114.スイーツ女の悲劇
さて、翌日の朝、ジャスパーさんの製作した水陸両用車で艶姫さんがやってきた。
ミナレスさんとレナコさん、トルソーも一緒だ。
艶姫さんは、綺麗になった砂浜やペンションを見ると、あんぐりと口を開けた。
「はぁー……ほんまにたった1日で綺麗にしてまうとは……。あんたら、ほんまなんでもやりよるな」
「あ、畑づくりの案件も承りますよ。なんだったら」
冗談めかして言うと「今度頼むかも」とノリのいい返しをしつつ、艶姫さんはみんなを誘導してペンションまで移動した。
昨日がんばった分、今日は1日完全オフだ。
せっかくみんなで遊べるこの機会。
たくさん思い出を作らせてもらおう。
「さあ、ディグ君! 御開帳よ!!」
ばさぁ、と布が閃いたかと思うと、そこから現れたのは水着姿の女性陣だ。
アンシィにフローラ、シトリン、アルマ(ジアルマボディ)、コルリに艶姫さん、ミナレスさん、そして、布を取り払った本人であるレナコさん。
いずれ劣らぬ美女、美少女達の、水着の共演に、鼻の下が伸びるというよりは、もはや圧倒される思いだ。
芸が細かいのは、オレのパーティメンバーが、皆、以前着ていた水着とは違うところだ。
おそらくレナコさんが、見繕ったか、もしくは、今回のためだけにそれぞれにあった水着を作ってしまったのかもしれない。
うん、あの人ならやりかねない。
それぞれの個性を活かしつつ、皆、めちゃくちゃ似合っている。
「な、なんて言ったらよいか……」
「壮観すぎる……」
オレとブルートは隣同士で、ただただ、ポカーンとその威容を眺めることしかできない。
「うん、やはり、皆様、とびきりの美しさでございますね」
衣装やスタイルには一家言あるだろうトルソーも、にっこり笑顔で手と叩いている。
「さあ、まずはみんなで海へGOや!! ミナレス!! お前には負けんで!!」
「ふん! アーマーナイトは鈍足だが、魔術師の貴様も大概だろう!! 負けん!!」
「ほら、ディグ! 行くわよ!!」
「お、おう……!」
アンシィに手を差し出されて、ようやく我に返ったオレが、進み出そうとしたその時。
「ディグくーんっ!!」
「えっ!?」
荷物置き場から、銀のスコップが飛び出し、光に包まれると、女の子の姿へと変わる。
シルヴァだ。
彼女は、砂地へ着地する勢いのまま、オレの胸元へと飛びついてきた。
「えーん、こんな楽しそうな時に、私だけマジックボトルの中でなんて、嫌だよぉー!!」
「あ、いや、ごめん……」
正直、忘れてた……。
「ううん、いいの! 私はディグくんの都合の良い時に、都合の良いように扱ってくれればいいんだから!!」
「あんた、また、出たわね……!!」
「ディグ、その可憐だけど、少しやかましげな少女は誰だ?」
「というか、この娘、凄いこと言いませんでした……?」
仲間達がオレとシルヴァを取り囲む。
あー、そういえば、まだ、みんなにシルヴァのことを紹介していなかった。
「えーと、この娘は……」
「あら、また、可愛い娘じゃない♪」
と、舌なめずりしながらやってきたのはレナコさん。
「でも、この場でその恰好はふさわしくないわね。トルソー」
「こちらを」
レナコさんはトルソーが差し出したマジックボトルから、紫色のどことなくエスニックな水着を取り出す。
「さあ、着替えるわよ!」
「はい?」
シルヴァの理解が追い付くよりも早く、レナコさんが布をバサッとかぶせたかと思うと、次にそれが取り払われた時、すでにシルヴァはその水着姿に変わっていた。マジックかよ。
「うわぁ……!! 素敵な水着!!」
「でしょ! ふむ、やはり美少女の水着姿は良いものね……はぁはぁ」
ダメだ。こいつ早くなんとかしないと。
「ねぇ、ディグくん! どうかな?」
「えっ……うん、可愛いよ。いや、どっちかって言うと、セクシー?」
「嬉しい!! 大好き!!」
『なっ……!?』
オレに抱き着いてくるシルヴァを見て、一斉に固まる仲間達。
やばい。なんだか、非常にやばい気がする。
「ちょっと、あんた!! アタシの相棒から離れなさい!!」
