105.狐の墓参り
鋼帝竜を討伐した翌日、私は、イーズマから少しだけ離れたとある山の上の墓地までやってきていた。
アルマンディン流の冒険者達が多く眠るこの地の一角、遠くにイーズマの都が見渡せる風光明媚なこの場所に安置された墓石の前で、私は静かに線香をあげた。
そこに刻まれた名は、私のお姉ちゃんのもの。
墓前でゆっくりと、膝を折ると、私は、その前にお姉ちゃんが好きだった赤いユリの花を供えた。
そうして、袖から酒瓶を取り出し、杯に注ぐ。
お姉ちゃんは、その柔和そうな見た目とは裏腹に、酒豪だった。
冒険者同士の飲み合いでも、いつも最後まで残るのはお姉ちゃんだったし、腕っぷしも酒にも強い上に、とびきりの美人だったお姉ちゃんは、たくさんの冒険者達からアプローチされていた。
私なんかは、お姉ちゃんが男に取られちゃうんじゃないかと、不安になって、いつもその間に入って、邪魔をしてたっけ。
懐かしい幼い日の日常。
今はこうして、私も一緒に杯を傾けることができる。
「お姉ちゃん、私、やったよ」
お姉ちゃんを私から奪い去った鋼帝竜。
私は、ついにあいつを討伐することができた。
一人じゃない。共に戦う仲間達と一緒に。
「お姉ちゃんの仇、取れたかな……? ううん、きっとお姉ちゃんは別に、仇を取ることなんて望んでいなかったんだよね」
ヒヒイロカネの試練で対峙したお姉ちゃんの気持ちは、きっと本物のお姉ちゃんの気持ちと同じだ。
お姉ちゃんは自分の仇を取って欲しいなんて、これっぽっちも思ってはいなかった。
「でもね、イーズマの都は守れたよ。お姉ちゃんが大好きだった、たくさんの笑顔があふれる都。それだけは、褒めて欲しいな」
私がそう言うと、まるでお姉ちゃんが返事をしてくれたかのように山の中を風がそよぎ、木々が小気味の良い音を立てた。
それがなんだか嬉しくて、私は、微笑むと、自分の杯に注いだお酒の残りを一気に煽った。
「うぅ……やっぱり私はお姉ちゃんほど、お酒に強くないのかも……」
そもそも今まで一人で修行にばかり明け暮れていたから、仲間と酒を飲みかわすとかそんな経験もなかった。
でも……。
私の脳裏に、あのスコップを携えた青年の姿が浮かぶ。
「ディグ……」
彼の存在は、いつの間にか私の中で随分大きくなっていた。
最初は、転生者ということで持ち上げられているだけの、ただの破廉恥な男だと思っていた。
けれど、料理が上手だったり、ちょっとだけ紳士的だったり、仲間のために自分の身を削ってまで頑張り抜く彼の姿を見て、少しずつ、少しずつだけど、彼に惹かれていった。
鋼帝竜との戦いの最中、彼に抱きしめられた時、心臓がバクバクと高鳴った。
好き……なのかは、私にもまだわからない。
けれど、少なくとも、彼や彼の仲間達(あの脳筋バカも含めて)とお酒を飲んでみたいという気持ちは嘘じゃない。
それだけじゃなく……。
「ねえ、お姉ちゃん、私、都を少し離れようかと思うんだ」
それは鋼帝竜を倒してから、ずっと考えていたこと。
「世界中には、アルマンディン流の兄弟子たちが討伐しようとして返り討ちにあったような、強い魔物がまだまだいっぱいいるでしょ。私は、世界を回って、そんな強い魔物達を討伐したいと思ってる。きっと今の私なら、それができると思うし。それにできれば、その……」
再び、ディグの頭が脳裏に浮かぶ。
「一緒に……行きたい人がいて……。あ、その、別に彼じゃなきゃ絶対いけないというわけじゃない……と思うんだけど……。と、とにかく、その人は限界突破スキルも持っているし、きっと私をもっと強くしてくれると思うの!!」
どこか言い訳がましくなってしまったのが、ちょっと恥ずかしいけど、なんだか、私の言葉を微笑みながら聞いてくれているお姉ちゃんの顔がはっきりと脳裏に浮かんだ。
「だから、少しの間、会えなくなるけど……」
と、その時、私の左の袖から熱を感じた。
「えっ……」
あわてて、ゴソゴソと中から熱の元を取り出す。
それは、剣……鋼帝竜討伐のために、アイオライトに作ってもらった双剣の一本。
