110.1日デート
「どや、ディグはん。似合う?」
と、フィッティングルームから出てきた艶姫さん。
その恰好はいつもの打掛姿とは違い、洋装だ。
全体的にウォームナチュラルな雰囲気。キュロットスカートから覗くスラリとした生足が眩しい。
髪型もいつものストレートヘアーと違い、パーマを当てたのか、少しくりくりとしており、さらにポニーテールにくくっている。
普段とのギャップが凄すぎて、思わずどきりとしてしまう。
これ、たぶんすれ違っても、艶姫さんとはみんな気づかないだろう。
「ディグはん?」
「あ、いや、その……めちゃくちゃ似合ってます」
「ほんま! 良かったぁ! 普段と同じ格好やったら、いろいろ具合が悪いから、変装がてらチャレンジしてみてんけど、そう言ってもらえてよかったわ」
そう言って、微笑む艶姫さん。
もう、それだけでオレの心臓は撃ち抜かれてしまった。
やばい、かわいい。
夏休み、彼氏との街中デートにやって来た、大学生のお姉さんって感じだ。たまらん。
「あれ、ディグはん。なんか顔赤いで」
「そ、そんなことは……!」
「まあ、うちとデートできるなんて、そうそうあることちゃうからね。今日はサービスしてあげるから、一緒に楽しもう。ねっ」
そう言って、自分からオレと腕を組む、艶姫さん。
えっ、やばいよこれ。なんだろう、迸るレンタル彼女感。
年上彼女。同級生に自慢したくなるやつじゃん。
「さあ、行こか!」
それから、オレは艶姫さんに案内されて、イーズマのデートスポットをいろいろ回った。
甘味処で仲間にスイーツのお土産を買ったり、ウインドウショッピングをしたり、果ては、イーズマ自慢の水族館まで案内された。
さすがに大人の女性かつ、イーズマに詳しい艶姫さんは、こんなクソ雑魚童貞男でも、そつなくエスコートしてくれる。
とはいえ、トラブルというのは得てしてあるもので、海の魔物である、ドルフィーナのショーを見ていた時、彼らが勢いよく飛ばした水しぶきが、オレ達へとかかった。
「うおっ!」
避ける間もなく、びしょびしょになるオレと艶姫さん。
「あらら……水も滴るってやつやね……」
そう言って、濡れた髪をかき上げる艶姫さん。
真っ白いブラウスがはっきりと透けて、ピンク色のブラジャーがばっちりと見える。
オレの視線に気づいてか、艶姫さんがにんまりと笑った。
「やっぱ、えっちやなぁ、ディグはん」
「あ、いや、その……!!」
「ええからええから。減るもんやないし。といっても、見せる相手は選んどるつもりやけど」
そう言うと、艶姫さんは、どこからか取り出したタオルで、濡れた個所を拭き出した。
あれ、もしかして……これも予定調和か。
「はい、ディグはんも」
「う、うっす」
タオルを受け取ると、オレは髪の毛の水分をごしごしと拭った。
むぐぅ、完全に遊ばれている……だが、悪くない。
「さぁて、この後はどないしようか?」
「もう夕方ですしね」
2人でいろんなところを回っているうちに、随分時間が経っていたようだ。
「陽が落ちたら、やることは一つ」
「えっと……もしかして、それって……」
ごくりと唾を飲み込むオレに対し、艶姫さんはまだ少し湿った髪を艶めかせつつ、妖艶に微笑んだ。
「王手!!」
「ぐぉおおお、また、負けたぁああ!!」
盤上の散々な有様に打ちひしがれえるオレ……いやいや。
「なんで、また、将棋!?」
「あれ、もしかして、ここ来たことあるん?」
ここは、とある建物の最上階。
将棋カフェ、とかいうやつで、おいしいご飯を食べたり、イーズマの都の景色を眺めたりしながら将棋が打てるという、イーズマで最近流行りのデートスポットであるらしい。
「いや、ないですよ。ただ、コルリとは将棋したことがあって……」
