102.ミナレスとジアルマ
さて、鋼帝竜を倒した翌日。
艶姫さんとミナレスさんは、忙しなく街の復興のために働いていた。
そんな中、遊郭の一室の窓から、大工たちが倒壊した一部の家屋を建て直そうとしている様子をボケーっと眺めていた。
フローラとシトリンはすでに目覚めて、今は仲良くお風呂に入っている。
珍しく今日はアンシィも一緒だ。3人のキャッキャという声が、部屋まで響き渡ってきて、若干心臓に悪い。
思わず、頭の中でそんな3人の様子を妄想してしまいそうになるが、同時に、昨日の風呂場での悪夢が……。
「くっ……殺っ……!!」
ダメだ。思い出すな、オレ!!
「ふわぁああああ、アレ、ディグ様……?」
と、オレが悪夢にさいなまれそうになっている刹那、ようやく目を覚ましたアルマが、大きなあくびをしつつオレへと視線を向けた。
「ああ、アルマ、おはよう。身体は大丈夫か?」
「あ、はい……って、まだ、ジアちゃんの身体みたいですけど」
そうなのだ。
戦いが終わってからも、アルマはずっとジアルマの姿だった。
もしかしたら、寝ている間に、ジアルマの方の人格に戻っているかとも思ったのだが、そんなこともなかった。
「とりあえず身体に痛みとかはありません」
「そうか。それなら良かった」
まあ、人格がどうこうよりも、身体にダメージがないことの方が重要だ。今はそれでよいということにしておこう。
オレは一人で納得すると、アルマが腰掛けるベッドの傍へと歩を進めた。
「ディグ様?」
「起きた早々であれなんだけどさ。実はちょっと一緒に会って欲しい人がいるんだ」
「会って欲しい人? それって……」
「うん」
「アルマ……なのだな?」
「はい、ミナレス様」
東冒険者組合の一室。
オレとジアルマの身体をしたアルマは、ミナレスさんと対峙していた。
鋼帝竜との戦いが終わった後、まず、真っ先に話さないといけないと思っていたのはこれだった。
西を出てからまだ10日ほどしか経っていない中ではあるが、そのわずかな間に、ジアルマは様々なことをした。
その中の一つが、もう一つの人格であるアルマとの意識の共有だ。
アルマがジアルマのことをはっきりと認識した今だからこそ、話せることがきっとあるはずだ。
「その身体が、もう一つの人格のものなのだな」
「はい、ジアちゃんの身体です」
アルマは、レナコさんに直してもらったメイド服姿の自分の肩を抱きしめた。
「もしかして、覚えがあったのか?」
「はい、私、幼い頃に、ジアちゃんと頭の中で会話していたんです。ずっと、それは私の妄想なのかなって、半信半疑でした。でも、本当にいたんです。ジアちゃんは。私の妹は」
「妹……」
ミナレスさんは、なんとも言えない表情を浮かべると、両ひざに自分の肘をつき、両手の上に顎を乗せた。
「アルマは、そのジアちゃんのことを妹だと思っているのだな」
「はい、私が本当にしんどかった時に、助けてくれた大切な妹です」
「…………」
ミナレスさんは、オレの方へと視線を向ける。
「ディグ君から見て、そのジアという人格はどういう印象だ?」
「そうですね……。乱暴だけど、根っからの悪い奴ではないです。それに、彼女がいなければ、きっと鋼帝竜を倒すことはできませんでした。オレは、今では、彼女も立派な"仲間"だと思っています」
「そうか……」
一瞬だけミナレスさんは、目を閉じるが、すぐに再び目を開けると、アルマの方を見据えた。
「アルマ、今、そのジアと話をすることはできるか?」
「えーと、それが……眠っているのか、話しかけても答えてくれなくて」
『いや……今、起きた……』
「えっ?」
ジアルマだった彼女の身体が、アルマの細く小さな身体へと変わっていく。
同時に、慎ましやかに両足をそろえて座っていた姿勢が崩れ、片足を机の上へと投げ出した。
声を聞くまでもなく、その態度は明らかにジアルマだ。もっとも、なぜか、アルマと身体がテレコになってしまっているようだけど。
