030.シトリンの秘密
常闇の庭園を巡る冒険を経て、オレとフローラは大きくレベルを上げた。
オレはレベル35、フローラも同様にレベル35だ。
フローラの話だと、レベル35というのは、本来ならば一般的な冒険者が数年冒険してようやく達成できるレベルだそうで、こんなに早く成長できるのは、オレが転生者であることが関係しているようだった。
女神から与えられた特別な瞳──神視眼を持つシトリンに鑑定してもらったところ、オレにはどうやら『隠しスキル』というものが付属しているらしい。
その一つが『獲得経験値上昇(全体)』だ。一般的な冒険者が得る経験値の数倍の経験値を、一度の戦闘で得ることができる。この効果のおかげで、どうやらオレ達はこの短期間で長足の進歩を遂げてしまったらしい。
圧倒的なチート効果というわけではないが、豚野郎の奴め。こんなものが付属しているなら、最初からちゃんと教えておいて欲しいものだ。
ちなみに隠しスキルは他にもあり、二つ目が『限界突破(全体)』、レベル99という成長制限がなくなるというものであり、まだまだ未来のことではあるが、この恩恵も非常に大きい。
最後の一つは、隠しスキル中の隠しスキルとでも言おうか、神視眼を持つシトリンの鑑定をもってしても、存在するということ以外には何もわからなかった。
おそらく何か条件を満たすことで解放されるスキルだということなので、とにかく今はさらなるレベルアップを目指して励むしかない。
「そういえば、魔の森に現れた魔人って、結局何だったんだ?」
近くの森での採取クエストを手早く終え、オレ、アンシィ、フローラ、シトリンは街の外周に広がる草原をえっちらおっちら下っている。
「確か、魔王が生み出した存在って、シトリン言っていたよな」
「ああ、魔人というのは、魔王がその闇の魔力で生み出した人工生命体とでもいったものだ。魔族と魔物の中間とでも言おうか。圧倒的な戦闘力を持ちながら、魔族のような理性はなく、思考は魔物のそれに近い」
「へぇ、確かに強かったよなぁ」
「なぜ魔王が魔の森に魔人を放ったのかはわからないけどね。生み出した魔人が、たまたま常闇の庭園の魔力に惹かれたという線が最も濃厚だとボクは思うよ」
なるほど、野に放った魔人が、魔力の濃い場所に自然と居着いたということか。
シトリンの記憶から知った情報からすると、あそこは元々何千年も前の旧魔王城があった場所らしいし、魔人が居着くのも道理だ。
「それにしても、魔人であんなに強いんだったら、魔王ってどんなに強いんだよ」
「ディグは、魔王に興味があるのですか?」
「ん? ああ、だって、いつかは戦う相手だし」
「えっ……?」
フローラがきょとんとした表情でオレの顔をまじまじと眺めた。
あ、そういえば、まだ、フローラには話してなかった。
「あー、あのさ。オレが転生者だってのは、以前少し話したよな」
「あ、はい、聞きました」
フローラとパーティを組むようになってから、オレは、彼女に自分が女神に選ばれた転生者であり、そのためにEX職業を所持していることは説明していた。
「んで、魔王を倒したら、たぶん元の世界に帰れるんだ。だから、魔王を倒そうと思ってて」
「えっ、ディグは元の世界に帰っちゃうのですか……?」
ものすごく不安そうな視線で、こちらを見てくるフローラ。
美少女にこんな顔されたら行けるわけない。
「あ、いや、オレはまだ帰ろうかどうかは考え中で……。アンシィが元の学習園に帰りたいっていうから」
「あー、アタシも結構こっちの世界気に行っちゃったから、もう少しいてもいいかな」
あれ、こいつ、あんま未練なくなってる?
