116.戻ってきた日常
さて、季節が夏から秋へと移り変わる時分。
麦の穂が大きく実り、収穫の秋を今か今かと待ち望む村人たちの顔にも、自然と笑顔が浮かんでいる。
オレとアンシィとフローラで魔物を退治して、再び整備された畑にも、いつの間にか立派に野菜たちが育っている。
ここはレフォレス村。オレ達がシトリンと出会い、アルフィニウムの苗を植えた魔の森のふもとにある牧歌的な雰囲気の村。
西と東での体験活動を終え、ドーンへと戻ったオレ達は、その翌日、さっそくこの村へとやってきていた。
「さあ、アイナ! この画面を見てるのよ」
「う、うん……!!」
アンシィが切り株の上に、オレがジャスパーさんからもらった異世界スマホを立てかける。
ちなみにホーム画面には、先日のリゾートでの写真を設定している。
いつでも、みんなの水着姿が拝めるという素晴らしい仕様だ。
と、その思い出の写真が掻き消え、一瞬、画面が暗転したかと思うと、次の瞬間、ザザ……という音と共に、画面にうっすらと人の姿が現れていく。
その姿がはっきりと見えるにつれて、アイナちゃんの顔に、笑顔が広がっていく。
そうして、アイナちゃんは叫んだ。
「お父さん!!」
『久しぶりだな、アイナ』
画面の先には、工房をバックに、こちらへと無骨な笑顔を向けるアイオライトさんの姿が映っていた。
「いや、話がまとまって良かったな」
「そうね。けれど、アイナちゃんがイーズマに行っちゃうと、少し寂しくなるわねぇ」
村からの帰り道、パドラ(ミナレスさんがもう少し貸し出してくれると言ってくれたので、遠慮なくついてきてもらった)が引く馬車の中で、オレ達は良かった良かったと、しきりに頷き合っていた。
以前、工房で話をした通り、アイナちゃんは2か月後、イーズマに行くということで話がついた。
アイオライトさんは2か月で、なんとかアイナちゃんがイーズマでも生活ができるように、環境を整えるそうだ。
仕事もできるだけ片付けて、2人で過ごせる時間も増やせるように頑張ると、不器用な笑顔で必死に娘に説明する姿は、どこか可愛らしく感じると同時に、格好よくも見えた。
アイナも村から離れるのに少し寂しい想いはあったみたいだが、それでも、やはりお父さんと一緒にいたいと、少しだけ目に涙をにじませて訴えた。
でも、行く前に、村の人たちに恩返しがしたい、とこれから村の人全員のために、心を込めてプレゼントを作るそうだ。
本当に良い娘を持ったなぁ、アイオライトさん。
アイオライトさんの遺伝子のおかげか、アイナも相当に手先が器用なので、きっと村の人たちが喜ぶ手作りのプレゼントを作ってくれることだろう。
「さて、とりあえず、これで、目下のところの予定はすべて終わったな」
「ああ、そうだな」
目的と呼べるものは、これで一つも無くなってしまった。
せいぜい、アパタイさんのところの畑の整備くらいだが、それも、半日もあれば、終わるだろうし、何より、やはり冒険者らしい予定というのも一つくらいは欲しいものだ。
あまり、畑仕事ばかりしていると、他のメンバーはともかく、ジアルマのやつのストレスが溜まりそうだしな。
「どこか迷宮でも攻略する?」
「うーん、迷宮かぁ」
迷宮と言えば、ウエスタリアに行けば、まだまだ攻略していないものが山ほどあるだろう。
しかし、せっかくドーンの街に戻ってきたばかり。
少しは、ホッと日常を過ごす時間と言うのも欲しいものだ。
となると、近場の迷宮となるわけだけど。
「ドーンの街の近くで、どこか迷宮ってあったっけ?」
「そうですね。初心者向けの迷宮がほとんどかと」
迷宮に詳しいアルマが教えてくれた。
うーん、初心者向けか。
オレ達はすでに全員がレベル100超えになってしまったわけで、今さら初心者向けの迷宮に挑むというのもなんだかなぁ、という気がする。
なにより、それじゃジアルマが満足してくれないだろう。
「初心者向けはちょっとなぁ」
「あっ、そういえば、一つだけ高難易度の迷宮がありました!」
思い出したように、ポンっとアルマが手を叩く。
「煉獄の迷宮です!」
「煉獄の迷宮……」
名前を聞いて、オレには思い浮かぶ場所があった。
「もしかして……」
「煉獄の迷宮は、神域級の迷宮に匹敵するほどの高難易度ダンジョンです。しかも、最奥には、なんと竜帝の一匹である炎帝竜インフェルノドラゴンが控えているなんて噂もあります。今のディグ様達にとっても、かなり攻略しがいのある迷宮なのでは!」
あー、やっぱりそうだ。
オレとアンシィが、この世界に送り込まれた際に目覚めた場所。
炎帝の加護をくれたドラゴンさんが縄張りとする、火山そのものの迷宮。
「アルマ、悪いけど、そこはなしだ」
「えっ? どうしてですか?」
「あそこのドラゴンには、ちょっと恩があってな」
ええ、ディグ様、ドラゴンとお知り合いなんですか!?
