141.ディグVSスコレ
一歩一歩、ゆっくりとこちらへと近づいてくるスコレ。
ドラゴン達のブレスによる一斉斉射の時、彼女は魔人の近くにいたはずだ。
おそらく、彼女もその余波……ううん、むしろ直撃すら一緒に受けていておかしくはない。
それでも、彼女の盾には罅一つなく、身体にも怪我らしきものは見当たらない。
「魔王様から借り受けた魔人を吹き飛ばしてしまうなんて……。どう責任取ってくれるんだい?」
問いかけるスコレに返事は返さず、ゆるふわな女の子は、必死で自分の足で立とうと、私の手を振り払った。
しかし、ブレスで全ての力を使い果たした女の子は、踏ん張れず、そのまま地面に倒れ伏す。
「くぅっ……!!」
「どうやら、さっきの攻撃で力を使い果たしたようだね」
喋りながらじわじわとにじり寄ってくるスコレの威圧感に、後ろへ下がりそうになる脚。
でも、私はなんとか、ゆるふわな女の子の前へと進み出た。
スコレの顔が、一瞬不快そうにゆがんだ。
「なんだい君は……って、あの時ギルドにいた冒険者の卵の子じゃないか」
スコレは、今、気づいたとばかりに、私の顔へとぶしつけな視線を送ってきた。
「魔人の邪魔をしてくれたのも君だね。まさか、あんなに高度な炎の魔術を扱える力があったとは。少し驚いた。でも」
刀の切っ先が私の方を向く。
「さっきので力を使い果たしたんだろう? 今の君からは全然魔力を感じない」
そうだ。
さっきから、もう一度、右手に魔力を集中させようとしているけれど、ちっとも炎が現れることがない。
ドラゴン達だけでなく、私も、すでに力を出し尽くしてしまった。
でも、後ろには、すべての力を振り絞って、倒れ伏すドラゴンの少女たちがいる。
私が、ここで退くわけにはいかない。
「不格好な構えだね。やっぱり初心者だ、君は」
慣れないショートソードを構える私をスコレがあざ笑った。
ドラゴンのブレスさえも捌いたらしい彼女の防御力。
私なんかでは、どうあがいても、傷一つつけることはできない。
それでも、私はできる限りの力を込めて、剣を振りかぶった。
「はぁああっ!!」
上段から叩きつける。
スコレは防御の姿勢を取ることもない。
私は、無防備なその頭に、全力で剣を振り下ろした。
だけど、当然のように、真っ二つになっていたのは、私のショートソードの方だった。
「…………くっ……!?」
無防備になった私の襟首を、スコレが掴んだ。
そのままグッと宙へ持ち上げられる。
凄い……力だ。
「さて、魔人の邪魔をしてくれた報いを受けてもらおうか」
左手で私の首を持ち上げながら、右手の短刀を構える。
近くで、あのゆるふわな女の子の必死の声が聞こえる。
ああ、でも、彼女達はもう動くことすらできない。
私は、ここで終わりだ。
でも、頑張ったと思う。
街の人たちも少しは助けることができたし、ドラゴン達の最後の一押しも手伝うことができた。
記憶がなくなったまま死んでしまうことは、本当に残念だけれど、でも、やり切った気持ちのまま死ねるのも、わるくはない……。
でも……。
「おいおい、泣いてるのかい」
知らず知らずのうちに涙が流れていた。
やっぱり、このまま死にたくないんだ。私……。
涙を流して、はじめて、私は自分の気持ちに気づいた。
記憶喪失で、何も頼れるものもない、不安定な私でも、生きたいと願う気持ちがあったのだ。
優しい受付のお姉さんの顔が浮かんだ。
お姉さんと朝、何気ない会話をして、冒険へ出かけていく私。
クエストをこなして、四苦八苦しながらも、ギルドへと帰っていく私。
酒場で、仲間達と、その日の冒険を肴に、食卓を囲む私。
あったかもしれないそんな日常を思うと、どうしても、涙が止まらなかった。
「汚いなぁ。僕、涙って嫌いなんだよ。弱者の証明でしょ。それって」
短刀が光を反射して、鈍く光る。
「弱肉強食。弱き者には、死を……!」
悔し涙を流しながら、私は、訪れるであろう死への痛みを受け入れた。
……その時だった。
首を絞めるその手の感覚がなくなり、一瞬の浮遊感。
そして、気が付いた時、私の身体は、優しく抱きかかえられていた。
おそるおそる、私は目を開いた。
「大丈夫?」
「あっ……」
そこには、私に向かって、優しい表情で問いかける男の子──ディグさんの姿があった。
ディグさんは、私を地面へと下ろす。
相当、ひどい顔をしていたのだろう。
ディグさんは、ごしごしとズボンで手を拭くと、私の涙を指で丁寧に拭ってくれた。
「君のおかげで、なんとか間に合うことができた……。いや、間に合ってないか。街、こんだけボロボロだもんなぁ」
彼は、周囲を見回すと、微妙な表情を浮かべている。
「とにかく、ありがとう! あとはオレに任せてくれ」
「は、はい……」
「ディ、ディグくん……」
「フュン!! 大丈夫か!!」
ディグさんは早足で駆けていくと、倒れ伏すフュンを助け起こす。
「なんとか、魔人は倒せましたよ……」
「ありがとう!! フュン達が、街を守ってくれたんだな!!」
「ふふっ、後でご褒美……期待していますからね」