「ディグ、少し落ち着ける場所で話しましょう。いえ、怒ってませんよ。全然」
「神視眼を解放する時が来たか……」
「ディグ様、アルマも抱き着いて良いですか?」
「ディグ……やっぱりケダモノ……」
「待て、みんな……! と、とりあえず、話を聞いてくれぇ!!!」
「いやぁ、冒険者って凄いなぁ……」
「ディグ様は特別ですよ。ブルート様」
結局シルヴァの事をみんなにきちんと説明するのに、小一時間を要することになった……とほほ……。
そんなトラブルもありつつ、シルヴァを加えたオレ達はひとしきり海でのバカンスを楽しんだ。
やはり、これだけのメンツが揃うと、ちょっと変なテンションになってしまうくらい楽しい。
バナナボートではしゃぎまくった挙句、さすがに、遊び疲れたオレは、一度岸へと上がった。
砂浜に敷かれたシートに足を伸ばして座り込み、楽し気に水遊びに興じるみんなの様子を眺める。
「ああ、オレ……リア充してんなぁ……」
「おおげさですねぇ。ディグ」
と、オレの横へと腰掛けたのはフローラだ。
パーカーを羽織った彼女は、体育座りで、オレの隣にちょこんと座り、微笑んでいる。
「フローラは泳がないのか?」
「あ、はい……肌を焼きたくないもので」
確かに今日は日差しが強い。
イーズマの気候的には、そろそろ残暑に入ったころらしいのだが、まだまだお天道様は元気いっぱいでいらっしゃる。
「サンオイルでも塗ろうか?」
「えっ……ディグに塗ってもらうのが嫌なわけじゃないんですが……」
なんとも煮え切らないフローラの様子を疑問に思いつつ、結局そのまま再び海へと視線を移す。
なぜか遠泳大会へと発展したミナレスさんと艶姫さん、そして、アンシィとシルヴァの姿が遠くに米粒のように見える。
こんな時まで競い合わなくても……と思わないでもないが、なんだかんだお互い楽しそうだ。
特にアンシィとシルヴァはある意味では姉妹みたいなもんだし、ああやって、友好を育んでくれる分にはオレとしても安心だ。
多少、勝負がガチすぎるのがあれだが。
「ディグ様~! かき氷をお持ちしました!!」
「おっ、アルマ、サンキュー!!」
バインバインと大きな胸を揺らしながら、セクシーな水着姿のアルマが、いちごのシロップがたっぷりかかったかき氷をもってきてくれた。
うん、どっちも美味そうだぜ、ぐへへ。
実際、ジアルマの身体は、多少筋肉質ではあるが、圧倒的な乳力と尻力のある素晴らしいスタイルだ。
そんな姿でアルマの甲斐甲斐しい感じを出されると、いつもとは違った意味で、グッと来てしまう。
「どうされました? ディグ様?」
「……なんでもないよ」
いや、いかんいかん。
身体は成熟しきっているが、中身はアルマだ。
よし、かき氷を食べて、頭を冷やすとしよう。
オレは、アルマからかき氷を受け取ると、その輝く真っ赤なシロップにスプーンを突き立てようとして……。
「…………フローラ?」
「はっ……!!」
いつの間にか、フローラがオレがかき氷を食べようとするのを口を開けてガン見していた。
「フローラもいるか? かき氷?」
「い、いえ!! 私は、大丈夫です!! 大丈夫ですとも!!」
「あ、ああ……それならいいんだけど……」
妙な口調のフローラをいぶかしく思いながらも、再びオレはかき氷を口へと……さっきよりも、さらに顔を近づけたフローラがうらやましそうにこちらを見ていた。
「やっぱ食べたいんだろう。フローラ」
「はっ!? 私ったら……!!」
フローラが「ダメダメ」と自分の頭をぽかぽかと殴る。
なにやら、自制をしているようだが、せっかくのハレの日だ。
したいことはしたらいい。
「ほら、フローラ。あーん」
「えっ……!!」
オレがスプーンを差し出してやると、フローラはそこに乗った真っ赤なシロップのかかった氷に目が釘付けになった。
「い、いちごのかき氷……しかも……ディグのあーん……」
「ほら、早く食べないと溶けちゃうぞ」
まるで熱に浮かされたようにポーッとした表情のフローラは、オレが差し出したスプーンの先に、ぱくりとかぶりついた。
