126.スイーツへの感謝
「なんだかわかりませんが、張り合いがありませんね」
フュンが、もぐもぐと巨大なパフェを咀嚼しながら、ちらりとフローラの方を見ている。
すでにフュンは数十個の巨大いちごパフェを平らげており、テーブルには空になった容器と交代に、次々と新しいパフェが運ばれてきていた。
もはや、ここから逆転するのは難しい。
半ば諦めを感じていたオレだったが、そんなオレの視界の端で、アンシィがガッと身を乗り出した。
そして、大きく空気を吸う。
「フローラ!!」
今までにない大音量で、アンシィがフローラの名を呼んだ。
そうして、アンシィは、何を思ったか、深々と頭を下げる。
「ごめーん!!!!!」
「ア、アンシィ……?」
「4回戦、負けてしまって本当に悪かったわ!!」
頭を下げたまま、アンシィは、そう謝罪の言葉をフローラに叫んだ。
「アタシが勝ってれば、アンタがこんな勝負受ける必要はなかった……。だから、アタシがこんなこと言える立場じゃないのはわかってる。でも、言わせて……フローラ、戦って!!」
ガバッと頭を上げたアンシィは、これまでにないくらい真剣な表情だった。
「アタシが最終戦をアンタに任せたのは、アンタなら絶対に勝てると思ったからよ!! イーズマでの大食い大会の時、思ったわ。甘い物を食べることに関しては、アンタが一番だって!! 甘い物が大好きって気持ちじゃ、アンタには敵わないって!!」
「アンシィ……」
必死な様子に反応して、それまで一言も発さなかったフローラが初めて、ぽつりとつぶやいた。
「そうだ、フローラ!! ボクも君が甘味を食べている姿が大好きだ!! ずっと、ボクには何も執着できるものがなかった。でも、これ以上ないくらい幸せな表情で甘味を頬張る君の姿を見て、何かを好きという気持ちがいかに大切か、気づくことができたんだ!!」
「オレもだ、フローラ!! オレもフローラが幸せそうに食べてる姿が大好きなんだ!! オレ自身はそんなに甘い物って好きってわけじゃない。だけど、フローラと2人だったら、また、食べに行きたいなって思えるんだ!! 甘い物食べてる君が好きなんだ!!」
「フローラ様! 私もです!! しょ、勝負のあとは、糖分の吸収を抑えるお茶をお出ししますので!!」
「私も。脂肪を燃焼させるトレーニング、一緒にしよう」
「みんな……」
暗かった表情に、血色が戻る。
再び顔を上げた時、フローラの顔には、穏やかな笑顔が浮かんでいた。
「みんな、ありがとう」
感謝の言葉を述べるとともに、フローラが右手に握ったスプーンを強く握り込む。
「私……食べます!! 精一杯の感謝を込めて!!」
フローラの瞳に、パフェの像がくっきりと浮かぶ。
そして、あの……あの、いつも甘味を前にした時に見せる幸せそうな笑顔が、周囲にまで幸せな気持ちを伝播させるかのようなあの笑顔が、フローラの顔に浮かんだ。
両の手のひらを合わせ、フローラは言った。
「いただきます」
オレがするのを見て、パーティのみんなも真似するようになった感謝の言葉。
材料を育ててくれた生産者への感謝。
食事を作ってくれた料理人への感謝。
そして、食材そのものへの感謝。
すべての食に対する感謝を込めて、フローラは拝んだ。
拝む行為はやがて祈りへと変わり、やがて、それは、食べる、という行為へと。
最初の一口が口に入った瞬間、フローラの顔にさらなる笑みが浮かぶ。
「ああ……おいしぃ……!!」
これ以上の幸福など存在しないとでもいうような、蕩けた声でそう言ったかと思うと、再び、フローラは、気持ちを整えた。
気持ちを整え、拝み、祈り、食べる。
気持ちを整え、拝み、祈り、食べる。
あふれんばかりの感謝の気持ちをフローラはそういったルーティーンとして形にした。
最初は、ゆっくりだったその行為が、どんどんと速くなっていく。
「こ、これは……!?」
いつしか、フローラの感謝の食事のスピードはフュンの爆食すらも超えていた。
そう、その姿は、さながら──
「千手観音……!!」
あまりのスピードに手の数が増えたかとさえ思える。
瞬く間に、フローラの机に置かれたパフェが空になっていく。
その様子を見て、今まで、余裕の表情を浮かべていたフュンの額に汗が浮かぶ。
「な、なんですか!? その非常識な早食いは……!!」
いや、そう言っちゃう気持ちもわかる。
正直、速すぎて、オレもいつフローラが食べているのかすらわからないレベルだ。
