138.私達の英雄
「私達の攻撃が効かないなんてっ……」
不敵に笑うスコレとその後ろに並び立つ巨大な魔人を見て、フィーの顔が引き攣っている。
「ふむ、用意した魔物達は、ほとんどが冒険者達と交戦中のようだな。まあ、街の破壊なんて、本来、ゴドマズ一体いれば事足りるんだけどね。さあ、思う存分暴れてきな、ゴドマズ」
「グォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
6体が合体して誕生した、魔人からはすさまじい魔力が放たれている。
咆哮のそれ一つで、公園周辺の建物の一部が倒壊しだした。
「1体1体の時とは、比較にならない……」
ドーラの呟きに反応して、私もごくりと生唾を飲み込む。
ママ以外で、ここまで圧倒的な魔力を持った相手に初めて出会った。
果たして、勝てるだろうか……。
「でも、やるしかありません……。ディグくんの住む街を、これ以上壊させないためにも」
いや、ディグくんが住む街だから、という理由だけじゃない。
私達がこの街に来て、10日ほど。
人の姿をしてはいても、ドラゴンである私達は、人間の常識に疎い部分があり、街の人たちに迷惑をかけてしまうこともあった。
でも、そのたびに、街の人たちは、時に笑いながら、時にはあきれながらも、私達のことを許してくれた。
ディグくんたちがフォローをしてくれたおかげ、という部分もあるけれど、それでも、広い心で私達のことを受け入れてくれたこの街の人たちが、私は嫌いじゃない。
ううん、むしろ好きと言ってよい。
私達に、たくさんの初めてをくれたこの街。おいしい料理のお店もたくさんあるこの街。
それを壊そうとする輩を、絶対に許すことができない、という怒りが、いつの間にか、私の心の中に沸々と湧き上がっていた。
「うん、倒そう。私達で」
「そ、そうですっ! もう一回、鉄球をお見舞いしてやりますっ!!」
姉妹で顔を見合わせて頷き合う。
「フュン、フォロー任せたよ!」
「私達がかき回す!」
前衛の二人、アインとツヴァイがゴドマズという名の合体魔人へと駆け出す。
とびかかってくる2人に対し、ゴドマズは微動だにしない。
「くらえっ!!」
アインの剣による一撃が奴の肩口へ、そして、ツヴァイの正拳突きが魔人のみぞおちへと叩き込まれる。
一瞬の静寂、だが、魔人はうんともすんとも言わない。
「な、なんなのこいつ!?」
「ゴドマズの耐久力はかなりのものだよ。君達の攻撃じゃ、通らない」
「物理攻撃に強いなら!!」
私は、全力の魔力を込めて、呪文を放つ。
「炎陣"陽炎"」
東の空に昇る太陽の如く、地面から吹き上げる炎がゴドマズの身体を灼く。
物理攻撃が効かないなら、魔法攻撃だ。
私は、姉妹の中でも、もっとも魔力操作能力に長けている上、ママから【炎帝】スキルを唯一受け継いでいる。
炎を扱うことに関しては、人間のトップクラスの魔術師達よりも上だと自負している。
それでも、もちろん自分の力だけで勝てるとは思っていない。
「ドーラ!! フィー!!」
私の合図に、姉2人が反応し、燃え続ける魔人に向かって、弓と鉄球で追い打ちをかける。
私達がこれまで街道の魔物退治の際にも使っていた、必勝パターン。
これならば、あるいは……。
「無駄だよ」
魔人の後ろ、いつの間にか、退屈そうに瓦礫の山に座っていたスコレがそうつぶやいた。
次の瞬間、魔人の全身から、濃い紫色の光が漏れだし、私の炎を吹き飛ばす。
そうして、出てきた、魔人の身体は……無傷。
「ゴドマズは、魔王様が、通常の魔人数十体分の魔力を注ぎ込んで作った特別な魔人だ。君達如きの攻撃じゃ、通用しないって。それに……」
スコレが指を鳴らす。
すると、ゴドマズの突き出した鳩胸の先端にある宝玉にものすごい量の魔力が圧縮されていく。
あの魔力の量は、密度は、ママのブレスに匹敵する。
あんなものをまともに受けたら……。
「撃て」
「みんな!! 避けて!!」
「グォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
スコレの端的な指示に従って、ゴドマズがその魔力を解放する。
高密度に圧縮された暗黒の魔力は、左右に跳んで回避した私達の後方の街並みを消し去った。
そう、文字通り、消し去った、のだ。
建っていた家々が消し炭となり、細かい火の粉だけが空を舞う。
そこには、光が通った道筋が、穿った地面の形跡としてだけ、はっきりと残されていた。
恐ろしい。あまりにも恐ろしい破壊力。
「そ、そんな……」
私達の間に絶望が走る。
これまで、私達は種族的な優位性で、出会った敵を全て圧倒してきた。
生まれ育った煉獄の迷宮の高レベルの魔物だって、遊び相手みたいなものだった。
