029.妖精と2人目の仲間
オレとシトリンの記憶から、魔人は三つ目の竜となり、常闇の庭園の中央に佇んでいる。
常闇の庭園の地中から得られる膨大な養分を自らの力に変えているらしく、本来火に弱い植物がベースになっているにも関わらず、炎帝の身体から迸る炎や、シトリンの三つ目の瞳、神視眼まで再現されている。
だが、そんな姿を見てもシトリンは極めて冷静だった。
「見た目の再現度は高いが、竜帝の力に輝眼族の力、どちらも神域の力だ。奴のそれは、見た目だけを真似した張りぼてにすぎん」
「それじゃ、お遊戯会はそろそろ終わりってことにしてやりましょ」
アンシィがスコップ状態のまま不敵に言い放つ。
「えっ、ちょっと待ってください? 竜帝とか、輝眼族とかって、なんだか凄いワードが……!?」
記憶共有をされなかったフローラがいまさらながらそこにつっこむ。
ちょっとおろおろしてるのがかわいい。うん、後でゆっくり説明してあげよう。
「シトリン、作戦は?」
「魔核を貫く。それだけだ」
単純明快。それならオレにもできる。
「魔核の場所がボクには見える。ボクが攻撃を加えた一点に、君たちも全力で攻撃を決めてくれ」
「わかった!」「はい!」
「来るぞ!!」
三つ目の竜となった魔人が、その大きな翼で羽ばたいた。
まだ、新しくなった身体の扱いに慣れていないのか、動きは鈍重、あの炎帝竜の荘厳でありつつもシャープな身のこなしとは、比べるべくもない。
張りぼてというのもその通りだ。
空中から、奴が火を吐いた。
「土壁!!」
オレが地面を盾にして、その炎から仲間達の身を守る。
土壁スキルで形成される壁は、本当にただの壁だ。
相手を見ることもできなければ、相手もこちらを視認することはできない。
しかし、こちらには、壁など関係なく、相手の弱点を攻撃できる者がいる。
シトリンの第三の瞳が金色に輝いた。
左手を中心に巨大な光の弓が形成され、構えた。同じく光の矢を番える。
「貫け!! シャイニングアロー!!!」
シトリンの指が弾かれたと同時に、まばゆいばかりの光を放つ光弾が目の前の土壁を貫く。
奴にもシトリンを模倣した第3の瞳があるはずだが、やはりシトリンの言うように張りぼてなのか、まったく矢に対応できずに、胸のど真ん中に直撃した。
焼き鏝で焼かれたような十字の傷が、奴の胸に刻まれる。
マーキングだ。オレの役割は、あの場所に追撃を加えること。
「うぉぉおおおおおお!!!」
オレは跳躍した。
空中高く飛び上がる奴に到達するには、レベルが上がり、さらにフローラのバフを受けたオレでも不可能。
オレの後押しをするように、シトリンが風の魔法でオレの身体を加速させる。
胸を貫かれ、苦悶の表情を浮かべる魔人竜は、オレの姿を視認するや、第三の瞳からビームを放った。
炎の竜の記憶をイメージしたのか、紅蓮の業火の色を伴った熱線がオレに迫る。
だか、ビームが到達するよりも早く、オレの身体を何かが包んだ。
フローラのホーリーチェインだ。
本来、相手を拘束する魔法であるホーリーチェインをフローラはオレに使うことにより、簡易的な盾にしたのだ。
目論見は見事に図に当たり、オレの身体を包み込んだホーリーチェインは熱線を弾き、相殺する。
勢いを殺さないまま、オレは奴の懐に飛び込んだ。
あとは、全力を振るうのみ。
「炎帝! 一瞬でいいから力を貸して!!」
アンシィの想いに応えてか、本来なら1日使えないはずの概念的な炎が、その先端から迸る。
とはいえ、長くは保たない。この一撃にすべてを賭ける。
「ヒィイイートスコップドリルゥウウウ!!!!」
炎帝の加護を宿した、スコップドリルが、奴の胸の十字の傷を寸分たがわず貫いた。
「グアャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
