015.部屋探しならアパタイショップ
「拠点が必要だと思うのです」
酒場で、一日の反省会兼お疲れ様会をしていると、フローラがそんなことを言い出した。
「この街で冒険者を続けていくなら、どこか拠点を持つのも良いと思うのです」
「確かに」
フローラが言ってるのは、いわゆる下宿先みたいなもんだろう。
すでに巨大シュロマンダー討伐から3日が過ぎていた。
その間、とりあえず毎夜毎夜宿屋で過ごしているが、毎日だと宿代もバカにならない。
同じ部屋で寝泊まりすれば半額で済むのだが、さすがに女性であるフローラと同じ部屋というわけにもいかない。
フローラは「別に構いませんよ」なんて言ってくるけれど、アンシィが鋭く目を光らせてくるので、さすがにね。
それにフローラは抜群の美少女だ。おそらく同じ部屋なんかになったら、オレの理性が保たない。
そんな事情もあって、常に拠点とできる部屋があるのは、今後この街で冒険していくにあたって、必要なことだと思える。
もし、常に借りられる部屋があるならば、荷物を置いて置けるし、クエストの進捗にびくつかなくても済む。
「むしゃむしゃ、いいんじゃないの? ごくごく、どうせしらばくはこの街でレベルを上げるんでしょ」
と宣うのはアンシィだ。
最近は、飲み食いに目覚めたのか。
街中ではほぼ常に人間形態、暇さえあれば、露店で買い食いしたりなんかもしている。
まあ、今まではただのスコップだったわけだから、飲食という感覚が新鮮なんだろう。
蜂蜜のたっぷりかかったパンケーキを頬張る姿は本当に幸せそうだ。
とはいえ、こいつの食費も頭を悩ませる種になりつつあった。
ちなみに竜血石はまだ、あと2つ残っている。
これを1つでも売れば、相当なお金を手に入れることができるが、先日のように、これが戦闘での決め手になることもある。
本当に困るまでは売らずに取っておこうというのが、フローラとの話し合いで決まったことだった。
ちなみに、オレは魔力を扱えないので、今、竜血石を所持しているのはフローラだ。
「自分が度々薬草を卸していた薬屋さんに、部屋が余っているそうなのです。もし、良かったら、そこを使わないかと以前から声をかけてられていまして」
「おお、いいじゃん」
まさに渡りに船とはこういうことを言うのだろう。
「ただ、店主さんがちょっと個性的な方でして……。あと、お店の都合上、たまにお手伝いとかもお願いされるかもです」
「ふむふむ」
まあ、話を聞いてる限りは、そこまでやばい物件という感じでもなさそうだし、とりあえず一度そのお店と部屋を見てみるのもやぶさかじゃない。
「とりあえず一度、行ってみようよ」
「わかりました。では、明日朝に行ってみましょう」
というわけで翌日。
宿を出たオレとアンシィ、フローラは三人で薬屋の前まで来ていた。
「ここがその薬屋さんです」
「へぇ」
薬屋というから、もっと魔女の家みたいものとか、あるいは病院みたいなものをイメージしていたが、予想に反して、かなり開放的な店構えだった。
というのも、玄関先には色とりどりの花が並んでおり、窓ガラスもピカピカに磨かれている。店の看板も花を入れるバケットだろうか、籠をイメージしたもので、どことなく少女漫画っぽささえ感じられる。
「すごく可愛いお店だね」
「副業でお花屋さんもやっていて、女性の冒険者さんには特に人気なんですよ」
「ほほう」
「ふむ、なかなか良く育てているわね」
アンシィは店の前に並んだ花々をじっくりと観察している。
なんだろう。あれか。元々園芸用スコップだったから、花には一家言あるのか。
「では、行きましょう」
フローラさんに促されて中に入る。
いわゆるポーションというやつだろうか。
調合されたと思しき様々な薬の入った小瓶が、店中を埋め尽くした棚にところせましと並べられている。
その中にも、ちょっとしたポップが飾ってあったり、花瓶に花が生けられていたり、なるほど女子に人気なのもうなづける。
きっと店主はさぞ美人のお姉さんなのだろうと、期待してカウンターを見るも、その姿は見当たらない。
「まだ、朝早いから、裏の花壇にいるかもですね。アパタイさーん、いらっしゃいますかー?」
「はいはーい」
店の奥から、返事が返ってきた。
ん、この声……。
「お待たせ~」
まったりとした口調と共に、出てきたのはスラリと背の高い人だった。
濃紺のワンピースに身を包み、長い髪は花を模したバレッタでまとめられている。
遠目には、モデル体型の美人に見えるかもしれない。
でも、あれだ。
「おっさんやん」
「ディ、ディグっ!?」
「あら~、いきなりご挨拶ね~。かわいいボ・ウ・ヤ」
シナを作って一音一音発音するのやめて! それいい女がやるから映えるやつ!
