018.魔草
「ふぅ~、空気がおいしいです! 今日も気持ちの良い朝ですね、ディグ!!」
「そ、そうだね……」
「どうしたんですか、その顔……?」
「あ、いや、ちょっと慣れない枕で良く眠れなくてね。ははっ……」
昨晩はひどい目にあった。
アパタイさんによるマッサージという名のあれやこれや。
何とか貞操の危機だけは守り抜いたものの、失ったものは大きかった。シクシク。
いや、人間いろんな面があるもんだね。
良い人だけどやばい人って一番関わり合いたくねぇわ。
「あら~、ディグちゃん、おはよ~! 昨晩はお愉しみだったわね~!!」
「お愉しみ……?」
「フ、フローラ!! 何でもないから!!」
本当に何もないよ!!
なにも……!!! なかった……!!!! ドン!!
「さあ、さっそく花壇を作るわよ!!」
昨晩はオレの助けを呼ぶ声にも気づかず、ぐっすり眠っていたアンシィは元気いっぱいだ。
「ここには何の花を植えるんですか?」
「これよ」
そう言って、アパタイさんが手のひらを開くと、そこには黒い種がいくつか乗っていた。
大きさは小指の爪くらいだろうか。どこかで見たことがあるような気がする。
「最近は私もさすがに歳を取ったのか、お肌も曲がり角でね~。化粧水なんかを作れたらと思って」
「なるほど。いいわね!」
アンシィは何の種がわかってるようだ。
さすがに元学習園の移植ごてといったところか。
「なあ、アンシィ、これって……?」
「あんたも見たことあるんじゃないかしら。小学校の授業で育てることもあるわよ」
授業で育てる?
あー、もしかして。
「これ、ヘチマか」
「ご名答」
「ヘチーマの種よ~。タワシも作れるし、茎から出るヘチマ水で作った化粧水は、効果抜群なんだから~」
なるほどね。確かに小学生の時、育てたような育ててないような。あれ、オレが育てたのってヒョウタンだったっけか? まあ、どっちでも良い。
「とりあえずその種を蒔けばいいんだな」
「ノンノン、まずは、しっかりした土を作らないと~」
「それなら私に任せなさい」
アンシィは、アパタイさんの前でも躊躇なく、スコップモード<鍬>に変身する。おいおい。
「まあ~、アンシィちゃんそれ魔法~? 凄いわ~!!」
アパタイさんはさほど驚いた様子でもなく褒めている。この人も天然か。
ちなみに<鍬>モードは、いわゆるスコップ鍬と言われる形で、刃の部分は<剣>モードとほぼ同様だが、首の部分がガッツリ90度曲がっており、鍬と同じ感覚で使えるようになっている。
しかし、習得したは良いものの、こんなモードいつ使うんだと思っていたモードを実際に使うことになるとは……。
オレ、マジで異世界に何しに来たんだっけ?
「さあ、ディグ、耕しなさい!」
「へいへーい」
いつもの要領で花壇に穴を掘る。
「こんな感じでいいのか?」
「違うわよ。掘るんじゃなくて、土を耕すのよ。いいこと。ヘチマはね。根は縦じゃなくて横に伸びるの。その意味がわかる?」
「えっ? えーと、あんまり深く掘らなくて良いってこと?」
「そういうこと。掘るのはほんの30cm程度でいいわ。土がふわっふわになるまで、何度も刃を入れて耕しなさい」
「難しいなぁ」
いつものスコップとはちょっと違う使い方に戸惑いつつも、オレは耕す作業に没入した。
フローラはその間、アパタイさんと芽出しした種を運んできたり、他の花に水をあげたりしていた。
慣れない耕運作業だったが、さすがにこの世界に来てからスコップを使い続けたこともあってか、耕すという行為にもほどほどに慣れてきた。
アパタイさんが倉庫から出してきた石灰と肥料を入れ、さらに耕すと、ずいぶん土がふわふわになってきた。
「こんな感じか」
「ふむ、初めてにしては上出来ね。とはいえ、我が小学校の用務員であり土づくり名人、田中さんに比べれば、まだまだだけれど」
「お前は何ポジションだよ」
とりあえず、良い感じに土もできたところで、いよいよ種まきだ。
こちらの作業はフローラに任せる。
「そうそういい感じよ~。フローラちゃん~。間隔は少し広めでお願いね~」
「わかりました!」
と、言ってるうちに、最後の種を植え終えるフローラ。
土づくりに対して、種まきの労力少なくね?
最初の水やりを終えると、ようやく作業終了。
オレはホッと息をついた。
「これでお手伝いは完了よ~。本当に助かったわ~」
「まあ、部屋借りてる立場ですし」
「また、いつでも頼って下さい」
「じゃあ、最後に片付けだけお願いするわ~」
というわけで、使った道具を倉庫に戻す。
と、その時だった。
倉庫の奥の方に、なにやら首をもたげている赤い花を見つけたのだ。
なんでこんな陽の当たらないところに花が?
