8 宝物庫の番人
クイーンを欠いた6人の駒を連れて、ニニギは長い通路を下った。
目指す場所は宝物庫である。場所を知っているのはソレアとペテネラだが、先導したのはアレグリアだ。命じていなくとも、先頭を進んだ。ドラゴンの黄金に対する嗅覚は尋常ではない。実に楽しそうだ。
「一度、アレグリアは調査に来ているだろう。その時は、気づかなかったのか?」
先頭を行くアレグリアに尋ねると、はにかんだような笑顔を見せた。外見上は美女だけに、ニニギ自身が動揺してしまうような笑顔だ。
「あの時は、まだこちらの世界に来て間もなかったので、感覚が鈍っていたようです。だんだん、本来の感覚が戻って来たのでしょうか」
駒たちが、本来の力を取り戻しつつあるということだろうか。完全に取り戻した時、それでもニニギに従ってくれるだろうか。駒たちは、全員がおそるべき力を宿した存在だ。考えても仕方ない。
ニニギがアレグリアに笑いかえすと、今度はアレグリアが頬を染めた。
「これは、やれないぞ」
ニニギは、自分のナノアーティファクトを指で示す。ニニギのものは、よく使い込まれて黄金色に輝いている。
「それは残念ですが……ニニギ様のものですからしかたありません。もしいただけるとしても、中身だけで結構です」
「抜け駆け禁止」
「早いもの勝ちよ」
「言ったね」
アレグリアにペテネラが構っている間に、自分が何を言われたのか、ニニギにもわかってきた。
ドラゴン王が言う中身というのは、ニニギの体のことだろう。まさか、ニニギのことを性的な意味で見ているのだろうか。そう思ってから、アレグリアがドラゴンであることを思い出す。捕食したいだけかもしれない。結論は出ないが、ニニギは考えないことにした。
ニニギが結論を避けた時、冷静に辺りを伺っていたソレアが、宝物庫に到着したことを告げた。
宝物庫だといわれた扉の前に、巨大な死体があった。巨人族のものだ。片腕と頭部が、綺麗に切断されていた。ソレアが殺したと聞いていたので、本人が死んだと気づかないうちに死んでいる、というほど速やかだったのだろうと思う。
「確認だが、巨人族は他にいなかったのだな?」
「はい。あたしたちが見た限りは、ですが」
ペテネラの言葉に、全員が頷く。1人、そわそわしている。
「アレグリア、いいから、先に宝物庫に行っていろ」
「いえ、そのような……ニニギ様を差し置いて、不敬な真似はできません」
「目の前でそれだけそわそわされては、集中できない。ちゃんと宝があるかどうかの確認だ。ペテネラも同行しろ。喧嘩するなよ」
「「はいっ!」」
2人の声が昌和した。ドラゴンは単純に財宝や黄金に目がない。悪魔は強欲である。2人は巨人族の死体を飛び越えて宝物庫に向かう。
「ニニギ様、甘すぎでは?」
「あまり甘やかすと、図に乗りますよ」
ルークの2人が口をそろえる。霧状の魔物であるファルーカと、つくも虫のグァヒーラだ。シギリージャも同じ意見のようだ。ソレアは、ただニニギに従っている。
「そうか? 俺は、むしろ甘やかしたいんだがな。俺に従っている者たちが望むようにしてやりたい。それだけだが、まずいのかな」
「『まずい』ということはないでしょうが、時折厳しくされてもいいでしょう」
シギリージャがいうのなら、間違いないだろう。邪神である。かつては、人間から神として崇められていた、という設定を背負っている。
「そうだな。そのうち考えるか。では、この死体をどうするかだが、ソレア、殺したということは、俺に従わないということか?」
「はっ。魔王にも、無理やりつながれていたようです。誰かに従うという意思はないのでしょう」
「抵抗するものを屈服させるというのも面白いが、そういうことを楽しむには、少し余裕がないな。色々な問題が起こりすぎている。巨人族は珍しい生き物かもしれないし、同族の情報も欲しい。やはり、生き返らせるのが最も良いか」
「ならば、俺にお任せください。レベルダウンは起こしますが、完璧な下僕に変えましょう」
邪神族の固有魔法に、そのようなものがあったのはニニギも知っている。死体や生贄を媒介として別の存在を呼び出せるのは、サクヤと悪魔王ペテネラ、眷属に限り呼び出せるのがドラゴン王アレグリアとつくも虫グァヒーラ、キリ時用生物ファルーカだ。ただ、単純に復活に関しては、シギリージャは様々に条件を変えて蘇らせることができるという点において、最も優秀である。生物を生物として復活させられる能力は極めてまれだ。邪神族の一部しか所有せず、その一部がシギリージャだ。
また、僅かでも細胞が生きている間なら、生命魔法で蘇生は可能だ。場合によっては魂の門を使って本人の魂を召喚することで記憶すら失わずに復活させられることもある。そのような場合は、とても稀だ。特に、魂を呼び出しても脳が死んでいれば、生前の記憶は断片でしか残らない。復活させても、同じ人間にはならないのだ。