「ちっ、ユニオンの後遺症か……。こいつの身体は頼りなくて嫌だぜ」
「君がジアなのだな」
「ああ、ミナレス。オレがジアルマだ」
ジアルマは、アルマの顔とは思えないほど、獰猛な視線をミナレスに向ける。
「その様子……君はずっとアルマの中から私を見ていたのだな」
「ああ、あいつがガキの頃、お前が家にやってきたあの時からな」
「そうか……。いろいろ聞きたいことはあるが、まずは、西の代表として、君に質問させてもらおう。なぜ、君は、辻斬りなどをしていた?」
弾劾の口調で、ミナレスさんが問う。
ジアルマはそれに気圧されるでもなく答えた。
「夢のためだ」
「夢?」
「俺様の職業は"破壊者"だ。だから、俺様は、世界で一番強くならなくちゃならねぇ」
「そのために、強い冒険者と戦って、腕試しをしていたということか」
「そういうことだ。レベル99になっちまってからは、レベルアップで強くなることはできなかったからな。だったら、魔物を倒すんじゃなくて、単純に戦闘経験を積むしかねぇ」
オレと出会う前のアルマは、レベル99の壁にぶつかり、それ以上強くなれない状態だった。
だが、彼女は本能的に、自分がまだ"最強"ではないことに気づいていたのだろう。
だから、今以上に強くなるために、魔物ではなく、冒険者達と戦う事で、レベルアップに必要な"経験値"以外のもっと純粋な"戦闘経験"とでもいったものを積み重ねようとしていたわけだ。
戦う事そのものが目的だから、相手の命を奪うことはしなかった。もっとも、強力な装備を横取りするなど、それなりの悪さはしてたようだけど。
「君の目的はわかった。だが、辻斬りの件は、到底擁護できることではない。君という人格がこうやって表に出てきた以上、私には、君を断罪する義務がある」
「へぇ……だったらやるかい?」
ジアルマが太ももからナイフを取り出す。
ナイフは巨大化すると、いつも持っているギザギザとした大剣へと変形した。
一瞬、警戒したオレだったが、剣が大きくなった瞬間、片手で支えようとしていたそれをジアルマが思いっきり取り落とすのを見て、動き止めた。
「ちっ……こいつの身体じゃまともに持てやしねぇ……」
「アルマの身体で無理をするな」
「うるせぇ! ぶっ殺すぞ!!」
武器をまともに振るえない分、視線に力を込めるジアルマだが、やはりほそっこいアルマの姿だけあって、普段よりも迫力は随分弱めだ。
そんな様子を、ミナレスさんは冷静に紅茶を味わいながら眺めている。
話し合いに入る前に、アルマが煎れてくれたお茶だ。
満足げにお茶の味を堪能すると、ミナレスさんはゆっくりとカップを置いた。
「今のでわかった」
「なにがだよ!」
「君は……やはり悪い奴ではないな」
「はぁ? 何を言ってやがる?」
毒気を抜かれたのか、ジアルマは必死で持ち上げようとしてた大剣を床へと置いた。
「口調は攻撃的だが、君からは私に対する"殺意"を一切感じなかった」
「て、てめぇが、殺るにも値しねぇ、雑魚なだけだ!」
「違うな。そもそも君には私への敵意がない。アルマを思うがゆえに、な」
「なっ……」
ジアルマの顔が、真っ赤に染まる。
あっ、これ図星を差されたやつだ。
「君はアルマの中にいる間、ずっと私の事を見ていたといったな」
「それがどうしたっていうんだ!」
「だったら、なぜ、私に襲い掛かってこなかった?」
「そ、それは……」
そうだ。
ジアルマの目的が最強になるために戦闘経験を積むことだとするならば、西冒険者組合のトップを務め、冒険者としても超一流であるミナレスさんは、格好の標的だ。
そのミナレスさんをいつでも襲える立場にいながら、ジアルマは襲うことを決してしなかった。
「よもや君ほどの実力者が私に臆したとは考えづらい。君はアルマの街での生活を壊したくなかったのだろう。そのために、私にだけは襲い掛かってはいけないと考えた」
「ち、ちげぇよ、バァカ!!」
わかりやす!
