010.竜血石
え、はい、なんておっしゃいました……?
スコッパー?
いや、確かにスコップ技能なんてスキルを持ってるオレではありますがね。
職業までスコッパーなのはちょっとあんまりじゃないですかね。
勇者とは言わずとも、なんかこうクルセイダーとかアークウィザードとかそういう強職業いただけないんですかね。
ええ、いただけないんですよね。きっとね。なんとなくわかるよ、もう。
「ディグさん、凄いですね」
オレの気持ちとは裏腹に、無邪気な笑顔で拍手をしてくれるフローラさん。
「でも、スコッパーですよ」
「私どももスコッパーという職業を見るのは初めてです。ですが、きっと凄い職業に違いありませんよ。なにせEXですから!」
受付のお姉さんも妙にテンションが高い。
何、そのEXという言葉への絶対の信頼。純粋な視線が痛いです。
オレの職業がスコッパーだということが判明しても、周囲の反応は変わりない。
受付のお姉さんも酒場の冒険者たちも「すげぇ!」的な顔でオレを見つめている。
いや、君らスコッパーの意味わかってますかね?
「これって他の職業に変更とかできないんですかね」
「女神の寵愛を受けたEX職業を捨てるなんてとんでもないことですよ!!」
「あ、そうですよね……」
やっぱそうだよね。
ちくしょうめ。きっとこれもあの豚野郎が適当な仕事したんだろう。
「とりあえず、これで冒険者登録は完了となります! ディグ様の輝かしい活躍を期待しております!」
というわけで、満面の笑みのお姉さんに見送られ、オレは受付に背を向けた。
改めて、手渡された冒険者カードを眺める。
読めないが、きっとこの上の欄に、スコッパーって書いてるんだろうなぁ。
マジックペンで書き換えてやりたい。
「はぁ、さて、これからどうするかな」
一応、冒険者登録も終わったことだし、転生モノのお約束で言うならば、これからクエストを受けるのが筋というものだろう。
あるいはパーティメンバーの募集だろうか。あのいかにも下っ端の山賊程度にも負けるオレが、ソロでモンスター狩れるとも思えんし。
「あのディグさん」
「ん?」
フローラさんが何か言いたげにオレを見つめた。
その時。
「おい、兄ちゃんっ!!」
「うわっ?」
突然、背中を叩かれるオレ。
「さっきの見てたぜ! EXクラス持ちなんだって!」
なかなか豪快に声をかけてきたのは、短髪で筋骨隆々の男だった。
剣を背負っているところを見ると、剣士系の前衛職だろう。
男の後ろには、彼の冒険者仲間だろうか。
とんがり帽をかぶった美少女とプレートメイルを装備した狼頭の獣人も立っている。
皆、ニコニコと好意的な笑みを浮かべている。少なくともカツアゲではなさそうだ。
「もしよかったらよ。うちのパーティに入ってくれないか?」
「えっ……!」
この人達、オレを勧誘してくれてるのか。
「え、オレなんかでいいんですか……?」
「もちろんだ!! 歓迎するぜ!!」
オレのEX職業、スコッパーですぜ。
たぶん皆さんが想像しているような八面六臂の大活躍はできないですぜ。
穴しか掘れないですぜ。
それでも、屈託ない表情で、たくましい腕を伸ばしてくるこの冒険者には好感が持てる。
ここは、胸を借りるつもりで、お世話になってみようか。
そう考えて、半ば相談するつもりで、フローラさんを眺めた。
「良かったですね。ディグさん」
彼女はいつもの笑顔で微笑んで、オレが誘われたことを祝福してくれた。
でも、どうしてだろう。
どこかそんな彼女の様子が、寂しげに見えた。
さっき、彼女はオレに話しかけようとしてたよな。
もしかして、オレをパーティに誘ってくれようとしていたんじゃないだろうか。
「お誘い、ありがとうございます。でも、実は先約があって……」
短髪剣士に、そう言葉を返すと、オレはフローラの方に視線を向けた。
「えっ……?」
フローラさんは少し驚い様子だ。
「そうかぁ。だったら、そっちの女の子も一緒に……って!?」
同伴でのパーティ参加を提案してくれようとしていた短髪剣士さんが、フローラさんの顔を見て固まった。
後ろに控えていた二人も、同様に固まっている。
「い、いや、悪かったなぁ。また、機会があったら、宜しく頼むよ! じゃあな!!」
短髪剣士さんのパーティは、こちらが何か言う間もなく、そそくさと走り去っていった。
あんだけ友好的だったのに、いったいどうしたんだ?