だからこそ、自分たちの能力を過信していたのかもしれない。
初めて出会う、自分たちの力ではどうにもならない存在。
それを目の当たりにして、姉たちの気持ちがにわかに落ち込んでいくのを感じた。
「みんな、まだ、諦めては……!!」
「でも、どうしろっていうのよ!!」
ツヴァイが、半ば錯乱したように言った。
普段は冷静なアインも、目線を落としている。
ドーラやフィーも同様だ。
なまじ、今まで強敵と戦った経験がない分、皆、こんな時、どう対処してよいのかわからないのだ。
それは、みんなと同じように生まれ、育ってきた私だって、同じこと。
だけど……。
「ディグくんは、諦めませんでした」
私は、私だけは、見ていた。
生まれる前、まだ、卵の中にいた時、確かに彼を見ていたのだ。
あの時、化け物蜘蛛達に一番近い位置で、一番の危険にさらされていたのが私だった。
まだ、卵の中で身動きが取れない。でも、自分に迫る危機だけはなんとなく感じていた私。
生まれる前に、食べられて死んでしまう運命だった私。
そんな私を守ってくれたのは、非力で、何の能力も持たない、ただの人間の彼だった。
でも、彼には、力はなくても、それを補う知恵と勇気があった。
ギリギリまで、策を弄し、身を削り、最後まで私達を守り抜いてくれた。
あの姿を一番近くで見ていた私だけは、絶対に諦めるわけにはいかない。
「だから、私も、絶対に諦めたりしません!」
「フュン……」
私の言葉に、姉妹達の目に光が戻った。
「そうだ。私達を救ってくれた彼の街を、私達が救えなくてどうする」
「取り乱して、悪かったわ……。ディー君への愛があれば、こんな相手」
「恐いけど、でも、やらなくちゃいけない」
「うんっ! それが、ディグさんに、救われた私達の役目っ!!」
姉妹は揃って、再び頷く。
「私達の全員の力を合わせましょう!」
「ふぁー……あの娘達、仕掛けて来ないようだね。あまりの破壊力にビビっちゃったかな」
なかなかどうして、ゴドマズの魔力集束砲【マズルフラッシュ】の威力は大したものだ。
守護神の僕でも、さすがにこの攻撃ばかりは、あまり受けようとは思わない。
もっとも、捌く自信がないわけじゃないけど……。
まあ、そんなことより、だ。
他の冒険者とは一線を画す戦闘力を持つ、5人の女の子達。
以前のリサーチでは、そんな存在は確認できなかったので、おそらく、最近この街に定着したパーティなんだろう。
彼女達のせいで、6体の魔人のうち、5体にかなりのダメージを負わされ、結果、ゴドマズを呼び覚ますことになってしまった。
本当は、6体のままで運用した方が、街を縦横無尽に破壊し尽くすという目的では有用だったのだが、まったく、余計なことをしてくれたものだ。
合体し、圧倒的なパワーとタフネスを得たゴドマズだが、その反面、機動力は大きく下がっている。鈍足といっていいだろう。
こいつでは、街を破壊しつくすのに、時間がかかってしまう。
「まあ、多少時間がかかったところで、構わないか」
厄介な相手はすでに、遥か北の街道へとルチルが連れ出した。
彼女なら、それなりに上手く時間を稼ぐことができるだろうし、仮に奴らが戻って来ようとしても、"同じ四天王である"ルチル自身の戦闘力は僕に匹敵する。
魔人という戦力があることも含めれば、奴らが帰ってくる可能性は、皆無と言えた。
「とはいえ、退屈だなぁ……よしっ」
瓦礫の上に寝転がっていた僕は勢いをつけて起き上がると、ギルドがあったあたりへと指を差す。
「ゴドマズ。そろそろアイドルタイムは終わっただろう。次だ」
「グォオオオオオオオオオオオッ!!」
1度目の照射が終わり、まるで地面に根差したかのように静止していたゴドマズが、指示を与えたことで、再び動き出す。
せり出した鳩胸の中央に位置する宝玉に、再度魔力が集中していく。
1射目は、あの娘達がいる方向へ牽制として撃ったが、2射目は、明確にこの街のギルド本部を狙う。
今もあの場所には、多くの冒険者達とそれをサポートするスタッフたちが残っているはずだ。
次の一撃で、そいつらを一網打尽にしたやるとしよう。
発射体勢に入るゴドマズ、しかし、その前に再び5人の少女たちが立ちはだかった。
彼女らは手を平げ、これ以上は行かせないというふうにこちらをにらみつけていた。
「あれ、なんだ、やっぱりやるんじゃん」
てっきり諦めたのかと思ったけれど。
「まあ、関係ないや。ゴドマズ、やれ」
「グォオオオオオオオオオオッ!!!」
咆哮と共に、再び、ゴドマズが災厄の光を放った。
連続投稿3/10話目になります。
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