127.騒乱の予兆
「その、ボクからの提案なんだが、君達も街に住めばいいんじゃないのか?」
「えっ、街に……?」
「ああ、そうだ」
驚いた様子のドラゴンシスターズに、シトリンがコクリと首肯する。
「ディグが君達に取られてしまうのは困るが、別に、お嫁さんとしてじゃなければ、普通に接してもらって構わない」
「そうですね。勝負を通して、あなた達が悪い人……じゃなかった。ドラゴン達じゃないのはわかりましたし」
フローラがそう言うと、アルマやコルリもこくりと頷いた。
「いいんじゃないの!! 元々、アタシとしては、アンタたちがディグのお嫁さんになろうが、どうしようがどうでも良かったし」
と、アンシィ。
「な、なんというか……」
「ディー君の関係者ってっ……」
「みんなお人よしなのね……」
まるで、オレの影響だとでも言わんばかりの言葉だが、違うぞ。みんな元々こんなんだ。
「い、いいんでしょうか。私達がここに住んで……?」
「フローラ」
「女神ヴィナスの教義をお教えしましょう。"種族に貴賎なし"です」
そう言って、フローラがにっこり微笑みかけると、ドラゴンシスターズは、どこかホッとしたように顔を見合わせた。
「も、もし、本当に街に住めるならっ!」
「願ってもないことだよ。ママにも、人間の社会を良く学べ、と送り出してもらったわけだしね」
「お嫁さんにはなれなかったけど、ディー君の近くに常にいられるってわけね!!」
「人間族のおいしい食事を毎日ですか……じゅるり……」
「で、でも、私達、上手く人間たちの中で生活できるかな!? 人間はお仕事とかもあるんでしょう?」
不安がるドーラに向かって、アルマが挙手をした。
「あっ! その点については、ちょうど良い事案が!」
『ちょうど良い事案?』
「てりゃぁあああああああ!!!」
ビキニアーマーを装着したアインのショートソードが、風のような素早さで、スライムをまとめて3匹横薙ぎに両断する。
そのすぐ隣では、手甲をつけたツヴァイが、際どくチャイナドレス風の冒険服をたなびかせて、ゴブリンに回し蹴りを叩き込んだ。
後方を見れば、弓を番えたドーラが、大鷲を撃ち落とし、モーニングスターを振り回したフィーがゴーレムのレンガのような身体を粉々に砕く。
さらに一番後ろに控えたフュンが、呪文を唱えると、残っていた魔物の群れが、突如マグマのようになった地面に沈み込み、そのまま溶け落ちた。
「………強っ!」
そんな戦闘の様子を、遠巻きに眺めていたオレの口から、そんな言葉が思わず漏れていた。
ここは、ドーンの街から続く、西の街道だ。
最近起こり始めたという魔物の活発化により、狩り不足だったそこに、冒険者登録を済ませた5人のドラゴン娘が派遣されたわけなのだが……なんつうか、即戦力なんてレベルじゃなかった。
ベテラン冒険者もかくやという戦闘力と連携に、思わず拍手すら送りそうになる。
そう、アルマの言っていた事案とは、このことだった。
ドーンは、駆け出し冒険者の街だ。
その上、理解のある受付嬢もいるとなれば、彼女達に冒険者の仕事をしてもらうのは、ウィンウィンと言っても良いだろう。
彼女達が人間社会の事を知るにも、これ以上ないくらい近道になるだろうし。
「どうだったでしょうか? 私達の戦いっぷりは……?」
「人間の姿のまま戦うのって、初めてだったんだけど」
「十分すぎるよ……」
ちょっと前のオレ達パーティだったら、負けるレベルだわ。
「良かった……! 私達、冒険者として、人間の社会をもっと勉強します!!」
「そうね! 案外、人間の姿で戦うってのも悪くないし!」
「うん、このビキニアーマーと言うのも、動きやすくていいね」
「もっともっと人間の事を知れたらっ、いずれはっ!」
「改めて、ディグと……いや、なんでも」
「あ、ディグに手を出すのは、ダメですからね♪」
どこか威圧感の感じるフローラの笑顔で、ドラゴンシスターズ達が、蛇ににらまれた蛙状態になる。
うん、あの大食い勝負での人間離れした食べっぷりに、さすがのドラゴンシスターズもフローラを一目置いたようだ。
まあ、なんだかんだしつつも、この調子なら仲良くなっていけるだろう。
「あっ、そうだ! そういえば、ディグ君にママから言伝を預かっていたのでした!」
「へっ、言伝?」
はて、言伝とはなんぞや。
「えーと、そのままお伝えしますね……。前略、初秋を迎え、ディグ様におかれましてはますますご健勝のこととお喜び申し上げます」
いや、めっちゃ丁寧やな。時候の挨拶から始まったわ。
「貴殿の躍進のご様子が竜帝界隈でも話題になっており、私共も刺激をいただいております。
さて、話題は変わりますが、近ごろ不吉な予兆を感じており、それをお伝えさせていただきたく、愚娘を通じて、ディグ様に連絡を取らせていただいた次第でございます」
「不吉な予兆……?」
ドラゴンらしからぬ丁寧さで、最初は少し拍子抜けしたオレだったが、不穏なキーワードが登場したことで、より一層真剣に言伝の内容に耳を傾ける。
「我々竜帝には女神と契約した守秘義務がございます。
そのため、最初にディグ様にお目にかかった時も、人語でお話をさせていただくことができませんでした。
しかし、ディグ様が、同族である鋼帝竜を撃破したことで、その守秘義務が少し解かれる運びとなりました。
とはいえ、まだまだ、貴殿にお伝えできないことも多いです。
ただ一つ言えることは、ディグ様は、今、大きな悪意に、狙われているということでございます。
詳細はお伝えできかねますが、近々何か大きな動きがあることだけは間違いがありません。
ディグ様におかれましても、並々ならぬご注意を。
季節の変わり目でございます。ご健康に留意され、ますますご活躍されますことを心よりお祈り申し上げます。
追伸、私の加護の力を娘に託しております。必ず受け取られますよう、お願い申し上げます」
「………………」
フュンが言伝を伝え終わると、仲間達の間を沈黙が支配した。
オレが何者かに狙われている……?
