123.第4回戦「母性」
「オレが自分の口に合うと思った手料理、それは……」
メンバーたちが固唾を飲んで、オレの言葉を待っている。
そんなさなか、コルリと目が合った。
彼女の視線には、決して、私の方を選べ、という意思はなかった。
自分の気持ちのままに選べ。
正々堂々とした彼女らしい潔さが、その瞳には現れていた。
忖度など必要ない。
オレは、自分の気持ちを正直に口に出した。
「……ツヴァイの肉じゃがだ」
最初の『ツ』の時点で、ツヴァイが飛び上がっていた。
そうして、オレへと抱き着いてくる。
「ディー君!! ディー君、ありがとう!! 涙が出そうなほど嬉しい!!」
実際、目じりに涙を浮かべたツヴァイは、力いっぱいオレを抱きしめていた。
さすがに、ドラゴン族のパワーで抱きしめられて……ぐっ、腹がパンパンになるまで詰め込まれた手料理が逆流しそうだ。
「はいはい、ツヴァイ!! 嬉しいのはわかるけど、そこまでにしときましょうっ!!」
フィーが、ツヴァイをオレからはがしにかかる。
腹回りの圧迫がなくなって、なんとか出かかっていた料理を押しとどめることができた。ふぅ……。
と、そんなオレの元に、コルリがやってくる。
「理由を聞いても?」
「ああ、えーと、その……。正直、単純に美味かったのはコルリの料理だ」
「えっ!?」
さっきの表情とは一転、ツヴァイの顔が不安げにゆがむ。
「さすがに、艶姫さんに仕込まれただけあって、高級料亭でも通用するような美味だった。でも、今回は、材料が悪かったな」
オレは、お皿の上に一粒だけ残っていたコルリの料理で使われていた米を口に入れる。
「イーズマ産の材料を使えなかった影響で、やはり味がどこかちぐはぐになってしまっていた部分があった。最初の寿司もそうだ。本来は水分量の多い米を使うのが正解なんだろうけど、こちらのパサパサとした食感の米を使ってしまったせいで、どこかただネタを米の上に乗せているだけという印象がぬぐえなかった。もちろんそれぞれ美味しくはあったし、工夫しているのはわかったんだけど、それでも、微妙な違和感までは払しょくできていないというか」
「確かにそう……できるだけのことはしたつもりだけど、ディグが指摘している部分を完全に払拭できたとはいいがたい」
自分でも自分の料理の問題点は把握できていたのか、コルリは神妙な顔で目を閉じると頷いた。
「対して、ツヴァイの料理だけど……こちらは地に足が着いた料理というか、なんというか安心感のある味だった。食べているとホッとするというか。お母さんが作ってれる味のようでもあり、それでいて、初めての料理の初々しさみたいな部分も感じられて……素直に、こんな料理を毎日食べたいなと思わせてくれた」
「ディー君……」
ツヴァイが、両手を結んで、オレの言葉をかみしめるように目を閉じた。
「そんなわけで、どちらが好きかと聞かれれば、ツヴァイの肉じゃがの方が、オレは好きだ」
「そっか」
コルリは、オレから顔を背ける。
一瞬、選ばなかったことで怒らせてしまったかと思ったが、そんなことは当然なく、彼女は、ツヴァイの元まで行くと、右手を差し出した。
「素晴らしい料理だった」
「え、その……あ、ありがとう……」
少しだけ面食らった様子のツヴァイだったが、頬を染めながらも、コルリが差し出した右手を取った。
なんだかんだ。好敵手として、友情が芽生えたようだ。
「あー、アタシも食べてみたかったのにぃ!!」
アンシィが、悔しそうに地団太を踏むと、コルリとツヴァイの二人は全員の方へと向き直った。
「ああ、まだ、余りがあるので、みんなにも振舞う」
「私も、ディー君のために作った肉じゃがだけど、みんなにも食べて欲しい……かな。そのあなた……にも」
あなたとは、もちろんコルリの事だ。
『おおっ!!』
ちょうどお昼時。お預けを食らってしまっていた仲間達も、2人の料理に舌鼓を打ったのだった。
さて、全員のお腹が満たされたところで、勝負の続きだ。
場所は街中の公園へと移っている。
最初に彼女達5人と出会ったあの中央に噴水のある公園だ。
昼過ぎと言うこともあり、朝よりも活気にあふれたその一角で、ドラゴンシスターズとオレの仲間達は対峙していた。
手料理勝負は、ツヴァイの勝利ということで、オレの仲間達は初めての黒星を喫した。
これで勝負は2勝1敗ということになる。
以前、こちらの有利は揺るがないが、勝負は少しわからなくなってきた。
「ディグさん、次はどうされますか?」
「そうだな」
残る対決の項目は"母性"と"体力"だ。
どちらもどんな勝負になるのか検討もつかない。
「じゃあ……"母性"で」
判断基準もない中、オレはとりあえずそちらを選んだ。
「母性ですね。では、お互いの代表を決めましょう」
さて、残すところどちらのチームも2名ずつ。
