020.冒険者の仕事
翌朝。
「あー、頭痛いぃ……」
「だから、飲み過ぎるなって言っただろ」
朝から真っ白い顔をしてフラフラ歩いてくるアンシィに井戸から汲んだばかりの冷たい水を手渡してやる。
村の人たちが接待してくれるからって後先考えずにはしゃいだ末路がこれだ。
今日はできる限り1日で村の問題を解決しなければいけないっていうのに、まったく……。
「お姉ちゃん、この薬あげる!」
と、言って、なにやらギザギザとした草を差し出してきたのは、とても大きなクリっとした目をした可愛らしい少女だった。
村の子どもだろう。ポニーテールに髪をまとめ、村娘がよく着るような、素朴なベージュのチュニックに濃い赤色のスカートを合わせている。
親に冒険者が来たとでも聞いたのか、ひと目その姿を見に来たのかもしれない。
それがこんな二日酔い姿とは、まったくもって面目ないが、女の子はそんなことはあまり気にしていないのか、アンシィへとグイっと草を差し出してる。
「噛んでみて!」
「う、うん」
アンシィは突然の子どもの登場に面食らったのか、柄にもなくやや戸惑った返事をした後、素直に少女の差し出した草の葉を噛んだ。
しばらくハムハムしていると、少しずつアンシィの眼が開いてきた。
「なんだか、頭がすっきりしてきたわ」
「よく村の大人たちが酒場で酔いつぶれたときに噛んでるんだ。頭がすっきりする草なんだよ」
「へぇ」
そんな草があるのか。
今後もアンシィは酔いつぶれることがありそうだし、ちょっと摘んでいくか。
「助かったわ。ありがとう!」
ようやくいつもの調子に戻ったアンシィがさっきとは打って変わってさわやかな笑顔で少女に礼を言った。
その笑顔に、少女もニンマリと笑う。愛嬌があって、かわいい子だな。
「あ、ディグさん、アンシィさん、おはようございます!」
と、そこへフローラがやってきた。
さて、そろそろ活動開始ってとこかな。
「おはよう、フローラ。準備は良いか?」
「ええ、ばっちりです。アンシィは、昨日ものすごーく飲んでましたが、大丈夫ですか?」
「私があのくらいでへばるわけないでしょ。ばっちりよ」
自信満々に言うけど、さっき女の子に薬貰うまで、超へばってましたよね。
「お姉ちゃんたち、魔物退治に行くの?」
「ええ、そうよ! この村に悪さしてる魔物なんて、全部やっつけちゃうんだから!!」
「うわぁあ! やったぁ!! お願いね!! 本当に本当にお願いね!!」
「ええ、任せといて!!」
すっかり仲良くなったらしい少女とアンシィは、二人で盛り上がっている。
「んじゃ、行くとしましょう」
さて、まず目指すは山すそに広がる畑だ。
見渡すばかりという言葉はこういう時使うんだろうな。
東西南北どちらを見ても畑ばかり、それもきちんと耕作されていない、畝すらもまばらな畑というこの状況は、どこぞのディストピア系のネット小説を髣髴とさせる。
とはいえ、上を見れば、びっくりするほど眩しく青い空があり、そこには多くの鳥たちのシルエットが浮かんでいる。
さらにオレの両サイドには、紅蓮に燃える髪の美少女と清楚を画で描いたような碧い瞳の美少女がいるので、全然破滅的な雰囲気もないのだけど。
「目当てのやつはこの地面の中にいるんだっけ?」
「はい、村の人たちはそう言っていました」
「んじゃ、やってみましょうか。アンシィ」
「ほいきた」
アンシィがスコップへと変形、右手でグッとその柄を掴み、刃を力強く固まった大地へと突き立てる。
そして、集中。
「…………<スコップダウジング>」
スコップスキルを発動する。
スコップダウジングは、攻撃用のスキルではなく、探査用のスキルだ。
地面に突き立てたスコップの刃から音波のようなものを飛ばし、その反射を感知することで、土の中にどんなものが埋まっているのか、どこに埋まっているのかをある程度探査することができる。
