002.トラックには轢かれなかったけども
──月が綺麗ですね。
なんて言ってる場合じゃない。
半月の昇る今の時刻はすでに午前0時を回ったところ。
そんな深夜にオレは一人、小高い丘にそびえる懐かしき母校の門の前に立っていた。
上は黒のパーカーに下も黒のズボン。まさに全身真っ黒ボーイだ。ゴキブリとか言うな。
そんな怪しげ……もとい、目立たない格好なのは、これからオレが学校へと侵入するからだ。
ミッションターゲットは一つ。
桜の木の下に埋まるタイムカプセル、そして、その中に入っているはずのオレの「5年後の自分への手紙」だ。
「よっと!」
オレは門に手をかけると、隣の生垣に一瞬足をかけて飛び超える。
音もなく着地、気分はアサシンだ。
さあ、さっさと終わらせて早く寝ないと、朝死んじゃうから、頑張るぞ☆
って、そんなしょうもないダジャレ言ってる場合じゃなかった。
そそくさと壁沿いを進み、飼育小屋の横を通り過ぎる。
学習園を越えた先に、件の桜の木があったはずだ。
「うわっ……っと!!?」
足元もろくに見ずに走っていたら、何か硬い物にぶつかって、オレはたたらを踏んだ。
「なんだ……?」
振り返って確認すると、それは地面に刺さった何かの柄だった。
なんとなしに、そのまま握って引き抜いてみると、スポッと地面から刃が出てきた。
スコップだ。いや、移植ごてと言った方がしっくりくる人もいるかもしれない。
園芸で使われるあのなぜか緋色をした一番スタンダードなやつ。
「ちょうどいいじゃん」
このスコップがあれば、タイムカプセル掘り出すのも楽ちんだ。
というか、素手でいったいどうやって掘るつもりだったんだ。我ながら考えなしすぎる。
そのままスコップを右手に持ち、オレは懐かしき桜の木の前へとたどり着いた。
懐かしき、といっても、今は真っ暗で、ほとんどシルエットみたいなものだけど。
さて、どの辺に埋めたんだったっけか……。
何か目印を残しているわけでもなく、桜の木の周りはどこもフラットだ。
だいたいこの辺りだったかな、という場所に目星をつけて、とりあえず掘ってみることにする。
学習園で拾った園芸用スコップを片手に、ひと掘り、ふた掘り……。
20センチほど掘ってみて、見つからなかったので、少しずらして二つ目の穴を掘る。
深夜とはいえ、寝苦しい真夏の夜だ。
三つ目の穴を掘り終える頃には、額にじわりと汗がにじんでいた。
そして、四つ目の穴を掘っていると、途中で、カキン、と何か硬い物にぶつかる感触がした。
見ると、金属質な何かが、わずかに露出している。
「これだ」
スコップを近くの地面に突き刺し、両手を使えるようにすると、オレは周りの土を払いのけて、中から箱を引き上げた。
アルミ製のケースだ。ふたには油性マジックでオレたちが卒業した年とクラス名が表記されている。
間違いない。5年前、オレたちが埋めたタイムカプセルだ。
「一足お先に、ご開帳……っと」
ふたを開けると、中にはビニール袋。結び目を解くと、大量の封筒が出てきた。
それぞれの封筒には宛名(といっても本人の名前だが)が書いてある。
えーと、古川、野沢、中尾、若本、堀川っと、あったあった。
当時流行っていた妖怪アニメのキャラクターシールで封がされたそれを手に取る。
5年ぶりの再会。中身の確認は後回しにして、とりあえず、パーカーのポケットに自分の封筒をしまった。
そして、タイムカプセルを元の場所に埋め直す。
スコップで土をかぶせ、刃の部分を使ってフラットに均す。
痕跡が残らないよう、踏んづけてできるだけ土を固めた。
当日までまだ2週間ほどある。雨でも降ってくれれば、周りの地面にもなじむだろう。
よしっ、こんなところか。
「誰だ!!」
「うわっ!!!?」
突然、目に光が飛び込んできた。
誰かが構えた懐中電灯に照らされたのだ。
眩しくて、相手はうっすらとしか見えない。
まさか、こんな時間に人がいるとは……。
おそらく先生じゃない。警備を委託されている業者の人間だろう。
いや、そんな悠長に分析してる場合じゃない。
オレは弾かれたように踵を返して走り出す。
「ま、待てっ!!」
当然追いかけてくるが、声からして警備会社の人はそんなに若くない。脚ならきっとオレの方が速いはず。
入ってきた正門方向とは逆に、運動場を走り抜ける。
すでに見つかっているので、どこを走ろうがお構いなしだ。
数十メートルの距離を横断すると、立ちふさがるのは、学校と外を隔てるブロック塀だ。
それほど劇的に高いというわけではないが、オレの身長+1メートルくらいはあるだろう。
登れるか? と逡巡したその時、はじめて自分の右手に園芸用スコップが握られているのに気付いた。
反射的に持って来てしまったらしい。
そのままその辺りに放り出そうと思ったが、いや待て、こいつは使える。
「よっと!!」
オレは、ブロック塀のすき間にスコップを突っ込むと、それを支えに一息にブロック塀を登り切った。
さすが普段から小説をスコップをしているオレだ。スコップの扱いならお手の物。関係ないけど。
塀の上からちらりと見ると、警備の人はすでにブロック塀まであと数メートルというところまで迫っていた。
ヤバイ、急いで乗り越えないと──。
「あっ──」
その焦りが命取りだった。
一瞬、警備の人に気を取られたオレは、右手に未だスコップを握ったままだったこともあって、見事に体勢を崩した。
身体が傾いでいく。
なんだか周りの景色がやけにゆっくり見える。
あれ、これって、もしかして走馬灯ってやつ……?
あ、そうか。忘れてた。このブロック塀の向こうって、確か……。
「あー、オレ……」
──死んだな。
ほんの刹那のような、永遠のような浮遊感の後、オレは漆黒の奈落へと落下していた。