「ああ。そうだな。そうしてくれ」
「はっ」
シギリージャが魔法を発動させる。同時に土魔法と力魔法を駆使して、石でできた文字を空中に浮かび上がらせている。各駒にどんな魔法を習得させたかの選択したのはニニギだが、戦闘力を計算して、というより、種族に対するニニギのイメージを先行させた側面が強い。そのため、同じ系統の魔法を複数の駒たちが所有している場合もあれば、一人しか使えないものもある。
土魔法と力魔法を習得させたのは、それがニニギの中で、邪神にふさわしいと思ったからである。
魔法陣を形成し、巨人の体をとりかこむ。生命魔法であれば、切断した首や手をつなげるところからやらなければならないが、シギリージャの魔法は別だ。魔法理論的に不可能なことをやっているように感じるが、それが種族固有魔法の醍醐味でもある。
巨人族の死体が明滅したような錯覚と同時に、死んでいない、完全な姿の巨人がその場に現れた。
「レベルダウンはどの程度だ?」
「半分強ですね。戦力としては役に立ちませんが、戦力を期待しての復活ではありませんから」
「推定レベル50ですか。本当にただの雑魚になってしまいましたね」
ソレアがぼやく。だが、実際にはシギリージャの言うことが正しいのだ。
シギリージャは巨人に向かい、声をかけた。
「さて、答えてもらおう。お前は誰で、俺は何者だ?」
巨人は、しばらくじっとシギリージャを見つめた後、口を動かした。
「おでは……ボロフ族のガベ。魔王をおぞったが、負けた。あんたは……おでの……主人だ」
「ではガベ、お前の同族はどこに、何人いる?」
「南……寒いどころだ。谷に洞穴がある。た、沢山いる」
シギリージャは頷くと、ニニギを振り返って見た。他に質問はないかということだろう。
「なぜ、魔王を襲った?」
ニニギが直接尋ねた。
「く、食うものがほじがった。魔王なら、たくざんもっでるっで、いわれだ」
シギリージャの命令しか受け付けないのではないかと心配したが、問題はなさそうだ。術を使った本人の気持ちはわからない。
「俺が直接聞いてしまったが、問題ないか?」
「もちろんです。ニニギ様の御下問に答えないようであれば、即座に殺すところでした」
冗談ではない。そのことを理解しているのだろう。巨人の、表情にとぼしい落書きのような顔が、恐怖に震えて見えた。
「では、続けて問おう。巨人族は、弱い種族なのか? 隠れるように住んで、食べ物にも不自由するほどの」
「ぢがう。おれだちは強い。でも……もっとづよい奴いる。山の上、ドラゴンの住処。見つかると、狩られる」
「……ほう。アレグリアの同族か。アレグリアの財宝好きは、きっとこの世界の影響だろう。一度訪れてみるか。ご苦労だった。もう死んでいていいぞ」
無理やり生き返らせて使役したのだから、それが当然だとニニギは思った。だから言ったのだが、巨人族のガベは違った。
「お、おで、役にだつ。だから、こ、ごろさないで……」
「往生際が悪いな。ニニギ様が死ねといわれたのだ。おとなしく受け入れることこそ、正しいあり方なのだとわからないのか?」
シギリージャは手を掲げた。たぶん、次の瞬間に、ガベは死ぬ。
「待て、シギリージャ。俺も別に、積極的に殺したいわけではない。役に立つというなら、立ってもらおう」
「ニニギ様がそうおっしゃるのであれば」
シギリージャが頭を下げる。ニニギは、シギリージャとソレアに巨人のことを詳しく話させるように指示して、自らはルークの2人を引き連れて宝物庫に向かった。
宝物庫は、ニニギの想像以上に財宝であふれていた。山ほどの金貨に、黄金でできた剣や皿に王冠、輝く宝石に、魔法の力を宿した様々な道具があった。
だが、何よりニニギの想像を裏切ったのは、黄金の山に居座る1人の乙女である。
身につけていた黒い鎧を脱ぎ捨てたのはいい。もともと、防御力を期待したのではなく、相手の意表をつくためだったのだから、もはや役目は終えたと言える。
だが、最高レベルの証、ナノアーティファクトまで外し、下着まで脱ぎ捨て、全裸に近い姿で絶世の美女が金貨の山を抱きしめるように寝そべっているのはやりすぎだ。
黄金に魅入られたドラゴンそのものだ。放っておけば、形態変化もわすれて巨大なドラゴンに変わるのではないかと思えるほどだ。
恍惚とした表情を浮かべて山ほどの黄金に寝そべるアレグリアの隣で、ペテネラはマジックアイテムらしい道具を鑑定していた。鑑定、といっても、マジックアイテムの機能を全て理解する便利な魔法があるわけではない。ペテネラがしているのは、目利きの類である。アイテムとしての機能を度外視して、宝物としての価値を図っているのだろう。
