156.説得
パンパン、と美女が手を叩くと、こちらに向かって来ようとしていた黒服のスタッフたちが、直立不動になった。
どうやら、彼女は、ディーラーの中でも、かなり権力を持った立場にいるようだ。
落ち着いた表情で、彼女は、感情の読めない視線でオレ達を眺めている。
「フルオラ! こいつらを早く、カジノから追い出してくれ。僕のエリクスに危害を加えようとしたんだ!」
「いや、それは……」
「あらあら、それは穏やかではありませんね」
オレの弁解を遮るように、芝居がかった仕草で、フルオラがそう言った。
完全に彼女もオレ達を排除しようと考えているようだ。
そう思っていたオレだったが、意外なことに、フルオラは、まるでオレ達を受け入れるように、にっこりと微笑んだ。
「ですが、そちらの方々にも言い分があるようですし、一度、ゲンヤ様も落ち着いてお話しされてはいかがですか?」
「えっ……?」
「フルオラ!! 何を言って……」
「ゲンヤ様……」
話し合いの場を設けようとするフルオラを問い詰めようとするゲンヤ。その胸に、エリクスが縋った。
「エリクス……どうして……?」
そんなエリクスの様子を見て、ゲンヤが思わずそう漏らした。
ゲンヤを放っておいて欲しい、という彼女の気持ちに変化があったかはわからないが、少なくとも、落ち着いて話をすることには、彼女も賛成しているようだ。
身内の2人から諭される形となったゲンヤは、まだ、表情に若干の憤りを含ませつつ鼻を鳴らした。
「ふん、どう、エリクスを丸め込んだかは知らないが、僕は考えを変える気はないからな」
一応は、オレの話に、ゲンヤは耳を傾けてくれるらしい。
「じっくりお話しされるのでしたら、こちらの部屋をお使い下さい」
「ああ」
やけに準備良く用意された部屋へと向けて、オレ達はゲンヤの後ろをついていく。
すると、ツンツンと誰かがオレの背中をつついた。
「フローラ?」
「あ、あの……ディグ……」
フローラは少しだけいぶかし気な表情を浮かべながら、前を行く、メリハリのある背中を見つめていた。フルオラだ。
タイトなスカートからは、はっきりと形の良いヒップの輪郭が浮き彫りになっている。
艶々としたその生地が、歩くたびにテカテカと光沢を放つものだから、お尻の肉感がより伝わってきて、やけにセクシーだ。
後ろ姿だけで、ご飯3杯はいけるぜ。
そうか、フローラも尻フェチだったのか、と明後日の方向の思考を巡らせていると、首をひねりながら、フローラの口から「やっぱり……」という小さな呟きが漏れた。
「あの人、私、どこかで会った気がするんです……」
「へぇ、そうなのか」
そう言えば、VIPルームに入る前に彼女と出会った時は、フローラはいなかったもんな。これが初見ということになるんだろうけど、面識があったのか。
「でも、どこで会ったのか思い出せないんです。なんだか、喉元まで出かかってはいるんですが……」
「ふむ」
フローラはこの島に来るのは初めてだし、どこか別の場所で会ったことがあるってことだろうけど、あんな美女、一度見たら、オレなら忘れそうにないけどな。
そういえば、関係ないけど、フローラとフルオラってなんか名前の語感も似てるな。
「聞いてみたらいいんじゃないか? どこかでお会いしたことありませんかって」
「そ、そうですね。なんだか、もやもやしますし、ちょっと一度お話を……」
意を決して、フローラがフルオラの背中に声をかけようとしたその直前、彼女がヒールのかかとを軸にして、くるりとこちらへ向き直った。
「着きましたわ。さあ、ゲンヤ様、そして、ディグ様」
「なんでオレの名前を……?」
「VIP会員様のお名前は、すべて把握していますわ」
オレの首元に光るプラチナ色のバッチ(VIP会員の証として受け取ったものだ)を一瞥しつつ、彼女はうっすらと笑った。
「そして、申し訳ないのですが、この部屋は、VIP会員様のお連れ様方はご入室をご遠慮いただきたいのですが」
「えっと……」
つまり、オレしか入れないってことね。
オレは、振り返ると、仲間達へとアイコンタクトを取る。
フローラを筆頭に、みんな小さく首肯で返してくれた。
「わかった」
「エリクス、君も外で待っていてくれ」
「でも……」
「頼む」
ゲンヤが優しい手つきで、頭を撫でると、エリクスはまだ、少し不安そうな表情ながらも、一歩ゲンヤから退いた。
「ふふっ、では、こちらへ」
ゲンヤが先に、続いて、オレが、豪奢な観音開きの扉をくぐる。
そこは思っていたよりも、こじんまりとした部屋だった。
とはいえ、アパタイ宅のオレの部屋よりはずっと大きい。
赤い絨毯が全面に引かれ、高級そうなソファや観葉植物が置かれている。
部屋の奥にはちょっとしたバーカウンターが設置され、中央には、ルーレットとカードゲーム用であろうテーブルが鎮座している。