まあ、アンシィは気分屋だからなぁ。やっぱ帰りたい! とか絶対そのうち言い出しそうだけど。
見れば、シトリンの方も、なんだか微妙な表情でこちらを見つめている。
その表情はどこか、飼い主と離れ離れにされそうになっている子犬のようにも見える。
うぅ、こんなにオレを慕ってくれる人がいるんだ。アンシィが急かさないのであれば、別に何年こっちにいようが構わないか。
「まあ、そんなに急ぐことでもないし。確実に魔王に勝てるようになるまで、ゆっくり冒険して力をつけていくつもり」
「そうですか。よかったぁ」
ホッとしたようなフローラの様子に、オレの庇護欲がそそられる。
見れば、シトリンも同じように少し微笑していた。
オレのパーティーメンバーが可愛すぎる件について。
「今代の魔王は、穏健派なようだからね。今すぐ、人間たちの生活が脅かされるということもないだろう」
「そうなんだ」
シトリン、いろいろ知ってるんだな。森暮らしだったのに。
「ああ、ボクはその……耳が良いから」
オレの心の中の疑問を読んだのか、シトリンが理由を教えてくれた。
彼女の力なら、街の人たちの噂話なんかもすぐ耳に入ってくるってわけだな。
「ま、魔王討伐はおいおいってことで、とりあえず今はもう少しレベルを上げていこう。シトリンの冒険者登録もできればしたいし」
「あー、そうでしたね」
今日のクエストは、アパタイさんからの直接受注した採取クエストだったので、シトリンの冒険者登録は置いておいて、とりあえず行くことになったんだけど、これから討伐クエストを行うにあたっては、彼女が冒険者登録をしておくことは非常に有効になる。
なぜなら、そう、オレの隠しスキル『獲得経験値上昇(全体)』が適応されるようになるからだ。
それに、フローラの話では、冒険者パーティーは最大である6に人数が近づくほど、わずかではあるが、獲得できる経験値に上昇補正が入るらしい。
つまり、シトリンがパーティに加入することで、オレ達のレベルアップの速度もさらに上がるということだ。
「ボクでも登録はできるのだろうか?」
「女神ヴィナスの教義の一つに、種族に貴賎なしというものがあります。他の亜人族の方と同様に、きっとシトリンも冒険者登録できると思いますよ」
でも、特別な種族だし、EX職業くらい、もしかしたら持ってるかもしれないなぁ。
そして、オレのその予想は、ほんの少しあとに、事実だと証明される。
「こ、これは……EX職業です!!!」
オレが冒険者登録をしたときと同様の反応をギルドのあの爆乳のお姉さんは見せていた。
「えーと、ちなみになんて職業ですか?」
半ば予想していたことだったので、オレはお姉さんに冷静に問いかける。
「『輝眼の巫女』というEX職業ですね!! 私もこの職業は初めて見ました!! 凄いです!! ……ん、きがん? えーと、どこかで……?」
何かを思い出しかけたお姉さんにオレはシーっと人差し指を立てた。
輝眼族の名は、人族の間では、かつて魔族側について、人々を恐怖のどん底に陥れた裏切り者の一族として伝わっている。
千年以上前の話らしいので、ほとんどの一般人には、その存在は忘れ去られているようだけど、冒険者協会の人間ともなると、さすがに教養としてある程度知識があるようだ。
ちなみにこのお姉さんは、フローラが実はただの回復術士ではなく、失われし神の回復術士であることも知っている。
その上で、他の冒険者にはそれを吹聴しないでくれているので、ある程度信頼できる人だとオレは認識している。
今回もオレの動作に合点がいったのか、興奮はしつつも、お姉さんはそれ以上何も言わずに首をこくこくと縦に振ってくれた。
いやぁ、しかし、やっぱりシトリンはEX職業持ちだったか。
これで、オレ達のパーティーは3人が3人ともEX職業持ちということになったわけで……たぶん、こんなパーティーなかなかいないんじゃないか。
何はともあれ、これでオレ達は正式にパーティーが組めるようになった。
あとは、バリバリ魔物を討伐して、レベルを上げるぞぉ。
「あ……」
と、パーティー登録を済ませた直後の事だった。
シトリンの身体がフラリとよろめき、地面に膝から崩れ落ちた。
「シトリンっ!!」
「ど、どうされました!?」
「だ、大丈夫……少しふらついただけだ……」
そう言って、立ち上がろうとするシトリンだったが、足元は生まれたての小鹿のようにおぼつかない。
明らかに様子がおかしい。
「ほら」
「あ、ディグ……」
オレはシトリンを背負う。
「とりあえずアパタイさんとこに戻ろう。今日の午後のクエストはお休みだ」
「で、でも、レベル上げを……」
「そんなことよりシトリンさんの体調の方が大事です」
フローラが心底心配そうな表情でシトリンの様子を見守っている。
アンシィも同様だ。
「ほら、ディグ、早く!」
アンシィに促されて、オレは浅い呼吸を繰り返すシトリンを背負って、下宿先へと戻った。
フローラの部屋にベッドで横になったシトリンだったが、体調は良くなるどころか、悪化するばかりだった。
「ボ、ボクは……大丈夫だから……」
「無理するなって」
「アパタイさんが薬を作ってくれました」
フローラが薬さじで粉末状の薬をシトリンの口に含ませ、白湯で流し込ませた。
「あ、ありがとう……随分楽になったよ……」
言葉ではそう言うものの、額には脂汗が浮かび、とても大丈夫そうには見えない。
「嘘つくなよ」
「ディグ……君も心が読めるのか?」
「顔を見ていればわかる」
全く、心を読める弊害だな。人のちょっとした表情の機微に疎い。
ん、心を読める? もしかして……?
「なあ、シトリン。お前、無意識に周りのみんなの心を読んじゃってるんじゃないのか?」
それはなんとなく思ったことだった。
シトリンは、オレやフローラの心を常に読んでいる。
その行為は、仲間の事を思いやるシトリンの性格とはどこか乖離しているように感じていた。
つまり、心を読む、という行為が制御できないのだと。
シトリンの言葉でいうならば「心読スキル」。それが制御できないとするならば、オレ達だけでなく、街にいるたくさんの人たちの心も常に読んでいるということになる。
そのせいで、脳や身体に必要以上の負荷がかかってしまっているのではないだろうか。
「君は……意外なほどに鋭いのだな」
「正解か。だったら話は早い!」
オレは再びシトリンを背負うと、部屋を飛び出した。
「ディグ、どこへ?」
「街の外へだ」
オレ達は街の外の草原へと駆けていった。




