022.約束
私の名前は、アイナ。レフォレスの村に住む子どもで、今年で9歳になる。
お母さんは私が小さな頃に流行り病で亡くなって、今は、叔母さんと二人で暮らしている。
普段は叔母さんの機織りを手伝ったり、菜園で収穫を手伝ったり、自分にできることはできるだけ自分でしている。
そのおかげで、村では、働き者のよい子だって、みんな言ってくれる。この村の人はみんな良い人ばかりだ。村長のおじいちゃんだけはちょっと怖いけれど。
そんな私は、今から1か月くらい前に、私の一番大切にしているブローチを落としてしまった。
大好きで、いつも、どんな時でも、着けていたのがダメだった。
農作業中に突然現れたウサギの化物。
そこから逃げようと大人たちに手を引かれて村へ走り戻った時に、畑のどこかに落としてしまったのだ。
落としてしまった日は一晩中泣いた。
だって、遠くの街に行っているお父さんが作ってくれた本当に大事なものだったから。
お父さんは村でも一番の鍛冶師だった。
村の人の農具を作るだけじゃなくて、冒険者さんの武器を作ることもある。
とっても腕が良くって、わざわざ村まで訪ねてくる冒険者さんもいるほどだった。
だから、その噂を聞きつけた東方の偉い人が、お父さんを引き抜きに来たのも当然のことだった。
私のお父さんは凄いのだ!
お父さんは、最初、その"ちょっと"怖い顔の眉間にしわを寄せて、"かなり"怖い顔をして悩んでいた。
元々お父さんは、東方の「刀」という武器に興味があって、ずっと修行に行ってみたいと言っていたからだ。
多分お父さんは私がいるから、東方に行くのを戸惑っているのだと私は思った。
だから、私は、お父さんに「行っても、いいんだよ」と言ってあげた。
お父さんは怖い顔をさらにゆがめて、なんだか、泣きそうな顔をしていた。
それからもお父さんは、まだまだずーっと悩んでいたけれど、すかうと?に来た東方の人もしつこくて、結局東方へと修行に出ることになった。
ブローチはそんなお父さんが、最後にこの村で作って、私にくれたものだった。
東方の「かもん」というものを参考にしたらしい。
花をイメージしていて、少しゴツゴツしているけど、とってもかわいかった。
私はお父さんが行ってしまってからも、ずっとこのブローチをつけ続けた。
毎日、毎日、朝、このブローチをつけると、お父さんが身近に感じられるような気がした。
それなのに……。
思い出すと、また、涙が出てくる。
なんで、私は失くしてしまったんだろうか。
「……大丈夫ですよ」
優しい声と頭をなでる感触、フワッと香るあたたかな匂いが、私の不安を少しだけ拭い去ってくれた。
ベッドで眠れない私に付き添ってくれたのは、冒険者のお姉ちゃんだ。
あのオレンジのお姉ちゃんも綺麗だけれど、この緑のお姉ちゃんも優しくて、とっても綺麗。
それに、暖かくて、一緒にいてくれるだけで、不安な気持ちが和らいでくる。
「ディグとアンシィは約束したことは必ず守ってくれます。安心して、今日はゆっくり寝て下さいね」
「…………うん」
お姉ちゃんたちとは今朝出会ったばかり。
どんな人達なのかはくわしくはまだわからないけれど、とっても良い人だということはわかる。
村の人たちが困っていた魔物もみんな退治してくれた。
お姉ちゃんたちなら、本当に、もしかしたら……。
「おやすみなさい。アイナちゃん」
まるでお母さんのようにあたたかな胸の中で、私はいつの間にか眠っていた。
「お、おいっ、ちょっと来てくれ!! みんな!!」
慌てた大人たちの声がして、私は目を覚ました。
「アイナちゃん、おはようございます」
寝ぼけ眼の私に、しっかりと頭を下げてあいさつをしてくれたのは、すでにきちんと着替えを済ましていたフローラお姉ちゃんだった。
にこにこと笑うその顔を見るだけで、なんだか心が落ち着く。
「フローラお姉ちゃん……」
「どうやら、ディグ達が帰ってきたみたいですよ。二人で行ってみましょう」
「……うん」
私は、胸に手を当てると、強く頷いた。
着替えをすませ、家を出ると、村の大人たちはみんな畑の方へと向かっている。
いったい何があったんだろうか。
もしかして、また、魔物がやってきたんだろうか。
不安になる私の気持ちを見越したかのように、フローラお姉ちゃんが、スッと手を握ってくれた。
「大丈夫ですよ。私たちも行ってみましょう」
私とお姉ちゃんは、村の大人たちが向かう畑の方へと歩いていく。
少しずつ畑が近づいてくるにつれて、私はおかしなことに気づいた。
あのウサギのようなモンスターにガチガチに踏み固められていた畑が、まるで耕されたかのうようにふわふわの土になっているのだ。
それどころか畝ができ、いつでも植え付けができるほど整備されている。
「これって……」
「あー、さすがディグとアンシィですね。ちょっとやりすぎかもですが……」
フローラお姉ちゃんは、訳知り顔で少し苦笑いを浮かべながら、ほっぺたを掻いている。
なんなんだろう。
「お、おい、冒険者の兄ちゃん! 大丈夫か……!?」
声のした方を見れば、あの冒険者のお兄ちゃん──ディグお兄ちゃんがこちらへと歩いてきていた。
服は土まみれ、髪の毛もぼさぼさで、まともに歩くのも辛いのか、よろよろとよろめきながらもこちらに一歩一歩歩いてくる。
そして、私の前まで来ると、その土で汚れた顔でにっこりとほほ笑んだ。
「ほら、これ」
差し出された豆だらけの手のひら、そこには私の大好きなガーベラの花を模したブローチがあった。
「あっ……」
「任せときなさい、って言ったでしょ」
いつの間にか、ディグお兄ちゃんの横には、オレンジのお姉ちゃん──アンシィお姉ちゃんがいた。
さあ、と差し出される手のひら。
私はおそるおそるブローチを受け取った。
少しひんやりとしたちょっとだけ懐かしい感触。
私は、ぎゅっとブローチを抱きしめた。
「ありがとう!!! お兄ちゃん、お姉ちゃん!!!」
ボロボロのまま笑顔を浮かべる二人の顔は、なんだかとてもそっくりに見えた。