021.少女の願い
さて、畑、養蜂場と来て、最後のモンスター被害は、再び畑だ。
先ほどボーンクロウを狩った畑は、山すそに広がる比較的森に近い畑だったが、今度の畑は、オレ達がこの街に来た時に見た、街道沿いの畑である。
山すその畑よりも耕地面積は広大で、村人的には、もっとも頭を悩ませている場所らしい。
そんな場所を荒らしている悪者は、見た目にはとてもそうは思えないほど愛らしい奴らだった。
ストンプラビットというらしい。
普通のウサギよりも大型ではあるが、威圧感を感じさせるほどの大きさではない。せいぜい人間の腰くらいまでの体長。
顔立ちも目が大きく、どことなく海外のカートゥーンアニメのキャラクターのようなデフォルメされた可愛らしさを感じる。
ただし、身体の中で、一か所だけ異様ともいえる場所がある。脚だ。
このウサギ、脚の足首から下が非常に大きく。まるでシュノーケルの足ヒレのような形をしている。
脚力も非常に強いらしく、その大きな足で、地面を踏み固める習性があり、そのせいで、畑をカッチカチに固められてしまったらしい。
ボーンクロウもそうだが、元々は魔の森の中に生息する魔物だったらしく、最近こちらに下りてきてからは、畑の作物を食い荒らしたあげく、地面をも踏み固められてしまって、村人たちも大いに迷惑していたそうだ。
「こいつらは、正攻法でやるしかないな」
「そうですね」
というわけで、各個撃破だ。
オレとフローラは連携しながら、百匹以上はいるであろうストンプラビットを一匹一匹駆除していく。
村人の話では、齧歯類の擂鉢状の歯を使った噛みつき攻撃や名前の通り、跳躍からのストンプ攻撃を得意とするということだったが、こいつらの攻撃は基本、地面を強く踏むことから派生する。
つまるところ、地面を蹴らせなければ良い。
「天地返し!」
奴らがジャンプ攻撃を繰り出そうとする傍から、その足元を地面ごと抉り、掘り返す。
元々、ジャンプをしようと地面を強く踏みしめていた奴らは、そのまま大きく体勢を崩し、スキル名の通り、天地逆さの状態になる。
そこをスコップで一突き。うん、一撃だ。
たまにスキルが間に合わなかったり、一匹を駆除しているところに他の一匹が攻撃をしかけてくることもあるが、そこはフローラがしっかりサポートしてくれる。
各個撃破なので、時間こそかかったものの、ほとんど危なげなく、オレ達は村人を困らせているという魔物たちの駆除を終わらせることができた。
「ふぅ、これで最後の1匹……と」
「なんとか1日で終わらせられましたね」
「ああ、そうだな」
額の汗をぬぐいながら、西の空を見ると、そこには真っ赤に焼けた太陽が落ちようとしていた。
さすがに、1日中ほぼ魔物と戦ってばかりだったから、へとへとだ。
オレ達が村の方へと戻ろうとすると、街道沿いには、いつの間にか多くの村人が集まっていた。
「ほ、本当に、ありがとうございます!!」
深々と頭を下げる村人一同。
頑張ったという自負はあるけど、さすがに、そこまでされるとちょっと気が引ける。
「これでしばらくは大丈夫だと思います」
「アンデッドに汚染された土地の浄化も済んでいます。明日にはもう畑に手を加えて大丈夫かと」
「おおっ、そんなことまで……。本当になんとお礼を言ってよいやら……!!」
「とりあえず村長の家で、宴席の準備をしておりますので、是非そちらに!」
「しかし、スコップで魔物をやっつけてしまうなんて……。冒険者様って凄いのですね!」
「ところで、もうお一人の冒険者様は……?」
口々に礼を述べたり、質問してくる村人達。よほど、困っていたのか、みんな心からの感謝を述べてくれて悪い気はしない。
なにやら、一般的な冒険者までスコップで戦うみたいな印象を持たれているような気がするが、それは、まあ、いいや。
ぞろぞろと村の方へと帰っている最中、ふと、後ろを見ると、ひとり黙って、畑の方を見つめている女の子がいた。
今朝、アンシィに薬をくれたあの女の子だ。
どうしたんだろう、と思うと同時に、すでにアンシィがそそくさと人間形態に変身し、その子に近づいて行った。
オレはフローラに目配せをして、アンシィと同じく女の子の方に向かった。
「どうしたの?」
「あっ、オレンジのお姉ちゃん」
女の子はアンシィを見ると、笑った。でも、なんだか、その笑顔はどこか無理をしているように見える。
「もう暗くなるぞ。村の人達と一緒に帰らないのか?」
「ううん、ちょっと気になることがあったの」
「気になること?」
「えーとね。ひと月くらい前に、この畑のどこかに、私のブローチを落としちゃったの……。魔物が出てきて、探せなくなっちゃったから、ずっと気になってたの」
そう言って女の子が見渡す畑は、オレ達がストンプラビットを退治したこの広大な畑だ。
「大事なものなんですか?」
いつの間にか、こちらにやってきていたフローラが問いかけた。
女の子はコクリと頷く。
「遠くの街に行ってるお父さんがくれたものなの。お花の形をしてて、とってもかわいいのよ。お父さんは顔は怖いけど、とっても優しいんだから」
「そりゃあ、大事なもんだな」
よほど、そのお父さんが大好きなのだろう。ブローチの話をする女の子の顔には笑顔が浮かんでいた。だけど、その笑顔もすぐに曇る。
「でも、失くしちゃったから……」
「…………私たちが見つけてあげるわ」
そう言ったのはアンシィだ。
「……えっ?」
「大切なブローチなんでしょ」
「…………うん」
アンシィは、女の子の頭を優しく撫でる。
「だったら、私たちが見つけてあげるわ。こう見えて、私たち、結構凄いんだから」
少女を安心させるようににっこりとほほ笑むアンシィ。
その頼りがいのある笑顔を見て、女の子の眼に涙が滲んだ。
「ほんとに! ほんとに! 見つけてくれるの……!?」
「ええ、任せておきなさい」
アンシィが、オレやフローラに目配せをする。
フローラが力強く頷いた。
まったく、ただでさえ1日働いてくたくただっていうのに。
ただでさえ早く常闇の庭園を見つけなくちゃいけないっていうのに。
ただでさえこのあとは楽しい宴席だったっていうのに。
でも、ここで一も二もなく、こうやって覚悟を決められるこいつらが、オレは大好きだ。
「フローラ、この子の事、頼めるか?」
「任されました」
ずっと気を揉んでいたのか、すっかり泣き出してしまって少女の肩をフローラが支える。
さて、オレとアンシィは並び立って、広大な畑を眺めた。
元々はこちらの地面の下にもデングリーがいたらしいので、土はぐちゃぐちゃに掻き回された上で、さらにストンプラビットに踏み固められている。
となれば、件のブローチは落ちている、というよりもどこかに埋まっていると考えた方が良いだろう。
スコップダウジングもブローチくらいサイズの小さなものを見つけることは不可能。ともなれば、正攻法で行くしかない。
「朝までには帰る」
「ディグ、これを」
そう言って、フローラが呪文を唱えると、いくつもの光球が空へと舞い上がり、畑を照らした。
「迷宮探索で使うライティング魔法です。これだけあれば、畑全体を照らせるかと」
「助かる。女の子を任せた」
「はい!」
「じゃあ、いくぞ。アンシィ」
「私に任せなさい!」
オレとアンシィは、疲れた身体に鞭を打つと、広大な畑をとにかく掘り返していった。