瞬間、ビクッと身体が跳ねる。
「ああ、おいしい……」
「良かったら、全部食べてくれ。オレは、冷たい物はもうちょっとあとでもいいし」
「そ、そんな、私は本当に……」
「いいから、いいから」
半ば強引に器ごと手渡してやると、フローラはひと口、ひと口味わいながら、かき氷を食べ始めた。
うーん、本当に幸せそうに食べるなぁ。フローラが甘い物食べてる顔だったら、ずっと見てられるわ。
「あっ……」
「ん、どうしたアルマ?」
そんなオレ達の様子を笑顔で見ていたアルマが、突然、ビクッと身体を震わせた。
と、思った直後。
「あぁ……よく寝たぜ……。んっ? おおっ!! 身体が戻ってんじゃねぇか!!」
この口調、どうやらジアルマだ。
どうやら、ユニオンの影響で長らく逆になっていた肉体が、ようやく本来の形に戻ったらしい。
ジアルマは自分の身体の動きを確かめるように、力こぶを作ったり、腰をぐるんぐるん回している。
「あー!! 俺様の身体だ!! ようやく暴れられる!!」
「ジアルマ、バカンス中は暴れんの禁止だからな」
「ああ? ……って、お前か、クソ雑魚野郎」
さっきまでアルマが身体を使っていた時の柔和な表情とは打って変わって、ヤンキーがメンチを切ってるかのように眉間に皺を寄せてにらみつけてくるジアルマ。
この感覚もちょいと久しぶりだなぁ。
「また、息抜きってやつか? まあ、いいけどよ」
「ジアルマも楽しめばいいよ。今日はミナレスさんも含めてみんないるし」
「ってこたぁ、あの双剣女も居やがるのか……決着をつけるチャンスだな」
「だから、バトルは禁止だって……」
本当に相変わらずな奴。
「ん、スイーツ女、てめぇもいやがったか」
ジアルマが珍しく、フローラの方へと話しかけた。
聞くところによると、フローラは鋼帝竜との戦いの時、回復に補助にと、いろいろとジアルマを手助けしてくれていたらしいので、ちょっとは友好が深まったのかもしれない。
「ジアルマさん、お久しぶりです」
「別にさんづけなんていらねぇよ。あんときゃ世話になったな」
気持ち悪いくらいに殊勝だな。とはいえ、根が悪いやつでないのはもう周知の事実になりつつあるので、ようやく素が出始めてきたのかもしれない。
と、そんな油断をしていたら、ジアルマがとんでもない爆弾を投下した。
「しかしよ。お前……太ったか?」
ビキッ……。
そんな音さえ聞こえそうなほど、一瞬でフローラの表情が固まった。
こいつ地雷踏みやがった!!
いや、正直、オレも思ってはいた。
フローラちょっと顔が丸くなった気がするなぁ、とか。
かき氷食べてる姿が、なんていうか若干アザラシ感あるなぁ、とか。
パーカー脱がないのも、たぶんそういうことなんだろうなぁ、とか。
「太ってないよ」
ロボットのように、ギギギ、と首を回して、無機質に言い放つフローラの様子は尋常じゃない。
しかし、そんなフローラにも、ジアルマは無遠慮を貫く。
何を思ったか、フローラのパーカーに手をかけると、そのジッパーを一息に開け放ったのだ。
「なっ……なっ……!」
絶句するフローラ。
そうして、白日の下にさらされた水着姿のフローラの肢体。
純白のセパレートの水着で包まれたその下腹部には、なかなかに立派な"ぽにょ"が……。
「ほら、やっぱり太ってんじゃねぇか。腹ぷにぷにじゃん。あー、でも、なんか癖になるな、これ」
露わになった以前より明らかに肉付きのよくなったフローラのお腹をぷにぷにと揉みしだくジアルマ。
なんという傍若無人なふるまい……やはりこいつは破壊者だ。
ショックのあまりか、されるがままのフローラは、もはや灰になりかけている。
これはさすがに……同情を禁じ得ない。
「まあ、まだ、ぽっちゃりレベルだ。デブじゃねぇよ。気にすんな」
「やめて、ジアルマ!! フローラさんのライフはもうゼロよ!!」
「ぽっちゃり……私はぽっちゃり……はは……」
「フローラ!! 気をしっかり持て!! フローラぁああ!!」
この後、フローラがショックから立ち直るまでに、かなりの時間を要したことは言うまでもない。