148.拒絶
「転生者……だって……?」
男の子はそう言った。
事実、ボクの相棒、エリクスと同様、スコップが女の子へと変化した。
彼女が変わった時に放たれた光は、エリクスが変化する時に放つそれと全く同じだった。
この少年が、転生者であるのは、おそらく本当のことだろう。
族ではなく、安心したといえばしたのだが……。
僕は、お尻の汚れを払いつつ、ゆっくりと立ち上がる。
「えーと、ごほん……。転生者であるのはわかったが……。さすがに、夜中にベランダからとは、いきなりすぎないかい?」
「すみません。ゲンヤさんに会うには、このタイミングしかないって聞いたもので……」
「ふむ……」
確かに、僕はVIP待遇で、なかなか市街地に降りていくことはないからな。
大方、島民に、夜の演奏の事を聞きでもしたのだろう。
とはいえ、気になるのは、彼の目的だ。
わざわざこうまでして、僕に会いに来たとなれば……。
「最初に言っておくが、僕は西ギルドに帰る気はないからな」
先手を打っておく。
僕は、この島での生活が気に入っているのだ。
そもそも、こんな魔物なんてものがいる世界に飛ばされて、なぜか、冒険者などというものに登録され、なおかつ、クエストとかいう魔物退治までさせられそうになったことは、僕にとって、迷惑以外の何物でもなかった。
僕は基本、平和主義者なのだ。
だから、西ギルドのミナレスの奴から連絡が来ても、一度も返事を返さなかった。というか、読んでさえいない。
やっとこ見つけた、戦いなんてものから離れて、夢のような暮らしができるこの場所を、簡単に手放してなどなるものか。
「ここでの生活が気に入ってるのはわかります。でも、今は、あなたの力が必要なんです」
「ふん、そんなことを言って。僕に仕事をさせたいだけだろう。言っておくが、僕は絶対に働かな……」
「魔王が動き始めました」
「…………はい?」
魔王……といったか、この少年。
そういえば、あの少し奇抜な格好の女神からも、魔王をよろしく、などと言われた覚えがあるな。
要するに、この世界における悪の親玉みたいな存在なのだろうが、はっきり言って、そんな存在とはかかわりあいになりたくない。
「悪いが、魔王とかいう奴のことは君に任せた」
「えっ!?」
少年が明らかに慌てている。
「す、少しだけ考えてみてください! 魔王が動き出したということは世界の危機ってことで……」
「その世界の危機という奴は君が救ってくれ。僕では力になれない」
実際、僕がこの少年に協力するといっても、何ができるというのだろうか。
僕に出来ることは、エリクスと共に、音楽を"奏でる"ことだけ。
仮に、戦いの場に駆り出されたとしても、できることなど何もないのだ。
事実、僕は、無理やりに任された討伐クエストとかいうやつも、一度も達成することはできなかった。
当然だ。楽器など、戦闘では何の役にも立たないのだから。
「ちょっと……あんた、本気で……!!」
「アンシィ、よせって!!」
「あんたね!! 魔王が本気で暴れ出したら、この島だって、どうなるかわからないのよ!!」
鬼の形相で抗議の声を上げてくるオレンジ髪の女の子。
「わかったから、すぐに帰ってくれ。僕には……関係のないことだ」
僕の言葉を聞いた途端、さらに暴れ出そうとした女の子を少年が必死に抑えていた。
だが、そんな様子を見ても、僕の心はどこか冷めていた。
ついさっきまで、あんなに高揚感を感じて演奏していたというのに、冷や水を浴びせられた気分だ。
魔王なんて……僕の知った事ではないのに。
「早く出て行ってくれないか。このまま居続ける気であれば、警備の者を呼ぶが」
「このチキン野郎!! あんたなんか、魔王にやられて死んじゃえばいいのよ!!」
「だから、アンシィ……!! すみません。でも、オレ達、本当にあなたの力が必要なんです。だから……!!」
「しつこいな。何を言われようとも、僕は協力するつもりはない。早く……僕の前から、消えてくれ」
「…………わかりました」
悲し気に目を伏せた少年は、わめく少女の肩を抱きながら、ベランダの淵を蹴って、空へと飛び出した。
あとには、さきほどと変わらず、島を煌々と照らす、少しだけ欠けたお月様のみ。
「ゲンヤ様……」
「少し飲みなおすよ。君は先に寝ていてくれ」
