125.第5回戦「体力」
「というわけで、4回戦の勝利は、アインですね」
「ふふっ、当然だね」
アインが勝ち誇ったように、腕を組む。
それだけで、持ち前のたわわがたゆんと揺れた。
「くっ!! あの娘さえ、出てこなければ……!!」
アンシィが悔しそうに地団太を踏んでいる。
結果として、シルヴァの登場により、アンシィはバブみどうこう以前に、ルール違反ということで、失格となった。
今回に関しては、正直、アンシィに同情する。
シルヴァがなんとか我慢さえできていれば、単純なバブみ勝負では、アンシィが圧勝だったからだ。
膝枕も子守歌も、オレにバブみを感じさせるには十分なものだった。
あいつ、粗暴そうに見えて、案外子供好きだし、なんだかんだ母性的な面があったわけだ。
なんにせよ、勝てる勝負を逃してしまったわけで……。
ちなみにルール違反を告げられた後、さすがにまずいことをしたと思ったシルヴァは、オレの仲間達に頭を下げると、シュンとした様子でマジックボトルへと戻っていった。
かなり反省した様子だったので、同じようなことをすることはもうないだろう。
まあ、バブみ勝負なんて二度とすることないと思うけれど。
「いよいよ、最後の対決というわけですね」
「え、ええ……」
満を持して、それぞれのチームから、最後の一人が並び立つ。
オレ達のパーティ、最古参にして、元死の回復術士フローラ。
ドラゴンシスターズの末妹にして、ゆるふわ髪のフェミニン系美少女、フュン。
この2人がこれから挑む勝負とはずばり"体力"対決だ。
「では、説明しますねっ!」
これまで審判や解説役を買って出ていたフュンに代わり、フィーが説明を請け負う。
「体力とはずばり、いかに健啖かということですっ!!」
「健啖? つまり、たくさん食べれるかってこと?」
「そういうことです! 体力の源とはすなわり食事です! より多く食べられる方が、それだけ体力もあるということ!!」
なるほど、一理ある……か?
「つまり端的に換言すれば、大食い勝負ってことだな」
「そういうことですっ!!」
大食い勝負ならば、勝敗も明確だし、最後の勝負としては申し分ない。
けど……。
「アンシィ……」
母性対決で負けた悔しさからか、未だに苦虫をかみつぶしたような顔をしているアンシィに視線を向ける。
こちらのパーティで一番の健啖家となれば、間違いなくアンシィだ。
アンシィもそれは十分理解していただろうに、なぜ、最後の勝負をフローラに……あっ。
「では、大食いする食べ物は、こちらですっ!!」
いったいどこから用意したのか、いつの間にか現れたテーブルには、イチゴパフェがまるで針葉樹の生い茂る山岳地帯のように、所狭しと並んでいた。
少し離れた場所では、公園内の露店でおじさんとお姉さん店員が、今も必死にパフェを作り続けている。どうやら、こちらも竜血石で買収したようだ。
抜け目ないというか、なんというか……。
しかし、なるほどな。確かに、この品目ならば……。
イーズマでのいちご大福大食い大会のことは、オレもシトリン達から聞き及んでいる。
フローラは、甘味に関してなら、あのアンシィよりも底抜けの胃袋を持っている。
アンシィの奴、それをわかっていて、自分は4回戦に出たわけか。
と、そんな分析をしていたタイミングだった。
グゥーーーーーー!!!
