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オレにホレないモノはなし!~完全無欠のスコッパー~  作者: GIMI
第9章 想いを奏でて
151/156

151."あの子"

 中学2年の時だった。

 ちょうど、自分の書道の才能に見切りをつけ、新しい何かを見つけたいといろんなことを試してみていた頃だ。

 オレや美玖たちの通う学校の同じクラスに、都会から転校生がやってきた。

 彼女の名前は、紅石榴(くれないざくろ)

 アニメのキャラクターのような名前のこの娘は、名前のイメージとは違って、典型的な根暗少女だった。

 どれくらい根暗かというと、転校してきたその日の自己紹介で、自分の名前をつぶやいて以来、その声を聞いた人はいないなんて言われるほどだ。かなり人付き合いが苦手だといっていい。

 いつもブックカバーをつけた新書本を読んでいる彼女は、誰に話しかけられるでもなく、話しかけるでもなく、まるで、空気のように過ごしていた。

 オレ自身、自分の事に一生懸命になっていて、とても周りを見る余裕なんてなく、他のクラスメイトと同じように、彼女への関心が向くことはなかった。

 でも、その年の冬のある日のことだった。

 学園祭での縁で、演劇部の助っ人として練習に参加していたオレは、練習が終わると、置き忘れたカバンを取りに教室へと戻った。

 12月も半ばを過ぎ、一年で最も陽が短い時期だ。

 すでに暗くなった校舎をおそるおそる進んで教室へとたどり着くと、誰かがいた。

 窓際の席に座り、月明かりに照らされながら本を抱える少女──あの転校生、紅石榴だった。

 彼女は、オレに気づくでもなく、一人、空に浮かんだ満月を見上げていた。

 それは、さながら、小説のワンシーンとでもいったように、画になる光景だった。

 息をのんでその姿を見ていたオレだったが、しばらくして、荷物を取り来たのだと思い返す。

 オレの席は紅さんのちょうど後ろの席だ。さすがにこのまま気づかれずに、荷物を持っていくことは難しいだろう。

 だったら、と、なんとなくいたずら心が出て、オレは、そろりと彼女へと近寄った。

 彼女の後ろまで着くと、オレはまるで、最初からそこにいたかのように席に座り、呟いた。


「月が綺麗だな」


 それは、少し前に見たアニメのワンフレーズだった。

 満月を見上げ、主人公がヒロインに対して、そうつぶやくのだ。

 確か、元々は、夏目漱石が「I love you」を訳した時に、このように訳したとか、そんな話だった気がする。

 驚かせるにしても、何か趣向を凝らしたいと思って、そんなことを言ってみたオレだったが、むしろ、驚かされたのはオレの方だった。

 ぼんやりと月を見上げた彼女は、少しだけ小首を傾げて、こう答えた。


「死んでもいいわ」


 それは、そのアニメで、ヒロインが主人公に返した言葉とまったく同じものだった。

 いや、実際、返した言葉など、どうでもよかった。

 そんなことよりも、その月明りに照らされた横顔が、あまりに精緻で、美しくて、オレは胸打たれていた。

 初恋……は美玖だが、少なくとも、それな感情が一瞬あふれ出そうになるくらい、心がビリリと震えた。

 だが、マジマジと見つめる彼女の顔から、その神秘的な雰囲気が少しずつ薄れ、次第に真っ赤に染まっていく。


「え、え、えっ……なんで……誰?」

「あ、いや、ごめん! オレだよ。クラスメイトの堀川亮介!」


 オレが慌てて弁明すると、当時の石榴は、慌てて眼鏡をかけると、オレの顔をマジマジと眺めた。

 あ、そっか。何かいつもと雰囲気が違うと思ったら、眼鏡を外してたのか。


「堀川くん……どうして……?」

「あ、いや、ちょっと荷物を教室に置き忘れててさ……。っていうか」


 オレは真っ暗な周りを見回しながら、言う。


「紅さんこそ、どうして、こんな時間に?」


 冬だから真っ暗とはいえ、まだ、午後5時台ではある。

 でも、帰宅部の生徒はもうとっくに下校済みだし、部活がある生徒は、本校舎ではなく、部室棟にいるので、少なくとも、教室に残っているのは、彼女くらいのものだろう。

 しかも、灯りさえつけずにいるのは、明らかにおかしい。


「えっと、その……」


 彼女は文庫本で、半分ほど顔を隠しながら言った。


「小説の……真似をしてみたくて」


 消え入りそうな声で、そう言うと、彼女は、さらに顔を真っ赤にさせた。

 それが、オレ、堀川亮介と彼女、紅石榴の初めての会話だった。

 後になって、詳しく聞いたところによると、この時、彼女は、自分の好きな小説に出てきたワンシーンの真似をしたくて、わざわざ満月の夜を選んで、教室に残っていたらしい。

 そして、その小説とは、オレがたまたま見たというアニメの原作になった小説だった。

 いわゆるラノベだな。でも、彼女が後に嬉々として語ったことによれば、それはさらに元をたどれば、インターネットで素人が連載をしていた、いわゆるネット小説が書籍化したものであるらしい。


