027.記憶
竜血石2発分。
その上、シトリンの風魔法による後押しを受けた爆発は、恐ろしい威力だった。
周囲に真空の膜を張り、環境やオレ達自身への被害を最小限に食いとどめた上で、逆に奴の周囲には空気を濃縮させ、火力を大幅に上げていた。
魔法の事はそれほど詳しくないが、恐ろしく緻密な魔力制御をしていることは間違いない。
やはりシトリンは只者じゃない。
爆発は奴を中心に火柱のように燃え上がり、その火力はキングシュロマンダーを倒したとき以上であるのは明白だった。
あまりの激しさに、こちらへは余波さえないというのに、思わず二、三歩後じさってしまうほど。
数十秒後、その場に残っていたのは、炭化した奴の身体のみだった。
「凄すぎるだろ……」
少しずつ灰となって崩れていく奴の姿を見ながら、さすがにやりすぎたのではという思いが少しだけもたげてくる。
焼き畑状態になってしまったが、あの辺りに植え替えて大丈夫だろうか。
「いや……まだだ!」
辺りの様子を覗おうと、一歩踏み出したオレをシトリンが手で制した。
「えっ……でも……?」
「魔力を感じる……奴はまだ生きてる……!!」
奴の身体はすでに朽ちている。
見た目からそれは明白だ。
でも、シトリンの必死な表情を見て、オレはアンシィを構えた。
そうだ。
あれだけの強さの魔人を倒したのに、オレもフローラもレベルアップをしていない。
ということは、やはり……。
瞬間、奴の炭化した死体があった地面が、爆ぜた。
「なっ……!?」
土を吹き飛ばし、現れたのは、のっぺらぼうの化け物だった。
いや、あの色、肌の質感は根だ。
本体よりもずっと大きいそれは、うねうねとうごめくと、絡み合い、引き合い、形を作っていく。
繊維と繊維がきしむギリギリという音が絶え間なく続く。
数秒の後、そこには人型の魔人が立っていた。
「根が本体だったのか……?」
「どうやら攻撃を受けた瞬間に、根の方に魔核を移したらしい」
あの超高熱の爆炎でも土の中までは焼き尽くせない。
そのままでは耐えられないと判断した奴は、その魔核というやつを無事な方に移動させていたということか。
いや、理屈はどうでもいい。
とにかくここから切り札を使い切った2回戦が始まるということだ。
「シトリン……勝算は?」
「正直厳しい。さっきの爆発の制御で、ごっそり精神力を持っていかれてしまったからね。魔力はまだ保つが、長期戦は厳しい」
オレも炎帝の加護が使えない状態。
フローラも火力の頼りであった竜血石は使い切ってしまったし、打つ手がない。
逃げるか?
幸い根である奴は、今も地面と繋がっているのか、動きはない。
だが、こちらが結論を出す間もなく、奴は動いた。
先ほどは蔓だった攻撃が、今度は根だ。
硬い根がうねるように伸び、こちらに迫ってくる。
「こなくそ!!」
シトリンとフローラを守るように、オレは一歩前に出る。
最悪、逃げの一手を打つほかない。
苗の植え替えは大事なことではあるが、仲間の命には代えられない。
だが、そんなオレの消極的な態度を見抜いたのか、奴は先ほどよりも激しく、根を伸ばす。
「うぉおおおおおお!!!!」
オレは、アンシィでなんとかそれを捌く。
フローラからバフが飛んできて、少し体が軽くなる。
シトリンも精神力を振り絞って、火の魔法を放ってくれている。
しかし、それでも物量的にも根の強度的にも、長くは保ちそうにない。
と、次の瞬間、わずかに地面が揺れた。
「なんだ!?」
地面が盛り上がったかと思うと、太くたくましい根がそこからオレたちの足に絡みつこうとする。
こんな攻撃もあるのか!?
オレは足に絡みつこうとする根をなんとかアンシィで切断し、フローラの前まで下がる。
しかし、シトリンまでは手が回らない。
「くっ……!?」
「シトリン!!!」
奴の根がシトリンの右脚に絡みついた。
そのまま逆さづりの状態で空中へと持ち上げられた。
体力が万全の状態なら躱せたはずだ。
シトリンの魔法に頼りすぎた自分を殴ってやりたい。
だが、それはまた後だ。
「ぐぁあああああああああああああ!!!」
絡みつく根を通して、シトリンの身体から何かが奴に吸い取られていく。
オレは一も二もなく、その根を切断しようと飛び掛かった。
しかし、他の根がオレに向かって殺到してくる。
2本目までの根はなんとかアンシィで切断したが、切った直後の隙をつかれた形で、オレはついに3本目の根につかまった。
「くっ……!?」
シトリンと同じく、身体の中の何かが、奴に吸われていく。
なんだこれ?
力じゃない。魔力でもない。こいつが吸っているのは……記憶?
瞬間、根を通して、オレの記憶がシトリンの記憶と混ざり合った。
シトリン……シトリンは……。
「輝眼……族……?」
「視るな!!!」
彼女の中で、何かが弾けた音が聞こえた。
次の瞬間、オレは水たまりの中に突っ伏していた。
何が起こった……?
