130.魔人出没
黒髪黒目の女の子。
最後のパーティ加入希望者である彼女は、オレの既知の人物にどこか似ていた。
見た目もさることながら、そのおどおどとした態度は、出会ったばかりの頃の"あの子"を髣髴とさせた。
なんとなく、懐かしい気持ちになって、オレは彼女に優しく笑いかけた。
「ごめん、ちょっと君が知り合いに似ててさ。名前、教えてくれるかな?」
初めて"あの子"に出会った時のように、優しくそうお願いすると、赤面症の彼女は、少しだけ顔をこちらに向けた。
「リ……リシア、と……言います」
ぽつりと消え入りそうな声でつぶやく。
「可愛い名前だね」
そう言うと、彼女は、さらに顔を真っ赤にした。
なんだろう。かなりコミュ障な感じは出ているけど、なまじ顔が良い分、めちゃくちゃ可愛く感じるのだが。
「えーと、自己紹介とか……できる?」
オレの言葉に、リシアは少しだけ、びくりとしたが、やがて意を決したように、こくりと小さく頷いた。
「ク、職業は、ぼ、冒険者……です」
「えっと……」
冒険者、というのは、あくまで職業を与えられた者達全員を差す言葉だ。
特定の職業というわけではなかったと思うのだが……。
オレは、仲間達と顔を見合わせるも、仲間達も当然、頭上に?マークを浮かべていた。
「そうじゃなくて、自分の職業を……」
「ディグさん、彼女は別に間違っているわけじゃありませんよ」
「えっ?」
そう助け舟を出してきたのは、受付嬢のお姉さん。
「私が、彼女の冒険者登録を受け持ったので間違いありません。彼女は、EX職業、冒険者持ちです」
なんじゃそりゃ。職業と言えば、戦士や魔法使いなんかを差すものだと思っていたのに、まさか、冒険者なんて、そのものずばりの職業が存在するとは……。
「えっと、じゃあ、その冒険者って、どんなことができるの?」
そう問いかけると、目に見えて、彼女の身体が硬直した。
「あ、ディグさん。彼女が冒険者登録をしたのは、今朝のことですので、ご自身でも、自分の能力を把握できていないと思います」
「うぇっ?」
今朝、冒険者登録をしたばかり?
ということは、彼女はまだ、冒険者になったばかりで、クエストをこなしたこともなければ、魔物と戦ったこともない状態……つまりレベル1と言うことだ。
それで、オレ達のパーティに入りたいと、いきなり言ってきたわけか。
なんというか……自分の事を上に見ているわけじゃないが、鋼帝竜を討伐した件で、冒険者界隈でのオレの評価はかなり上がっている。
知り合いの冒険者達も、冗談で「俺をパーティに入れてくれよ」とか「私のパーティに入ってよ。いいことしてあげるから♪」なんて言われることはあっても、誰も本気で言っているわけじゃない。
ドーンは駆け出し冒険者の街だ。実力者と言われる冒険者でもレベルはせいぜい30程度。それでは、オレ達についてこられないことを本人たちも、はっきりとわかっているのだ。
それなのに、この少女は、冒険者登録を済ませたその直後に、オレ達のパーティに入りたいと宣ったわけで……おどおどしているように見えて、なかなか大胆な女の子だ。
「ほら、そんなまだ、雛ですらない卵の女の子の話なんかいいじゃないですの! 早く、私に決めて下さいませ、ディグさん!」
「そうだ! まだ、魔物と戦ったこともないような素人が、ディグのパーティにふさわしいわけがないだろう! 必ず役に立つ、僕を選ぶんだ、ディグ!!」
未だもじもじとするリシアをよそに、トップクラスの冒険者である2人の猛烈なアピール合戦が再開される。
とはいえ、初心者だからと言って、無下にしてしまうのはあまりにかわいそうだ。
もしかしたら、かなりの決意を持って、オレ達のパーティに入りたいと言ってくれているのかもしれないし。
それになにより、前世で出会った"あの子"に似ているリシアをどことなく、放っておくことができなかった。