ただ、一つ分かるのは、幸せ極まりない表情をしているということ。
「あれよ……! あれこそが、フローラなのよ!!」
熱くなったアンシィがグッと握りこぶしを振り上げた。
「くっ!! 負けませんっ!!」
フュンもさらに食べるスピードを上げる。
どうやら、こちらもまだ余裕があったらしい。
さすがはドラゴン族の食欲といったところか。その食べっぷりは、アンシィにすら匹敵する。
だが、スイーツへの愛を思い出し、覚醒したフローラのスピードと比べれば、まだ、遅いくらいだ。
あとは、制限時間内で、フローラが巻き返せるかどうか。
「ばくばくばくばく!!!」
気持ちを整え、拝み、祈り、食べる。
「ばくばくばくばく!!!」
気持ちを整え、拝み、祈り、食べる。
両者激しいデッドヒートを繰り広げる中、ついに時は来た。
「はい、そこまでですっ!!」
フィーの声に反応して、2人の動作がぴたりと止まる。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー……うぷっ……」
フュンが額に脂汗を浮かべながら、パンパンに張ったお腹をさすっている。
ラストスパートで相当無理をしたのか、かなり苦しそうだ。
フローラも、フュン同様、お腹はこれ以上ないくらいに膨らんでいるが、穏やかな表情を浮かべ、天へと祈りをささげていた。
そして、一言。
「ごちそうさまでした」
晴れ晴れとした笑顔でそういうと、フローラは幸せそうに笑った。
口の端には、少しだけクリームがついていた。かわいい。
「さて、勝負の結果は……」
両者の机の上に並ぶ、空のパフェ容器を数える。
机の上に乗り切らない分は、両者とも席の後ろのシートへと置かれている。
公平を期すため、シトリンがフュンの分、ドーラがフローラの分の容器を数えていく。
「こちらは数え終わりました」
「こちらもだ」
それぞれカウントが終わり、お互いに顔を見合わせ合う。
さあ、いよいよ発表だ。
「フュンが食べたいちごパフェの数は、126個だ」
126!?
一般的なパフェよりも大きなサイズのそれを、126個も胃に収めたというのか……いまさらながら、なんて食欲だ。
これはさすがにフローラでも……。
「えーと、フローラさんが食べた数は……」
ドーラは、少しだけ戸惑ったような表情を浮かべた後、言った。
「1……96個です」
『えっ……!?』
ドーラの宣言に、オレも、仲間達も、そして、ドラゴンシスターズすらも言葉を失くした。
196個……ダブルスコアとはいかないが、それでも、フュンより70個も多く、フローラはあの短時間で平らげていた。
「あ、あははは……ちょっと食べ過ぎちゃいました……」
フローラはペロリと舌を出すと、口の端についていたクリームを舐めたのだった。
「うぅ……まさか、大食い勝負で、私が負けるだなんて……」
フュンが四つん這いになって項垂れていた。
「まあまあ、あれは相手が悪かったよ……」
フィーがフュンの肩を叩いて慰めているが、ツヴァイは、不服そうだ。
「なによ、あれ!! あんなのもう人間のレベルじゃないじゃない!!」
うん、それは同意するわ。
勝負を終えたフローラはてかてかの笑顔で、満腹のお腹をいとおしそうにさすりつつ、アルマの煎れてくれたダイエット茶を飲んでいた。
おそらく付け焼刃だと思うが……まあ、何も言うまい。
「な、なんにせよ……!」
すべての勝負を終えて、勝ち越したのはオレ達のパーティの方だ。
「約束。これで、ディグのお嫁さんになるのは諦めて」
コルリがドラゴンシスターズへと冷たく言い放つ。
ドラゴンシスターズの中でも、特に、オレへの執着が強かったツヴァイは、何か言いたげな顔をしていたが、それをアインが手で制した。
「ああ、約束を違えることはしないさ」
「ちょ、ちょっとアイン!!」
「ツヴァイ、気持ちはわかるが、勝負事を覆すようでは、ママの名前に傷がつく」
「うっ……ママの名前を出されると……」
炎帝竜の名を冠するこの娘達の母親。
その名前を汚すことは、さすがにこのどこか破天荒な娘達にも憚られるようだ。
「わかったわ……諦める……」
意気消沈とした様子のツヴァイ。
他の娘達も、ツヴァイほど顕著ではないものの、落胆している様子が見て取れる。
その姿をさすがにかわいそうに思ったのか、最年長者であるシトリンが口を開いた。