それなりに豪華な内装ではあるが、どちらかというと少し落ち着いた雰囲気の部屋だ。
もっとも、このカジノに入ってきてから感覚が狂いっぱなしなので、一般的な目線で見れば、この部屋も十分ラグジュアリーな部類ではあるのだろうが。
慣れた様子で、ゲンヤがテーブルの奥にある薄紫色のソファへと座った。
オレも、対面へと座る。
「さて、話したまえ」
足を組むゲンヤ。
態度からして、やはり"一応は話を聞いてやろう"というレベルだ。
オレは、口を開こうとして……何から話せばよいか迷った。
正直、オレの伝えたいことはすべて伝え終えていた。
魔王を倒すために、ゲンヤの力が必要であるということ。
魔王をどうにかしなければ、この島さえも危険であるということ。
伝えなければいけないことは、すでに、これまでの話の中で、伝えている。
それでも、彼は首を縦に振ってくれなかった。
脳裏に、エリクスを諭したアンシィの様子が浮かんだ。
だったら、オレが伝えないといけないのは……。
「ゲンヤさんは、エリクスさんのことが本当に好きなんですね」
「は? 何の話をしている……?」
いぶかし気な視線を送りつつも、耳を傾けるゲンヤへとオレは続ける。
「さっき、エリクスさんが、オレ達と一緒にいるのを確認して、駆け付けてきたゲンヤさんの様子を見て、本当に彼女の事を大切にしているんだなぁ、って感じたんです」
「当然だ。エリクスは僕にとって……命よりも大切なパートナーだ」
ゲンヤさんが、グッとその拳を胸の前で握った。
「オレも同じです」
「何?」
「オレもパートナーのアンシィを大切に思っています。あいつは楽器みたいな洒落たものじゃなくて、ただのスコップですけどね」
「…………愛着があれば、それがどんな道具だろうが、関係はないだろう」
ああ、やっぱりこの人。
オレは彼の言葉に大きく頷いた。
「一度、オレはアンシィを失いかけたことがあります」
天井を見上げ、思い出すだけでも辛い、あの時の出来事を脳裏に浮かべる。
「巨大な竜との戦いで、アンシィは、オレ達をかばうために、一度粉々に砕かれてしまいました。その後、なんとかアンシィを復活させることができましたが、あの時は、胸が引き裂かれる思いでした」
「だったら、なぜ、まだ、戦いなんかに身を投じている。君のパートナーがそんな目に遭ったのは、明らかに、道具を本来の使い方ではない"戦い"なんかに使ったせいだ」
「アンシィを失いかけた時、オレも同じことを思いました。彼女が傷ついたのは、オレがアンシィを戦いに使ったせいだって」
「事実そうだろう」
「はい。でも、復活したアンシィは言ってくれました。『ありがとう』って」
オレは、あの時の言葉を噛み締めるように思い出す。
「楽しいことも辛いこともみんなひっくるめて、相棒だって、言ってくれたんです。楽しい時だけ一緒にいて、辛い時にあんたの傍にいられないのは嫌だって」
「…………」
「ゲンヤさん。オレは最悪、あなたが魔王討伐に参加できないというなら、それでも構いません。でも、大切な相棒が、今のあなたをどう思っているのか。それをもう少しだけ考えてみてくれませんか」
「………………僕は……」
その後、ゲンヤさんが、何か言葉を続けようとしたその時だった。
パリィイイイイイイイン!!
「何だ?」
部屋の外から、窓ガラスが割れるような音が響いた。
かなり大きな音だった。割れた鏡は一枚や二枚じゃない。
オレとゲンヤさんは顔を見合わせる。
「行ってみましょう!」
「あ、ああ……!」
ソファを飛び越えるようにして、扉へと走ったオレは、ドアノブに手をかける。
しかし……。
「なんだ? ロックされてる……?」
「フルオラ! 何か起こったらしい! 扉を開けてくれ!」
「あらあら、そんなに慌てなくても、大丈夫ですよ。お二人とも」
フルオラさんが、落ち着いた様子でこちらへとやってくる。
「もしかしたら、エリクスに何かあったかもしれないんだ。早くしてくれ」
「大丈夫ですよ。私達は、エリクス様の身柄を確保したいだけですので、乱暴はしません」
「は? フルオラ、こんな時に何の冗だ──」
「危ない!!」
フルオラがダーツをこちらに向かって投擲したのが見えて、オレは、体当たりをするように、ゲンヤさんをその射線から外した。
2人して、赤い絨毯へと倒れ込む。
「うっ……」
「ふふっ、よく避けましたね」
「お前……魔王軍か!?」
「ええ、自己紹介が遅れましたね」
艶めかしく、指でスリットをなぞりながら、彼女は言った。
「私は、逢魔四天王が一人、フルオラ。さあ、転生者様達、楽しいゲームを始めましょう♪」
新作の投稿を始めました。
『"かわいい"は最強です♪~勇者パーティーにクビを宣告された精霊術士、完全無欠の美少女アイドルになって、ダンジョンの頂を目指します~』
こちらもどうぞ、宜しくお願いします!!




