夢
昔々、あるところに貧しい少女がおりました。
彼女は踊る事が大好きで、とっても綺麗な脚はいつもご機嫌に、くるり、くるり。
けれど誰も彼女に見向きもしませんでした。彼女の顔は、美しくもなく、醜くもなく、何処にでもいる田舎者の少女だったからです。
それでも彼女の脚は、いつもくるり、くるり。
ある日、彼女の村に旅の踊り子がやってきました。
人形のような顔をした踊り子が舞台でくるり、くるりと舞うのを見て、彼女は胸を躍らせました。
――私も、踊り子になりたい。
綺麗な衣装を着て、舞台の上で、みんなの前で踊りたい。
けれど、誰も彼も彼女の夢を笑いました。
――お金も無いのに、衣装を如何やって買う心算だい?
――人並の顔で高い夢なんて見ない事だよ。
――さっさと仕事をおし。
少女は泣きました。
悲しい気持ちを乗せて、脚はくるり、くるり。
来る日も来る日も、少女は踊り子の姿を眺めました。
そうするうちに、どんどん、昏い気持ちが湧き上がってきます。
――私の方が、上手に踊れるのに。
苦しくて、悲しくて。
くるり、くるり。
踊り子が踊っていたのと同じように踊って、踊って。
踊り疲れてふと見れば、そこは森の奥深く。
「お嬢さん、どうして泣いてるの?」
声を掛けてきたのは、悪魔でした。
「この顔が悲しいの。この服が悔しいの」
ぽろぽろ涙を零す少女に悪魔は囁きます。
――僕の欲しい物を三つくれるなら、君の夢を叶えてあげよう。
一つ目。満月の晩に踊り子を。
二つ目。契約の証に髪を一房。
三つ目。今日から十年後に君を。
「……十年?」
あまりにも、短いと少女は思いました。
「悪くは無いよ。人間が踊っていられるなんてせいぜいそんな物だ」
でも、と悪魔はにっこり。
「君は、僕の元にきてからも踊り続ける」
――踊りたい。
少女はいつの間にか、こっくり頷いていました。
くるり、くるり。
踊る少女を眺めるのは森の上に顔を出した満月だけ。
少女の顔は人形よりも美しく、肌は真珠のように輝いて。
其処にはどんな踊り子よりも素敵な踊り子がいました。
くるり、くるり、ぱしゃり。
真っ白な脚が、真っ赤な水たまりを蹴り上げて。
くるり、くるり。
村にやってきた旅の踊り子はもういません。
可愛い踊り子。
可哀想な踊り子。
彼女は悪魔のお腹の中。
引き換えに美しさを手に入れた少女がにっこり微笑んで踊りを終えました。
前より短くなった亜麻色の髪が、今の彼女にとてもお似合い。
月の光が、きらきら彼女を照らします。
やがて大人になった少女は有名な踊り子になりました。
国中で彼女を知らない人は誰もいません。彼女が舞台に立てば劇場は押すな押すなの大騒ぎ。
皆彼女に夢中になりました。
嬉しくって、嬉しくって。
くるり、くるり。
彼女は来る日も来る日も踊り続けました。
ある日のこと。
彼女は舞台の上で奇妙な事に気づきました。
とても静かなのです。客席が、真っ暗。誰もいない。
ぴたり。
脚が止まって仕舞いました。
「どうしたの?踊って」
ああ。その時彼女は悟りました。
今日が十年目の期限なのだと。
『夢』
銅の板に文字を彫り終わって悪魔はにっこり笑いました。
板を取り付けるのは、立派なオルゴールです。
オルゴールの上には人形が立っています。
誰より美しい顔、真珠の肌、亜麻色の髪。
きり、きりり。
螺子を回すと音楽に合わせて人形が動き出します。
くるり、くるり。
悪魔は満足気に頷いて、ガラスケースにオルゴールを仕舞いました。
何時間経っても、何日経っても、何年経っても。
オルゴールが錆びて朽ちて壊れても。
この曲も、踊りも止まる事はありません。
くるり、くるり。
心から踊り子になりたかった少女の魂を糧に、オルゴール人形は今日もガラスケースの中で踊るのです。