慌てて顔を上げると、そこにはフローラの姿があった。
「あれは……」
驚愕の顔を浮かべるフローラ視線の先を見る。
シトリンがいた。
だが、さっきまでのシトリンとはまるで違う。
ただでさえ、艶めいていた金の髪は光を放ち、黄金の筋となって、まるで無重力の空間にいるかのように波打っている。
薄い琥珀色だった瞳は、猫のようにギラリと光り、その額には、さらに強く輝く──第三の瞳があった。
今ならわかる。
金色の三つ目の化け物。村人たちの噂になっていたそいつは、あの赤目の魔人じゃない。シトリンだったのだ。
紫電のようなものがシトリンの周囲に飛び散る。
この力は危険だ。
「見る観る診る視る看るみるぅううううううううう!!!」
さっきの冷静な姿とは打って変わって、まるで獣のように彼女は叫ぶ。
周辺には瞳や髪と同じ、金色の魔力が迸り、大気の震えさえ感じられる。
シトリンが右手は振るった。
目に見えない衝撃波が、巻き起こり、地面を抉りながら、魔人を吹き飛ばした。
続けざまに腕をふるうたびに、魔人の肩が抉れ、腹に穴が開き、足が半ばほどからもげた。
先ほどまでとは戦闘力がまるで違う。
だが、止めなければならない。
止めなければ、彼女は……。
「フローラ。シトリンを止める……!」
「わかりました!」
記憶を共有していないフローラだが、今のシトリンが尋常ではない状態ということは肌で感じたようだ。
フローラは自身にバフをかけると、後ろからシトリンに組み付いた。
「シトリンさん、止まってください!」
「がぁあああ!!!」
懸命に動きを止めようとするフローラだが、シトリンに引きずられ、ずるずると前へと進んでいく。
オレは、全速力で、シトリンの前まで躍り出た。
「シトリン!! やめるんだ!!」
「うるさい!! 人間の言葉など聞く耳持たん!!!」
吠える彼女の迫力は魔人以上。だけど、たじろくわけにはいかない。
「貴様も視たのだろう!! ボクの正体を!!」
「ああ……視た」
そう、オレは視た。
ほんのわずかな間ではあったが、魔人の根を通して、オレは彼女の記憶と繋がった。
そこで、オレは知った。
彼女が人間ではないことを。
元々は人の敵ですらあったことを。
「ならば、どけ!!」
「嫌だ!!」
強い口調で言い放つ。
知ったからこそ、オレは絶対に彼女を止めなければならない。
このままその力に呑まれてしまえば、彼女はきっと後悔する。
「どけ!!!!!」
シトリンが右腕を振るう。
衝撃波がオレの全身を襲う。
だが、オレはアンシィを地面に突き刺し、その衝撃に耐える。
目を開けていられない。
体中が痛い。
必死なのはアンシィも同じだろう。
だけど、言葉はなくとも、オレの相棒から確かな熱を感じる。
フローラはシトリンの動きをなんとかとどめようと必死だ。
ああ、そうだな。オレも頑張らないとな。
「どけぇ!!!!」
「嫌だっ!!!!」
オレはアンシィから手を離すと、彼女の身体をグッと抱き留めた。
言葉はいらなかった。
彼女にはきっとそれだけで伝わるから。
「お前は……君は……」
フッと、彼女の逆立った髪の毛が動きを止めた。
発光していた瞳がいつもの琥珀色へと戻る。
額の瞳も同様だ。
そして、その美しい三つの瞳から、真珠のように一筋だけ涙が流れた。
「ボクは、君のような人間に出会ったことがない……」
「オレもだよ。オレもシトリンほど優しい女の子に出会ったのは初めだ」
そう言って、オレはにっこり笑ってやる。
身体が少しだけビクッと震えた。
シトリンは一瞬、なぜだか顔を赤らめつつ、オレから視線を逸らした。
だが、すぐに彼女の顔は戦いの場のものへと変わる。
「ディグ君。あいつはどうやらボクと君の記憶の一部から力を得たらしい」
魔人を見る。
シトリンの衝撃波でボロボロになったはずの魔人だったが、傷口を根が覆うようにして、まったく元の完全な姿に戻っていた。
いや、違う。そこからさらに変わる。
足は太く、爪が生えた。
のっぺらぼうだった顔には鋭い牙をたたえた口ができ、金色に光る三つの瞳が成形される。
その姿は、根でできた三つ目の竜だった。
こいつ、オレたちの記憶の中にある畏怖、あるいは強さの象徴をコピーしやがったのか。
三つ目はシトリン自身、そして、竜は、オレがこの世界に来てはじめて出会ったあの炎の竜だ。
もし、奴が本当にコピー元と同等の力を持っているとすれば、恐ろしい相手になる。
だけど、今のオレはなぜか負ける気がしなかった。
「シトリン、勝算は?」
「1000%、ボク達の勝ちだ」
オレとシトリンは顔を見合わせると、にやりと笑った。




