういうのなし。とりあえず、解決策を考えないとな」
「強引だな。君は……」
とりあえず原因はわかっているのだから、あとは解決方法を考えればいいだけだ。
「心読の制御は完全にできないのか?」
「意識が途切れているときはさすがに大丈夫だけど、人の近くにいるときは勝手に発動してしまっている状態だ。昔はこれでも多少は制御できたのだが……」
「心を読むのはその瞳の力なの?」
アンシィが指さすのは、シトリンの額にある3つ目の瞳だ。
人目に触れないように、前髪で隠していたのだが、走っているうちに髪が乱れ、今はその瞳がはっきりと見える。
「ああ、女神から与えられた神視力はすべて、この瞳を媒体にしている。というか、この瞳がボクたち種族の命だと言ってもいい」
「眼帯とかしたらなんとかならないのかしら」
単純に瞳を隠してしまえば、心を読む能力も抑制できるかもしれないということか。
「残念ながら、神視眼にそういった物理的な遮断は意味をなさない」
「あー、だよな」
あの魔人竜と戦ったときも、シトリンは土壁越しにも相手の弱点をはっきり見ていたしな。
「神視力というのは魔力の一種なのですよね。物理的ではなく、魔術的な遮断であれば、どうにかなるのではないしょうか?」
というはフローラの言。
なるほど、魔法を封じるようなもので、眼を覆ってしまえば、能力を封じることもできるかもしれない。
「確かに……それならばなんとかなるかもしれないが」
「フローラは魔法を遮断する道具に、何か心当たりがあるのか?」
「そうですね。東方のアイテムで、あらゆる魔法効果を遮断する、鬼鉄仮面というアイテムがあると聞いたことがあります。そのアイテムを手に入れられれば!」
「鬼鉄仮面……」
なんだろう。スケ〇ン刑事かな。
さすがに、シトリンのこのべらぼーにかわいいお顔をそんな無骨なもので覆ってしまうのには抵抗があるんだが。
「あ、また、かわいいって……」
シトリンがほんのりと頬を染めて、口元を覆った。
ああ、その動作もかわいいなぁ。でも、なんかシトリンさん、キャラ変わってきてません?
「ボクは鉄仮面つけても構わないけれど……」
「そうね! 鬼鉄仮面! 響きがかっこよいわ!」
なぜかアンシィのテンションが上がるが、そのセンスはどうだろう。
「うーん……とりあえず保留にしとかない? 他に何かあるかもしれないし」
「アパタイさんに聞いてみるのはどうでしょうか? 行商人さん達とも仲が良いので、街の外の情報もたくさん知ってるでしょうし」
「そうだな。そうしてみるか。シトリンはここで少し休んでいてくれ。フローラはシトリンについててやってくれるか?」
「わかりました!」
「すまない」
フローラとシトリンと別れたオレは、一人アパタイさんの店へと戻った。
店に戻ると、お客さんへの対応を終えたアパタイさんが、こちらへそそそくさとやってきた。
「ディグちゃん~。シトリンちゃんは大丈夫なの~?」
そういえば、何も言わずに出てきてしまったのだった。
「ええ、大丈夫です。でも、実は……」
オレがシトリンの体調不良の原因とその解決法を探している旨を伝えるとアパタイさんはむぅ、と眉をへの字にした。
「なるほど、それはたいへんねぇ~」
「なんとかしたいんですけど、さすがに鉄仮面はあれかなって」
「おしゃれじゃないものね」
オレとアパタイさんは頷き合った。野郎二人、そこは通じ合うものがあった。
ちなみにアパタイさんにもシトリンが古の輝眼族であることは話している。
しかも、シトリンの口から直接だ。
彼女、まじめな性格なので、お世話になるからには、きちんと自分の事を伝えておく必要があると固辞した。
黙っておくという選択肢もありだったのに、本当に律儀だ。
もっとも、アパタイさんだったら、きっと受け入れてくれるだろうというオレとフローラの思惑もあったのだが、やはりと言っていいのか、アパタイさんは心を読めると知っても、特に気に留めたようすもなかった。
冒険者でもないのに、何気にもっとも安定したメンタルを持っているのはこの人かもしれない。
そんな小さいことは気にしない勢のアパタイさんは、最初こそ難しい顔をしていたが、突然何かを思い出したかのように顔がパッと明るくなった。
「そうだわ!」
「何か思いついたの?」
アンシィが問うと、アパタイさんは頷く代わりに指を鳴らした。
すると、店の奥の庭の方から、虹色の粒子を散らしながら、あの妖精が飛んできた。
「ママ~♪」
「あらあら、ロキちゃん。お利口に遊んでまちたね~」
アパタイさんに頬ずりされる妖精さん。
お昼時を過ぎ、若干だが顎髭の生えてきたその頬にすりすりされるなんてオレなら死んでも嫌だが、妖精は心から受け入れている。
「ロキっていう名前にしたんですね」
「ええ、かわいいでしょ」
そう言って、アパタイさんの肩に止まった妖精は、確かにかわいらしかった。
生まれたばかりの頃よりも、少しふっくらしただろうか。
薄紅色の腰まで届く髪はつやつやだし、最初から着ていた植物の葉や茎を模したワンピースもとても似合っている。
「実はこの子に新しい服を買ってあげようと思ったんだけど、どうせなら腕の良い職人さんにオーダーメイドで頼みたいと考えていて」
「気合入ってますね」
まあ、この妖精は奥さんの忘れ形見みたいなもんだもんな。溺愛するのもわかる。
「それで、イチゴを使ったスイーツでも有名なデゾメアという街の最近有名な服飾マイスターに発注書を書いていたのよ。で、その服飾マイスターっていうのが、魔法具作りの天才とも呼ばれる凄い人なの。もしかしたら、その人に頼めば、魔力を遮断する眼帯か、あるいはサークレットか、そんなものを作ってくれるんじゃないかしら」
「なるほど!」
ありもので考えていたが、そうか、作ってもらう、という発想もあったのか。
魔法具というのがどんなものかはわからないが、鉄仮面よりはマシなものを作ってくれそうな気がする。
「わかりました! その線で当たってみます」
「あ、情報料代わりにこれからしっぽりとマッサージでも」
「あざっした!!」
オレは逃げるようにシトリンたちの元へと戻った。
「…………という話なんだけど」
「良いですね! どうせならかわいいデザインのものを作ってもらいましょう!」
「でも、良いのか……? その、作ってもらうとなると、お金? がかかるのだろう?」
金銭の受け渡しには疎いはずのシトリンだが、さすがに自前のいい耳で、その辺りのことは把握しているようだった。
「あー、まあ、その辺は、アパタイさんが出世払いでなんとかしてくれるって言ってるし、最悪見積もりだけでもしてもらないと、どれだけかかるかもわからないしさ」
「だから、とりあえずその職人が住む街に行ってみましょうよ! スイーツでも有名な街らしいし!!」
アンシィ、お前そっちが目的だろう。
「すまない。金は必ず、身体で返す……。あ、いや、ディグ、エッチな意味じゃ……ないから……その」
「…………ディグ」
「いや、フローラ、違う! オレはそんなこと…………ちょっとだけしか」
うん、早く心読の能力をなんとかしなきゃね!!