「ま、いっか。とりあえず、フローラさん、そういうわけだから、もし、迷惑じゃなかったら……」
「め、迷惑なんてとんでもないです!!! で、でも……その私なんか……」
「いやいや、たぶんオレの方がやばいよ。EX職業なんてみんなもてはやしてくれたけど、戦闘力なんて現状皆無だからね」
なんだか恐縮しっぱなしのフローラさんに気を遣わせないようにとダメダメな自分をアピールしてみる。
実際、割と切実に期待値のハードルは下げておきたい。ガッカリされるのはつらみ。
「オレに、冒険者のこと色々教えてよ」
「こうやって、冒険者カードのこの角の紋様を相手のカードの同じ部分と接触させると、パーティー登録ができるんです」
「へぇ、面白いね」
繁華街の道を歩きながら、オレはフローラさんに冒険者としての心得を色々教えてもらっていた。
それにしても、この冒険者カードっていうのはすこぶる便利なようだ。
名前や職業の他に、年齢、レベルを含むいわゆるステータスや所持スキルなどの基本的なデータが記載されているのはもちろん、パーティ登録をしたり、一部の管理型迷宮の入場証明としても使えるらしい。
その上、一度登録してしまえば、レベルが上がるたびに自動更新されるという優れものだ。
「遥か古の時代に、女神様が作った"システム"というものらしいです」
「あー、あのオークのようなブ男ね」
それなりにちゃんとしたシステム作ってるあたり、昔は真面目だったんだろうかね。今では見る影も無さそうだけど(物理的な意味でも)。
っと、そうこうしているうちに目的地に到着する。
「ここが換金所です」
そう最初に来たのは、物をお金に換えてくれるいわゆる換金所だった。
まずは、先立つ物が必要だということで、金目の物を売りに来たのだ。
フローラさんにも用意してもらった服の代金や宿代くらいは返したいしね。
というわけで、その金目のものなのだが、あの迷宮で掘り出した赤い鉱石だ。
どれくらいの価値があるかはわからないが、とりあえず査定をしてもらうことにしよう。
「何か御用ですかね?」
換金所の主は婆さんだった。イメージとは少し違うが、いかにも目利きっぽい。
「えーと、これを買い取って欲しいんだけど」
「ほう。これは……竜血石だね」
婆さんは、目を細めながら、鉱石を一つ一つ丁寧に見ていく。
「質も申し分ない。あんたえらいもん持ってきたねぇ」
「そんなに価値のあるものなんですか?」
「そうだね。これ1つで家が一軒立つくらいの価値はあるよ」
「うぇっ……!?」
思わず変な声が漏れる。
え、そんな価値あるのこれ。いやマジで穴掘っといてよかったわ。
「炎の力が濃縮された石さね。少しの魔力を込めれば、この中に溜まった炎が一気に放出されて大爆発を起こす」
「け、結構危ない物なんですね」
「まあ、魔力さえ通さなければ大丈夫さね。それにしても、これだけの純度のものをいったいどこで……いや、それを聞くのはルール違反さね」
いや、まあ、話しても別にいいんだけども。
「悪いが、兄ちゃん。今、店にあるお金じゃ、これ一つ買い取ってやるのが精一杯さね。また、お金を用意しておくから、それ以外の換金はまた後日来てもらえるかね?」
「じゅ、十分です! ありがとうございます!」
「す、凄い……!!」
机に置かれた金貨の山に、目を丸くしているフローラさん。
というわけで、にわかに金持ちになってしまった。