「君が認めていなくても結果を見ていればわかる。アルマも君を心の底から信頼しきっている様子だ。少なくとも、君がアルマを大事に思っているということだけは確かだと私は考えている」
「お、おい、勝手に納得して、話を進めるんじゃねぇ……!!」
「辻斬りの件もだ。確かに、被害者は多く出たが、今は皆冒険者として元気に復帰できている。それに、君には鋼帝竜の撃破に貢献したという大きな功績もできた。ウエスタリアの地に簡単に足を踏み入れさせることはできないが、イーズマに来てまで、君を拘束する必要性もないだろう」
つまるところ、被害者の手前、西に戻ることはすぐにはさせられないが、それ以外なら自由に活動して構わないという事。
私情が入っているのは否めないが、確かに、今のジアルマなら、オレもそれなりには信頼できる。
それに、野放図にソロで暴れ回るならともかく、こいつはもうオレ達のパーティの一員だ。
オレ達と一緒に行動するならば、めったなことはないだろうというのも、ミナレスさんの判断には含まれているのだろう。
「俺様は何一つ肯定しちゃいねぇ。お前の勝手な妄想で、俺様を自由にしていいのか?」
「構わぬさ。私は私の審美眼をそれなりに信用しているし、アルマの事も信頼している。ならば、アルマが信頼している君のことも、信頼するのが道理というものだろう」
「甘い奴だな。だけど……」
アルマはソファの上で胡坐を組みなおすと、そっぽを向いた。
「その甘さに、こいつが救われたのも事実だ……感謝はしてるよ」
認めた!! このツンデレ娘、ついに認めましたよ!!
「やはり君は悪い奴じゃなかった」
「うるせぇ!! もう引っ込むぞ!!」
「悪いが、もう少しだけ時間をくれないか」
「なんだよ!!」
「君の生い立ちについてだ」
再び、ミナレスさんが、少しだけ紅茶で舌を湿らす。
「デュアル族でありながら、君の存在をアルマは知らなかった。いや、幼い頃には頭の中で会話をしていたと言っていたが、それは君があえてアルマに話しかけていたということだろう。だとすれば、やはりアルマは君の存在を認識できていなかったということになる。君は……君とアルマは、本当にただのデュアル族なのか?」
「ああ、そのことか……悪いが、俺様にもよくはわからねぇ」
アルマはソファに寝転ぶように天を仰ぐ。
「わからない……とは?」
「俺様が目を覚ました……いや、自分を自分として認識したって言やぁいいのかな。とにかく、明確にあいつの中で意思を持ったのは、せいぜい4年くらい前のことだ」
「それまでは、君は存在しなかった……と?」
「さあな……。だがよ、俺様が俺様として目覚めた時、女神の声が聞こえた」
「女神だって……!?」
オレは思わず身を乗り出す。
「ああ、そうだよ。たぶんお前をこの世界に送り込んだ存在……。そして、この世界を作ったっていう女神だ。まあ、あくまで声だけで姿を見たわけじゃねぇが」
「創造主たる女神様が直接介入したということか……。いったい何をおっしゃっていたのだ?」
「起き抜けにいろいろ言われたから、はっきりとは覚えてねぇが……。とりあえず、俺様は元々アルマの中で消えゆく存在だったらしい。アルマはユニデュアルだ。生まれるときのトラブルで、もう一つの人格である俺様が消えると同時に、あいつは、何を間違ったか、本来俺様が持つべき身体……こっちの男の身体で生まれてきちまった。だから、男の身体なのに女の人格ってわけだ」
「やはりか。つまり君は、元々のアルマの身体である"女の子の身体"と"男の人格"を持った存在……そして、それは本来アルマの中で消えゆくはずだった」