「私、好きなんです。みんなの書いた創作小説が」


 後々、仲良くなった彼女が、オレにたびたび言ったこのセリフは、今でも耳にこびりついている。

 そして、もうわかると思うが、オレがネット小説ばかり読むスコッパーになったのは、確実に彼女の影響によるものだった。




「君の答えが、知り合いとまったく同じでさ。ちょっとびっくりしちゃって」


 オレがそう言うと、リシアはきょとんとした表情になった。


「えと……その、私も、なんとなく出てしまったというか……。その……そもそもそう答えたとと言う自覚も、あまりなくて……」

「いや、別にいいんだ! ちょっと気になっただけだから!」


 困ったように、びくびくとし出した彼女を慌てて宥める。


「で、でも、もしかしたら……記憶を失う前の私が、その人の事を知っていたの……かも」

「ああ、そっか。リシアは記憶喪失だもんな」


 リシアは、オレ達と出会う数日前からの記憶しか持っていない、いわゆる記憶喪失の状態だ。

 ギルドのお姉さんも交えて、一度それについて詳しく話したことがあったが、ドーンにやってくる前の彼女についてのことは、まったくわからなかった。

 今も、ギルドが何か彼女の過去に繋がる情報がないかと、探ってくれてはいるが、今のところ成果は上がっていない。

 まあ、少なくとも、記憶を失う前だからといって、オレの世界の人物のことを知ってるなんてことはないとは思うが。

 あの小説を読んだり、アニメを見ていた人間はそれなりにいるだろうし、いつか来た転生者からそれがこの世界に伝わったとも考えられる。


「すみません……。はっきりとお答えできず」

「そんな謝らないでくれ。ちょっと気になっただけなんだから。むしろ変なこと聞いてオレの方こそ、ごめん」


 なだめるように言うと、彼女は、少しだけ表情を緩めてくれた。


「しかし、記憶喪失かぁ。魔王の事が一区切りついたら、リシアの記憶を探す旅っていうのもいいかもしれないな」

「私の記憶……」

「何か手掛かりになるものでもあればいいんだけど……」

「えっと……手掛かりになるかはわかりまんが」


 リシアが、首から胸元へとかかっていたネックレスを外して、手のひらに乗せた。

 飾り部分にあたる、青い結晶がうっすらと光っている。


「初めて目覚めた時、服の他に唯一私が身に着けていたものです」

「これは……宝石かな?」


 どこかで見たことがあるような気もするが……。


「でも、こんなものじゃ、手掛かりになりませんよね」


 リシアは、おもむろに再び胸元へとネックレスの飾りをしまう。


「リシアは自分の過去とか気にならないのか?」

「そうですね……。多少は気になりますが、でも……」


 少しだけ遠い目をするように、彼女は視線を上へと向けた。


「今、こうやって、ディグさん達とご一緒させていただけてるだけで、私は満足なので」


 そう言って微笑む彼女。

 一瞬強がりかと思ったが、その笑顔は、どこか心からのようにも見えた。


「ディグ! そろそろ後半戦を開始するわよ!」

「お、おう、アンシィ」


 食事を終え、パンパンに張った腹を満足げに撫でながら、アンシィが立ち上がる。


「後半は、アタシがディグ、あんたがリシアね」

「えー!! ディグ君に使ってもらいたいなぁ~。でも、まあ、いっか」


 いやにあっさり引き下がるシルヴァ。

 どうやら、サンドイッチの件で、少しは打ち解けたらしい。


「リシア、いけるか?」

「はい! お役に立てるよう頑張ります」


 少し遠慮がちだが、力こぶを作るポーズをするリシア。

 彼女は自己主張こそ少なめだが、何をするにも全力だ。そういう人間がオレは嫌いじゃない。

 いろいろ気になることは多い娘だけど、いつの間にか、彼女と一緒にいたいと思い出しているオレがいた。


「どうしたの、リシアの顔をマジマジと見て」

「なんでもない。さっ、じゃあ、さっさと金鉱石、全部集めちまおう」


 アンシィの柄にグッと力を込めると、オレは、おもむろに、再び土の壁を掘り始めたのだった。

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