001.小説って薦めても大概読んでもらえないんだよね
スコッパーという言葉を知っているだろうか。
インターネットに溢れる大量の小説を読み漁り、その中から、キラリと光る面白い作品をスコップする人の事をそう呼ぶ。
オレ、堀川亮介もそんなスコッパーの一人だ。
中学生の時に、同級生の女の子に教えてもらった大手小説投稿サイトにハマり、以来、3年に渡って、ウェブ上のあらゆる小説を読み漁ってきた。
時に、ファンタジーを。
時に、SFを。
ミステリーを。
恋愛モノを。
ホラーを。
コメディーを。
あらゆるジャンルの小説を読む中でも、中二病罹患者の自分にとっては、やはり譲れないジャンルがある。
いわゆる異世界転生モノである。
オレが一番利用している小説サイトでは、間違いない最も隆盛を誇るジャンルだ。
人気のジャンルということもあって、投稿される数も多く、まさに玉石混交。
夢中になって読み進めてしまう傑作もあれば、正直、ほんの数行ほどで読むのを止めてしまいたくなるものも少なくない。
最初は今一つ面白くないと感じる小説でも、読み進めていくうちに引き込まれていくものもあったり、時にはまだ全く話題になっていないのに、とんでもなく心躍る作品に出会うこともある。
そういった隠れた名作なんかをスコップするのが、オレの一番の楽しみなのだ。
「んでさ。最近スコップしたのはさ。「転生勇者は最弱ですか? いいえ、最強です~ユニークスキルで異世界無双しちゃいます」ってタイトルなんだけど、本当にヒロイン達が健気で可愛くてさ。主人公もヒロイン達に好かれる説得力があるような正義感の強いキャラで良い感じだし。さらに、主人公側だけじゃなくて、魔王側にも色々戦う理由とかあってさ」
「ふーん」
「でも、随分前に魔王とのラストバトルが始まったところから更新止まっちゃっててさ。エタッてないといいんだけど……」
「ふーん」
と、オレの渾身の紹介を興味なさげに聞き流しているこいつ。
幼馴染の野沢美紅だ。
幼稚園からの腐れ縁で、驚くべきことに、小学校から高校2年になる今日まで、ずっと同じクラスだ。
まあ、オレたちが住んでいるのはやや田舎なので、クラス数はそれほど多くはないんだけど、それでも、延べ10年間も同じクラスであり続けるのは、ちょっとした奇跡と言っても良いんじゃないだろうか。
長い付き合いのオレが言うのもなんだけど、美紅はその辺のアイドルなんかよりもよほど美人だし、性格的にもサバサバしていて、男にも女にも人気がある。
「せっかく紹介してるんだからさ。真面目に聞いてくれよぉ」
「あんた、いっつもネット小説の話しかしないじゃん。私、正直、興味ないんだけど。そもそもタイトル長くて覚えられないし」
そう言って、実家で収穫されたらしいプチトマトを頬張る美紅。
ちなみに、今は学校の昼休み中。お昼の放送をBGMに教室で対面同士机を合わせて昼食を摂っているところだ。
「そう言わずにさぁ。今は話題になってないけど、絶対そのうちランキング上位にいく作品だから!」
「あ、この曲、ユニマスの新曲じゃん」
「おい、聞いてくれよぉ。えーん」
「もう、うっさいわね。えい」
「あうっ……!?」
わざとらしく泣き顔で迫ってみたら、ゴムでまとめた後ろ髪をグイっと引っ張られた。
「ちょ、引っ張るな!」
「引っ張りやすい髪型してるのが悪い。あと、うっとおしいからそろそろ切りなよ。えいえい」
言いながら、何度もグイグイ引っ張る美紅さん。
オレは、男子にしてはかなり長髪の部類に入る。
前髪は切ってそれなりに整えてはいるのだが、後ろ髪は中学校の頃から伸ばし続けているのだ。
「これは願掛けみたいなものだから……。美紅こそ髪型変えたりしないの?」
「私は今の髪型気に入ってるから」
そう言って、サイドポニーでまとめた髪をファサァとしてみせる。
ほのかにシャンプーの香りが鼻孔をくすぐった。
うん、うちと同じシャンプー使ってんな。
「ところでさ。亮介聞いた?」
「ん、何を?」
「同窓会の話」
「いんや」
「昨日の夜、小学校の同窓会の話、回ってきてたじゃん」
「そうだっけ?」
そういえば、なんか通知が来てた気がする。昨晩は、スコップに夢中で全然確認してなかった。
改めて、ポケットからケータイを取り出すと、すぐにアプリを立ち上げる。
うん、やっぱ来てたわ。
なになに……。
「夏休みの最初の日かよ。もうすぐじゃん」
「タイムカプセルも開けるってさ」
「ああー、そんなんあったなぁ」
あれは、5年前、小学校の卒業式前日の事だ。
クラスのみんなで、学校の桜の木の下に、タイムカプセルを埋めたのだ。
確か、5年後の自分宛に手紙を書いて、それを入れたんだったかな。
その5年後が早くもやってきたというわけだ。時が経つのは早いねぇ。
「あー、でもさ。5年ってちょっと短いよね。私、あの時手紙になんて書いたか、なんとなく覚えてるんだけど」
「凄いな。オレなんて全く……」
と、その時、タイムカプセル用の手紙を書いている小学校の教室の風景がフラッシュバックした。
そうそう。こんな感じで、一人一人、みんなそれぞれの机で便箋に手紙書いたんだよなぁ。
オレもさすがに友達に見られるのは恥ずかしくて、見えないように身体で隠して書いたんだ。
だってさ、「5年後のぼくは、美紅と付き合っていますか?」なんて書いたんだもんな。
他の友達に見せれるわけが……。
「ああぁああ!!!!」
思い出した!! 思い出してしまった!!!
「ちょっと、いきなりでかい声出して立ち上がらないでよ。びっくりするじゃん」
美紅さんや。すまんが、それどころじゃないんや。
やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。
当時のオレ、なんちゅうこと書いとるんや!!
いくら思春期突入直後とはいえ、色気づいたこと書いてるんじゃねぇ!!
いや、別にこいつに見られるのは構わん。
オレは好意は素直に伝えるタイプだ。
正直、こいつと付き合いたいと今でも思ってるし、何度か軽い告白っぽいこともしている。そのたびに、はぐらかされてるけど……。
そんなわけで今でも"良いお友達"あるいは"腐れ縁の幼馴染"なわけだが、この際、それは置いておこう。
とにかく、問題なのは、同級生の男友達共に、この内容を見られることだ。
あいつらのことだ。絶対に、今後何かあるたびに、ずーーーーーーーーーっと話のネタにされること必至だ。
死ぬまでいじり倒されるぞ……。
「…………よし」
こうなったら、やることは一つ。
他の奴らに見つかる前に、タイムカプセルからオレの手紙を抜いてしまうのだ。
できるだけ早く……今晩決行だ。
「やるぞぉ」
「ん?」
オレの決意の表情を、美紅は胡乱げに眺めていた。