もう少し、彼女の話を聞いてみよう。
そう思って、腕にまとわりつく2人の美少女の言葉を聞き流し、リシアに話しかけようとしたその時だった。
「ディグさん!!」
唐突に、応接室の扉が開くと、ギルドのもう一人の受付嬢(眼鏡をかけた小柄な女の子だ)が、慌てた様子で入ってきた。
「ど、どうされました?」
「大変なことが起こったのです! ぜひ、お力をお貸しください!!」
「魔人ですって……!?」
メガネっ子受付嬢から、伝えられた話はこうだった。
ドーンの街から北へと続く街道の途中、山岳地帯の半ばで、商人たちのキャラバンが襲われた。
そして、襲ったのはどうやら、ただの魔物ではなく、魔人であるらしい。
魔人──それは、魔王の魔力によって作り出された人口生命体の一種である。
姿かたちは概ね人間や魔族を模して作られてはいるが、知性を持たず、本能のままに暴れ回る非常に厄介な相手だ。
かつてシトリンと初めて出会った時、一度だけ交戦したことがあったが、戦闘能力もさることながら、その好戦的な気質と特殊能力、何より、あの嫌悪感を催す叫び声は、未だに耳にこびりついている。
「荷物を捨てて、逃げ帰ってきた商人たちの話では、人と獣の中間のような、気持ちの悪い声で叫びまわっていたと言っていたので、おそらく魔人で間違いないかと」
魔人が現れた……。
これは果たして偶然なのだろうか。
ほんの10日ほど前、オレは、ドラゴンシスターズ伝手で、あの炎帝竜から、大きな悪意に狙われている旨を伝えられた。
大きな悪意とは、すなわち魔王のこと。
そして、魔王が作り出した魔人が、街からほんの半日ほどの距離の場所に現れた。
これで因果関係がないと、断言する方がおかしいだろう。
「以前のように、単純に、魔力に満ちた場所に、魔人が居着いたというわけではなさそうだな」
「ああ、オレもそう思う」
シトリンの言葉をオレも肯定する。
「なんにせよ。早急に対処しなければならない。ドーンから北へ出立する人は制限できるが、まだ、北方の街々へは情報は伝わっていないのだろう。いつ誰が、魔人の近くを通りかかるともわからない」
「そうですね。幸い魔人は1体という話ですし、私達で討伐してしまいましょう」
「ギルドからも正式な依頼として、ディグさん達パーティに討伐願いを出させていただきます」
「ちょっと待って下さいまし!!」
話がまとまったところで、声をかけてきたのはルチルだった。
「ルチル、悪いけど、パーティメンバーの話は、また……」
「違いますわ! その魔人討伐、私にも協力させて下さいまし!!」
「えっ……?」
ルチルもついて来たいってことか。
「闇魔法を使える私は、闇の気配に敏感なのですわ。魔人を探し出し、討伐するのにも、必ずお役に立てるかと!」
大きな胸を張り、そう主張するルチル。
正直、索敵面においては、シトリンがいれば十分ではあるのだが、魔人に対処する上で、闇のプロフェッショナルであるルチルについてきてもらうのは悪くない。
「わかった! 手を貸してくれ、ルチル!」
「ええ、もちろんですわ!」
「僕も行きたいところではあるけれど……」
守護神であるスコレは、自身の盾を眺めながら言った。
「あまり大人数になっても、かえって身動きが取りづらいだろうしね。今回は占い師に譲るよ。ただし、パーティメンバーの件は、譲る気はないからね」
一応、リシアの方も、見てみるが、彼女は、特に何を言うわけでもなく、じっとこちらの様子を見ていた。
「とにかく、すぐに出よう。場所は、北の街道の山岳地帯だったな」
「はい! 分岐の前なので、すぐにわかるかと」
「よし、みんな行こう!!」
オレ達パーティとルチルは、パドラの馬車に乗って、早急に北の街道へと繰り出したのだった。
累計文字数50万字超えました。
50万字ブーストとか……ないか。