142.鋼帝竜の魂
戦っていたはずのスコレの姿が、いつの間にか、見知らぬ男の姿へと変わっていた。
ボーイッシュな美少女が長身のイケメンに変化して残念、なんて思っている余裕はなく……いや、そもそも、この変化には見覚えがあった。
これは、そうアルマやミナレスさんと同じ。
「デュアル族……だったのか」
「そうだ。俺の名は、スティル。スコレの兄であり、共生体だ」
男は、くるくると右手に持つ武器……銃を回す。
この世界に来てから、初めて見た銃。
細長いその見た目は、いわゆるライフル銃のように見えるが、ここはファンタジーの世界。見た目で判断するわけにはいかない。
ピタリとその先端をオレへと向けると、男は言った。
「さて、殺し合おうか」
直後、その砲身から黒い弾丸が放たれた。
ただの弾丸じゃない。
あれは、おそらく闇の魔力でできた弾だ。
オレは炎帝の魂を発動させると、スコップモードを角に変形させ、その弾を真っ向から受け止める。
「くっ!?」
身体が浮きそうになるほどの衝撃に、グッと、腰に力を込める。
1発の弾丸でこの威力。やはり、普通のライフル弾とは比較にならない。
そんなことを思っているうちに、さらに砲身から弾丸が吐き出される。
どうやら連射もできるらしい。魔力の弾ということはおそらく、リロードすら必要ない。
こんな威力の弾をまともに受け続けたらひとたまりもないぞ。
「アンシィ!!」
嵐帝の加護で、横へと滑る。
それを追従するように、弾丸が曲がった。
まさか、追尾機能まであるのか!?
「魔銃士の俺が放つ弾丸は、無尽蔵だ。その上、曲がるし、追ってくる。お前はもう逃げられん」
なんて便利なスキルだよ、おい!?
全力で飛びながら、オレは、ぐるりと公園を一周する。
だが、オレとて、しこたまバトルもののウェブ小説や漫画だって読んできた男。
こんな時の鉄板パターンだって、知っている。
「うぉおおおおおおおっ!!」
オレは目の前にあった壁の残骸を思いっきり蹴って、飛行のベクトルを無理やり捻じ曲げると、男の元へと一直線に加速する。
こういう追跡してくる攻撃ってのは、相手の目前まで移動して、撃った本人にぶつけてやるのが、必勝法なのだ。
7つの玉を集めるマンガでも、やってたし!
「真正面から飛び込んでくるとはな」
「へっ!?」
飛翔するその先で、奴がオレに向けて、銃口を向けた。
えっ!? ちょい待ち!! 話が違う!!
「死ね」
「うぉおおっ!? アンシィ!!」
オレはなんとか急ブレーキをかけると、そのまま公園の地面を掘り抜いて、その穴の中へと逃げた。久々の登場、緊急回避穴だ。
その頭上で、追尾してきた弾丸と、新しく放った弾丸がぶつかり合い、消滅した。
「ちっ、相殺を狙っていやがったか!」
「そ、そうだ!!」
本当は、本人にぶち当てる気満々だったんだが、まあ、結果オーライということで。
だが、少なくとも、追尾弾がオレを追っかけている最中も、奴は普通に銃弾を放てるという事実はわかった。
つまるところ、奴に接近するのは至難の業ということ。
「アンシィ、何かアイデアある?」
「地面から攻撃」
「やっぱ、それだな! 砂かけ!!」
オレは、アンシィで公園の地面を掘ると、無造作にぶちまける。
目的は、スティルに砂をかけることではなく、煙幕を張ることだ。
もくもくと立ち上る砂ぼこりで、視界が遮られた中、オレは再び地面を掘り抜く。
奴の足元まで掘り抜くのに、わずか3秒。
裂帛の気合を込めて、地面の表層ごと、スティルを撃ち抜く。
だが、天へと突き出したスコップドリルの先には、すでに奴の姿は無かった。
いや、違う。姿自体はあった。
アンシィの先端よりも、さらにもっと上の空中に。
「上!?」
オレの意図に気が付いた奴は、インパクトの瞬間、上空へと飛び上がっていたのだ。
「終わりだ……」
地面から飛び出し、無防備な姿勢のオレに向かって、真上から暗黒の弾丸が雨あられと降り注ぐ。
回避は不可能。アンシィを最も防御性能の高い<角>にして、少しでも受ける姿勢を整えるが、この圧倒的な弾幕……耐えられるイメージが湧かない。
死ぬ。
強く"死"を意識したその時だった。
『我を倒した者が、この程度で死ぬなどと情けないことを』
頭の中で、声が聞こえた。
いや、それどころか、周囲の風景すら、ゆっくりと見える。
異世界に転生する直前にも、同じように時間が遅くなって感じる瞬間があったが、それとはまたどこか違う。
(お前は……?)
オレは、頭の中の声へと問いかけた。
『我は、鋼帝竜アダマントドラゴン』
(鋼帝竜!?)
