103.概念スキル
東冒険者組合の事務局で、ミナレスさんとアルマ、ジアルマによる話し合いが終わった後の事だった。
オレとアルマが並んで遊郭へと戻ろうとしていると、向かいから見知った二人組が歩いてきた。
「あ、レナコさん」
「あら、ディグ君もでかけてたのね」
まるで姉弟のように連れ添って歩いてくるレナコさんとトルソー。
その恰好は、様々な民族が共生するこのイーズマにあっても、やはりどこか目立っている。
「どう? お直しした服の着心地は?」
「ばっちりですよ。むしろ前よりも着心地が良いくらいです」
昨日、レナコさんは、ほんのわずかな時間で、オレや仲間達の服をお直ししてくれていた。
特に特殊な素材でできたシトリンの服は、レナコさんでなければ修繕できなかっただろうし、ありがたいところだ。
「あ、あの……私の服も直してくださったみたいで、ありがとうございました!!」
アルマが深々と頭を下げる。
ジアルマの身体を使っている今、彼女のメイド服はところどころがバツンバツンで、なかなかにきわどいことになっている。
そんな状態で、前かがみになんてなったもんだから……こっちの方が前かがみになってしまいそうだ。
「別にそんな大した労力でもないし、頭を下げるほどのことじゃないわよ。でも、うーん……手直しはしたけど、そもそもこの服、彼女とサイズが全然合ってないわよね……。ディグ君の趣味?」
「そうですね。確かに胸元といいヒップラインといい、パッツパツのピッチピチで、たまらなくグッジョブ……じゃなくて!! 彼女はデュアル族なんですよ!!」
「ああ、デュアル族ね。なるほど、だからか」
どうやらレナコさんもデュアル族についてはご存じのようで、しきりに頷いている。
「ということは、人格によって体格も変わるということね。そんで、本来その服はもっと体格が小さい子が着ていた、と」
「まあ、そんなところです」
「へぇ、この娘もガタイは良いけど、めちゃくちゃ可愛いし、もう一人の人格の方も興味あるわね。ねぇ、会わせてくれないかしら?」
「えっ、ジアちゃんとですか……。うーん、また、寝ちゃったみたいなので、ちょっと今すぐは無理かもです」
「あら、残念ねぇ。あっ、そうだ! どうせなら、デュアル族用の新しい服、作ってあげましょうか?」
「ええっ! そんなものが作れるのですか!?」
アルマが驚いた表情を浮かべる。
「まあ、私くらいの服飾デザイナーになるとね。人格によって、サイズやデザインを変えるような服だって作れちゃうわけよ。もっとも、それなりの材料は必要だけど」
そう言って、オレに向かってウインクをするレナコさん。
あー、はい、このパターンですね。
「付き合いますよ」
「そうこなくっちゃ♪ じゃあ、さっそく行きましょうか」
「えっ? えっ?」
話の流れについてこれていないアルマをしり目に、レナコさんとトルソーはにこにこと笑顔を浮かべていた。
「へぇ、ここが郭翰窟ね」
街の外に出るということで、途中で合流したアンシィが、ぽつりとつぶやく。
オレ達は、レナコさんの誘導で、イーズマの北にある竜神山脈のふもとにある、とある迷宮まで来ていた。
「ここにその"天衣無縫"っていうレアアイテムがあるんですね」
「そうよ。天衣無縫があれば、どんな形状に変化する服だって作ることができるわ」
「我々は一度来たことがあります。最深部まで誘導いたしますので、ついていらして下さい」
「わかったよ。トルソー」
松明を持ったトルソーを先頭に、レナコさん、アンシィ、オレ、そして、最後尾をアルマが進む。
洞窟は鍾乳洞のような感じで、艶めいた地面にはところどころぬかるみのような場所もあって、気をつけないと滑ってこけてしまいそうだ。
