120.第2回戦「精神力」
「なっ、何っ……!?」
自身の押す岩の向こう側から突然紫色の光が迸ったことで、一瞬できたフィーの隙。
その瞬間、大岩がまるで弾かれたように逆側へと滑った。
いや、押し込まれたのだ。
レナコさんに作ってもらったチョコレート色の扇情的なメイド服に身を包み、紫の髪をなびかせた少女……そう、ジアルマに。
「ちょ!? 誰!?」
「俺様はジアルマ。あいつの共生体だ。こっからは俺様が相手になってやる」
猛禽類のような鋭い瞳で凄むジアルマ。相変わらず、悪い顔すんなぁ。
自己紹介を経て、ようやくフィーも合点がいったようで、顔つきに再び笑顔が戻る。
「へぇ、デュアル族ってやつだねっ! いいよ、少しは骨がありそうだしっ!」
余裕がありそうな台詞ではあるが、さすがに最初の押し込みで、ジアルマの事をそれなりの相手と認識したのか、フィーは腰を落とし、岩に両手をつく。
「さあ、行くぜ!!」
「うんっ、いいよっ!!」
ジアルマが腰を落として、大岩を押し込む。
最初から全力全開。さすが脳筋。
「くっ!? な、なんて力……!?」
一気にスタート地点付近まで、大岩が押し戻されたフィーの額から冷や汗が流れる。
「ちょっと何やってんのよ、フィー!!」
「フィー!! 相手は人間なんですよ!!」
「わ、わかってるっ!! ふぬぬぬぬぬっ!!!」
姉妹達からの発破で、なんとかフィーが踏みとどまる。
両者の力が拮抗し、大岩がぴたりと静止した。
「へぇ、さすがドラゴン。たいしたパワーだな」
「に、人間には、負けないよっ!!」
アルマと押し合っている時には見せなかった汗を額ににじませつつ、フィーが答える。
あのジアルマと力で拮抗するとはたいしたもんだ。
流石はあのドラゴンさんの娘……そう思っていたのだが……。
「だが、悪いな。俺様はまだまだ……」
ジアルマのニヤリとゆがめた口の端がさらに持ち上がる。
「本気じゃねぇんだ!!」
「えっ……!?」
ジアルマがさらに腰を落とし、脚にグッと力を込めた。
大きくジャンプするように、強く大地を蹴る。
その瞬間、ドンッと音を立てて、足元の地面が陥没すると共に、大岩が相手ゴールに向かって、大きく"吹き飛んだ"。
「あ、あばばばばばばばばばばばっ!!!!」
巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃に、フィーは耐えきれず、大岩ごとゴールラインを遥か超えた地面まで吹き飛ばされていった。
土煙が晴れると、そこには大岩の下敷きになって、ばたんきゅーしているフィーの姿があった。
『フィー!!』
ドラゴンシスターズがあわててフィーを助け起こしに行く。
「ああ、すまねぇ。やりすぎちまったか」
「ジアルマ……」
お前は本当に……。
だが、まあ、これで。
「とりあえず1勝だな」
シトリンの言葉にオレ達は頷く。
「ふぁー、それにしても、寝起きに運動させやがって……。俺様は2度寝するからな」
「ああ、助かったよ。ジアルマ」
「礼なら姉貴の方に言ってやれ。俺様が勝つのは当然だ。そこまで粘ったのは姉貴だからな…………なんだよ」
ジアルマの言葉を聞いて、仲間達が、どこかにまにまとした視線で頷いている。
「いや、やっぱり」
「ジアルマさんは」
「アルマのことが」
「大好きなんだな、と思って」
「う、うるせぇ!! 俺様は……別に……!! ああ、もうそのわかったような顔やめやがれ!!! くそっ、俺様は寝るからな!!」
と、嘯きながらも、ジアルマは半ば逃げるようにアルマへと身体を返した。
「あ、あははは……ジアちゃんったら、もう」
「サンキューなアルマ。お前が粘ってくれたおかげだ」
ジアルマから言われたように、頭をなでて労ってやると、アルマはとても嬉しそうに目を細めたのだった。
ドラゴンシスターズが車座になって顔を突き合わせていた。
「くっ、まさか、腕力勝負でフィーが負けるなんて……」
「まったく、ママから"剛力"スキルを受け継いだくせに、なんたる体たらく」
「ま、所詮スキルレベル1ね」
「ご、ごめんっ、みんな……」
「いや、こちらが彼らを侮っていたということだよ。ここからはいっそう気を引き締めて行こう」
うん、と頷き合うと、姉妹はこちらへと向き直った。