人と獣の中間の叫びを上げる魔人。
オレは、抉り掘るようにして、奴の身体を貫き続ける。
「うぉおおおおおおおおおおお!!!」
ふと、アンシィの先端が、固い何かに触れた。
次の瞬間、ガラス玉が割れるような手ごたえと共に、オレは奴の身体を背中まで抉りぬいた。
空中に放り出されるオレ。
その背後では、竜となった魔人が断末魔の叫びと共に、魔力の残滓となって消えていった。
「これでオッケーだな」
常闇の庭園は、激しいバトルのせいで、ところどころ焼けこげたり、地面が抉れたりしてしまったところもあったが、オレとアンシィで協力して、再び美しい庭園の姿を取り戻した。
頭上には、夜光虫達が戻ってきており、星々のようにきらめく天井の下で、ようやくオレ達は、当初の目的である魔草の移植作業を終えることができた。
周囲の土を少しだけ固め、魔草を自立させる。
すると、それまで元気のなかった魔草が、にわかに元気になっていく。
「根が必死に魔力を吸い上げているのがわかる。この花はもう大丈夫だろう」
「良かった……!」
シトリンにお墨付きをもらい、オレはフローラと顔を見合わせて喜んだ。
「ふふっ、どうやら大丈夫……いや、大丈夫どころの騒ぎではないようだよ」
「えっ……?」
魔草が仄かに輝きだす。
同じく庭園に咲いている他の魔草もかすかに輝いてはいるが、その光はもっと強い。
茎に力がこもり、ずっと閉じたままだったそのつぼみが開く。
「うわぁ……!!」
それは、美しい……あまりにも美しい花だった。
薄紅色だったつぼみは開くと同時に、バラよりもなお深い紅へと変化し、弱弱しかった印象を覆すような、高貴さをかもしている。
その上で、包み込むかのような柔らかさも持ち合わせている様子は、さながら神話の世界に登場するような本物の女神のようですらあった。
「綺麗……」
その美しさは、より感受性が強いフローラの口から吐息が漏れるほどだ。
そして、その中央。いわゆる柱頭と呼ばれる部位に、何かがあった。
いや、何かなんてものじゃない。はっきりとわかる。
しかし、あまりに予想外すぎる出来事に、オレの脳が理解を拒んだのだ。
そう、美しく咲いたアルフィニウムの花弁の中には……翅の生えた、小さな小さな妖精がかすかな寝息を立てていた。
「そう、そんなことがあったのね~」
未だ眠り続ける妖精を両手で抱きながら、アパタイさんは困ったように眉を潜めた。
何事にも動じない印象のアパタイさんではあるが、さすがに自分が10年世話をし続けていたアルフィニウムの花の中から、妖精が出てきたとあっては、動揺を隠せない様子だ。
とはいえ、本気で困った様子ではなく、妖精の姿を見て、「かわいいわねぇ~」とほっぺをつんつんしたりしている。
「ふふっ、さすがに驚いたけれど、まさかアルフィニウムから妖精が生まれるなんてね」
「うん、オレ達に協力してくれた女の子から聞いたんだけど、アルフィニウムは魔力と一緒に、人の想いを吸収することがあるんだってさ」
つまるところ、この妖精は、アパタイさんとアパタイさんの奥さんの想いから生まれた存在ということ。
言ってみれば、二人の子供と言っても間違いではないだろう。
「なんだか、夢みたいだわ。あの人との思い出が、こんな姿で形になるなんてね」
心底いとおしそうに、アパタイさんは妖精に頬ずりをした。
その瞬間だった。
ずっと、眠っていた妖精がその大きな瞳をぱちくりと開いた。
妖精は、周囲をゆっくりと見まわしたのち、アパタイさんに抱かれていることに気づくと、にへらと笑った。
「……ママ」
舌っ足らずでかわいい声だった。
ママ認識でいいの? と声が出かかったが、なんとか踏みとどまった。
「まぁ……!」
アパタイさんは心底嬉しそうだ。
こうして、アルフィニウムの花こそ常闇の庭園へと移植されたものの、新しい家族が、アパタイさんの薬屋に加わったのであった。