「ああ……。ゆっくり休んでいてくれ」
穏やかに微笑むと、安心しきったような表情で、ゆるふわな女の子は目を閉じた。
「あー、ルチルの奴……足止めをし損なったってわけか……!!」
初めて見せるイライラした表情で、ディグさんに吹き飛ばされたらしいスコレが、苦々しくつぶやいた。
「スコレ。お前が魔王の四天王の一人だってことはもう知ってる」
「ルチル……あの女、どこまで無能なんだ……」
苛立たしそうに目を細めるも、次の瞬間には、それまでの冷静な表情を取り戻すスコレ。
「まあ、いい……。結局頼れるのは自分の実力だけだ。ここで君を仕留めれば、同じこと」
「お前にできるかな?」
「できるさ。少なくとも、君は僕に傷一つつけることはできない!」
戦闘が開始された。
ディグさんが、スコップを構え、スコレに飛び掛かった。
ただ、スコップじゃない。
あのゆるふわの女の子が扱っていたような、紅蓮に燃える炎をまとったスコップだ。
近づくだけでやけどをしてしまいそうなその業火を纏った一撃をスコレが盾で受け止める。
「へぇ、炎帝の力か……!」
「この炎でお前の盾ごと焼き尽くす!!」
「無理だね!!」
盾を振り、ディグさんを弾き飛ばすスコレ。
ディグさんは受け身を取って、地面へと着地する。
「僕の防御力は何も物理的な攻撃に対してだけのものじゃない。魔力に対しても僕は絶対の防御力を誇る。いかなる業火でも僕を焼き尽くすことはできないのさ」
嘘じゃないだろう。その証拠に、スコレの表情には、今まで通りの厚い余裕が漂っている。
だが、余裕を見せているのはディグさんも同じだった。
彼はにやりと微笑む。
「なるほどな。確かに物理でも魔法でも、お前の防御を突破することは難しいんだろう」
「えらく理解が早いね」
「ああ、攻略法は明らかだからな」
「へぇ、いったいどうするっていうんだい?」
「こうするのさ」
ディグさんが、スコップを腰だめに構える。
あれはスコップを振る構えじゃない。
本来のスコップの構え方、"掘る"構えだ。
「うぉおおおおおおおおっ!!」
ディグさんが、スコレに向かって突進しながら、その盾に向かって、スコップを突き出した。
さっきのように、炎を纏っているわけでもない、ただの"掘る"という動作そのもの。
「はっ、そんなもので……なっ!?」
余裕の表情で、突き出した盾にスコップが接触した瞬間だった。
わずかばかりではあるが、スコレの盾が削り取られた。
いや、違う。あの跡は、まるで、地面が掘られた時と一緒だ。
つまり、ディグさんは、スコレの盾を……掘った?
「概念スキルなら、お前の盾だって地面と変わらない!」
「くっ!? 転生者のスキルか!? 忌々しい!!」
初めてスコレの顔に、焦りの表情が浮かんだ。
そこからは、ディグさんのターンだった。
傍目にはわからないけれど、ディグさんの使う、概念スキルというものにより、スコレがどんどん追い詰められていく。
盾が削られ、鎧にヒビが入り、ついには、それまで傷一つつかなかった身体にも裂傷が入り、血さえ流し始める。
スコレも右手に持った短刀で、ディグさんに反撃はするものの、元々が防御特化である守護神の彼女は、攻撃自体は非常に凡庸だ。
レベル100を超えているらしいディグさんの動きの前では、その攻撃は一度も当たることはなかった。
何度目かの、スキル攻撃を受けたスコレが、ついに膝をつく。
「はぁ……はぁ……貴様ぁ……!!」
「もうあきらめろ。お前の防御は、オレには通じない」
女の子をいたぶるのは忍びないのだろう。
途中から、ディグさんの攻撃には、明らかな躊躇が感じられるようになってきた。
このまま、殺すことなく、相手が負けを認めることを望んでいるのが、私にも見て取れた。
しかし、スコレは、はっきりと憎悪の籠もった目で、ディグさんをにらみつけている。
その視線には、投降の意思はいっさい感じられない。
「黙れ!! 貴様なんか、この僕が……うっ!?」
激昂していたスコレが、突然苦しみ出した。
彼は、地面に四つん這いになると、苦しそうに、胸を押さえる。
「はぁ……はぁ……がぁ……!」
「な、なんだ……?」
何かをつかむように、いや、あるいは懇願するように、スコレが何もない虚空に向かって手を突き出す。
「待って……お兄ちゃん……ボクは、まだ……!!」
『いいから、寝ていろ』
低い男性の声だった。
次の瞬間、スコレの身体が、むくむくと膨らんでいく。
細かった腰には、分厚い腹筋が浮かび、鎧はよりシンプルで身体に密着したものへと変わっていく。
そうして、一瞬の後、ディグさんの前には、身長2メートルはあろうかという細身の大男が立っていた。
スコレが持っていた円形の盾は、いつの間にか、黒い筒状の何かへと変わっていた。
男はその切っ先をディグさんに向ける。
「俺がカタをつける」
ギザギザとした犬歯をむき出しにし、その男はニヤリと微笑んだ。
連続投稿6/10話目になります。
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