023.探索開始
さて、少女のブローチ探しをなんとか終えたその朝、村はたいへんな騒ぎになっていた。
というのも、オレが一晩の間にやらかしたことが原因だった。
少女──アイナのブローチを探すために、オレ達は畑を掘り返していったわけなのだが、結果として、その行為は畑を耕すということになった。
スコップ技能を持つオレなら、硬い地面もなんのそのだ。
どこを探したかわかりやすいように、隅の方から網羅的に探していった結果、畑のほぼ全面が、ある程度耕された状態になっていた。
サービスとばかりに畝も作ってみたので、あとは村人達が肥料やらなんやら少しいじれば、作付けが可能になるだろう。
ブローチ自体がなかなか見つからなかったせいで、こんなことになってしまったわけだが、そのおかげでただでさえ感謝の気持ちを持たれていた村人からの覚えはさらに頗る良くなった。
恩人どころか、もはや神を見る目だ。
オレが眠っている間に、常闇の庭園探しについても、フローラが協力を取り付けてくれたし、順調に調査の目処が立ってきた。
むしろ村人たちはこぞって常闇の庭園探しを手伝ってくれようとしたので、ガイドの方一人だけで結構だと、断るのが大変だったくらいらしい。
危険な場所らしいし、いっぱい来られても、オレ達が守り切れないしな。
そんなわけで、朝方から正午まで宿屋で仮眠を取った後、オレ、アンシィ、フローラは村の中央にある井戸の辺りで集まっていた。
「ディグ、アンシィ、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、ぐっすり眠れたからな。それに時間もあんまりないし」
1日時間を使ってしまったせいか、いっそうアルフィニウムの苗の元気がなくなっているように感じる。
これは少しでも早く常闇の庭園を探さなくてはならない。
「ディグ達が寝ている間に、常闇の庭園について、情報を集めてみました」
「どうだった?」
「漠然とした噂だけはあるそうです。なんでも魔の森の奥には、うん千年も前の遺跡の残骸のようなものがあるらしくて、そのどこかが常闇の庭園なのではないかとおっしゃっていました。最もその遺跡らしきものを見たのも、何世代も前の村人らしいですが」
「ふむ」
正直、ほぼオレの前世のスコップ知識だけでここまで来てしまったわけだが、村の人たちにも言い伝えが多少なりとも残っているとすれば、存在する可能性は大いにあるだろう。
あとは、それを見つけることができるかどうかだ。よし。
「ディグお兄ちゃん、アンシィお姉ちゃん!! もう起きたの?」
決意を新たにするオレ達の元へとやってきたのはアイナだ。
彼女は元気いっぱいに全速力でこちらへと走ってきた。
そのままオレの胸にダイブしてきたので、ぐるりと3周ほど、回してやる。
ブローチの件でどうやらすっかりなつかれてしまったようだ。
「お兄ちゃんたち、魔の森に行くんでしょ」
「ああ、この苗を植えなきゃならないんだ」
「そっかー、一緒に遊びたかったなぁ」
そういって、唇を尖らすアイナ。そのポニーテールの付け根には、オレ達がなんとか見つけ出した花のブローチが納まっている。
それにしても可愛いなぁ。バイオレンスなオレのリアル妹と交換したいくらいだ。あ、クーリングオフは受け付けていませんので。
「仕事が終われば、また、この村に帰ってくるさ」
「本当!!」
「ええ、その時は、一緒に遊びましょうか」
「やったー!!」
「冒険者様、お待たせ致しました!!」
そんな自分たちの元にやってきたのは、簡素な革の鎧を身に着け、腰にはナイフを携えた男だった。
身長はひょろりと高く、どことなく頼りなさげな、気の弱そうな印象の若者だ。
「ガイドを任されました。インペラと申します」
「インペラさん、今日は宜しくお願いします」
ガッツリ握手を交わす。
村で農作業に従事しているわりには、すべすべとした手触りのなんだか不思議な手だ。
「魔の森は山裾の畑から畔道を通って奧にあります。こちらへ」
促されるまま、インペラさんについて行く。
「いってらっしゃーい!!」
アイナの元気の良い声に手を振り返しながら、オレ達は魔の森へと向かったのであった。
行きすがら、インペラさんは語った。
「魔の森は普段は村人はあまり近づかないんです。山菜取りでほんの浅い場所くらいだったら行くことがありますが、やっぱり魔物がいますし、別名、迷いの森とも言われるくらい複雑な地形をしているので」
「危険な場所ってわけですね」
「といっても、あのストンプラビットやボーンクロウを簡単に駆除してしまう冒険者様でしたら、生息する魔物もそこまで脅威にはならないかと思います。ただ……」
「ただ?」
「最近、変な噂がありまして……。三つ目の化物が出るって話なんですが。村では常闇の庭園よりも、もっぱらそちらの噂の方でもちきりです」