「受け渡しは済んだようだな」
街から少し離れた街道沿いの草原で、シトリンは静かに佇んでいた。
「ああ、まさか妖精が生まれるなんて思わなかったけど、おかげでアパタイさんも嬉しそうだったよ」
「そうか」
シトリンは静かに微笑んだ。
彼女は、あの後、オレ達が街に戻る道すがらも同行してくれた。
どうやら、彼女はあの魔の森を飛び出して、かつてのように世界を巡ってみるつもりのようだ。
幸いなことに、魔人がいなくなり、畑に下りていた通常の魔物もオレ達がほとんど片付けてしまったので、今の魔の森は誰かが管理せずとも、それほど危険な場所ではなくなった。
仮に村の人が入ってしまったとしても、もう危険にさらされることはないだろう。
彼女の顔を見ると、第三の瞳に陽光が反射し、きらきらと金色に輝いている。
あの戦い以降、シトリンはかつての力を完全に取り戻したようだった。
吸い込まれそうに美しいその瞳の魔力に、少し当てられそうなくらいだ。
「美しいとは嬉しい感想だね」
「ちょ、心を読むのは反則!」
そうだ。今のシトリンは人の心なんて簡単に読めるのだった。
つまるところ、ああ、シトリンかわいいなぁ、クンカクンカしたい、とか、ああ、あの細いふとももがたまらない、スリスリしたい、とかそんなことを考えていたら全部筒抜けになってしまうってことで……って、えーい! 考えるな!!!
「……ディグ君のエッチ」
「あああああああ!!」
いや、まあ、冗談は置いておくとして。
「あのさ。シトリン」
「待って……その先は言わないでくれ」
ああ、オレの考えなんて口に出さなくても彼女にはわかってしまうのだ。
でも、気持ちは悟ってもらうだけじゃダメだ。
ちゃんと伝えなきゃいけない。
「いや、言うよ。オレ達と一緒に冒険しようよ」
オレはまっすぐ彼女の眼を見て言った。
彼女はその美しい瞳を逸らした。
「君のそのまっすぐな視線はボクには毒だな」
「はぐらかさないで聞いて欲しい。オレもアンシィもフローラも、シトリンと冒険できたらな、と思ってる」
オレの声に、人間形態をとっているアンシィと後ろで静かに微笑んでいたフローラは強く頷いた。
「どうせ世界を回るつもりならさ、オレ達の冒険に付き合ってくれないか?」
「しかし、ボクは……」
「輝眼族だとか、人間の敵だったとか、そんなことはオレ達にとってはどうでもいい。オレ達はシトリンと冒険がしたいんだ」
「あー、もう、本当に君は口と心が寸分違わず同じなのだな! もう、なんというか……その……恥ずかしい!」
真っすぐに見つめるオレ達の視線に耐えかねたのか。
シトリンは両手で顔を覆うと、しゃがんでうつむいてしまった。
かわいい。
「そのかわいいっていうのも……止めて」
じゃあ、かわいすぎる。
「君は意外とドSなのだな……」
オレの心を読んだシトリンは赤面しつつも、なんとか立ち上がって、オレ達に向き直った。
「今のように、ボクは君たちの心を読むことができる。そんな存在がそばにいて、怖くはないのか?」
「あー、エロいこと考えてる時は、ちょい困るけど、それ以上に君といたい」
「うん、アタシ元々考えたことは全部口から出ちゃうし。それにあんたのことそこそこ気に入ってるし」
「わ、私も! シトリンさんだったら……!!」
「もう……だから、恥ずかしい!! 君達、なんかほんと……恥ずかしい!! でも……」
なんだか、ぼそりと言った気がしたけど、オレ達の耳には届かなかった。
「本当に、いいのか……?」
「もちろんだ」
オレが右手を差し出す。
シトリンは、恐る恐るその右手を取った。
「……ありがとう」
噛みしめるようにそうつぶやいた彼女は、アルフィニウムの花のように、フワッと優しく微笑んだ。
その笑顔はどんなに美しい花の花弁よりもなお美しかった。