「わわっ!?」
案の上、後ろで声がしたかと思うと、アルマがオレの背に思いっきり倒れ込んできた。
ジアルマの肉体の豊満な胸が、オレの頭に驚異的な弾力を伝えてくる。
こ、これは……さすがに……。
「大丈夫、アルマ?」
「あ、アンシィ様、ありがとうございます!」
アンシィがアルマを助け起こしてくれたおかげで、オレはようやくヘルアンドヘブンから解放された。
くっ、ジアルマの肉体のままで、アルマのドジっ子属性は破壊力が大きすぎる。
「アルマ、オレ達が最後尾を歩く。前を頼めるか」
「あ、はい、わかりました……!」
というわけで、アルマを先に行かせ、オレとアンシィが最後尾に回る。
予想通り、その後もアルマは何度かこけそうになったが、すんでのところで、オレが何度も支えてやった。
途中、多少のラッキースケベを挟みつつも、なんとかかんとか奥へと進んでいく。
「いや、しかし……」
迷宮ということで、もちろん魔物もそれなりの数出現しているのだが、出てくる傍から、たちまち縫い針であるトルソーを使ったレナコさんの先制攻撃でバタンキューしていた。
嵐帝竜の戦いのときも感じた通り、戦いは嫌いと言いながらも、やっぱりレナコさんは相当強い。
「やっぱ、凄いですね。レナコさんとトルソーは」
「そうかしら? でも、あんたも竜帝を倒したのよね? もうとっくに私よりも強いんじゃないの?」
「いや、どうですかね……。少なくとも、鋼帝竜は一人で倒したわけでもありませんし……」
実際、かなり強くなったとは思うが、逆に一気に強くなりすぎたせいか、自分がどれくらい強いのかという尺度をまだ上手く計りかねている。
それに……。
「あの、レナコさん。聞きたいことがあるんですけど」
「何よ」
右手から飛び出してきたコウモリ型の魔物に一刺しで息を止めながら、レナコさんが振り返りもせずに返事をした。
「あのですね。"概念スキル"って、もしかして、レナコさんも持ってますか?」
それは、鋼帝竜との戦闘での最後の場面。
アンシィが完全復活するとともに、オレの中に突如として湧き出した新しい力。
その力を使うことで、オレは、ブレスさえも"掘り抜き"、奴に止めを刺すことができた。
「ええ、持ってるわよ」
「あ、やっぱり……」
レナコさんの強さだ。おそらくはすでに所持しているものだとは思っていたが。
「私の持っている概念スキルは"ぬう"よ。たぶんあらゆるものを"ぬう"ことができる力なんだと思うけど」
「あらゆるものを……」
そうか。確かに、レナコさんの戦い方は、敵そのものを縫っているようにも感じられる。
嵐帝竜との戦いのときも、奴の口を縫って閉じてしまったりもしていたし、魔物さえ縫うことができるというのが、どうやらそのスキルの力というわけだ。
つまり、オレの場合は、あらゆるものを"ほる"ことができる力ということ。
「そっか、だから、オレ、鋼帝竜のブレスを掘れたのか……」
「へぇ、ブレスを掘る、か。確かにいかにも概念スキルって感じの荒業ね」
「突然閃いたこのスキルのおかげで助かりましたよ」
「えっ、概念スキルって閃くものなの? てっきり、異世界に転移した時に、その場でもらえる特典なんだと思っていたけど」
「へっ……?」
なにそれ、つまりレナコさんは、こうやって戦いの中でスキルを閃いたわけじゃなく、この世界に来たその時から、概念スキルを持っていたってこと……?
「レ、レナコさん! つかぬことお伺いしますが、他の転生者さん達も、概念スキルって持ってるんですかね……?」
「どうだろ? 少なくとも、私が知ってる1人は、持ってたけど」
「マジかぁー!!!」
やっぱりそうだ!! 女神の奴、たぶんオレ以外には、来て早々このスキルあげてやがる!!
