150.コピー能力
「スコップダウジング!」
アンシィを地面に突き刺すと、オレは、精神を集中させる。
20秒ほどそうしていただろうか、目を開いたオレの前には、不安そうにオレを見つめるリシアの顔があった。
「どうですか? ディグさん」
「ああ、小さなまとまりがいくつも残ってる。かき集めれば、結構な量になりそうだ」
オレは、そう言って、照明魔法で照らされた鉱山洞窟の中を改めて見回す。
そう、ここは、ゴールドラッシュで掘りつくされたとオリーブさんが言っていた、かつての金鉱山だ。
すでに、放棄されて、かなりの年月が経っているようだけど、運のよいことに、崩落などもなかったようで、簡単に中に入ることができた。
そして、オレ達の目的は、まだ、掘られていない"金"を見つけ、持ち帰ることだ。
ってなわけで、オレとアンシィは、スコップダウジングを使って、残った金鉱石の場所を探知していたというわけなのだが、やはりそれなりの数、まだ金が残っているようだ。
この世界の人間は、金の場所を探知するなんて普通できないもんな。そりゃ、取り残しも出るだろう。
「しかし、アルマもよく思いつくもんだな。こんなこと」
金鉱山の話なんて、ほとんどオレはスルーしていたんだが、まさか、そこからヒントを見出して、金儲けの手段として用いようと考えるとはなぁ。
他の仲間達に提示した方法も、なかなかどうして説得力のあるものだったし、さすがにあのミナレスさんのところで、半ば秘書的な仕事をしていただけのことはある。
なにより、仲間達の得意分野とできることを完璧に把握しているあたりが、さすがに細やかなアルマといったところだな。
さて、取り残した金があるのはわかった。あとは、それを掘り抜くだけだ。
「あの、ディグさん」
「どうした、リシア?」
いよいよ、掘り出そうとしていたオレを制止するようにリシアが声をかけてきた。
「あの、ディグさんの技能をお借りできれば、私も一緒に作業ができるかも……しれません」
「えっ、オレの技能を?」
リシアの職業は、冒険者だ。
"ギルドのクエストを請け負う職業"という意味の、広義の冒険者とは違って、彼女のそれは、EX職業であり、職業特有のとあるスキルを有している。
それが、コピー能力。
彼女は、相手の持つ技能の1つを、自分の技能として扱うことができる。
先日の魔王軍との戦いでは、この技能で、フュンの炎帝の炎をコピーすることで、彼女達のピンチを救ってくれた。
そして、今も、洞窟の中を照らす魔力の灯り──フローラのライティング魔法をコピーしたものを使って、オレのサポートをしてくれている。
「確かに、オレのスコップ技能をコピーしてもらえば、一緒に作業できるかもしれないけど……」
オレのスキルは、転生者だけが持ちうるものだ。
そんなものまで、彼女はコピーできるんだろうか。
「まあ、とりあえず、できるかどうかだけでも試してみようか。えっと、コピーってどんなふうにするんだっけ?」
「あの、その……手を出してください」
言われるまま、オレが手を出すと、リシアがその手を優しくつかんだ。
マジマジとオレのスコップ作業で鍛えられた手を見て、触り、一言。
「……ごつごつ」
「あはははっ!!」
あまりに真剣なまなざしでそんなことを言うので、思わず吹き出してしまった。
「あ、いえっ、すみません……!」
「いや、こっちこそ、ごめんごめん。気にしてないよ。あんまり真面目な顔で言うもんだから、おかしくて」
恥ずかしそうにしつつも、リシアは、改めて、オレの手へと視線を落とす。
「少しだけ時間をください」
目を閉じると、彼女の身体が仄かに光り出す。
10秒ほどそうしていたかと思うと、彼女はおもむろに、顔を上げた。
「あの……たぶんコピーできました」
「おお、マジか!」
こくりと頷くリシア。
「じゃあ、アンシィで」
「え、なになに」
スコップ状態のアンシィを差し出すと、彼女は恭しく受け取る。
そして、その刃を地面に突き立てた。
「スコップダウジング」
スキル名を唱えると、アンシィの刃を中心に、電波のようなものが広がっていく感覚が、オレにも伝わった。
「凄い! 本当にコピーできてる……!!」
「な、なんか、ディグ以外の人にスキル使われると……変な感じね」
アンシィは、何とも言えない感触を持ったようだが、少なくとも、リシアはオレのスコップ技能を完璧にコピーしてしまったようだ。
「で、でも、ディグさん、私、技能はコピーできるみたいなんですが、レベルや身体能力まではコピーできないんです。だから、たぶん、ディグさんと同じスピードで掘れるようになったわけでは……ないです」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。スコップダウジングさえ使えれば、掘るのはそんなにたいへんじゃないだろうし、人員が増えるのは、ほんとありがたいよ」
金鉱石の場所がわかれば、掘るの自体は、そんなに深くまで掘るわけじゃないもんな。
「じゃあ、手分けしよっか。リシアは、アンシィとそちら側を頼む。オレは……」