範囲は周囲数十メートルほど。それほど広くない効果範囲の中でも、件の魔物がわらわらといることがわかった。
オレは、もっとも近くにいた地面の中の障害物に向かって、さらにスキルを使う。
「<天地返し!>」
カブーラ狩りでも大活躍したこのスキルは、地面の中にいる魔物を物理的に地上へと引きずり出すスキルだ。
本来は、地面ごと相対する敵の体勢を崩す技のようなのだが、上記のような使い方もできることから、もっぱらカブーラ狩りでは主戦力として大活躍した。
すでに何度も使っているので、練度も高い。
地面の中で眠っていたらしいそいつは、驚いた様子で身をよじる。
それは、巨大なダンゴムシ型のモンスターだった。
名をデングリーという。巨大と言っても、元々のダンゴムシと比べて、という話で、体調は60センチほどだろうか。
元々はオレ達の世界でいう益虫であり、その柔軟かつ強い身体で、地面を適度に耕したり、はたまた、丸まって回転することで、畝を作ることにも役立つという、まさに農家のために作られたかのようなモンスターだ。
基本闘争本能もそれほど高くなく、戦ったとしても、丸まっての体当たりくらいしか攻撃手段がないため、冒険者でない村人でも数人いれば対処できる。
というわけで、こいつらは討伐対象ではない。
討伐対象は……。
「ディグ! きたわよ!!」
「おいでなすったな!!」
上空を見上げると、巨大なカラスのようなモンスターがこちらに何匹も急降下してくる。
いや近づいてくると、その姿の異様さがわかる。
そいつらの頭には肉がなかった。身体だけがいびつに受肉されたアンデットモンスター。
名をボーンクロウというらしい。今回のターゲットはこいつらだ。
村人の話によると、突然のボーンクロウの大量発生により、そいつらの餌となるデングリーが食い荒らされてしまったらしい。
生き残ったデングリー達も、ボーンクロウを恐れて、土の中に入って出て来なくなってしまい、耕作不能の状態になってしまったということだ。
その上、アンデット系モンスターのエサ場となった影響か、土地自体に軽い呪いのような効果が発生してしまったらしく、人の手で耕作しようにも、体調を崩すものが続出したのだという。
デングリーを最高の益虫だとすると、ボーンクロウは最悪の害虫といったところだろうか。
そんなわけで、天地返しで地面から引き上げたデングリーは、囮というわけだ。
鋭い嘴をキラリと光らせ、ボーンクロウの集団がこちらへ滑空してくる。
「フローラ!」
「行きます!! <ホーリーチェイン>!!」
青白く発光する杖を振り下ろすと、そこから何十もの光の鎖が出現し、巨大なネットが構築される。
高速で滑空していたボーンクロウたちは、急停止することもできず、その鎖でできたネットに突っ込んでいく。
「ぎぎゃああっ!?」
「ぐぐぎゃああああ!!」
ボーンクロウ達の叫び声がこだまする。
失われし神の回復術士であるフローラの魔法には基本的に全て聖なる属性の効果が付属している。
悪しき力を持つ者は、それに触れただけでもその身を焼かれ、削り取られるのだ。
そうして、拘束され、さらに継続ダメージを与えられたボーンクロウ達をヒートスコップで一匹ずつ始末する。
思ったより楽だ。
しかも、こいつら何気にそこそこ高レベルなのか、やっているうちにレベルが1つ上がった。
もしかして、また、パワーレベリング状態になってないか。
こうして、フローラとの連携で、デングリーを囮にしては討伐、デングリーを囮にしては討伐、を何か所かで繰り返すうちに、やがてボーンクロウはやって来なくなった。
こちらを警戒したか、もしくは全て討伐しきったということだろう。
かなりの数を討伐したので、もし、生き残りがいたとしても、しばらくは悪さをすることはないと思う。
そんなわけで、オレ達は思いの外楽に、最初の一件目の討伐を達成し、一度休憩することになった。
さて、酒場での休憩を終え、午後になってからやってきたのは、村の山すそのブナ林の合間にある養蜂場だった。
