014.レベルアップと1人目の仲間
「こいつこんなとこまで……!?」
「逃げましょう! ディグさん!!」
「いや、ダメだ。この暗闇の中、下手に逃げない方が良い」
暗闇の中で走り回ると、崖から落ちたりするからね!
下手すると死ぬよ! 経験談だよ!
「でも!」
「大丈夫。ここは沼と違って"地面"がある!!」
そう言って、オレはアンシィの手を握る。
「アンシィ!! スコップモード<樹>」
「承知!」
アンシィが人間形態からスコップ形態に変化する。
今回使うスコップモードは<樹>、すなわち植樹等に使われる植え替え用スコップだ。
一番使っている<剣>モードと比較して、刃の形は先端が短い台形になっており、三面全てに取り付けられた鋭く、平行な刃先で、木の根ごと地面を掘ることができる。
「角度計算! スキル行くぞ! <根掘り葉掘り>!!」
お初のスキルを発動。
近くにあった木の根元を高速で掘る。
<樹>モードは硬い木の根だろうと容易に斬り裂く。
ほんの数秒で、大木が穴の方へと傾いだ。
そして、そのままでかいシュロマンダーの脳天へと……。
ドォオオオオオオオオン!!
「シュロォオオオオオオオオオ!?」
大木の一撃を受けて、絶叫するモンスター。
叫ぶにはまだ、早いぞ!
「根掘り葉掘り!! 根掘り葉掘り!! 根掘り葉掘り!! 根堀り葉掘りぃいいい!!」
連続でスキルを発動し、周囲の大木の根元を一気に掘り抜く。
そのたびに、大木がシュロマンダーの肩に、背中に、再び脳天に、痛烈な打撃を与えていく。
そして、ダメージを与えるたびに、倒れてきた木が、奴の周りにバリケードを作る。
一石二鳥。すでに、やつは行動不能だ。
「ディグさん……凄い……!!」
「へへっ!!」
「警戒!!」
「うわっ!!!」
「シュロォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
さすがに怒りが頂点に達したのか、巨大シュロマンダーが、力任せに周りの木々を弾き飛ばしつつ、強引に抜け出した。ものすごいパワーだ。
「くっそぉ!! あと一歩だったのに!!」
「もう周りに大きな木がないわよ!」
このまま押し切れればベストだったんだが。
「くっ! 落とし穴でも作っておけば……」
「ディグ、一つ試してみたいことがあるの!」
「お、どうしたどうした相棒!」
「あのドラゴンに貰った力、ようやく私の中で安定したみたい。行けるわ!」
「よくわからないけど、頼んだ!」
オレは、スコップモードを<剣>へと変化させると、巨大シュロマンダーへと突っ込む。
そのまま倒れた木を伝って、跳躍、頭を狙う。
「アンシィ!!」
「はぁあああああっ!!!」
アンシィから赤いエネルギーが迸る。
概念的な炎。相手を燃やし尽くすという意志そのものが、スコップの刃を紅蓮に染め上げる。
「行くわよ!! ヒィイイイトスコップゥ!!!!」
炎熱を秘めたスコップの一撃が、奴の右目を捉えた。
「シュロォオオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
これまでで一番の絶叫、右目に真一文字の傷が入るとともに、その周囲の皮膚事焼いたのだ。
そのダメージは計り知れない。
「凄いぞアンシィ!!」
「当然、もいっちょ行きましょう!」
「ディグさん、危ない!!!」
フローラさんの声で、ギリギリでヤツの右腕が迫っているのに気づく。
だが、もう避けられない。
「シュロォオオオオオ!!!!」
「うわぁああああああ!!!?」
咄嗟に、防御に適した<角>モードへとアンシィを変形させたもののまるで弾丸のように弾き飛ばされ、地面に激突。
「か……はっ……!!」
あ、やばい……意識が……。
「ディグさん!!! ディグさんっ!!!!!」
かすむ視界の中、フローラさんが駆けつけてくれている姿だけがぼんやりと浮かぶ。
「ディグさん! ディグさん!! 死なないで!!! 私、まだ、あなたに何も……!!!!」
「だい……じょ……かはっ……」
ダメだ。まともにしゃべることすらできない。
ドクドクと何か暖かい物が身体から流れ出ているのを感じる。
その度、身体の芯が冷たくなっていく。
あ、これ、マジでヤバイかも。
少しずつ意識が闇に呑まれていく。
「ディグさんを……助けたい…………!!!!!」
蝕まれる光の中で、フローラさんの決意に満ちた声が聞こえた気がした。
ディグさんはやっぱり凄かった。
ベテラン冒険者でもまともに対峙できないであろう、あのキングシュロマンダーをスコップ一つで追い込んだのだ。
彼を動かしているのは力じゃなかった。知恵と勇気。私にはなかったものだ。
でも、そんな尊敬すべき、私を救ってくれた人が、今、私の目の前で、その命を散らそうとしている。
嫌だ。絶対に嫌だ。
私は、まだ、彼に何の恩返しもできていない。
「絶対に、救ってみせます……!!!!」
私の中に眠る、原初の回復術士様!!
どうか、今だけ、ほんの今だけで構いません!!
私に力を貸してください!!
虫の良い話なのはわかっています。
私はずっとあなたの事を疎ましく思っていました。
でも、今は、今だけは……お願い!!
「彼の者に癒しを与えたまえ……極大回復魔法!!!」
瞬間、私の中で、何かが弾けた。
力の奔流が渦巻き、今にも暴走しようと私の中を駆け巡る。
負けない。絶対に負けない!!