「三つ目の化物?」
「ええ。村の畑が荒らされるほんの少し前のことでしょうか。村の若い衆が、酔った勢いで度胸試しに、魔の森に入ったことがあったんです。その時に、金色に光る三つの眼を持つ、化物を見たって言うんですよ」
なにそれ怖い。
「酔ってたんでしょ。見間違いじゃ……」
「僕も最初はそう思ったんですが、その話を聞いた村のばあ様が自分も若い時に同じような化け物を見たなんて言うんですよ」
それはなんとも不思議な話だ。
「とはいえ、魔の森に一番頻繁に入っている僕ですら、見たことがないので、何かいたとしてもそうそう遭遇することはないとは思います」
「それを聞いて少し安心しました。ところで、インペラさんはなんで、頻繁に魔の森に……?」
「あ、えっと、魔の森の中に、非常に良質の粘土が取れる場所がありまして……。僕、普段は陶芸をしているもんで、それで」
「ああ、なるほど」
妙にすべすべな手をしていると思ったら、陶芸家さんだったのか。
なるほど、外見的には少し気の弱そうなイメージもあったが、言われてみれば、同じく芸術家であるオレの親父にもどこか雰囲気が似ているところがある。
さて、そんなこんな話をしているうちに、オレ達は魔の森の入口へとたどり着いた。
最も、便宜上入り口と呼ばれているだけで、畦道から続く森の中には、道らしき道は見当たらない。
「とりあえず、ここから入ります。まずは、僕がよく粘土を掘っている岩肌まで案内します。おそらく、その辺りが、魔の森の中心にほど近い場所になると思いますので、そこを拠点にして、探索範囲を広げていきましょう」
「わかりました」
なかなかしっかりしたプランを持っている人だ。
最初は少し頼りなさげだと思ったけれど、この分なら、十分な戦力になってくれそうだ。
魔の森の入る。
鬱蒼とした森は、太陽の光を少しも通さず、まだ、昼間だというのに、森全体がどんよりと薄暗い。
そんな暗い森の中を歩く。
「魔物いませんね」
「もともと、このあたりはそんなに魔物は出ませんよ。奥に行けば、わかりませんが」
「…………ねぇ」
後ろを歩くアンシィがつぶやいた。
「どうした?」
「何か……視線を感じない?」
「視線?」
周囲を見回してみるが、魔物はおろか野生動物の姿すら見つからない。
もちろん、何かに見られている感覚もない。
「オレは感じないけど」
「うーん、何かこう……首元がちりちりするのよねぇ。まあ、気のせいかもしれないけれど」
結局、アンシィの懸念材料は見つからず、オレ達はインペラさんがよく来るという粘土質の岩肌へとたどり着いた。
ミルフィーユ状の地面が露出するそこには、わずかだが、上空からの陽の光も入り、拠点としては申し分ない。
「インペラさんは常闇の庭園はどの辺りにあると思いますか?」
「そうですね。少なくとも、あるとすればこの岩肌よりもさらに奥になると思います。森は奥に行くほど、陽の光が届かなくなります。常闇というからには、かなり暗い場所なのではないかと」
「なるほど」
インペラさん仮説に従って、オレ達は粘土質の岩肌からさらに奥へと進む。
ある程度進んだら、迷わないように木に目印を付けていく。
その後、何本も目印をつけて、ひたすら森の奥まで進むが、一向に庭園らしきものを見つけることはできない。
それどころか。
「あれ……?」
気づいたのはフローラだった。
「ここ、さっきも通りませんでしたか?」
「えっ……?」
「だって、それ……」
フローラが指差す先には、先ほど目印をつけた木が立っていた。
「いつの間にか、同じ場所に戻って来ちゃったのか」
「本当に? 私たちそんなぐるりとは回ってないと思うんだけど」
アンシィが頭をかしげる。
「とりあえずもう一度進んでみよう」
「ええ」
再度、目印をつけながら、今度は森の進行方向左手側に向かって進んでみる。
しかし、しばらく進むと、また、最初の目印をつけた木の元までたどり着いた。
「これ……もしかして」
「空間が捻じ曲げられているようですね」
フローラが何かを感じ取るように目を細める。
「はっきりとはわかりませんが、どうやら魔力が働いているようです」
「何かを隠そうとしてるみたいね」
「ああ、かえってはっきりしたかもしれないな」
常闇の庭園は実在する。
そして、その発見を森そのもの……あるいは発見されると困る誰かが隠蔽していると。
「あの皆さん、探索も行き詰ってしまいましたし、一度、村に帰りませんか? 陽もそろそろ傾いてきましたし」
「そうですね。戻りましょう」
魔の森に常闇の庭園がある可能性は一層高まった。
作戦を練って、明日、早朝から探索をするのもいいかもしれない。
「ん、どうした、アンシィ?」
「……うーん、いや、やっぱりなんでもないわ」
また、視線を感じたんだろうか。
アンシィのなんとも煮え切らない態度を訝しみつつも、オレ達は一度村へと帰った。