149.金策
「うぅ……頭痛ぇ……」
ガンガンと痛む頭を押さえつつ、水差しから直接温い水を喉に流し込む。
少しだけ、頭の冷えたオレは、マジックボトルからギザギザの葉っぱを取り出すと、おもむろに咥えた。
ミントのようなすぅーっとした感覚が口内に広がり、頭の痛みが治まると同時に、思考が徐々にクリアになっていく。
やっぱりレフォレス村のアイナに教えてもらった酔い覚ましの葉っぱの威力は格別だな。
靄が解けたような気分で、着替えを済ませると、傍らで人間状態のまま寝てしまった相棒の頬を軽く叩く。
「おい、アンシィ、起きろ。朝だぞ」
「むにゃむにゃ、もう食べられ……むっ!」
半覚醒状態のその口に、束にした酔い覚ましの葉を咥えさせると、アンシィは眠そうに眼をこすりながらも、もぞもぞとブランケットから這い出てきた。
寝苦しさで脱いだのか下着姿だ。
いい加減見慣れたとはいえ、さすがにそれはどうなのか……。
普段はスコップ状態で寝てるから、寝間着の必要性はないアンシィだけど、今回は酔ってそのまま寝てしまったからなぁ。
とりあえず、その辺りに転がっていたいつもの服を拾って渡してやると、受け取ったアンシィはけだるげに着替えだした。
まあ、ちらちら見てしまうのは……本能だから。
「ふぅ……」
息と吐くと共に、宿の窓から外へと視線を向ける。
ちょうど、ここからは、かのグランカジノの威容が見える。
さて、今日も、彼との交渉に向かうとしますか。
宿酒場の店の前には、すでに仲間達が集まっていた。
「みんな、おはよう!」
「あっ、おはようございます! ディグ、アンシィ」
フローラが朝から全力の笑顔で迎えてくれる。
他の仲間達とも同様に、挨拶を交わすと、最後はリシアの元へ。
「リシアも、おはよう」
「あ、えっと、はい……おはようございます」
彼女はぺこりと頭を下げる。
ひょこひょことしたその動作が可愛らしい。
それにしても、昨晩のリシアは凄かった。
初めての酒ということで、とりあえず味を知ってもらうつもりで手渡したジョッキを、ほんの一瞬で飲み干してしまったのだ。
オレも妙に先輩風を吹かせたくなってしまい、あの酒も美味い、この酒も美味いと勧めていくのだが、それらも全部飲み干すリシア。
結局、オレの方が先に酔いつぶれてしまい……コルリの手を煩わせることになってしまった。いや、コルリほんますまん。
とにもかくにも、妙に酒に強かったリシアは、今も特段変わった様子もなく、普段通りだ。
アルコールに強い体質なのかもしれない。
「とりあえず、今日はみんなでホテルに向かってみるとしよう」
「ああ、ボクらも一度、彼に会ってみたいしな」
「全員で、お願いすれば、転生者さんも聞いてくれるかもしれませんしね」
と、そんなわけで、全員揃って、ホテルまでやってはきたのだが……。
「申し訳ありませんが、当ホテル及び、グランカジノには、会員の方以外は、いかなる事情があっても、立ち入りは許可できません」
立派なホテルの門前に構える白い服を着たホテルマンは、あくまで業務的に、そう宣った。
「オレ達、ここのスイートルームに泊まってるゲンヤさんに、どうしてもお話ししたいことがあるんです」
「なんと申し上げられても、ルールですので。お引き取り下さい」
取り付く島もないとはまさにこのことだな。
顔色一つ変えずに、まさしく門前払いされてしまったオレ達は、とぼとぼと街への道を引き返す。
「本当に、オリーブさんの言った通りだったなぁ」
「どうしますか、ディグ?」
「うーん、もう一度、アンシィと2人で、部屋のベランダまで行ってみるしかないか……」
「いや、だが、昨日の様子を聞く限りでは、まともに取り合ってくれるだろうか」
シトリンの疑問に心の中では、大いに同意せざるを得ない。
今朝、さりげなく確認したところ、ゲンヤが止まっているスイートルームの窓はすべて締まっており、カーテンがかけられていた。
明らかに、オレ達に会いたくないという拒絶の意思の表れだろう。
もしかしたら、部屋すらも変えてもらっている可能性があるし、昨日と同じ方法で、まともに会えるとも……。
「だったら、正攻法で入ればいいのではないですか?」
アルマの提案に、全員が微妙に顔をゆがめる。
「めちゃくちゃ金がかかるんだよ。アルマ」
「さきほど、ホテルのドアマンの方に、会員になるには、いくらかかるか聞いて来ました」
ああ、そういえば、最後にアルマが、何か話していたっけ。
これだけかかります、とアルマが指で提示した金額は……うん、全員入ろうと思ったら、小さな家くらいだったら建つかもしれない。
「やっぱ無理だよ。さすがにその金額は……」
「どうせなら、フュンさん達から、1つくらい竜血石をもらってきておけばよかったですね」
確かに、竜血石なら、一つ売っただけでも、全員分の入会料を払ってもおつりが出る。
「とはいえ、今から、竜血石を取りに戻るのも、かなり手間ですしね……」
「大丈夫ですよ。皆様、稼ぎましょう!」
アルマが、腰に手を当てながら、みんなの前に進み出た。
「私達の特技を活かせば、きっと1日でこれくらいなら稼ぐことができますよ!」
「特技を活かせば、って……」
冒険者としての技能ってことか?
