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オレにホレないモノはなし!~完全無欠のスコッパー~  作者: GIMI
第8章 新たなる戦いの幕開け
132/156

132.勃発

「ねえ、あの子……」

「ああ、ディグんとこに入りたいっていう」


 遠巻きに私の方に向けられる視線に、身体がびくりと震えた。

 ディグという冒険者が、街道に現れた魔人の討伐に出かけて、3時間ほどが過ぎていた。

 その間、手持無沙汰になった私は、ギルド内の酒場の隅に一人で座り続けていた。

 そろそろお尻が痛くなってきた。

 でも、他に、することも、できることもない私には、その場から離れるという選択肢もなく。

 ただひたすら、お尻の痛みと戦いながら、テーブルの木目を数えることしかできなかった。

 そうして、たまに、こうやって遠くから物珍しい視線で見つめてくる他の冒険者達の視線に気づかないふりをする。

 特別悪意のある視線と言うわけではないけれど、好意的なものでもない視線。

 自分たちとは異質なものに対して向けられる視線。ものを知らない誰かへのある種のあざけりを感じる視線。

 それらの視線から目を背け、会話から耳を逸らせる。

 それでも、ある程度は聞こえてしまうし、なんだかんだ、自分も聞こうとしてしまう。

 私を見る冒険者の多くから感じられるのは「なんであんな娘が……」という感情だ。

 私は、バカではない、と思う。

 だから、彼ら彼女らの会話の端々から感じるような、身の程知らず、という気持ちも当然だと思う。

 自分でも、おかしいと思う。

 だって、今朝冒険者になったばかりのレベル1の私が、ディグさん達、レベル100を超えるパーティに入ろうというのだから。

 でも、私にはそれ以外、すがれるものがないのだ。

 そう、記憶喪失の私には……。


「そろそろあちらについた頃ですかね。ディグさん達」

「あっ……」


 まるで亀のように縮こまっている私に声をかけたのは、私の冒険者登録をしてくれた受付のお姉さんだった。

 お姉さんは、私の正面ではなく、斜め横方向の椅子に腰かけると、手に持っていたコップを差し出してきた。


「ギルドで一番人気の果実酒……からアルコールを抜いた果実ジュースです。ずっと待っていて喉が渇いたでしょう? 良かったら、飲んでください」

「え、あ……でも……」

「お金なんか取りませんからね。私の奢りです」


 そう言って、笑いかけてくるお姉さん。

 お姉さんには、他の冒険者の人たちから感じる嘲りのようなものが一切感じられなかった。


「あ、ありがとう……」


 お姉さんから、果実ジュースを受け取ると、私はゆっくりと舌を湿らせた。

 少し酸味の利いたどこか大人な味の果実ジュースだった。全体的に甘いけれど、仄かに癖のある苦味が口の中に広がっていく。

 確かに、これはお酒に向いた味わいかもしれない。

 でも、嫌いじゃなかった。

 私と同様に、お姉さんもまるでお酒を飲むようにちびちびとジュースを煽る。

 無言の時間。何か話しかけた方が良いだろうか、とも思うが、いかんせん、私は人と接するのがとびきり苦手だ。

 記憶が無くなる前からそうだったのか、それとも記憶な無くなったからこうなったのか。

 自分でもわからない。

 少なくとも、誰かを会話しようと思っても、頭の中に、ろくに会話というものが思い浮かばないのだ。

 あるいは、思い浮かんでも、それを言葉にするのに、躊躇してしまう。

 ディグさんに会った時も、本当はもっと、自分の事をお話しした方が良かったんだろうけど──


「おーい、リシアさん?」

「あ、はい……! ごめんなさい……!」


 思考に没頭して、お姉さんに話しかけられているのに気づいていなかった。

 いけない。せっかく良くして下さっているのに、あまりにも失礼すぎる。


「いいんですよ。少しお話しさせていただいても、よろしいですか?」

「は、はい……」


 お姉さんは、優しく微笑むと、口を開いた。


「いきなりなんですけど、リシアさんは、なぜ、ディグさん達のパーティに入りたいと思ったんですか? あ、もし、答えたくなければ、答えなくても構いませんので」

「えっと……その……」


 一瞬躊躇する。

 私の事情は、あまりにも特殊すぎる。

 信じてもらえるかもわからない。

 でも、こんなに良くしてくれるお姉さんに、隠し事をするのも忍びない。


「あの、私……」


 それから、私は、自分が伝えられる限りのことをお姉さんに話した。

 私が、記憶喪失で、以前の記憶を全て失っていること。

 目覚めたとき、近くにいた男の人から、ディグさんのパーティに入れば、記憶がよみがえるかもしれないと言われたこと。


「ほほう……そんな事情が……」


 お姉さんは、うんうんと頷きながら、話を最後まで聞いてくれた。