というアルマの驚きの声をBGMに、オレは、あのドラゴンさんのことを思い出していた。
ものすごく強そうだけど、卵を守る母親として、どこか優しい瞳をしたドラゴンさん。
なぜだか、オレとアンシィのことも助けてくれたあのドラゴンさんは、今もあの迷宮で暮らしているのだろうか。
生まれた雛たちも元気にやっていると良いけど。
「まあ。1週間くらいは、畑の整備でもしながら、ゆっくりしよう。後の事はそれから考えてもいい」
「そうだな。最近は街道の魔物退治も人手が足りないらしいし、それを手伝うのも良かろう」
街道の魔物退治か。
今のオレ達なら、楽勝だな。
しばらくはそれなりに働きながら、ゆっくりさせてもらうとしよう。
さて、アパタイさんの部屋に戻ったオレ達には、少しだけ困ることがあった。
それは、部屋割りである。
コルリが加入したことで、オレ達のパーティは現在6人。
対して、アパタイさんから借りている部屋は2部屋であり、現状はフローラとシトリンとアルマが奥の部屋、そして、手前の部屋をオレとアンシィが使っている。
人数的には、コルリはオレの方の部屋に入ることになるわけだが、さすがにアンシィ以外の女の子と同じ部屋で生活するのも問題がある。
かといって、フローラ達の部屋もさすがに4人が生活するとなるとかなり手狭になってしまう。
本当は男の子であるアルマなら、オレと同じ部屋でも問題がないといえばないのかもしれないが……心は完全に女の子だしな。さすがにそれもはばかられる。
「あら~、じゃあ、ディグちゃんだけ、私の部屋に来る~?」
「断固拒否します」
アパタイさんの部屋に行くのもぜっっっったいに嫌。
マッサージと言う名目で、どんなことをされるかわかったもんじゃない。
となると、いよいよ選択肢がなくなってしまうのだが……。
「仕方ないわね~。それじゃあ、下の部屋を改装しましょうか~。アルフィニウムももう植え替えてしまったし、今はただの物置だしね~。あの部屋を住めるように整備すれば、なんとかなるかも~」
とアパタイさんが広い心で提案してくれたそれに、みんな同意することとなった。
「んじゃ、上の2つの部屋は女子グループで使ってくれ。オレが下の部屋を使うよ」
「えっ、でも、改装まではちょっと時間がかかりますよ」
「それまでは、宿暮らしでもしてるよ」
まあ、たまには1人で外泊というのも悪くない。
「ディグ、いいの? 私のために……」
「もちろんだ」
それに、フローラに初めに聞いた冒険者のパーティの最大人数は6人だ。
うちのパーティは人数こそ6人、ジアルマも含めれば7人だが、スコップであるアンシィはカウントされていないので、パーティの人数的にはもう1人分だけ余裕がある。
今後、まだ、人数が増えるかもしれないし、アパタイさんの提案は今後を見据えた上でも、かなりありがたいものと言える。
「すまないな……」
「全然気にしなくていいよ、コルリ。むしろ、君が入ってくれて、オレ達はかなり助かるし」
実際、東最強の冒険者が仲間になってくれて、これ以上心強いことはない。
ジアルマが暴走した時も、コルリなら止められるし。
「ありがとう」
そんなわけで、その日、オレは、一人でドーンの街の宿に泊まることになったのだった。