「ああ、だが、女神の力で、俺様はアルマの中で生き永らえた。そうして、少しずつ少しずつ個としての存在を確立していって、ようやく目覚めたのが4年前。そっからは、だいたい知っての通りだ」
「なるほど……。しかし、女神はいったいなぜそんなことを……」
「……五芒星」
「えっ……?」
「お前は五芒星のなんちゃらかんちゃらって言ってたような気がする……だが、詳しくは覚えちゃいねぇ」
五芒星……どうも意味深なワードだが、思い当たる節は何もない。
いや、待て、そういえば、この世界に来る前に、どこかで……。
「ディグ君、どう思う?」
「え、あっ、いや……特には……。オレも女神とはほとんど会話しないままこの世界に来ちゃったので……」
「そうか」
「まあ、ともかくだ。何の因果か、そのまま消えるはずだった俺様は再び命をもらったってわけだ。だったら、"夢"を掴みに行くしかねぇよなぁ」
ジアルマの夢……世界一強くなること。
彼女の純粋なその思いは、一度失った命を再び与えられたことに起因していたということか。
「ジア君、いろいろ話してくれてありがとう」
「おう、じゃあ、引っ込む前に、俺様にもひとつだけ教えてくれ…………この状態っていつ治るんだ?」
ジアルマは自身の細い身体を眺めながら、鼻からふん、と息を吐いた。
さっきの話からすれば、こちらが本来の彼女の身体と言っても良いのだろうが、やはりずっと使い続けていた女性の身体の方が本人的には好ましいらしい。
「君達は普通のデュアル族とは違うからな……。はっきりとはいえないが、ユニオンの後遺症ということであれば、おそらく数日中には元に戻るだろう」
「ちっ、煮え切らねぇ回答だなぁ。まあいい。今回は俺様も少しばかり疲れた。身体が元に戻るまでは、少しこいつの中でゆっくりさせてもらうとするぜ」
「ああ、そうするといい」
「はっ……じゃあな。こいつのこと、頼むぜ」
返事をする間もなく、細い身体がむくむくと成長し、バインバインなメリハリのあるスタイルへと変化した。
「ミナレス様……」
「アルマ、いろいろ話ができたよ。ありがとう」
ミナレスさんの優しい微笑みに、アルマの瞳に少しだけ涙がにじんだ。
「ありがとうございます……ジアちゃんの事、許してくれたんですね」
「さてね。少なくとも、ウエスタリアへはしばらくは戻れないだろう。それはアルマも同じだ」
「構いません。ジアちゃんのしたことの責任は、姉である私にも背負う義務があります」
強い意志の籠もった瞳でミナレスさんをまっすぐに見つめるアルマ。
最初はそれを真剣に見つめ返していたミナレスさんだったが、途中で、まるでにらめっこに負けたかのように、プッと噴き出した。
「ふふっ……君はどこかお姉ちゃんぶる節があると、昔から思っていたが、まさか本当に妹がいたとはね」
「ジアちゃんは……なかなか認めてくれませんけど」
「ユニオンができたのだ。君達はもう十分に一人のデュアル族として自立している。あとは、君たちの足で、進みたまえ」
「は、はい!! でも、いつか辻斬りの件の禊が済んだら、もう一度ウエスタリアで働かせて下さい。迷惑をかけた分、きっとお役に立って見せます」
「ああ、その時は、存分にこき使ってやるから覚悟しておくがいい。もちろん、ジア君もな」
そうやって笑い合う2人。
「ディグ君、そんなわけで、今後のことなのだが……」
「わかってますよ。アルマもジアルマも、もうオレの大切な仲間です。彼女達さえ嫌でなければ」
「嫌なんてとんでもないです、ディグ様!! 私……私達、きっとお役に立ってみせますから!」
「ああ、期待してるよ。アルマも……ジアルマもな」
オレの言葉に全力の笑顔で返してくれるアルマの瞳に、ぼんやりとジアルマのそっぽを向いた顔が浮かんだ気がした。