118.開幕! オレの嫁争奪戦
もはや状況はカオスだった。
「外泊先に、みんなでディグを迎えに行こうと思ったら……いったいどういうことですか!?」
フローラが糾弾するように、オレに詰め寄る。
「夜遊びの延長線上というなら、ボクは別に構わないといえば構わないが……」
「5人同時? ディグ……やっぱり、ケダモノ……」
「はわわ!! ディグ様、もしかして、プロボーズされたんですか!?」
受け取り方は、それぞれだが、当然、あまり快く思われてはいないようだ。
自ら進んで外泊した翌日に、女の子5人連れて、朝の公園でいちゃこらしていたら、そりゃ不信感も抱く。
ましてや、嫁にしてくれ、なんて言われていたら、そりゃこれまでの関係性を疑われて仕方ないというものだろう。
とはいえ、オレには本当に心当たりの欠片もない。
「いや、みんな! 違うんだよ! オレにも何が何だか……!!」
「ちょっと、ディー君、こんな娘達の事はいいから、返事を聞かせてよ。私達のこと、お嫁さんにしてくれるの?」
「こんな娘達……!?」
「落ち着けって、フローラ!! シ、シトリン!!」
オレが思わずシトリンに助けを求めると、彼女は「はぁ……」と嘆息しつつも、神視眼の力を解放した。
「ふむ……フローラ、どうやらディグが口説いたわけではないようだぞ」
「えっ!? 本当ですか、シトリン?」
「ああ、一度話を聞いてみても良いだろう」
「…………わかりました」
ホッと、オレは胸をなでおろす。
どうやら心読のおかげで、暫定ではあるが、オレの潔白は証明されたようだ。
さて、それは、ともかくとして……。
「ごめん……その、いきなり求婚とかされても、オレどう返事したら良いか……。それに、本当に悪いんだが、オレ、君達が誰なのかさえ……」
「そうですよね。いろいろいきなりでごめんなさい」
中央に立ったゆるふわロングの女の子が丁寧に腰を追って謝罪の意を表す。
そんな姿を見ていると、少なくともやはり悪い娘達には見えない。
「私はアイン」
ショートカットの女の子が言った。
「私はツヴァイよ」
ロングヘアーの積極的な子が続く。
「私はドーラ」
今度はフードをかぶり、ヘッドフォンのようなものをつけたセミロングの子。
「私はフィーですっ!」
元気いっぱいのショートボブの子。
「私はフュン」
そして、最初に出会った丁寧なゆるふわ娘。
「私たちは、以前、あなたに命を救われました」
「オレが……命を救った……?」
「はい、そこにいらっしゃるアンシィお姉様と一緒に」
「えっ、アタシ!?」
突然、指名されたアンシィが面食らったように口を開く。
「ディグ君、思い出してみてよ」
「あなたがこの世界にやってきたばかりのころ」
「ボロボロになっても、必死に守り抜いた、ほんの儚い命があったこと」
やってきたばかりの頃?
必死に守り抜いた?
その言葉を聞いて、オレはアンシィと顔を見合わせる。
『ドラゴンの卵!!』
そう言うと、彼女達は、正解とばかりに、満面の笑顔で頷いた。
「え、え、え、ちょっと待って!! 君達、あの時生まれたドラゴンの雛なのか……!?」
「どう見ても人間だけど……」
5人の容姿を改めて見る。
全員が全員、オレと同じくらいの年齢のとんでもない美少女だ。
角も羽も生えてなければ、鱗だってない。艶々とした玉の肌は、どう見たって、人間にしか見えない。
「アンシィさんと同じ、人化の術です。早くあなたに会いたくて、必死で練習したんです」
「どう? ディー君好みになるように、頑張ったのよ! ほら、胸だって大きいわ」
そう言って、下から持ち上げるようにおっぱいを強調するツヴァイと名乗ったロングヘアーの女の子。
た、確かにド迫力……じゃなくて!