お姉ちゃんの魂が焼き付いた、燃えるように赤くきらめく紅剣だった。
紅蓮に燃える剣は、まるで私の意思に応えるかのように脈動する。
「そっか……そうだね。どこに行っても、私たちは一緒だったね」
自然とうっすら涙がにじんでいた。
そうだ。お姉ちゃんは、どこでもない。私の胸の中にいるんだ。
「一緒に、いっぱい強敵を倒しちゃおう」
私は紅剣を天へと掲げると、その温かさを感じるように、深く、深く目を閉じた。
「スターライト!!」
スキル名を叫ぶと同時に、真っ青な天空の一部に星空が現れ、そこから光の束が大地へと降り注ぐ。
地面を闊歩していた猿型のモンスターたちは、その一撃であえなく昇天した。
「ふぅ……。やっぱり全滅させてしまいました」
目の前の光景を見て、私は今日、何度目になるかわからないため息をついた。
ここは、イーズマの街の郊外に広がる平原。
雨がよく降るイーズマにおいても、ここだけはあまり雨が降らないという乾いた大地の中で、私とシトリンを中心に、たくさんの魔物達の亡骸が転がっていた。
うん、全部私がやりました。
というのも、鋼帝竜を撃破したといっても、普通の魔物が減るわけじゃない。
なら、仕事もかねて、自分の魔法のコントロールの訓練をしようと思ったのだ。
レベル100を超えた私の魔力は、さらに増大し、自分で言うのもなんだけど、もはや人間の領域を軽く凌駕している。
たぶんだけど、並の魔法使い数十人分くらいの魔力はあるような気がする。
となってくると、ただでさえ魔力の制御に不安のあった私にとっては、もはやそれは死活問題なわけで……。
「ふむ、やはり全力でぶっ放してしまっているな」
冷静に、目の前の死屍累々の光景を眺めるシトリン。
魔力制御が得意なシトリンは、レベルが一気に上がり、魔力が増大した状態であっても、ほとんど今まで通りに魔力をコントロールできている。
このままでは私だけがお荷物になってしまう。
「やはりスターライトで練習するのは、あまりよくないのではないか? この魔法はそもそもが全力で魔力を爆発させる系の魔法だと思うのだが」
「そ、そうなんですよね……」
私の唯一にして最強の攻撃魔法、スターライト。
鋼帝竜戦では、とにかくたくさんの魔力を込めて、ぶつける、という思考停止状態で放っていたために、魔法の範囲や精度なんてまるで気にしていなかったのだけど、それは、相手が巨大でなおかつバカみたいな耐久力があったからできたこと。
今後、戦っていく中で、例えば、今現れたようなそれほど強くない魔物に対しては、明らかにオーバーキルだし、攻撃魔法をこれしか持たない私は、なんとかこの魔法を制御して、出力を調整できるようにならなくちゃいけない。少なくとも、今のままじゃ、仲間を巻き込んでしまう危険性もあるし、何より、迷宮などの狭い空間では、使う事すらできない。
「回復魔法で練習……は恐ろしいしな」
「そうなんですよ……」
たぶん今の魔力で、もし、回復魔法を暴発させてしまったら、ものすごい爆発が……。
「うーん、ボクは神視眼があるから魔力の制御に関しては、感覚的でもなんとかなってしまうからな。ろくな助言もできずに、申し訳ない」
「いや、シトリン! 付き合っていただけるだけで本当にありがたいですから! と、とにかく、もっと私、頑張ってみますので!!」
せっかく付き合ってくれているシトリンの手前、多少の手ごたえを感じられるようになるくらいは、成果を上げたい。
「あ、フローラ、2時方向から魔物の群れだ。狼タイプが多い」
「わ、わかりました! 次こそ、範囲を狭めて……って、あっ」
狼特有の強靭な脚力で、こちらへと迫ってきていた群れの一部が、突然瓦解した。
それに気づいた他の狼達も、そちらへ殺到するが、一瞬のうちに切り伏せられる。
「えーと、あれは……」
「コルリ?」
狼と倒し、悠々とした足取りでこちらへ歩いてくるのは、狐の耳としっぽを持つ、東冒険者組合最強の剣士。
そして、ディグがアンシィを救う手伝いをしてくれた、あのコルリだった。
10000PV達成しました!
引き続き、宜しくお願いします!