「ああ、あの娘とか。ふふっ、実はあの娘に将棋しこんだのもうちやねんで」
あー、道理でこの人も強いわけだ。
「えっちなことやなくて、がっかりした?」
「逆です。正直、ちょっとだけホッとしました」
「素直でよろしい」
にっこりと微笑む艶姫さん。
もう、本当に敵わないな。
オレは、嘆息すると、窓の外を眺める。
街の中でも、この建物はかなり高い。
夕暮れから夜へと変わっていくイーズマの街の様子。
少しずつ灯篭に灯がともっていくその光景は、なんとも美しい。
「どや、これが、8年かけて作った、"うちら"のイーズマや」
少しだけ誇らしそうに、艶姫さんが言う。
8年前、鋼帝竜によって、壊滅的な被害を受けたというイーズマの都。
でも、今では、こんなに美しく、そして、たくさんの人々の笑顔にあふれている。
それを作り上げる中心にいたのは、間違いなくこの人だ。
「うん、本当に綺麗です」
「それって、都のこと? それともうちのこと?」
「どっちもかな」
少しにんまりとした艶姫さんは、指先で王将をもてあそびながら、小首をかしげる。
そんな動作も可愛いなぁ、この人。
「なんや余裕あるなぁ。お姉さんとこうやって見つめ合っとるんやで、もっとドギマギしてくれへんの?」
「十分してますって」
「むぅ、美少女に囲まれすぎて、ちょっと耐性ついてきたんとちゃうか。よし、遊郭の部屋取っとこか」
「それは……」
正直、流れに身を任せてしまう可能性大。むしろ望むべくですが。
そんなオレの心の声とは裏腹に、艶姫さんは少しだけ真剣な表情でオレを見つめた。
「ほんま、感謝しとるんやで。うち」
実際、これだけ忙しい中でも、デート、という約束のために時間を取ってくれているのも、オレへの感謝の現れなんだろう。
「もう十分伝わってますよ」
微笑みながら、そう返すと、艶姫さんも笑ってくれた。
「なあ、ディグはん……ほんまにうちと……」
「えっ?」
「ああ! やっぱなんでもないんや……!!」
柄にもなくなぜか慌てた様子の艶姫さんは、ぶんぶんと手を振った。
「そ、そや! あのな、コルリのこと」
「コルリ……ですか?」
「うんうん。あの娘、きっと君達と一緒に行きたいんちゃうかと思うねん」
コルリは、正式なパーティメンバーじゃない。
大空洞の攻略や鋼帝竜と戦うために、暫定的にパーティに加入してもらったにすぎず、オレの中では、イーズマを発つタイミングで、お別れをするつもりだった。
「コルリは、そう言ってるんですか?」
「長い付き合いやからな。まあ、なんとなくわかるんよ」
艶姫さんは穏やか表情で目を閉じる。
「あの娘は、もう十分イーズマのために働いてくれた。肉親の仇討も遂げられた。残りの人生は、自分の好きなように生きて欲しいんや」
「艶姫さん……」
コルリにとって、艶姫さんは、自分を引き取って育ててくれた第2の姉のような存在だ。
なんだかんだ言いつつも、やはりコルリのことを本当は心配していたんだろう。
その関係は、どこかミナレスさんとアルマのそれとも重なった。
「わかりました。もし、コルリがオレ達についてきたいと言ったときは」
「うん、頼むで」
艶姫さんはにっこりと微笑んだ。
「それじゃ、名残惜しいけど、そろそろ戻ろか。ミナレスのやつともさすがに交代してやらな」
「ありがとうございました。本当に、楽しかったです」
「せやろ? でも、うちに夢中になったらあかんで~。遊郭のお客さんに刺されるかもしれんし」
「それはしゃれにならないです……」
思いがけず、楽しい午後を過ごせた1日だったが、オレの心にはわずかなわだかまりが残った。
みんなの幸せを考えてくれる艶姫さん。
でも、彼女自身の幸せは、いったい誰が考えてくれるんだろうか。




