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オレにホレないモノはなし!~完全無欠のスコッパー~  作者: GIMI
第7章 五頭分の花嫁
126/156

126.スイーツへの感謝

「なんだかわかりませんが、張り合いがありませんね」


 フュンが、もぐもぐと巨大なパフェを咀嚼しながら、ちらりとフローラの方を見ている。

 すでにフュンは数十個の巨大いちごパフェを平らげており、テーブルには空になった容器と交代に、次々と新しいパフェが運ばれてきていた。

 もはや、ここから逆転するのは難しい。

 半ば諦めを感じていたオレだったが、そんなオレの視界の端で、アンシィがガッと身を乗り出した。

 そして、大きく空気を吸う。


「フローラ!!」


 今までにない大音量で、アンシィがフローラの名を呼んだ。

 そうして、アンシィは、何を思ったか、深々と頭を下げる。


「ごめーん!!!!!」

「ア、アンシィ……?」

「4回戦、負けてしまって本当に悪かったわ!!」


 頭を下げたまま、アンシィは、そう謝罪の言葉をフローラに叫んだ。


「アタシが勝ってれば、アンタがこんな勝負受ける必要はなかった……。だから、アタシがこんなこと言える立場じゃないのはわかってる。でも、言わせて……フローラ、戦って!!」


 ガバッと頭を上げたアンシィは、これまでにないくらい真剣な表情だった。


「アタシが最終戦をアンタに任せたのは、アンタなら絶対に勝てると思ったからよ!! イーズマでの大食い大会の時、思ったわ。甘い物を食べることに関しては、アンタが一番だって!! 甘い物が大好きって気持ちじゃ、アンタには敵わないって!!」

「アンシィ……」


 必死な様子に反応して、それまで一言も発さなかったフローラが初めて、ぽつりとつぶやいた。


「そうだ、フローラ!! ボクも君が甘味を食べている姿が大好きだ!! ずっと、ボクには何も執着できるものがなかった。でも、これ以上ないくらい幸せな表情で甘味を頬張る君の姿を見て、何かを好きという気持ちがいかに大切か、気づくことができたんだ!!」

「オレもだ、フローラ!! オレもフローラが幸せそうに食べてる姿が大好きなんだ!! オレ自身はそんなに甘い物って好きってわけじゃない。だけど、フローラと2人だったら、また、食べに行きたいなって思えるんだ!! 甘い物食べてる君が好きなんだ!!」

「フローラ様! 私もです!! しょ、勝負のあとは、糖分の吸収を抑えるお茶をお出ししますので!!」

「私も。脂肪を燃焼させるトレーニング、一緒にしよう」

「みんな……」


 暗かった表情に、血色が戻る。

 再び顔を上げた時、フローラの顔には、穏やかな笑顔が浮かんでいた。


「みんな、ありがとう」


 感謝の言葉を述べるとともに、フローラが右手に握ったスプーンを強く握り込む。


「私……食べます!! 精一杯の感謝を込めて!!」


 フローラの瞳に、パフェの像がくっきりと浮かぶ。

 そして、あの……あの、いつも甘味を前にした時に見せる幸せそうな笑顔が、周囲にまで幸せな気持ちを伝播させるかのようなあの笑顔が、フローラの顔に浮かんだ。

 両の手のひらを合わせ、フローラは言った。


「いただきます」


 オレがするのを見て、パーティのみんなも真似するようになった感謝の言葉。

 材料を育ててくれた生産者への感謝。

 食事を作ってくれた料理人への感謝。

 そして、食材そのものへの感謝。

 すべての食に対する感謝を込めて、フローラは拝んだ。

 拝む行為はやがて祈りへと変わり、やがて、それは、食べる、という行為へと。

 最初の一口が口に入った瞬間、フローラの顔にさらなる笑みが浮かぶ。


「ああ……おいしぃ……!!」


 これ以上の幸福など存在しないとでもいうような、蕩けた声でそう言ったかと思うと、再び、フローラは、気持ちを整えた。

 気持ちを整え、拝み、祈り、食べる。

 気持ちを整え、拝み、祈り、食べる。

 あふれんばかりの感謝の気持ちをフローラはそういったルーティーンとして形にした。

 最初は、ゆっくりだったその行為が、どんどんと速くなっていく。

 

「こ、これは……!?」


 いつしか、フローラの感謝の食事のスピードはフュンの爆食すらも超えていた。

 そう、その姿は、さながら──


「千手観音……!!」

 