「いや、でも、元気そうで良かった……!」
彼女達があの時のドラゴンだとわかって、まず、湧き上がってきた感情は、単純に「喜び」だった。
オレ達が必死で守り抜いたあの命が、今、こうやって元気な姿を見せてくれている。
それが何より嬉しい。
嬉しさが顔に出てしまっていたのか、オレの顔見て、5人の美少女達がなぜか顔を赤らめた。
「やっぱりディグ君……」
「うん、その……」
「表情と言葉と感情が直結してる。お母さんの言ってたとおり」
「でも、そこが素敵よ。ディー君♪」
「やっぱり、私達を救ってくれたヒーローなんですね。ディグくんは」
「だから」と前置きして、彼女達は再びオレの顔を見つめる。
「ディグくん、私達の旦那様になってください」
「私達っ、ディグさんのために、精一杯尽くしますっ」
「人間族のエッチなことも勉強したし」
「なんでも言ってくれていいのよ。ディー君」
「未来永劫、君に操を立てるよ」
「いやいやいやいや……!」
感謝の度が過ぎている。というか、方向性がズレている。
「確かに、恩返ししようとしてくれているのは、ありがたいけど……その、結婚っていうのは……」
「5人と同時に、というのを気にしているのかい? 人間族でも、地域によっては一夫多妻という制度もあるそうだし、何より、強い遺伝子を残すためにも、ディグ君みたいな優秀な雄がたくさんの妻を娶るのは、ありだと思うけどな」
「私達と子作りしたら、人間とドラゴンのハーフ。きっと、北の竜神族にだって、負けないスペックの子どもが生まれるわよ!」
へぇ、そりゃ凄い……とはさすがにならないな。
やっぱり発想がどこかズレている。
「ちょ、ちょっと勝手に話を進めないでください!! ディグは、私達のパーティのリーダーなんです!! あなたたちと結婚なんてしません!!」
フローラがぷんすか反論する。
「あなたには聞いてない。私達はディグに聞いてるの」
「なっ……!?」
ドーラにそう言われ、一層眉をしかめるフローラ。
反論しようとしたフローラを「まあまあ」と宥め、シトリンが間へと入る。
「君達の主張はわかった。ディグに感謝をしているのも理解できる。だが、ボク達も、同じく皆ディグに救われた身だ」
「おばあちゃんもディグに恩があるんだ」
おばあちゃんて……。
確かに、シトリンは少なくとも数千歳だが、ドラゴンにはどうやらそれがわかるらしい。
ドラゴンにとっては、年齢と言うのは、それなりの敬意の対象になるのか、フローラが言った時よりも、ドラゴン達は、きちんとシトリンの話に耳を傾けていた。
「君達の主張でいけば、恩のあるボク達も皆、ディグと結婚しなければならないという理屈になる」
「まあ……確かにそうね」
「それは君達としても困るだろう?」
「うーん、私はそれでもいいですよっ! たくさん妻がいるのは、ディグさんがそれだけ優秀な雄だという証明になりますしっ!」
元気いっぱいのフィーがそんなことを言ってのける。
いやいや、全員が妻って……。
思わず、花嫁衣裳を着たフローラやシトリン、アルマにコルリと同時に結婚式を挙げている風景を思い浮かべる。
あ、やば、ちょっといいかも、と思ってしまった。
「ちょ、ちょっと、フィー! 私は嫌よ!! 本当はディー君の事、私が独占したいくらいなんだから!!」
「私も、嫌かな。ディグと過ごす時間が減っちゃうし」
どうやらドラゴンの姉妹達の間でも見解の相違があるようだ。
「ふむ、やはり君達だけで、ディグを独り占めしたい……と」
「ああ、私達は本気の本気でディグ君を愛してる。だから、どうしても、ディグ君のお嫁さんになりたい」
アインの少しだけ敵意の籠もった言葉に、シトリンもさすがに困り顔を浮かべる。
はっきりオレから嫌だと言った方がよいだろうか……。
でも、この娘達も、別に困らせようと思ってそんな主張をしているわけではないんだよなぁ。
あくまで、人間の一般的常識から少し発想がズレてるだけだ。
種族の違いか、はたまた生まれてからの年月か。
彼女達はまだまだ、視野が狭いのだろう。
意を決して、なんとか引き下がってもらおうと口を開きかけた時だった。
「だったら、戦うしかない」
と、今まで話を静観していたコルリがそんなことを宣った。
「戦う?」
「欲しい物は戦って手に入れるのが冒険者」
おいおい、コルリさんや。
まるでジアルマみたいなこと言ってますけども。
どうやら、こう見えて、コルリもドラゴン娘達の一方的な主張に、ちょっと頭に来ていたらしい。
「そちらも5人、こちらも5人、戦うなら対等」
「いいですね。とってもわかりやすいです」
フュンが、ゆるふわな笑顔を崩さずに、同意する。
「私達が勝てば、ディグくんを旦那様にして良いんですね」
「ああ、その代わり、もし、負けた場合は、素直に巣に帰るといい」
バチバチとコルリとフュンの間で火花が散る。
ああ、これは……。
「また、えらいことになりそうだ……」
一触即発な空気を感じつつ、オレは一人ため息を吐き出した。




