016.パワーレベリング的な
別棟の1階は倉庫になっており、部屋があるのは階段はしごを登った2階だった。
上がった先にまず、1部屋、その隣にもう1部屋で、合計2部屋。どちらも広さは12畳近くあるだろうか。なかなか広い。
ただし、屋根裏のような構造になっているためか、どちらの部屋も東西向きの一面は斜めの壁になっている。
採光も良く、非常に明るい雰囲気のある部屋だ。
調度品はそれぞれの部屋にベッドが一つずつ。椅子と机がそれぞれ一つ二つあり、奧には衣装棚と簡易式の暖炉のようなものが設置されている。
現実世界のオレの部屋に比べれば、粗末なものだが、落ち着いた雰囲気があって、なかなか悪くない。
「へぇ、なかなか良い部屋じゃない」
「そうだな」
花壇に続き、アンシィは部屋にもご満悦のご様子。
フローラは一度、見ていることもあってか、ニコニコとほほ笑みながら、オレとアンシィの反応を伺っていた。
部屋としては、申し分ない。申し分ないのだが……。
ゾクリ……。
なんとなく視線を感じて振り返る。
すると、アパタイさんがまるで品定めするかのように、こちらをジッと見ていた。
なんだろう。良い人なのはフローラへの対応でわかるんだけど、やっぱりこの人どことなく苦手だ。
「いや、部屋はいいんだけど……」
「なにかご不満がありますか?」
「不満というか……」
どうやら、フローラもアンシィもまるでアパタイさんに関して何も感じていないらしい。
「今なら、お家賃はこれくらいにしておいてあげるわ~」
「なっ!?」
安い。ようやく数字が読めるようになったばかりで、この世界の物価についてはまだまだ詳しくないが、少なくとも、毎日宿屋に泊まる場合の半分どころか四分の一程度の料金にはなる。
「勉強させてもらってる分、お手伝いはちょくちょくお願いさせてもらいたいところだけど~」
「ディグ、もうここに決めちゃいましょう!」
「えっ……」
「そうですね。正直、このお値段でこれだけのお部屋を貸していただけるなんて、おそらく他にありません」
アンシィの一声に、フローラも乗っかる。
確かに、メリットしかない。ないはずなんだが……。
なんとなく乗り気になれないものの、二人の圧が凄くて、とてもそれを言い出せる雰囲気じゃない。
「わ、わかったよ。じゃあ、この部屋貸してもらおう」
「やったー!!」
アンシィはよほどうれしいのか、飛び上がって喜んでいる。
まあ、仲間もいるし、花壇もあるし、彼女にとっては最高の環境なんだろう。
それにしても……。
再び、ちらりとアパタイさんの方を見ると、目が合ってしまったので、慌ててそらした。
どうにも首元がチリチリする……。
というわけで、部屋も確保できたところで、とりあえずは今日もクエストだ。
今日のクエストは、午前中が街の近くの丘陵地帯の魔物退治、午後が近くの森で薬草や山菜の採取だ。
最近は、この流れがルーティーンになりつつあった。
どちらも作業としてはかなり安定したものだ。
あの巨大シュロマンダー討伐の件もあり、現在、オレのレベルは22まで上がっている。
基礎ステータスも大きく上昇し、あれだけ苦戦していたノーマルシュロマンダーも今や一撃で倒せるようになった。
見た目は全然変わっていないのに、力や素早さなどが以前より遥かに向上しているのには正直違和感があったが、これもシステムというやつのたまものらしい。
もっとも、自分の体型が変化するのはともかく、フローラみたいな美少女が、ムキムキになる姿は見たくなかったので、どちらかというとありがたい仕様だ。
ステータス以外のところで言うと、アンシィの「炎帝の加護」による炎熱攻撃にもかなり慣れてきた。
パワーを調節して、肉焼いたりもできるので、戦闘以外でも役に立っている。野営することになっても、これがあればばっちりだな。