「さあ、2戦目だ。ディグ」
「ああ、えーと……じゃあ、精神力で」
シトリンからの問いかけに、オレはそう答える。
フィジカルの勝負をしたあとは、メンタルの勝負というのも悪くないだろう。
オレの提案に、それぞれのチームが円陣を組んだかと思うと、やがて双方一人ずつが前へと進み出た。
ドラゴンシスターズ側は三女ドーラ。あのフードとヘッドフォンのようなものをかぶった娘だ。
こちらはシトリン。まあ、順当といったところだろうか。
「で、精神力対決ってどんなことをするんだ?」
「精神力とは、いわば心の平穏をいかに保つかということです。これから2人には、悪口を言い合ってもらいます」
「ほほう」
なるほど、悪口にも動じない心の安定性を競うということか。
「途中で、悪口を返せなくなった方が敗北という形ですね」
「言い淀んだ方が負けってことだな」
となると、精神力だけでなく、語彙も必要になってくるということか。
そういう意味でも、知識幅も広いシトリンが出るのは当然といったところか。
それに……。
オレはシトリンの額に輝く水晶を見る。
彼女の第3の瞳である神視眼は、人の心を読む"心読"スキルを発現させることができる。
つまりそれは、相手のコンプレックスなんかも把握することができるということで、相手の心を抉る悪口を考えるのにも、これ以上ないくらい役に立つはず。
もっとも、心優しいシトリンが、悪口を言うのなんか、とてもオレには想像できないのだが……。
「まあ、任せておけ。ディグ。ボクだって悪口くらい……たぶん言える」
「たぶん……か」
「ねえ、おばあちゃんって輝眼族だよね?」
と、相手の代表であるドーラが、シトリンに話しかけてきた。
「そうだが」
「そっか、じゃあ、|良い勝負ができるかもね《・・・・・・・・・・・》」
意味深に微笑むと、ドーラが位置に着く。
同じくシトリンもそれに対峙するように前に進み出た。
「宜しくね」
「ああ。宜しく頼む」
言うや否や、シトリンの額の水晶が青から金へと変わる。
心読スキルを発動しているのだ。
よし、これで一方的に……。
「えっ……?」
シトリンが神視眼の力を解放したのとほぼ同時だった。
相対するドーラの額に、幾何学模様の紋様が浮かび上がった。
象形文字のように簡易的な形であるが、放つ金色の光は、シトリンの神視眼と瓜二つ。
「それは"心聴の紋"か?」
「さすがに年の功だね。そう、私がママから受け継いだスキル"心聴"。あなたの神視眼が相手の心を"読める"ように、私はこの耳当てを通して、あなたの心の声を"聴く"ことができる」
"心読"に対して、"心聴"。
神視眼のように多種多様な能力があるわけではないようだが、少なくとも相手の考えを読めるという点においては、ほぼ互角の能力といったように見える。
つまり、シトリンのアドバンテージはまったくなくなってしまったというわけだ。
ちょっとこれはまずいのでは……。
「さあ、始めよう。ディグ」
「えっ、あっ……ス、スタート!!」
急かされるままに、オレが合図をし、いよいよ悪口対決がスタートした。
先攻を取ったのは、ドーラ。
どこからか取り出したマイクを手に、ビシッとシトリンへと人差し指を突きつける。
「Here We Go!! 私ドラゴン、ディグと結婚、邪魔するお前を一発KO!! 痩躯なおチビ、勝負は無慈悲、無力なお前は私の餌食!!」
チュクチュクチー、チュクチュクチー、チュクチー♪
いつの間にか、後方でドラゴンシスターズがボイスパーカッションしはじめた。
なんだ、いつの間に、ここはラップバトル会場になった……。ヒプノシスなあれじゃねぇんだぞ。
いや、これシトリン返せるのか!?
突然のラップにシトリンは一瞬、面食らったような表情を浮かべたものの、どこからか投げ渡されたマイクを手に取ると、真っ向からドーラを見据える。
そうして、大きく息を吸うと、口を開く。
「ボクはシトリン、ドーンに降臨、好きな楽器はタンバリン。クラスはEX、知識のインデックス、いつでも穿いてるオーバーニーソックス」
な、なんとか返せた!!
で、でも、ただの自己紹介だー!!
にやりと不敵に微笑むドーラ。
くっ、あちらさんは戦い慣れてやがる!!
どうするシトリン……!?