いや、オレ、誰かに恨みを買うようなことしたっけ……?
「魔王……の可能性が高いな」
「魔王……」
シトリンの言葉に、オレは、その存在を思い出す。
この世界には魔王がいる。
とはいえ、それがどんな人物なのか、オレはまだ知らない。
知っている情報と言えば、魔王を倒せば、おそらくオレとアンシィは元の世界に帰れるということ。
あるいは何か特典を付けてもらってこの世界に残れるということだ。
つまり、転生者の目的と言うのは、本来的には魔王を倒すことであるはず。
あの豚野郎も「魔王をよろしく」って言ってたしな。
ということは、裏を返せば、魔王も、転生者を狙っているという事。
遥か昔、シトリンが仕えていた古代の魔王も、転生者の少女に倒されたという話だった。
魔王側が転生者を狙っていたとしても、おかしくはない。
そして、自分で言うのもなんだが、鋼帝竜の件で、オレの名はかなり知れ渡ったと言っても良い。
「ディグ、安心して。魔王だろうが、なんだろうが、斬る」
「そうですよ! 魔王なんて、私のスターライトでいちころです!!」
「ジ、ジアちゃんもきっと手を貸してくれますよ!」
「ああ、仮に本当に魔王が君を狙っていたとしても、ボクが神視眼で、必ず危害を与えられる前に対処してみせる」
「みんな……」
心強い仲間達の言葉で、冷たくなっていた肺腑に再び血が通ってきた。
そうだ。たとえ、相手が魔王だったとしても、いずれは倒そうと思っていた相手だ。
あちらから来てもらった方が、手間が省けてよいというもんだ。
「私達がディグ君のお嫁さんになりたかったのも、このママからの言伝があったからなのさ」
「ディー君の近くにいれば、私達もディー君を守れるしね」
「でも、もっと頼りになる仲間が、ディグにはいるってわかったから、安心できた……かな」
「でもでもっ、私達も街に住むことになったんですからっ! 力が必要な時は、絶対呼んで下さいねっ!!」
「約束ですよ。ディグ君」
「ああ、アインも、ツヴァイも、ドーラも、フィーも、フュンも、ありがとう!!」
なんだかんだ、こちらも十分お人好しなドラゴンシスターズ達に、オレは、頭を下げた。
「あっ、そうでした!!」
と、フュンがポンっと手を打ち合わせた。
「ディグ君に、ママからの加護を授けなければいけないんでした!」
ああ、そういえば、言伝の最後でそんなこと言ってたな。
「ディグ君、こっちに来て下さい」
「えっ、オレ?」
てっきり、また、加護と言うからには、アンシィに与えられるとばかり思っていたので、少々面食らってしまった。
フュンに促されるまま、オレはシュンの目の前まで進み出た。そして、正面から向かいまう。
うん、こうやって真正面から見ると、ほんとフュンってゆるふわ系の超絶美少女だよなぁ。
冒険者登録をした際に、冒険者用の衣裳も購入して、今はとんがり帽子をかぶったミニスカの魔女っ娘のような恰好をしているのだが、めちゃくちゃ可愛らしい。
童貞オタク殺せる娘だわ。
「では、ママの加護を授けますね」
「ああ、頼む」
「目を閉じてください」
言われるがまま、オレはグッと目を閉じた。
一瞬後。
「…………ん?」
唇に、何か柔らかいものが触れた。
触れたその場を起点に、熱い熱が、オレの身体中を、まさに"駆け巡った"。
じんわりとした力が身体に満ち満ちていく。
これが……これが炎帝から授けられた、新たな加護……。
馴染むように染み渡る熱を感じながら、オレはゆっくりと目を開いた。
「これで、OKですよ」
「ああ、なんだか、力が湧いてくる感じがする。でも……その……」
あの時、唇に触れたのはもしかして……。
『な、な、な……なんてことしてるん(だ)ですかぁあああああ!!!!』
仲間達の大音響が、昼間の公園に響き渡った。
その後の、てんやわんやは……もはや語るまでもないだろう。
目を覚ますと、そこはどこかの草原だった。
あたたかな日差しが降り注ぎ、仄かに熱を帯びた風が優しく吹き抜けていく。
ここはどこだろうか。
いや、そもそも……。
「私は……誰……?」
「ああ、ようやく目覚めたか」
男の人の声がした。
声の方に振り向く。
そこにいたのは、艶のある銀髪を丁寧にセットしたスラリとした男の人だった。
だけど、その人の瞳は、どこか普通の人とは違っていた。
白目の部分が黒く、虹彩は猫のように鋭い。
「あなたは……?」
「オレの事はどうでもいい」
男の人は冷たい態度でそう言うと、私の顎を指でクッと持ち上げた。
ひんやりとした指先の感覚に、思わず背筋が震えた。
「な、何を……?」
「良い仕上がりだな……」
どこか満足げに微笑すると、すぐに触れた指を引き戻す。
「お前の名前は、そうだな……"リシア"とでもしておこうか。せいぜいその名を大切にするといい」
作り物のような笑顔を張り付けたまま、その男の人は、どこか楽しそうにそう言った。
毎日更新少し遅れましたm(_ _)m




