013.胸を貸すのは当然のことだ
目の前でフローラさんがバカでかい魔物に襲われそうになっていた。
それを見た瞬間、自分でもびっくりするくらいすんなりと戦闘態勢に入る。
「アンシィ!! スコップモード<剣>!!」
「合点!!」
アンシィが人間形態から、スコップへと変身する。
そのまま両手で構え、全力疾走。
まずは、魔物の意識をこちらに向けさせる。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
あらん限りの声で叫ぶ。
案の定、鈍重そうな魔物は、フローラさんへの攻撃を止めると、こちらへと顔を向けた。
それでいい!
「食らいやがれっ!!!」
全力でヤツに向かって跳躍。
そのまま顔に向かってスコップを振り下ろす。
ガンッ!!
小気味よい音が響いたものの、奴は全く微動だにしない。
鱗があるわけじゃないが、適度にしなやかで分厚い皮膚は、オレの攻撃を完全に吸収している。
「うわっと……!?」
反撃にもらった腕の一振りを避け、フローラさんの隣へとしっかり着地する。
おっ、身のこなし上手くなってきたんじゃね?
「ディ、ディグさん!! なんで!!」
「何でって……? いや、それよりも……」
オレはがっしりとフローラさんの腕を掴む。
「逃げよう!! 話はそれからってことで!!」
フローラさんが返事をする前に、オレは彼女の手を取った。
オレは、フローラさんの手を引き、とにかく敵との距離を取るべく走った。
「はぁはぁはぁ…………ここまで来れば……なんとか……」
オレとフローラさんは沼地からかなり離れた場所まで走ってきていた。
陽はとっくに落ちきり、周りの木々の向こう側には、すでに暗い闇が広がっている。
あ、やばい。必死過ぎて、めちゃくちゃに走ってしまったけど、完全に迷ったパターンだな、これ。
最悪野営ってことになるのか。でも、オレ、野営とかどうやればいいのかわかんないんだよな。たぶん道具も無いし。
オレ一人なら、どっか木の上でも登って寝りゃなんとかなるかもしれないけど、フローラさんも一緒だしなぁ。
さて、どうしたもんか、と思案していると、フローラさんがわずかに身をよじった。
「ああっ、ごめん! 握りっぱなしだった!!」
やっべ、ナチュラルにフローラさんの手、握りっぱなしだった。
すべすべの肌ってやべぇわ。
「…………して……」
「ん?」
フローラさんは今だうつむきながら、ぼそりとつぶやく。
あ、やばい。
怒らせてしまっただろうか。
「……どうして」
「どうしてって……何が?」
「どうして、ディグさんは、私なんか助けに来たんですか!!」
その強い語気は、問いかけ、というよりは、非難だった。
あれ、やっぱ怒ってる……。
オレ、なんか地雷踏んだかな……。
「いや、ごめん。その、フローラさんはオレの仲間だしさ。助けなきゃって、思っちゃって……なんか、迷惑だった……?」
オレ、学校でもたまに空気読めなさすぎて、あとで呆れられることとか多かったからなぁ。
気づかぬうちに、フローラさんの嫌がることをしてしまっていたのかもしれない。
「!? 迷惑です……!! 迷惑なんです…………!!!」
それきり彼女は黙ってうつむいてしまった。
気まずい沈黙が流れる。
や、やばいぞ。これ相当な地雷踏んでるぞ。一回土下座した方がいいんじゃね。
意を決して土下座を敢行しようと腰をやや折った時、ようやく彼女が口を開いた。
「私は、ディグさんに迷惑してかけていません……」
「へっ……?」
迷惑?