「いや、だけどな、アルマ。ここにはギルドもないし、どうやら魔物すらろくにいないみたいだし、討伐依頼で稼ぐとかも無理だと思うんだが」
「別に、クエストで稼ぐなんて言っておりませんよ。私に考えがあります!」
「考え?」
無邪気な笑顔を見せるアルマに、オレ達は疑問符を浮かべながらも、とりあえず話を聞くこととなった。
「さてさて、皆さん、お立合い! 突然ではございますが、皆様のバカンスにささやかな刺激を感じていただきたく思いまして、剣舞のパフォーマンスをご用意させていただきました! 剣を振るうは、はるか東方の地、イーズマで無敗を誇った最強の美少女剣士コルリ! 彼女の華麗な剣捌きを、ぜひ皆さま、御覧下さいませ!!」
口上を聞き終わると、私は、双剣を手に持ったまま、海辺に設置された円形のステージへとゆっくりと歩を進める。
顔には、剣舞の時はいつもつけている狐面をかぶり、服装もそれ用のものだ。
イーズマでは、竜宮城でしょっちゅう剣舞をしていたから、今さら緊張もない。
いつもの型にそって、剣を振るうと、周りから、どよめきが上がった。
イーズマの剣術は、どうやらウエスタリアよりも西にあるここでは、少し珍しいようだ。
流れに沿って、剣を振りつつ、ちらりと視線を端へと向ける。
「さあさあ、お楽しみの皆様方、ついでにお飲み物はいかがでしょうか? こちら良く冷えたものを各種取り揃えております! お入り用でしたら、いつでもお声かけくださいませ!!」
笑顔を振りまきながら、飲み物を売り歩くアルマの姿。
ウエスタリアでは、様々な仕事をしていたと聞いたことがあったが、なかなかどうして、商売する姿が板についている。
アルマが、金を稼ぐために、考えた手段の一つが、私の剣舞だ。
サザビィには、様々な娯楽があるが、パフォーマンス系のものはあまり見られない。
となれば、私の剣舞ならば、保養に来ている金持ち連中の関心をひけるのではないか、というのがアルマの考えだった。
実際、まだ、開始早々だというのに、何か面白いことが始まったようだと、周囲には、多くの金持ち連中が集まってきていた。
さて、あとは、圧倒的なパフォーマンスを見せつけて、彼らの分厚い財布から、できる限りのお捻りを搾取するのみ。
「アルマ、任せて」
2本の刀の柄をグッと握り込む。
さあ、魅せるとしよう。私の剣を。
「いやぁ、驚いた! 本当に肩が回るようになったよ。ありがとう、回復術士殿!」
「いえいえ、こちらこそ、こんなにいただいてしまって、ありがとうございます」
「何、それだけの効果が得られたということだよ。また、身体の不調が出たら、宜しく頼む。がっはっはっ!」
老年の紳士は、快調とばかりに、肩をぶんぶん回しながら、海パン一丁のまま、再び海辺への道を歩いていった。
「ふぅ……」
私は受け取った金貨の数を数える。
ひぃ、ふぅ、みぃ……うわ、本当に結構もらっちゃいましたね……。
アルマちゃんの指示通りに、やってみたら、まさかこんなに当たってしまうなんて……。
保養地であるこの島には、比較的高齢の金持ちが多い。
年齢が上がるほどに、持病や身体の不調を訴えてる人間も多くなるだろう、というアルマちゃんの予測に従い、海辺の近くに天幕を広げ、こうしてドクターヒールのお店を開いてみたというわけなのですが、まさにその予想は図に当たったというところで、ひっきりなしにお金持ちの紳士たちが押し寄せてきている。
コルリちゃんから助言をもらってから、スキルという意識を捨てて、魔法を訓練してきた私だけれど、おかげで、今ではヒールを爆発されることがなくなっただけでなく、相手の状態を見て、微妙にヒールの仕方を変えられるようになっている(ディグに対してだけは、なぜか、未だにミスしてしまうことがあるのですが……)。
その技術を使えば、身体の不調のある部位だけを効果的に治すことも可能というわけで、肩や腰など、ガタが来ているところを中心にケアしてあげることで、たくさんの人に満足してもらうことができていた。
「フローラ、そろそろ次の人を通して良いか?」
「あ、はい、シトリン、お願いします」
「すまないな……。私も、何か手伝えたらよいのだが……」
シトリンはふと、自身の額のサークレットに触れた。
四天王の一人で、輝眼族の少女であるルチルとの戦いで、神視眼の力を限界以上に使ってしまったシトリンは、その後、まだ、力を取り戻せていない。
本人的には、少し休めば治るだろうと思っていたみたいだけど、あれから1週間が経ってしまった。回復の目途は未だ立っていない。
そのせいもあってか、シトリンには少しだけ焦りが見えるように思えた。
「大丈夫ですよ。シトリン」
めいっぱいの笑顔で、そう伝えると、少しだけシトリンの相好も崩れた。
知らず知らずのうちに、握り込んでいたのだろう、小さな拳もほどける。
「ありがとう。フローラ。じゃあ、次の人を連れてくる」
そう言って、シトリンは天幕の外へと出ていった。
「シトリンは、神視眼なんかなくても、大切な仲間ですからね」
その小さな背中に、私は、本人には聞こえない声で、うっすらとつぶやいた。