ここに来るまでの山道には、小川が流れ、果樹園が広がり、野生の草花(少し一般的なそれより大きかったが)が風に揺れるピクニックでもしたくなる素敵環境だったのだが、件の養蜂場に近づいた途端、その景色は一変した。
まず目につくのが、巨大な箱状の建造物だ。
いやちがう、これ巣箱だ。いくつもの六角形が段になったその形は、いわゆるハチの巣のイメージそのままだ。でも、サイズは数百倍にもなる。
一つ一つの六角形が一抱えほどもあり、そこには見るからに美味そうな蜜がこれでもかと詰まっている。
この世界に来てから、やけに甘味が多いと思っていたが、これだけの規模で蜂蜜が作られているのなら、それも当然だな。
「あ、あれがワシたちが育ててる蜂の巣箱なんじゃが」
道案内をしてくれた養蜂場の代表をしている老人が説明をしだした。
「見ての通り、年取った女王蜂が興奮期に入ってしまってのう。本当はそうなる前に冒険者に駆除してもらいたかったんじゃが……」
「なるほど」
事前に聞いた説明によると、この養蜂場で飼育しているのは、巨大な蜂型モンスター、グランベスパ。
一般的な蜂と同じ習性を持つこの蜂型モンスターを使って、大量の蜂蜜を生産することができるらしい。
普通の蜂と同じく、女王蜂と働き蜂が存在するこのモンスターは、女王蜂が死ぬことで働き蜂の中から新たな女王蜂が生まれ、世代交代が行われるのだが、稀にその世代交代がなかなか行われないことがある。
つまり女王蜂が異様に長生きしてしまうパターンがあるのだ。
そうなると、高齢になった女王蜂は、いわゆる興奮期という非常に好戦的な時期に突入する。
働き蜂を使って、人間にも危害を加えるようになり、周囲の木々などもなぎ倒し、他のモンスター等も襲うようになってしまうそうだ。
「働き蜂はこれからも蜂蜜を作ってくれる貴重な労働力じゃ。できれば、女王蜂だけを上手く排除して欲しいんじゃが……」
「わかりました。やってみます!」
フローラと頷き合うと、事前に相談した作戦を決行する。
「さあ、来なさい!」
フローラが一人巣の前に歩み出て、杖を構える。
巣の一番上部にいる女王蜂がそれに気づいた。
真っ赤な瞳でギラリとにらみつけると、フローラに向けて、働き蜂が殺到する。
その数十数匹ほど。一匹一匹の大きさは人の上半身ほどもある。
そんな蜂に刺されたら、ひとたまりもないだろう。
しかし、フローラは微塵もたじろぎはしない。
「ホーリーチェイン!!」
ボーンクロウ狩りでも大活躍したホーリーチェインを発動、網状の鎖が蜂を捉える。
アンデッドではないグランベスパにはダメージを与えることはない。
だが、それでいい。今回はただ拘束することそのものが目的だ。
「行くぞ、アンシィ!!」
「おうともさ!!」
スコップモード<剣>で、オレはフローラの後ろから地面を全速力で掘り抜く。
今やオレのスコップレベルは50に届こうというところ、自分ひとりであれば、地面を高速で掘り抜いて進むなんてこともたやすい。
そのままフローラが立っているであろう場所の地中を進み、巣の直下へとトンネルを作りながら、跳び出した。
「ギギッ……!?」
突然現れたスコップ野郎に、戸惑った表情の女王蜂。
だが、フローラの元に大半の働き蜂を向かわせたツケで、女王の周りのガードは手薄い。
オレは、残った働き蜂の間を縫うようにして、女王蜂への距離を詰めた。
「食らいやがれ!! ヒートスコップ!!!」
炎帝の加護を受けた赤熱する刃を女王蜂の脳天に叩き込む。
特別戦闘力が高いというわけでもない女王蜂は、それだけで灰となって空へと溶けてゆく。
瞬間、こちらに殺到してこようとしていた働き蜂たちの血走った目が、穏やかな青色へと変わった。
どうやら任務完了のようだ。
「す、凄いですじゃ!! 冒険者様!!」
村人のねぎらいを聞きながら、オレとフローラはハイタッチを交わしたのだった。