んー、オレは迷惑かけられた覚えはないんだけど……。
むしろ、シュロマンダー程度討伐できなかったり、オレの方がよっぽど足を引っ張ってる気が……。
うーん、我ながら情けない。
「ディグさんには、言っていませんでした。言えま……せんでした。でも、私の回復術は……危険なんです」
「あー、あの爆発かぁ」
「そうです! 私は、本当は回復術士ではないんです……。ディグさんと同じEX職業持ちです。でも、そのせいで魔力が高すぎて、コントロールできず、あんなことになってしまうんです」
「なるほどねぇ……」
そうか。高すぎる魔力を制御できなくて、爆発しちゃうってことか。
「羨ましい」
「………………羨ましい……?」
オレがボソッと口から出てしまった言葉に、フローラさんの普段はあんなにやさし気な顔が怒りに染まった。
「何が羨ましいっていうんですかっ!!!? 私が……私が……どれだけ、悩み、苦しんでいるか!!! ディグさんにはわからないんです!!!」
怒りながら、フローラさんの瞳に涙が滲んだ。
でも、オレは言わずにはいられなかった。
「ごめん。確かに安直な発言だった。でも」
にらみつけるフローラさんに真っ向からオレは視線を向けた。
「フローラさんの、それってさ。能力が高いってことだろ?」
「能力……魔力は確かに他の人より、ずっと高いです」
「だったら、いいじゃん! いつか最強になれる資質を秘めてるってことだろ? オレは正直羨ましいよ」
「でも、私は魔力がコントロールできません。最強どころか、普通の回復術士にも……なれません」
「だったら、練習すればいい」
「練習もできません。だって……」
相手を傷付けてしまうから。
途中で口を噤んでしまったけれど、オレにはフローラさんがそう言ったように感じられた。
「じゃあさ。オレで練習したらいい」
「…………へっ……?」
「誰かを癒さないと練習にならないんだろ? だったら、オレを癒して欲しいな。オレって、ほら、弱いからさ。すぐケガするし」
「な、何を言って……。わ、私のヒールは……爆発するかもしれないんですよ!!」
「知ってる」
「じゃあ、なんで!!」
訳が分からないといった様子のフローラさん。ああ、オレもそういう時期があったなぁ。
「オレさ。昔、親父に習って書道をしてたんだよ。あ、書道って、こっちの世界にはないか。えーと、筆って言うペンを使って、綺麗に字を書くっていうやつね」
「な、何を……」
「親父は書道家でさ。もう本当に達筆なんだよ。ファンもめちゃくちゃいるし、我が親ながら腹立つくらいイケメンだしさ。まあ、それは置いといて、容姿も親父に似てない上に、オレは書道の才能がなくってさ。親父につきっきりで見てもらって、めちゃくちゃ練習したんだけど、全然上手くならなくて……」
オレのひとり語り、最悪聞いてくれなくても良いと思って話し始めたが、フローラさんは、黙りながらもしっかりオレの方を見て聞いてくれている。
「で、毎日毎日、墨と紙を無駄にしてさ。書道家が使うような道具だから、めっちゃ高いんだよ。でも、どれだけ、上手くならなくても、親父はずっとオレの練習を見てくれた。高い道具だって、使うなとは決して言わなかった」
すっと、思い出すように、空を見上げる。ああ、やっぱこの世界の星って、オレの世界の星の並びとは違うのな。
「最初はさ。息子だからだと思ってたんだ。息子だから、才能がなくても、どんなに相手の時間や財産を奪っても、親心で許してくれてるって。でも、親父は他のお弟子さんにも同じようにしてるんだよ。自分がどれだけ忙しくても、いつも丁寧に教えてくれる。んで、親父に聞いたんだ。何で、自分の事を差し置いても、こんなにみんなに良くしてくれるのかって。そしたら──」
『自ら成長したいと思っている者に、胸を貸すのは当然のことだ』
「だってさ」
「…………あ……」
「本当に当たり前のようにそう言う親父の仏頂面が今でも目に浮かぶよ。生憎、オレは書道家への道は諦めちゃったけどさ。でも、親父のこの考え方だけは、大切にしようとずっと思ってる。だから」
オレは、まっすぐフローラさんに相対する。
「フローラさんも、オレの胸をドンと借りてくれよ。身体くらいだったら、いくらでも張るからさ」
「…………ほ、本当に、いいですか。こんな、私で、本当に……?」
「フローラさん"が"いいんだ。山賊に絡まれてる半裸の怪しいスコップ男を助けてくれるようなお人好しのフローラさんがさ」
「あ、ああ、うわぁああああああああああああああ!!!!」
「うえっ、フローラさん……?」
いきなり、抱き着かれて焦るオレ。
「わ、私……私、絶対に役に立つ回復術士になります……。あなたの……ディグさんのために、最高の回復術士に……!!!」
「フローラさんだったら、絶対なれるよ。っていうか、オレの方がやばいよなぁ。なにせステータスは超凡庸。魔法の才能無し。その上、武器はスコップ以外は装備できないと来た」
「ちょっと聞き捨てならないわね」
スコップをけなすようなこと言ってしまったためか、アンシィが人間形態になって抗議する。
「スコップは万能よ。スコップにできないことなんてないんだから」
「はいはい、わかったよ」
「あ、あれ……あなたは、あの時の……!?」
アンシィの顔を見て、驚きの表情を見せるフローラさん。
あれ、2人って顔見知りだったのか。
「あー、ずっと黙ってて悪かったわね。スコップのアンシィよ」
「えーと、オレの相棒。スコップだけど、こんな風に人間みたいにもなれるんだ」
「す、凄い……これがスコッパーの……」
シュロォオオオオオオ!!!
『えっ!?』
三人の口から同時に、驚きの声が漏れた。
木々の倒れる音。
目の前にあの巨大なシュロマンダーが現れた。