とにかく店主は女装したおっさんだった。
いや、あの豚野郎と違ってかなり小奇麗にはしている。
豚野郎を「昭和のコントの女装」だとすると、この人……アパタイさんは「新宿二丁目のそれ系のお店のわりと綺麗めなママ」くらいの差はある。
とはいえ、おっさんはおっさんやないか。
「フローラが個性的って言ってたのはこういうことですかい」
「ふふっ、女は愛嬌、次に個性かしら~」
「ぶっちりぎりで、個性が先陣切ってますよ。あと、男です」
「ディ、ディグゥ!!」
フローラさんがあわあわしてる。
けど、すまん。
なんか豚野郎で一度地獄を見てから、この手の輩には自重できないんや。
「楽しいメンバーをそろえて、何か御用かしら~。フローラちゃん~」
「あ、はい、実は以前お話ししていたお部屋をお借りできないかと思いま──」
とフローラさんが話し終えるより前に、ずいっと前に進み出た者がいた。
アンシィである。
「あなたが、店先の花を育てたのかしら?」
「あらぁ、なかなか情熱的でキューティーなお嬢さんね~。そうよ、私が育てたわ~」
「なるほど……」
大仰に頷いた後。
「あなたに敬意を表すわ」
アンシィは深々と腰を折った。
「あら~。あなたこそ、あのフラワーちゃん達の良さがわかるなんてさすがだわ~。どう、良かったら、裏の花壇も見て行かない~?」
「是非!!」
「お、おい、アンシィ……!」
できれば、これ系の人とはあまり関わり合いになりたくないんだけど……。
そんなオレの気持ち等つゆ知らず、アンシィはアパタイさんに連れられて、店の裏の花壇とやらに行ってしまった。
店内に残されたオレとフローラは顔を見合わせる。
「私たちも行ってみましょう」
「やっぱそうなるよなー」
気乗りしないです、はい。
店の裏手は採光の良い中庭だった。
家々に囲まれたほんの家半軒分ほどの真四角の空間に、ちょっとした庭が作られているのだ。
その天井にはホワイトハウスのようなビニールっぽい材質の幕が張られ、熱がこもり、室温も高い。
見れば、大きな花壇が中央に一つ、その他日当たりの良さそうな場所に鉢がズラリと並んでいた。
朝の清涼な光の中で、水をもらったばかりの草花の葉が艶々ときらめいている。
草花の間には、遊び心だろう。ドワーフのようなとんがり帽の小さな人形がいくつも置かれ、まるで妖精物語のような世界観が構築されていた。
そんな中で、緋色の髪の派手な美少女と女物のワンピースを着たおっさんが語り合っている。
「そうね~。やっぱり一番大事にしてるのは土づくりかしら~。幕を張っているから、病気の心配や害虫対策はそこまで気を遣っていないのだけど、水はけが悪い分、土はできるだけ排水性の高いものを選んでいるわ~」
「ふむ。確かに環境を考えると、これが最適な土かもしれないわね」
「ほんとは向こう側の花壇もしっかり作り込みたいんだけど」
「確かにあちらは手付かずなのね。もったいない。なんだったら私が……」
「ストップ! ストーップ!!」
なにやら不穏な発言をしようとしたアンシィの腕を掴んでアパタイさんから遠ざける。
「何よ? どうしたの?」
「いやいや、お前花壇自分が作るとか言い出すつもりだろ」
「うん、そうだけど」
「まだ、ここに下宿するって決まったわけじゃないんだから。部屋すらまだ見てないんだぞ」
「もうここに決めちゃいましょうよ。この花壇なかなかよく手入れがされているわ。仲間達も頑張ってるし、アタシここ気に入っちゃった」
「えー」
仲間というと、花壇の隣に大小いくつか立てかけられているスコップのことだろうか。
目を爛々とさせて相当ここ気に入っちゃってるじゃん。
「ねぇ、いいでしょ! ディグゥ、お願い♪」
「可愛く言うなよぉ。そういうのオレ弱いんだよ」
相棒といえ、見た目は美少女。
こういう推し方はずるい。
「と、とりあえず、部屋を見せてもらってからな!」
「えー、まあ、いいけど」
「あ~、あなた達部屋を探しているんだったわね~」
そういえば、まだ、目的すらきちんと伝えられていなかった。
「そうなんです。以前は1人ではあまりに広すぎて、お断りさせていただいたんですが、パーティメンバーが増えたもので、改めてお借りできないかと思いまして」
「そっか~。フローラちゃん、ついに仲間ができたのね~。良かったわ~!」
心底、喜んでいる様子のアパタイさん。
見た目がアレで受け入れがたかったけど、豚野郎と比べたら、かなりの聖人かもしれない。
「部屋はまだ、空いてるから大丈夫よ~。案内するわ~」
「あ、ありがとうございます!!」
こうして、オレたちは、花壇のさらに奥の別棟にあるという部屋を見に行くことになったのだった。