 あまりのスピードに手の数が増えたかとさえ思える。

 瞬く間に、フローラの机に置かれたパフェが空になっていく。

 その様子を見て、今まで、余裕の表情を浮かべていたフュンの額に汗が浮かぶ。


「な、なんですか!? その非常識な早食いは……!!」


 いや、そう言っちゃう気持ちもわかる。

 正直、速すぎて、オレもいつフローラが食べているのかすらわからないレベルだ。

 ただ、一つ分かるのは、幸せ極まりない表情をしているということ。


「あれよ……! あれこそが、フローラなのよ!!」


 熱くなったアンシィがグッと握りこぶしを振り上げた。


「くっ!! 負けませんっ!!」


 フュンもさらに食べるスピードを上げる。

 どうやら、こちらもまだ余裕があったらしい。

 さすがはドラゴン族の食欲といったところか。その食べっぷりは、アンシィにすら匹敵する。

 だが、スイーツへの愛を思い出し、覚醒したフローラのスピードと比べれば、まだ、遅いくらいだ。

 あとは、制限時間内で、フローラが巻き返せるかどうか。


「ばくばくばくばく!!!」


 気持ちを整え、拝み、祈り、食べる。


「ばくばくばくばく!!!」


 気持ちを整え、拝み、祈り、食べる。


 両者激しいデッドヒートを繰り広げる中、ついに時は来た。


「はい、そこまでですっ!!」


 フィーの声に反応して、2人の動作がぴたりと止まる。

 

「ふぅー、ふぅー、ふぅー……うぷっ……」


 フュンが額に脂汗を浮かべながら、パンパンに張ったお腹をさすっている。

 ラストスパートで相当無理をしたのか、かなり苦しそうだ。

 フローラも、フュン同様、お腹はこれ以上ないくらいに膨らんでいるが、穏やかな表情を浮かべ、天へと祈りをささげていた。

 そして、一言。


「ごちそうさまでした」


 晴れ晴れとした笑顔でそういうと、フローラは幸せそうに笑った。

 口の端には、少しだけクリームがついていた。かわいい。


「さて、勝負の結果は……」


 両者の机の上に並ぶ、空のパフェ容器を数える。

 机の上に乗り切らない分は、両者とも席の後ろのシートへと置かれている。

 公平を期すため、シトリンがフュンの分、ドーラがフローラの分の容器を数えていく。


「こちらは数え終わりました」

「こちらもだ」


 それぞれカウントが終わり、お互いに顔を見合わせ合う。

 さあ、いよいよ発表だ。


「フュンが食べたいちごパフェの数は、126個だ」


 126!?

 一般的なパフェよりも大きなサイズのそれを、126個も胃に収めたというのか……いまさらながら、なんて食欲だ。

 これはさすがにフローラでも……。


「えーと、フローラさんが食べた数は……」


 ドーラは、少しだけ戸惑ったような表情を浮かべた後、言った。


「1……96個です」

『えっ……!?』


 ドーラの宣言に、オレも、仲間達も、そして、ドラゴンシスターズすらも言葉を失くした。

 196個……ダブルスコアとはいかないが、それでも、フュンより70個も多く、フローラはあの短時間で平らげていた。


「あ、あははは……ちょっと食べ過ぎちゃいました……」


 フローラはペロリと舌を出すと、口の端についていたクリームを舐めたのだった。




「うぅ……まさか、大食い勝負で、私が負けるだなんて……」


 フュンが四つん這いになって項垂れていた。


「まあまあ、あれは相手が悪かったよ……」


 フィーがフュンの肩を叩いて慰めているが、ツヴァイは、不服そうだ。


「なによ、あれ!! あんなのもう人間のレベルじゃないじゃない!!」


 うん、それは同意するわ。

 勝負を終えたフローラはてかてかの笑顔で、満腹のお腹をいとおしそうにさすりつつ、アルマの煎れてくれたダイエット茶を飲んでいた。

 おそらく付け焼刃だと思うが……まあ、何も言うまい。


「な、なんにせよ……!」


 すべての勝負を終えて、勝ち越したのはオレ達のパーティの方だ。


「約束。これで、ディグのお嫁さんになるのは諦めて」


 コルリがドラゴンシスターズへと冷たく言い放つ。

 ドラゴンシスターズの中でも、特に、オレへの執着が強かったツヴァイは、何か言いたげな顔をしていたが、それをアインが手で制した。


「ああ、約束を違えることはしないさ」

「ちょ、ちょっとアイン!!」

「ツヴァイ、気持ちはわかるが、勝負事を覆すようでは、ママの名前に傷がつく」

「うっ……ママの名前を出されると……」


 炎帝竜の名を冠するこの娘達の母親。

 その名前を汚すことは、さすがにこのどこか破天荒な娘達にも憚られるようだ。


「わかったわ……諦める……」


 意気消沈とした様子のツヴァイ。

 他の娘達も、ツヴァイほど顕著ではないものの、落胆している様子が見て取れる。

 その姿をさすがにかわいそうに思ったのか、最年長者であるシトリンが口を開いた。

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