「いろいろ気になる点ばかりですが、まずは……」

「あっ……」


 お姉さんは、私の隣に座りなおすと、そっと、私の頭を抱いてくれた。

 女性らしい柔らかな感触とあたたさかに包まれて、今まで緊張で凝り固まっていた身体に、少しだけ解きほぐされるような。


「大変でしたね。さぞかし不安だったでしょう」

「あ、う……」


 正直、不安なんてものじゃなかった。

 自分が誰かもわからず、すがれるのは、男の人から言われた、ドーンの街のギルドに向かい、ディグのパーティに入れ、という言葉だけ。

 自身の名前すら、どこか他人の物のように感じるそんな中、たったひとりでここまでたどり着いた。

 不安で、怖くて、仕方がなかった。


「でも、もう大丈夫ですよ。どんな事情があるにしろ、ギルドは登録していただいた冒険者さんを決して一人にしたりしません。なんでも頼って下さい」


 そう言って、胸を叩くお姉さん。

 少しふわふわとした雰囲気のある人だと思ったけれど、今のお姉さんは、これ以上ないくらいに頼りがいがあるように見えた。


「あ、ありがとう……ござい……ます」


 でも……。


「あ、ディグさんのパーティに入ることも、私は賛成派ですからね。まあ、中立の立場なので、表立って応援はできませんけど」

「えっ……?」

「あの人のパーティって、訳アリの人ばかりが入るんですよ。フローラさんもシトリンさんも、アルマさんも。コルリさんは最近来たばかりなので、まだ、あまり存じ上げないんですけど」

「そ、そうなん……ですか……?」

「ええ。だから、自分の事、怪しい奴、なんて思わなくても大丈夫ですよ。あの人、基本可愛い娘だったら誰でも受け入れるので。可愛さという面においては、リシアさんは相当なものだと思いますし」

「えっ……?」


 私って、かわいい……のだろうか。

 かわいいとか、かわいくない、の基準が、自分の中にはなくて、どうにも客観的に自分の容姿を判断することができない。

 でも、お姉さんが、こう言ってくれるからには、私は、もしかしたら、かわいい部類に入るのかもしれない。


「それに、ここだけの話ですが……どうにも、あの二人、ルチルさんとスコレさんは違うなぁ、って思うんですよね。確かにあのお二人が凄い冒険者だっていうのはわかるんですけど、ディグさんのパーティと合っているかというと、どうもそんなふうには思えなくて……。あっ、今のは内緒ですからね! あくまで、私個人の意見です!」


 お姉さんは、忘れて、というように手をぶんぶん振った。

 その時だった。手を振るお姉さんの遥か後ろで、ギルドの両開きのスイングドアが開いた。

 入ってきたのは、今の話に出たパーティ加入希望者の一人、スコレさんだ。

 彼女は、ぶつぶつと何かつぶやきながら、ギルドの中央へと歩を進めた。


「ふむ、街の規模から考えると、6体もいれば、十分か。過剰戦力かもしれないが、せっかく受け取ったのだしな。使わない手はない」

「ん、守護神(ガーディアン)の姉ちゃん、何をぶつぶつ言ってんだ?」


 近くにいたたくましい体躯の青年冒険者が話しかけるが、スコレさんは、まったく聞いているそぶりもない。


「さて、あの鳥の精霊の脚力なら、そろそろ到着して少し経つくらいだろうか。まあ、タイミングとしては申し分ないな」

「おいおい、さすがに無視はないだろう。あんただって、この街のギルドじゃ、新じ──」


 青年冒険者が、最後まで言い終わることはなかった。

 彼の背には、鈍く光る刃が生えていた。

 そこから滴る血が、生々しく床へと落ちていく。


『…………えっ……?』


 その場にいた誰もが、何が起こったのか理解できなかった。

 スコレさんが青年冒険者を刺した、という事実を素直に受け入れられる者など誰もいなかったのだ。

 ただ一人、私のすぐ横に座るお姉さんを除いて。


「皆さん!! スコレさんを取り押さえて!!」

「あ、ああっ!!」


 お姉さんの一声で、呆然としていた周囲の冒険者達が動き出す。


「おいおい、一番最初に反応したのが受付嬢とは……。判断が遅いな、ここの冒険者達は!」


 スコレさんが、頭上へと何かをばらまく。

 それは、種子のような何かだった。

 黒い胞子のようなものをまき散らしながら、その種子たちはいっせいにはじけ飛んだ。

 そして、現れたのは……。


『ギィジャァアアアアアアアアア!!!!』

「魔人……!?」


 気持ちの悪い叫び声を上げながら、角の生えた6体の魔人が、スコレさんを守るかのように、冒険者達に立ち塞がっていた。


「さあ、ドーンの冒険者達。ディグ達がいない中で、この街を守り切ることができるかな?」


 スコレさん……いや、スコレは、血の滴る短刀に舌を這わせながら、心底楽しそうに微笑んだ。

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