エリクスが今、どんな表情をしているのか、見たくなかった。
僕は、一人、奥のワインセラーから、お気に入りのシャンパンを取り出すと、グラスに注いだ。
スパークリングのはじけるような泡が、なぜだか、少しだけ目に染みた。
「──って感じで、まったく取り合ってもらえなかったよ」
ホテルのスイートルームでの出来事の後、オリーブさんの宿酒場まで戻ったオレは、仲間達に彼とのやりとりの一部始終を伝えていた。
「話に聞いてはいたけど、本当に、根性なしのクズ野郎だったわ!! あー、思い返しても、腹が立つ!!」
アンシィは、未だにご立腹のご様子だ。
とはいえ、その気持ちも十二分にわかる。
正直、オレも、アンシィほどではないが、怒りの感情が湧いたのは事実だ。
「このまま協力を取り付けることができないままでよいものか……」
「いいじゃない。あんな奴! アタシ達を見ただけでビビってたし、たぶんまともに戦いだってできやしないわ!」
まあ、確かに、あまり強そうな印象は受けなかった。
「どうする、ディグ?」
「ここまで来たんだ。手ぶらで帰るわけにもいかないさ。明日、もう一度、彼の部屋に行ってみるよ。今度はちゃんとホテルの入り口から」
「それしかないか……。とりあえず、今日はもう寝るとしよう。そろそろアルマが限界だ」
「ああ」
うつらうつらするアルマの様子をほほえましく見つつ、その日は、それぞれ就寝ということになった。
とはいえ、アンシィは、まだ、怒りが収まらないようで、これからリシアとコルリを連れて、夜の街に繰り出すらしい。
「あんたも来なさいよ」
「ああ、アルマをベッドまで運んだら、すぐ行くよ」
というわけで、2階の部屋まで、アルマをお姫様だっこしていった帰りだった。
「あ、あの……」
部屋の扉を閉めて、すぐに横合いから声がかけられた。
「ああ、リシア、どうしたんだ?」
「えっと、その……」
リシアが仲間になって、1週間ほど経つが、まだ、彼女はパーティに馴染めないのか、オレに対しても、他の仲間達に対しても、遠慮がちだ。
仲間達と会話をしていても、自分からその輪に入ってくることはない。
オレの仲間達は、かなり気さくな方だと思うが、それでもやはり、彼女からしてみれば、すでに固まったメンバーの中に、追加で入るというのは、なかなかにハードルが高いことなんだろう。
緊張をほぐすように、オレはその頭をポンポンと軽く叩いてやる。
「あっ……」
「ゆっくりでいいよ」
オレがそう言うと、リシアはこくりと頷くと、少しだけ声を大きくして話し出した。
「あの、吟遊詩人の転生者様……絶対、仲間にしてあげて下さい」
「どうしてそう思うの?」
「その……なんとなく……なんですが……」
彼女は、少しだけ目を閉じる。
「その人の力が、必要になる気がするんです」
あまりにも、漠然とした答え。
けれど、再び開いたその瞳は真剣そのものだった。
「そっか、じゃあ、オレと同じだ」
「えっ……?」
「オレもさ、なんとなくだけど、彼の力が必要になるんじゃないかと思うんだ。というか、彼だけでなく、転生者全員の力がさ」
女神が、なぜ、複数の転生者をこの世界に寄こしたのか。
それを考えた時、オレの立てた仮説は、それだけしなければ、魔王を倒せないからなのではないか、というものだ。
オレ達、転生者はただステータスが伸びやすく、強いというだけじゃない。
それぞれが特殊な能力──概念スキルを持っている。オレの"ほる"やレナコさんの"ぬう"のように。
その力がなければ、魔王には対抗できない。だからこそ、女神は複数の転生者をこの世界へと送った。
そう考えるのが、妥当ではないかとオレは思っている。
「オレのこれも、あくまで確証はないことなんだけども……。リシアもそう思ってるって知れて、ちょっと自分の考えに自信が持てたよ」
「ディグさん……」
「おーい! ディグ、リシア、早くいくわよー!!」
階下からアンシィの呼ぶ声が聞こえる。
「とりあえず行こうか。ちなみにリシア、酒って飲める方?」
「え、えっと……実は、初めて飲みます……」
「あ、そっか。記憶がないんだもんな。じゃあ、今日はほどほどで」
「おそーい!!」
「はいはい、今いくよー!!」
さあ、と差し出したオレの手を、リシアはおそるおそるとだが、掴んでくれた。