私は……私は……。
「ディグさんを……助けたい……!!! うぁあああああああああああああああ!!!!」
ありったけの精神力をつぎ込んで、魔力をコントロールする。
この人を治したい。
ただ、それだけの気持ちを込めて。
私の全身を白い輝きが包み込んだ。
あれ……。
オレの目の前に女神がいた。
白く輝く姿、痛々しいほどに必死な顔、そして、柔らかいふとももの感触。
ああ、そっか、ここ天国か。
良かったぁ。
今度はあの豚野郎じゃなくて、ちゃんと美しい女神だ。
あれ、でも、この女神、誰かに似てるな。
そうそう、オレとパーティ組んでくれた、あの──。
「あ、フローラ……さん?」
「ディグさん!! 良かった!! 本当に良かった!!!!」
フローラさんがオレに抱き着いてくる。
うわぁお、おっぱい当たってますよぉ。ふぉふぉふぉ、役得~。
と、そんな視線の先で、痛みで、てんででたらめに暴れるシュロマンダーの姿があった。
あ、そうだよ。オレ、あいつと戦ってたんだ。
んで、吹っ飛ばされて……。
あれ、どこも痛くないぞ。
「もしかして、フローラさん。ヒールしてくれたの?」
「は、はい、一か八か……でしたけど」
「おおっ、成功させたんだ!! 凄いじゃん!!!」
オレは、すこぶる元気になった身体で立ち上がると、その場で、2、3回跳ねてみる。うん、快調!
「アンシィ! 大丈夫?」
「私も一瞬意識飛んでた……。あ、でも、もう大丈夫。なんか身体軽いし」
どうやら、フローラさんのヒールでアンシィも回復してしまったみたいだ。凄い。
「さて、じゃあ、トドメ刺しに行きますか」
アンシィをくるりと一回転させて、構える。
「ま、待って下さい! 今なら逃げられるのでは……?」
「んー、でも、中途半端に傷付けちゃったからなぁ。このまま、暴れて人里でも下りられたら、迷惑かけちゃうし」
「た、確かにそうですが……」
「それに……これ、使おうと思ってさ」
オレは腰のポーチから切り札を取り出すと、フローラさんの手に握らせた。
「これは……!」
「魔力をコントロールできたフローラさんなら、きっと使えると思う。オレがヤツを掻き回すから、隙を見て頼む! んじゃ!」
フローラさんに切り札を預けると、オレはシュロマンダーに向けて走った。
おっ、本当に快調だ!
普段に倍する勢いで、奴の足元まで至る。
錯乱するやつの足元にヒートスコップで一発。
「オラァアア!」
「シュ、シュロオオオオオ!!」
叫びはするが、そこまでダメージが入っていないのはわかってる。
奴のつぶれた右目がある右半身を中心にヒートスコップでぶんなぐっていく。
「ほらほら、こっちこっち!」
でたらめに腕を振りながら、奴はオレを追ってくる。
そうだ……そこ!!
「フローラさん!!」
「えーいっ!!!」
フローラの魔力が、籠められた切り札が、奴の頭に向かって投てきされた。
そう、それはあのドラゴンのいた迷宮で見つけた赤い石──竜血石だ。
赤い軌跡を描きながら、竜血石は寸分たがわず奴の脳天に向かって飛翔し、そして──
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!
地面さえ震わせる轟音と共に、巨大な爆発が起こった。
「土壁!!」
素早くフローラさんのところまで戻ったオレは、二人の前に土壁を形成する。
爆発の余波だけで、こちらまで燃えてしまいそうだ。
さすが家一軒建つだけの価値があるだけある。
吹き荒れる熱風を数秒やり過ごす。
やがて、衝撃が過ぎ去ると、オレ達は恐る恐る土壁から身を乗り出した。
森にはぽっかりと穴が開いていた。
その中央には、あの巨大なシュロマンダーが真っ黒に炭化して事切れていた。
周りの木々が燃焼し、さらに火力を上げてくれたようだ。誘導大成功。
【レベルが16まで上がりました】
「おおっ!!」
脳内アナウンスが響き、身体が淡く発光した。
ついにスコップ技能ではなく、ちゃんとオレ自身のレベルが上がった!
しかも、一気に15も上がったわけだ。
ほぼほぼ竜血石の爆発力で倒したようなもんだが、アイテムで倒しても、倒した扱いになるのな。ありがたい。
レベルが上がったのは、パーティを組んでいたフローラさんも同じようで、身体から淡い光が出ていた。
「ふぅ、これで、一見落着……かな」
「はい、ディグさん!」
フローラさんが、とんでもなく可愛い笑顔で笑いかけた。
でも、その笑顔がすぐに不安な表情へと変わる。
「あ、あの、ディグさん、本当に私なんか──」
「言わせねえよ。フローラさん"が"いいんだ」
「!? あ、ありがとう……ございます……!」
今度こそ、フローラさんは、本当に心からの笑顔で笑った。
瞳の端には涙が滲んでいた。
涙をこらえるように、穏やかな表情でひとしきり目を閉じた後、フローラさんは少しだけ頬を赤らめて言った。
「あ、あの、それじゃあ、一つだけお願いしても宜しいでしょうか?」
「ん、なに?」
それから左手を胸に当てて、彼女は柔らかく微笑んだ。
「私の事は、これから、フローラ……フローラと呼んで下さい」
それは、女神よりもよっぽど女神らしい、慈愛の笑顔だった。