声の主は、そう。イーズマでの激戦の末、オレがとどめを刺した、あの鋼帝竜だった。
(なんで……あんたはオレ達が倒したはずだ!)
『竜帝は死なない。魂だけの存在となっても、遥か遠い未来、必ず蘇る』
(そ、そうなのか……)
そういえば、竜帝は遥か大昔から存在するのだと聞いた。
もしかしたら、一度死んで、蘇った竜帝もすでにいるのかもしれない。
『転生者の少年よ。我はお前に感謝する』
(えっ……?)
自分を倒した冒険者に感謝するなんて、どういうことだ?
『我は永らく、魔王の傀儡となっていた。魂に刻まれた呪いだ。だが、一度、完膚無きまでに消滅の憂き目にあったことで、我は再び自我を取り戻すことができた』
(そ、そうなんですか……)
鋼帝竜は、魔王に操られていたってことか?
確かに、どこか人間を試すような知性が感じられた炎帝竜や嵐帝竜と違って、鋼帝竜は完全に本能のままに暴れる獣のような存在だった。
あれが、魔王の呪いにより、我を失くしていたということであれば、納得できる。
『我は魂だけの存在となったが、"鋼"の力は、まだ、我とともにある。貴様に、その力を授けよう』
(鋼の力……?)
鋼帝竜はそれ以上何も答えることはなく、次の瞬間、オレの胸の中に何か熱いものが迸った。
これは、炎帝から加護をもらったときと同じ……。
『転生者の少年よ。必ず、魔王を"救ってやってくれ"』
(えっ……!?)
救う? 倒すではなくて?
瞬間、世界が動き出した。
「死ねぇ!!」
スティルの爆撃の如き弾丸が、オレへと迫る。
オレは、反射的に、鋼帝から貰った力を解放した。
「な、なんだ……それは!?」
スティルが驚きの声を上げた。
アンシィの形状が変化していた。
いや、変化というよりは、巨大化と言った方が正しいだろう。
刃の部分──つまり、3種の金属の合金の中でも、特にアダマンタイトで構成されたその刃が変形し、より強靭で巨大な刃へと変わったのだ。
その大きさは、優にオレの身体すべてをカバーできるほど。
そして、その巨大な刃に、スティルの弾丸がぶち当たる。
衝撃はあるが、ダメージは……ない!!
「ディグ!! なんかできたわ!!」
「"鋼帝の魂"ってとこだな!!」
今の防御力なら、いける!!
「ならば、これで貫く!!」
スティルの銃が変形し、より巨大でまるでボーガンのような形状へと変化した。
その先端には、これまでとは比較にならないほどの魔力が収束している。
あれが奴の必殺技だ。
ならば、こちらも必殺技で返すのみ。
「アンシィ、このまま行くぞ!!」
「ええ!!」
オレは、巨大化した刃のまま、スコップモードを<剣>に変形する。
穿つは必殺の一撃。
「グラビティバースト!!」
「スコップドリル・アダマント!!」
奴の弾丸が命中した瞬間、押さえつけられるような強烈な重力波がオレを襲う。
だが、巨大化した刃は、その重力波さえ、跳ねのけて、空中に浮かぶ、スティルの身体を真っ向から穿つ。
「バ、バカな!?」
「終わりだ!!」
『させない!!』
スコップドリルがスティルの胴を穿つその直前、スティルの身体が、スコレのそれへと変化した。
『スコレ!!』
スコップドリルがスコレの盾へと触れた。
概念スキルを込めた巨大な刃は、スコレの鉄壁の盾を完膚なきまでに粉砕していく。
しかし、盾で威力を減衰された結果、スコレの身体を貫くことは適わず、その細い身体を吹き飛ばすだけにとどまった。
衝撃を受けたスコレは、そのまま噴水があった辺りの地面へと落下していく。
オレは、アンシィを元のサイズに戻すと、そのままスコレのそばへとスタリと、着地した。
「う、ううぅ……」
彼女は、うめき声を上げながら、地面に寝そべっていた。
まさか、あの場面で、この娘が、兄と交代して、自らその身を差し出すとは思ってもみなかった。
おそらくスティルのままであれば、オレ達は容易に身体を貫けたことだろう。
防御力の高いスコレにチェンジされたことで、止めを刺すまでには至らなかった。
とはいえ、この状態では、もう戦闘を続行することはできない。
デュアル族のダメージは、共生者同士で共有される。
前面に出ていないスティルも、同じだけのダメージを負っているはずだった。
「もう終わりだ。スコレ、スティル」
オレは、アンシィの先端をスコレへと向ける。
こちらをにらみつけるスコレ。
彼女には、この街をこんなにボロボロにされてしまった。
ドラゴンシスターズ達も、こいつのせいで、力を使い果たし、倒れてしまった。
その報いを受けさせなければならない。
アンシィを握る手に、グッと力を込める。
しかし、そんなオレとスコレの間に、割って入ってくる人物がいた。
リシアだ。
彼女は何も言わず、ただ、目に涙をためて、両手を広げて立っていた。
まるで、スコレを守るように……。
連続投稿7/10話目になります。
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