また、午後行っている採取クエストでは、スコップを本来の用途で使う機会も多く、スコップ技能も41まで上がっている。
同じくフローラも、大きくレベルアップを遂げ、精神力が高まってきたためか、魔力が暴発する頻度も以前よりはかなり減ってきた。
とはいえ、まだまだ、3回唱えれば1回は失敗するレベルなので、もうしばらく他の人をパーティに入れるのは待った方が良いかもしれない。
オレもアンシィもフローラも、毎日少しずつではあるけど、確実に能力が上がっている。
もう少し能力が上がってきたら、魔王討伐の件もフローラに相談してみるつもりだ。
「ふぅ、こんなところかな」
30匹目の魔物をスコップでぶっ飛ばしたオレは、額の汗をぬぐった。
今日、主に狩っているのはカブーラというカブのお化けのようなモンスターだ。
普段は地面に埋まって、カブに擬態しているのだが、こちらの隙を見ると、地面から飛び出し、襲い掛かってくる。
逆に言えば、隙さえ見せなければ近づいても襲い掛かってこないので、オレが習得した新スキルと非常に相性が良く、もはや入れ食い状態で狩れてしまう。
いちいち土から出てくるのを待たなければならないこのモンスターは、一般的な冒険者にとってはかなり不人気なモンスターであり、ほぼほぼオレ達が狩場を独占する形になっている。
そのおかげで、パワーレベリングに近いような効率で狩りができており、巨大シュロマンダーを倒してから、ほぼこいつらしか相手にしていないにも関わらず、3日で5もレベルが上がっていた。
まさか、スコップという武器でこんなに得をすることがあるとは。世の中分からないもんだ。
「見て下さいディグ! もう籠もパンパンです!」
フローラの背負い籠の中には、すでにバタンキューしたカブーラが大量に詰まっていた。
こいつら、普通にカブの味がするらしく、八百屋で買い取ってもらえるのだ。
そういった金銭的な面でも、本当にこいつら優秀なんだわ。
「ちょっと早いけど、今日はもう一旦街に戻ろうか」
「そうですね」
「何、もう終わり?」
アンシィが人間形態へと変化する。
「まだ、掘り足りないんだけど」
「どうせ午後も薬草採取なんだから、いくらでも掘るだろ」
「薬草採りは薬草採りで楽しいけど、根を痛めちゃダメだから、気を遣うじゃない。その点、モンスターは思いっきりぶっ叩けるし」
「お前、すっかり武闘派になっちまったなぁ」
どんどん本来の用途から外れて行ってる気がするが、本人的にはオールオッケーらしい。
「でも、さすがにもうほとんど狩り尽くしちまったなぁ」
改めて丘陵を眺めるが、すでにカブーラの茎と葉が地面から出ている場所は数えるほどだ。
「そうですね。ディグも随分強くなりましたし、そろそろ迷宮なんかにも挑戦してみるのもいいかもしれません」
「迷宮かぁ」
自分の唯一知っている迷宮が、マグマ吹き出るかなりの鬼畜迷宮だったので、ちょっと怖いなぁ。
「まあ、ぼちぼち考えよう」
「あ、ディグ。ほっぺたに擦り傷がありますよ!」
「えっ?」
あ、そういえば、さっきカブーラと交戦中に相手のはっぱカッター的な攻撃が掠ったかもしれない。
「だ、大丈夫だよ。これくらい」
「いえ、ダメです! 小さな怪我でも、きちんと治療しないと大事になることだってあるんですよ」
「わ、わかったよ」
オレは、ごくりと唾を呑み込む。
最近のフローラは、前と違って積極的に回復しようとしてくる。
こんな風に、小さな怪我を見つけては、「ディグ! 回復しなくちゃ!」と顔を近づけてくる。
正直、この程度の怪我で回復もなにもあったもんじゃないのだが、「オレで、練習していいよ」と言ってしまった手前、甘んじて受け入れている。
ゴクリ……さて、今日は乗るか反るか。
「彼の者を癒したまえ……ヒール!!」
ボォオオオオオオン!!!
「うぎゃああああああ!!!」
現在の成功率、6割6分6厘……バタリ。