131.追走
キャラバンが魔人に遭遇した場所までは、普通の馬車で半日ほど。
しかし、パドラの脚があれば、3時間ほどもあれば、到着するだろう。
「フローラ、商人達から魔人の情報は聞けたのか?」
出発する直前に、フローラには襲われた商人たちに直接会って、話を聞いてくるようにお願いしていた。
「はい、いくつか特徴のようなものは聞けました」
メモを取り出したフローラは、そこに書かれたいた文字を読み上げていく。
「まず、先ほど受付の方からのお話にもあったように、『きしぇー』という気持ちの悪い叫び声をあげるらしいです。体調は3メートルほどで、上半身の筋肉が非常に発達しており、片手で荷馬車を持ち上げてしまうほどの怪力だったとか」
「パワー型の魔人ってことか」
オレが魔の森で戦ったことのある魔人は、3体に分裂するすばしっこい奴と、花や根に擬態した奴。
どうやら以前出会った魔人達とは少しタイプが違うようだ。
「それと、頭に立派な角のようなものが生えていて、それが時折光っていたとも」
「角か。シトリン、魔人に角があるのは一般的なのか?」
「そうだな。ほとんどの魔人には角がある。しかし、光っていたというのが妙だな。何か角を媒介にした特殊な能力があるやもしれん」
ふむ、もし、筋肉質な見た目に騙されず、特殊能力にもしっかり警戒しておいた方が良さそうだな。
「まあ、どんな魔人だろうと、ドーンと私に、任せて下さいまし!! なんなら、1人でも退治してごらんにいれますわ!!」
気を引き締めるオレ達と違って、ルチルの方は、かなり楽観的だ。
高位の冒険者で、EX職業持ちの彼女は、いささか自信過剰なところがあるらしい。
調子に乗って、痛い目を見ないと良いのだけど。
と、そんなルチルの様子を、なぜだか、じっっと見ている者がいた。
シトリンである。
「どうしたんだ、シトリン?」
そんなにルチルの方を見つめて。
「あ、いやな」
シトリンはこそこそ話をするように顔を近づけてくる。
「なんだか、この娘を見ていると、妙な雰囲気がするというか……。
「妙な雰囲気?」
「ああ、その……少し、自分に似ているような気がしてな」
「えっ、シトリンとルチルが……か?」
ふむ、言われてみれば……。
金の髪に、青い瞳、その特徴は確かにシトリンと同じだ。
しかし、完全に同じというわけではなく、色の濃淡には差があるし、性格的にも全然違う。
もっとも金髪碧眼というなら、ミナレスさんとかも当てはまるし、この世界では特別珍しいものというわけでもない。
体格の方も、小柄であるという点は、共通ではあるが、身体のメリハリは、その……。
「あっ、心読を使わなくても、今のはわかったぞ。失礼なことを考えていただろう」
「ちがうよ」
オレはシトリンのちっぱい好きだぜ。
「なんとなく、初めて会ったような気がしなくてな……」
「初めて会ったような気がしない……か」
その言葉で、オレの頭に想起されたのは、あの黒髪黒目の女の子。
レベル1ながら、果敢にも、オレ達のパーティに入りたいとやってきたリシアのことだ。
似てるというならば、彼女こそ、オレの知人にそっくりだった。
見た目も、性格も、所作すらもどこか似通っているように感じる。
もっとも、"あの子"とはもう3年近く会っていないので、ほとんど当時の印象のようなものなのだけれど。
「まあ、おそらく気のせいだとは思うのだが」
「ああ、そうだよな」
シトリンは自分とルチルの類似点について言ったつもりだったろうが、オレの頭の中では、"あの子"とリシアの事で頭がいっぱいだった。
まあ、"あの子"がこちらの世界にいるなんてありえないし、似てるとはいえ、まったく容姿なんかが同じであるわけでもない。
あくまで、少し似ているだけの少女、という話以上のものではないだろう。
「ディグ様! 間もなく山道に入ります。もう1時間もかからず、魔人と遭遇した場所にたどり着けるかと」
「わかった」
御者を担当するアルマの見立てて、あと一時間。
にわかに変わっていく車窓の景色を眺めながら、オレは、軽く身体をほぐし始めたのだった。
「ここが、魔人に遭遇したという山岳道の分岐点ですね」
馬車から降り立ったオレ達は、二本に枝分かれした道のそのちょうど根元へと立っていた。
周囲には壊されたキャラバンの馬車。
そして、件の魔人にやられたのであろう、事切れた馬のはらわたを、カラスがついばんでいる。