オレが、疑問に思っていると、フローラがそこに近づいてきた。
花をひとめ見て。
「この花…………魔草ですか?」
「魔草?」
「あら、よく知ってるわね~」
最後に倉庫に入ってきたアパタイさんとアンシィが、こちらに歩いてきた。
「これはアルフィニウム。魔力を養分にして成長する魔草の一種よ」
アパタイさんはそう言って、なぜだか少し寂しそうに笑った。
魔草。それは、魔力を養分として、成長する花である。
いくつか種類がある魔草であるが、その中でも、このアルフィニウムは、特に珍しく、薄紅色の花弁の美しさにも定評があるという花だった。
半面、生育がとても難しい花でもあるそうだ。
まず、太陽に弱い。
アルフィニウムは養分を全て魔力に依存しており、光合成をおこなって養分を確保することができない。
つまり太陽は、貴重な水分を奪いとるだけの存在であり、アルフィニウムにとっては毒以外の何物でもないということ。
さらに、養分となる魔力もただ、魔力をそのまま当てればよいというものでもないらしい。
アルフィニウムが魔力を吸収できるのは根のみ、つまり土に魔力、そして、水分を含ませなければならず、その点でも、生育が非常に難しいということだった。
「でも、なんでそんな花をこんな場所で?」
「この花はね~。妻が10年前にここに植えた花なのよ~」
「えっ……」
「亡くなる1年ほど前の事よ~。突然、この花を持って帰ってきたときは驚いたわ~。当時の私は全然花の知識がなくてね~。こんな場所で本当に育てられるのかって、妻の考えなしの行動に飽きれたものよ~」
当時の出来事を思い出すように、アパタイさんは目を閉じた。
「でもね。妻は少ない資料を調べて、アルフィニウムをとても大事に大事に育てたわ~。それこそ自分の子どもかってくらいにね~。実際、私たちには子どもはいなかったから、半ば本当にそう思って育てている節もあったわね~。そんな妻の献身的なお世話もあってか、アルフィニウムはすくすくと成長し、あと少しで開花するというところまで来たわ~。でも……ほんのあと少しで開花するとなったその日、妻は帰らぬ人となった……」
「あっ……」
「その後、この花は一度枯れかけたのだけれど、妻の大事にしていたこの花をどうしても枯らせたくなくてね~。ずっとだましだましお世話をしてきたわ~。でも、それももう限界みたいね~」
オレは改めてアルフィニウムの花を見る。
薄紅色のつぼみは、開くそぶりすら見せず、その頭をもたげている。
葉っぱも半ば萎れ、色つやも良くはない。
確かに、枯れかけと言われても仕方がない状態だ。
「なんとかならないんですか?」
「無理ね」
フローラの言葉に答えたのは、アパタイさんではなく、アンシィだった。
「植物に縁のある私にはわかる。この花にはもう開花できるような力は残されてない。それどころか、もう半月も保たないでしょうね」
「やっぱりそうなのね」
アパタイさんは、わかっていたように目を細めた。
「もともと、なんとか工夫して枯らさないように枯らさないように無理に育てていた状態だったのよ。そうこうしているうちに、少しずつ少しずつ弱ってきていたのね」
「な、なんとかならないんですか? アンシィ!」
「魔力が栄養なんだったら、フローラが魔力を注げば良いんじゃないのか?」
提案してみたが、アパタイさんは首を横に振った。
「魔力が栄養といっても、なんでもかんでも魔力なら栄養にできるわけじゃないわ。人の魔力では無理なの。自然の力から生まれた魔力でないと無理。あるいは魔石の魔力なら砕いて土にしみこませることもできるけれど、実際にそうやってお世話をしてきても、なんとか生きながらえさせることしかできなかったわ」
アパタイさんの言葉に、全員が口を噤む。
もやもやする。
せっかくの思い出の花をこんな形で枯らせてしまって本当に良いのだろうか。
見ると、アンシィも右手をギュッと握りしめて震えていた。
冷静に分析はしていたが、やっぱりこいつもこのままは嫌なんだ。
どうにか……どうにかならないのか。
「常闇の庭園でも、あれば良いのだけどね」
ぽつりと、アパタイさんがつぶやいた。
「常闇の庭園……?」
「噂話だけどね。魔の森の奥に、豊富な魔力を含んだ土壌があるなんて聞いて、一度縋ってみたこともあったわ。でも、結局噂は噂。魔の森を探索したことのある冒険者に聞いても、そんな場所はなかったって」
常闇の庭園……どこかで聞いたような。
そうだ。確か、前世でスコッパーをやっていた時だ。
ランキング上位のとある小説の中に、常闇の庭園という名の、隠しダンジョンのようなものが登場したことがあった。
そこは魔力が非常に豊富で、その豊富な魔力を使って、主人公は死者蘇生の秘術を使っていた。
死者を蘇生できるほどの場所なら、魔草が花を咲かすこともきっと可能だろう。
そして、この世界には、オレが知ってる小説の要素も多分に入っているように思える。
元々はあの豚野郎が創造したらしい世界だ。
もしかしたら、本当にウェブ小説で読んだそんな隠しダンジョンが存在するかもしれない。
「アパタイさん、オレ達魔の森に行ってみるよ」
「えっ……でも、魔の森には……」
「実はオレ聞いたことがあるんだ。魔の森には普段は秘匿されてる秘密の隠し通路があるって、きっとその先にその常闇の庭園っていうのがあるんじゃないかな」
「そ、それは本当なの……!?」
アパタイさんが食いつく。なんだ、やっぱりまだ未練があるんじゃないか。
オレが言ったのは、前世知識から着想を得ただけの与太話だ。でも、可能性がゼロとは言い切れない。
「確証はないけど、このまま枯れるのを待つよりは、それに賭けてみるのも悪くないんじゃない」
「ディグちゃん……。なんで、そこまで……?」
「あー、アパタイさん、ディグってそういう人なので」
「そうそう口ではなんだかんだ言うけどね」
フローラとアンシィが顔を見合わせて笑う。
こやつら、いつの間にかえらく仲良くなりおって。
「本当に頼んでよいのね?」
「うん、でも、苗は移植することになる。それに、魔の森にどんな魔物が出るかもわからない。だから、オレ達だけで行くことになる。それでも良いなら」
「あの苗が自然の中で生き残れるのならば、私の手元になくたって構わないわ」
「わかった。じゃあ」
アンシィとフローラがオレの両サイドに立った。
「その依頼、オレ達が引き受けた!」