となると、この勝負に出た方とは違うもう1人が、最終項目である"体力"に出場することになる。
こちら側で残っているのは、アンシィとフローラだ。
母性となると、出てくるのはおそらく……。
「アタシが出るわ!」
と、意外なことに、立候補したのはアンシィだった。
母性というと、どちらかというとフローラのイメージだったのだが、なぜか、自信満々のアンシィはその大きく突き出した胸を張っている。
うん、確かに身体の一部は母性的かもしれない。
「えっ、でも、アンシィが最後の勝負の方が……」
フローラが少し慌てた様子で訴えるが、アンシィはちっちっち、と指を振るう。
「最後の勝負では、あんたの"力"が必要になるわ。ここはアタシに任せなさい」
「で、でも……」
「大丈夫! っていうか、ここでアタシが勝って、フローラには回さないようにしてあげるから!」
そう言って、ドンを胸を叩くアンシィ。
「えらい自信だな……」
「まあね! 小さい子の扱い方ならお任せあれよ!」
ああ、そういや、こいつは元々小学校の学習園にいたわけだもんな。
いわゆる"お母さん"を目にする機会もそれなりにあったわけで、何か当時得たものがあるのかもしれない。
「こちらは、私が出るよ」
ドラゴンシスターズ側は、長女であるアインが前に進み出た。
なるほど、一番落ち着いた雰囲気のある彼女が代表と言うのは、どことなく納得できる。
「で、母性対決っていうと、具体的にどうするんだ?」
「うちのアインとアンシィお姉さまには、とことんディグさんを甘やかしてもらいます」
「甘やかす?」
というと?
「ディグさんには、赤ちゃん役をやってもらって、2人にお母さん役をしてもらいます。そうして、ディグさんがより母性を感じた方が、勝ちという勝負です」
「オレが赤ちゃん役!?」
「不服ですか?」
「いや、不服というかなんというか……」
つまるところ、赤ちゃんプレイしつつ、よりバブみを感じてオギャれた方の勝利というわけか……。
いや、なんつうか、これまで以上に勝敗があいまいな対決だな。
その上、赤ちゃん役をやらねばならないというのは、正直かなり恥ずかしいのだが。
「では、ディグさん、こちらをどうぞ」
「ヴェえ!?」
変な声出た。
口に突っ込まれたのは、まさかのおしゃぶりだった。
そのまま胸には前掛け、頭にはボンネットがかぶされ、公園の草むらの一角へと移動させられる。
「では、私が先攻で行くね」
いつの間にか、アインがオレの傍へとやってきていた。
そうして、無造作にオレの身体をお姫様だっこする。
「ほら、よーしよし。可愛いね、ディグ坊」
そのままオレの頭を優しくなでるアイン。
滑らかな手触りとはなかなかどうして悪くない……が。
「ディグさん! 母性を感じた時は、"ばぶー"と答えて下さい!」
「ヴェえ!? ば、ばぶー……」
一応撫でられているのはそれなりに気持ち良いので、答える……が、恥ずかしいが過ぎる。
「ねぇねぇ、ママ。あのお兄ちゃんとお姉ちゃん、何してるの?」
「世の中にはいろんな趣味の人がいるの。そっと見て見ぬふりをしてあげるのよ」
近くを通りかかった幼女の純粋な疑問に、母親が答える言葉が心に刺さる。
なんという羞恥プレイ……!!
「あれ、少し不満げな顔だね。よし、それじゃあ」
オレを抱っこするアインの腕に、グッと力が籠る。
「さあ……たかいたかーい!!」
「うぉおおおおおおおおおおっ!!?」
そのままドラゴン族のパワーで思いっきり上空へとぶん殴げられた。
空気抵抗さえ感じる速度。
数十メートルの上空まで投げ上げられると、今度は落下する。
「うぉおおおおおおおおおおっ!!?」
頭から地面に叩きつけられる直前で、がっしりとアインに抱き留められる。
こ、怖ぇ……!!!
高い高いのレベルを数百倍超えてるわ!!!
「ディグさんバブみは?」
感じるか!!
「ふむ、お腹が空いているのかな」
そう言うと、アインは無造作にワンピースの胸元を開いた。
大きく張り出した二つの乳房が目に飛び込んでくる。
「ぶほっ……!?」
思わずせき込むオレ。
ダイレクトアタックが過ぎる……!!
「ちょ……それはアウト!!」
「いくら何でも……!!」
シトリンとフローラが声を上げるが、当のアインはもちろん、ドラゴンシスターズ側はきょとんとしている。
「何かいけないんですか?」
「おっぱいですよ!! おっぱい!!」
「赤ん坊にはおっぱいをあげるものでしょう?」
「そうじゃなくて……」
どうやらドラゴン族にとっては、乳房を露出することは、恥ずかしい行為には当たらないらしい。
いやいや、だからといって、やられた側からしたら……。
目の前の二つのお山がぷるるんと揺れる。
この娘、ブラジャーすらしていやがらねぇ!!
「さあ、ディグ坊、たーんと飲むと良いよ」
ド迫力なお胸が、どんどんと視界を埋め尽くし、そして──