「ひどい有様だな……」
「ああ、商人たちに一人も死者が出なくて、僥倖だったといっていい」
馬車の残骸の散らかりっぷりを見るに、魔人はかなり暴れた様子だ。
「シトリン、近くに反応はあるか?」
到着する少し前から、神視眼を解放しているシトリンに問いかける。
「妙な気配だ……」
シトリンが額の瞳だけを開きながら、難しそうな顔で言った。
「この山一帯に、魔力の霧のようなものが発生している。それに阻害されて、魔人の位置を掴むことができない」
「魔力の霧?」
「あっ、確かに馬車を降りたときから、なんだかこう背筋が少しぶるりとしますね」
フローラが両手で自分の肩を抱き寄せる。
魔力を感じる能力のないオレにはわからないが、どうやら、目には見えない霧のようなものがこの山には発生しているらしい。
さて、シトリンの神視眼が通用しないとなると、あと、頼れるのは……。
「ふふっ!! やはり私がついてきて良かったようですわね!!」
ルチルが、両の手を腰に当てて、胸を張った。
「闇の気配を感じられる私には、魔人の気配がびんびん感じられますわよ!」
「本当か、ルチル!」
「ええ、任せて下さいませ!! こちらですわ!!」
ルチルに案内されて、オレ達は、森の中へと足を踏み入れた。
太陽の光が一気に届かなくなり、薄暗くなった森の中をルチルを先頭に歩いていく。
「距離はどれくらいだ?」
「結構ありますわね! 普通の魔物もいるでしょうから、蹴散らしながら参りますわよ!」
ルチルの言う通り、道中の森の中にはかなりの数の魔物が潜んでいた。
街道沿いには、魔物除けのランタンなどが設定されているが、森の中は、魔物のフィールドだ。
久しぶりに訪れた人間を食ってやろうと、様々な魔物達が、オレ達の方へとやってくる。
「結構多いな」
「この辺りは、街と街との中間点で、あまり狩りなどもされていないだろうからな」
数は多いが、それほど強力な魔物というわけでもない。
今や全員が全員レベル100を超えるオレ達のパーティは、散発的に襲い掛かってくる魔物どもを一息に蹴散らしながら、ルチルの示す方向へと進んだ。
「ふぅ、えらく遠いわね」
スコップ状態のアンシィが、そうつぶやいたころには、正午を回っていた。
大方腹が減ってきたんだろうが、さすがに今は昼食を摂っている余裕なんてない。
「なあ、ルチル、まだ、魔人のいる場所には着かないのか?」
「もう、そろそろですわ…………あ、あれっ……?」
意気揚々とオレ達を引き連れ進んでいたルチルの足が止まる。
「どうした?」
「いえ、その……突然、魔人の気配が消えてしまいまして……」
「なんだって?」
魔人の気配が消えた?
「あ、いえ!! だ、大丈夫ですわ、また、現れました!! あ、でも、移動しています!!」
「どういうことだ……?」
魔人の気配が途切れ、また、現れたと思ったら、位置が変わった。
「瞬間移動でもしてるってのか?」
「わかりませんわ。少なくとも、先ほどよりも遠くに行ってしまったようです」
参ったな。せっかく近づいたと思ったのに。
「とにかく、また、近づいてみる他ない」
「少し東方向にずれましたわね。改めて案内しますわ!」
「ああ、ルチル、頼む!」
オレ達は再び、魔人のいるらしい方角に向かって歩み始める。
しかし、その後も似たようなことが数回続いた。
近づいては、距離を取られ、また、近づいては距離を取られる。
「あ、また、移動しましたわ……」
「いったいどうなってるのよ!!」
アンシィが、そう言う気持ちもわかる。
そんなことを繰り返しているうちに、少しずつ陽が落ちてきた。
襲ってくる魔物は大したことはないが、予想外の長丁場に、仲間達にも、疲れが見え始めてきた。
そろそろ見つけないと、夜の探索では、危険度が増してしまう。
「さっきからグルグル回ってるように思うんだけど、あんた、本当に魔人の位置がわかってるんでしょうね!」
「わ、わかってますわ……!! つ、次こそは、必ず見つけて見せますわ!!」
必死の形相でとある方向を指差すルチル。
「こちらですわ!! 今までで一番近い距離ですわ!!」
「よし、走っていこう!!」
「ついていらして!!」
ルチルを先頭に、オレ達は森の中を疾走した。
100ポイント&ブクマ30超えました!
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