「あの豚野郎……」
「うーん、でも、結果的に、あんたも概念スキルが解放されたわけだし、何かスキル獲得の条件みたいなものがあったんじゃないの?」
「条件?」
そういえば、システムアナウンスでも、条件が解放された、とかなんとか言ってた気がするな。
でも、なんだ? スキルを解放させる条件……アンシィの復活と何か関係があるのか?
いや、でも、トルソーは別に一度死んだとか、そんなことしてないはずだし……。
「ねぇ、あんたとアンシィってさ。いつ出会ったの?」
「えっ、いつって……この世界に転生するほんの直前くらいですかね……?」
オレはアンシィと顔を見合わせ合う。
そう。こいつとの出会いは、母校の学習園だ。そこで拝借したこいつを誤って異世界まで一緒に持ってきてしまったんだっけ。
「思うんだけど、概念スキルの解放の条件ってさ。パートナーと過ごした時間とか絆とか、そんなものなんじゃないかしら」
「時間とか……絆……?」
「私はね。この世界に転生する前から、ずーっとトルソーを使って縫物をしていたわ」
今度はレナコさんがトルソーと顔を見合わせ合う。
「私が自作衣裳でコスプレを始めた頃だから、十ね……ごほっごほっ!! まあ、そこそこの期間一緒にこの子と過ごしてきたわけ。だから、私はこの子の事を本当に愛してるし、これからもずっと一緒にいたいと思っている」
愛している、なんて言葉をするりと口から出すレナコさんに驚嘆しつつも、その言葉に、オレはなんとも納得の思いだった。
確かに、オレとアンシィの関係は、この世界に来てからがスタートだった。
でも、そこからさまざまな経験を経て、今、オレはこいつのことが大好きだし、これからも一緒にいたいと思っている。
概念スキルの条件が、本当にレナコさんの言うように、パートナーと過ごした時間や絆だとすれば、オレはようやくレナコさんと同じ土俵に立てた、ということになるのだろう。
「もっとも、条件はそれだけじゃないとは思うけどね。たぶん、自分の持つ概念的な行為に、いかに取り組んできたか、ということも条件に含まれるんじゃないかしら」
「つまり、たくさん"ほった"からスキルを獲得できた、ってことですか?」
「端的に言うと、そうね」
「いや、まあ、確かに、この世界に来てからは、それなりに穴ばっかり掘ってきた自覚はありますけど……」
とはいえ、それもほんのここ2か月程度の話だ。
レナコさんが費やしてきた、長い長い年月に比べれば、ほんのわずかな時間に過ぎない。
「たぶんそれだけじゃないのよ。あなた、元の世界では、スコッパーだった、って言ってたわよね」
「そうですけど」
「そこで、小説を"ほった"回数もカウントされてるんじゃないかしら」
「へっ……」
物理的な"ほる"じゃなくて、ネット小説なんかを"ほる"のも、概念スキルが求める条件に含まれていたってこと?
確かに、オレはおそらく日本一と言ってもいいくらい、この3年間ほど、ネット小説を読みまくってはいた。
もし、それを含めるとなると、オレの"ほる"行為というのは、レナコさんの"ぬう"行為と比べても、回数だけなら十分渡り合えるのかもしれないが。
「こじつけすぎじゃないですかね?」
「わからないわよ。だって、ここ、あの"女神"が作った世界だし」
オレの頭の中に、あの豚野郎のにやつき顔が浮かぶ。
うん、あいつだったら、それくらい雑な事はしそうだ……。
「まあ、なんにせよ。概念スキルは強力なスキルよ。たぶん解釈次第で、どこまでも強くなれる」
「うーん、使いこなせるのだろうか……」
どうにも、まだ、しっくりと行かないところもあるが、とにかく使い道は、使ってみて考えていくしかない。
「さて、おあつらえ向きに、ボス部屋よ」
鍾乳洞を抜けた先、大きく口を開いた岩々の間から、巨大にうごめく黒い影が見えた。