マジックボトルから銀のスコップを取り出すと、肩に担いだ。
「やーん、ディグ君、いきなり取り出されるのは、ちょっと恥ずかしいわ。でも、そうやって雑に扱われるのも、なんだか癖になっちゃうかも……。私って本当、都合の良い女♪」
「シルヴァとあっちの方を掘るからさ」
「ちょっ!? ディグ、また、その女と……!!」
「リシアを任せられるのは、お前だけなんだ。アンシィ」
「なっ!? そ、そこまで言うなら……やってあげなくもないけれど」
さて、アンシィも華麗に丸め込んだところで、作業に入るとしよう。
きっと2人で作業すれば、結構な量の金を、掘り出すことができることだろう。
とうわけで、リシアという有能なセカンドスコッパーを得たことで、その後、オレ達は順調に残った金鉱石を集め、昼になる頃には、かなりの量を集めることができていた。
鉱山の地面には、すでに数百キログラム以上はあるだろうという金鉱石が転がされている。
あくまで鉱石であるので、冶金して、金だけを取り出せば、おそらく1000分の1程度にはなってしまうだろうが、それでも、すでに数百グラム分の金は集まっている計算だ。
「ふぅ、もう少し集めれば、なんとかなりそうだな」
額の汗を拭う。
「はぁはぁ……はい……そう……ですね……」
同じく額を流れる滝のような汗を拭うリシア。
やはりスコップ技能があるとはいえ、慣れない作業には違いなかったようで、かなり体力を消耗している様子である。
「リシア、少し休憩しようか。アンシィとシルヴァも腹減っただろ?」
「もうぺこぺこよ! アルマが作ってくれた弁当、早く出しなさい!!」
「はいはい」
マジックボトルから、アルマが持たせてくれたバスケットを取り出すと、アンシィは、一も二もなくがっつき出した。
いつもの光景。だけど、何を思ったか、アンシィが、こちらへとサンドイッチを差し出した。
いや、その手の向かう方向は、オレじゃない。シルヴァだ。
「ほら、あんたも食べなさいよ」
「えっ、いいの? アンシィちゃん」
「あんたも作業したんだから、当然でしょ。早くしないと、アタシが全部食べちゃうわよ」
「えっと、その……ありがと」
アンシィからサンドイッチを受け取ると、シルヴァは少しだけ物珍しそうに口へと運んだ。
「おいしい……」
「それがおいしいって感覚よ。覚えておきなさい」
そういや、シルヴァがまともにものを食べるのってこれが初めてかもしれないな。
人型スコップの先輩として、食事のおいしさってやつを教えたかったのかもしれない。
なんだかんだ、結構打ち解けてきてるじゃないか。
「さあ、オレ達も早く食べようか。全部アンシィ達に食べられちまう」
「あ、はい……」
オレ達もアルマの作ってくれたサンドイッチに舌鼓を打つ。
うん、相変わらず、やっぱり美味い。
なんていうか、アルマの料理って、愛情が籠ってるっていうか、優しい味がするんだよな。
酒場なんかで、みんなでどんちゃん騒ぎしながら食べる食事も悪くないけど、やっぱり1日1回はこうやってアルマの料理を食べなくちゃな。
って、オレ、すでに胃袋掴まれちゃってる?
猛烈な勢いで食べ続けるアンシィの魔の手から自分の分を確保していると、リシアが、サンドイッチを口に含んだまま、固まっていた。
「どうしたリシア? のどに詰まったか?」
そう尋ねると、彼女は慌てたように、ごくんと嚥下した。
「…………あまりにおいしくて、止まってしまっていました」
「おおげさだな」
とはいえ、気持ちはわかる。美味いもん。
オレは、リシアの分も一緒に確保すると、少しだけ腰をずらして、その横へと腰掛けた。
「ほら、リシアの分も持ってきたから、ゆっくり食べな」
「あ、ありがとうございます……」
リシアが恐縮したように頭を下げる。
もう、ほんとこの娘は硬いなぁ。
「なあ、リシア、その敬語止めないか。もう、君も仲間なんだしさ」
「あの、その、でも……」
「でも、ヘチマもない。とりあえず、ディグさんっていうのから止めよう。オレのことはディグでいい」
「それは、でも……」
それでも、躊躇するリシアの頬を、オレは両側から掴んだ。
「ふぁひっ……ふぃ、ふぃぐふぁん……?」
「ちゃんと"ディグ"って呼ばないと、ずっとこうやってほっぺ引っ張っちゃうからな」
「ふょ、ふょんな……」
リシアが涙目になっている。
あ、やば、ちょっといきなりやりすぎたか。
オレは、慌ててリシアの頬っぺたから指を離す。
「ひ、ひどいです……」
「ごめんごめん」
まあ、焦らなくてもいいか。
そういえば、"あの子"もオレの事を名前で呼んでくれるようになるまでは、随分かかったもんな。
「そういえばさ、リシアに聞きたいことがあったんだ」
「な、なんでしょうか?」
「君と出会った日の夜の話なんだけど……」
魔王軍がドーンの街を襲った長い1日。
すべての戦いを終えて、リシアをパーティーへと招き入れる少し前のことだ。
満月を見上げ、「月が綺麗だな」と言ったオレに、彼女はこう答えた。
「死んでもいいわ」
それは、まるで、オレが"あの子"と最初に出会った頃にした会話そのままだった。