大地を震わすかと思うほどの、重低音が響き渡った。
これは、腹の虫の鳴き声だ。
その発信源は……。
「フュン?」
「す、すみません! パフェの山を目にして、つい勢い勇んでしまいました……!!」
見れば、すでに瞳にはいちごパフェしか映っていない。
口からは、ドラゴン族特有のものなのか、大量の唾液が、まるで滝のように地面に流れ落ちている。
うん、ゆるふわ美少女が口からよだれ垂れ流してる姿は、なかなか衝撃だわ。
なんにせよ、この様子から察するに、フュンも相当に甘味が好きそうだ。
だが、フローラだって、負けては……。
「あ、あれ……?」
大量のいちごパフェを目の前にして、いつもなら喜色満面になるはずのフローラ。
だが、その顔に浮かんでいる表情は、明らかに喜びとは違った感情だった。
躊躇……だろうか。甘味を前にして、フローラがこんな表情を浮かべるなんて、初めての事だ。
「は、早く始めませんか……!?」
もはや我慢できないといった様子で、フュンが促してくる。
「あ、ああ……」
フローラの様子をいぶかしく思いながらも、それぞれテーブルについた2人の姿を見て、オレは手を振り上げる。
「じゃあ、いくぞ……よーい、スタート!!」
最後の「ト」が言い終わるか言い終わらないかというタイミングで、フュンの目の前にあったパフェが一瞬で消え失せた。
「はっ……?」
あまりのスピードにまるで超ハイレベルなマジックを見せられたかのような気分でいると、次の瞬間には、その両隣のパフェが空になっていた。
速い。速すぎる。
ドラゴン族の身体能力を最大限に発揮した圧倒的な爆速食い。
「まいう~!!!」
幸せそうにほっぺたを押さえながらも、フュンは明らかに人間のレベルを逸脱した速度で食べ進めている。
もはやその様はブラックホールだ。
対して、フローラはというと……スプーンを右手に握りしめた状態で、固まっていた。
「な、何やってんのよ!! フローラ!!」
「フローラ様っ!!」
明らかに様子がおかしい。
そういえば、勝負を始める前から、どこか普段よりも暗い雰囲気だった。
もしかして、体調でも悪かったのか。
「シトリン……!!」
「やむを得んか……!」
シトリンの神視眼が輝く。
「ふむ……やはり……か」
フローラの心を読んだらしいシトリンの表情に懊悩が見て取れる。
それに、心を読む前から、その理由に思い当たる節があったかのような口調だ。
「教えてくれ、シトリン。フローラは一体どうしたっていうんだよ!?」
「フローラは気にしているのだ……」
「気にしてるって、何を……あっ……!?」
オレは思い出してしまった。
それは、つい先日、イーズマで過ごした最後の日のことだ。
艶姫さんのプライベートビーチでのバカンスの中で、水着姿になったフローラは、隠していた腹の肉をジアルマに暴かれてしまった。
それだけならまだしも、なぜか、ビーチバレーでの勝利の決め手となってしまったフローラの魅惑のモッツァレラボディは、仲間達からの賞賛さえも一身に受ける事となった。
悪意はなかったとはいえ、たくさんの人に、自分の体型の事をいじられてしまったフローラの気持ちは察するにあまりある。
表面上は、吹っ切れたように見せてはいたが、やはり相当気にしていたのだ。
そう言えば、イーズマからの帰路はもちろん、ドーンに着いてからも、フローラが何か甘いものを食べているところを見たことがない。
おそらく、今、フローラはかつてないほど真剣にダイエットをしているのだ。
「乙女の一大事……ってことか」
オレの言葉に、シトリンは苦虫をかみつぶしたような表情で、こくりと頷いた。
もはや、フローラが甘味お化けであることは仲間達にも周知の事実だ。
そのフローラが、ここ数日、甘いものを食べておらず、なおかつこれだけおいしそうなパフェを目の当たりにして、食べるのを躊躇している。
その事実は、フローラが相当の覚悟を持って、甘い物絶ちをしようとしていることを表していた。
そんなフローラに、無理やりに食わすことなど……オレにはとてもできない。
「この勝負にはディグのお嫁さんがかかってる!!」
フローラに向け、そう叫んだのはコルリだった。
一喝するかのようなその声に、フローラの身体が一瞬びくりと震える。
この勝負に負ければ、オレは、ドラゴンシスターズを嫁にしなければならない。
美少女の五つ子と同時に結婚することになるのは、ハーレム願望のあるオレにとっては、一見幸福なことかもしれない。
でも、オレは嫌だ。
結婚をすれば、下手をすれば、仲間達と別れることになるかもしれない。
それに、ドラゴンシスターズは見た目こそ同世代の女の子ではあるが、実際は生まれて間もない子どもに過ぎない。
感謝や憧れの気持ちで、オレを好いているに過ぎない彼女達と、結婚をするわけにはいかない。
それはフローラも十分にわかっているはずだ。
コルリの声と同時に、仲間達の視線がフローラへと刺さる。
だが……それでも、フローラはパフェを口にすることができなかった。
「みんな、ごめんなさい……」
その目の端には、うっすら涙すら浮かんでいた。




