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2018年4月 お題「はじまり」その1
職場が異動になり、電車通勤になった。
吊革につかまりながら思わず愚痴が出る。
「30分は辛いなあ。引っ越すかな」
すると隣に立っていたOL風の女性が「えっ?」と声をあげた。
慌てて目をそらす彼女と一瞬視線がすれ違う。
知り合い……ではない。よく同じ時間の電車に乗っているけど他人だ。独り言にうっかり反応してしまっただけか。
「ダメかな」
しまった。これじゃ俺、彼女に聞いてるみたいだぞ。
彼女はおそるおそる、といった様子でこっちを見た。気まずい沈黙。俺が謝ろうと思った時。
「私は……一時間です」
小さな声だった。
「すみません。甘えてました」
彼女は小さく笑った。
「一緒にがんばりましょう」
絶対に引っ越さないことに決めた。