「2人はここで待て」
アレグリアの痴態を視界の隅にとらえたニニギは、背後のルーク2人に待つよう命じると、1人で黄金の山にちかづいた。
「アレグリア、大丈夫か?」
「……はっ……ニニギ様? あの……あれっ? 私……キャアァァァァ!」
自分が全裸であることに気づいていなかったのだろうか。ニニギは目を背けた。目を背けたまま、黄金の山の端に転がっていた黒いドラゴンの置物を拾い上げ、アレグリアを見ずに放り投げた。ナノアーティファクトは、外した場合には所有者に似た姿の、金属の塊に変化するのだ。
「あぁあ、ニニギ様に見られちゃった。百年の恋も冷めますよねえ」
ペテネラが笑いながら、ニニギのそばに降り立った。
「……ペテネラ、お前か?」
「まさか。あたしは何もしていません。アレグリアが、あんまり黄金に目を奪われるんで、ちょっと、欲望を解放してあげただけです」
「ペテネラ! あんた、八つ裂きにしてやるわよ!」
アレグリアの綺麗な声が、怒声となって宝物庫に響いた。
「アレグリア、見ても大丈夫か?」
「は、はい。もう大丈夫です」
ニニギが伏せていた視線を上げると、アレグリアは相変わらず黄金の山の上にいたが、全裸ではなく白いドレスを纏っていた。黄金のドラゴン王であるアレグリアに、鎧の類は必要ない。万が一を考えてナノアーティファクトを装備させているが、普段は戦闘時でもドレス姿でいることがほとんどだ。先ほどは、ドレスもどこかに脱ぎ捨ててあったのだろう。
「ドラゴンが財宝好きなのは仕方ないが、我を忘れるほどだというのは問題だな」
「あ、あれはペテネラが……」
「ペテネラの術が、アレグリアの抵抗を許さないほど強力だったのか?」
「……いえ。術をかける前に……私が承認しました。気持ちよくなれそうだったので」
「そんな提案をしたペテネラも問題だとは思うが、時と場合を考えろ。俺だけではない。ソレアやシギリージャも外に待機していたのだぞ。間違えれば、さっきの姿を全員に見られていたかもしれない」
「あ、あの……ニニギ様……さっき、見ました?」
絶世の美女の姿をした者が、真剣なまなざしを向けてくる。
「……何を」
「私の……体を……」
「ま、まあ……な」
「ど、どうでした?」
「いつも見ている……のとは、少し違ったな」
いつも見ている。それは、ドラゴンとして完全形態をとったアレグリアの姿である。もちろんドレスは弾け飛ぶ。だが、ナノアーティファクトは分子一つ分まで薄くなる素材であり、ドラゴン時にはドラゴンの体を全て包み、人間形態に戻るのと同時に体を水着のように覆い隠す。したがって、ニニギが普段見るアレグリアの体は、ドラゴン形態のものでしかない。その時は、美しくも力強い絶対的な強者としての黄金のドラゴンである。ナノアーティファクトも、極めて薄く伸びているので、外見上はほぼ何も着ていない状態と同様だ。
「あの……よろしければ、ご感想を」
「ニニギ様に迷惑をかけないの。困っていらっしゃるでしょう」
ニニギの肩に寄りかかるようにして、ペテネラがアレグリアを挑発した。自分の肩に寄りかかるペテネラの頭部をやや荒々しく撫でながら、ニニギは仕方なく、感想を口にする。
「……美しかった。目の保養になった」
「ニニギ様、あたしも見せましょうか?」
燕尾服の胸元を拡げようとしたペテラネの手を止める。
「さ……さあ……この財宝の管理はお前たちに任せたのだ。何か面白い物はあったか?」
話題を変えようとしたのだが、成功はしなかった。ニニギの言葉はかなり控えめだったのにも関わらず、アレグリアは頬を真っ赤に染めてうつむき、ペテネラは盛大に頬を膨らめたままだった。
キューブ大戦というゲーム上では、アイテムの収納はふた通りある。一つは天空の箱庭と呼ばれる、全プレイヤーが保有する本拠地の倉庫に保管する方法である。いちいち本拠地に帰還しないと出し入れができないが、ゲーム上では選択ボタン一つで移動できるので、ストレスはない。一応量的な制約があるが、ニニギでさえ上限に達するまでアイテムを溜め込むことがなかったのだから、意図的にいっぱいにしようと企まない限り、入りきらないということはないだろう。
ちなみに、買い物などはモンスターがドロップした金貨で行うが、全てデータ上のやりとりで、金額が移動するだけなので、プレイヤーが金貨を目にすることはない。ニニギが貯めた金貨は、兆の単位から先は数えていないが、現在はどういう状態になっているのだろう。
アイテムを保管するもう一つの方法は、アイテムボックスの使用である。
普段持ち歩くものを収納しておくスペースがどこかにあり、個数にして255個まで持てる。この数が多いかというと、決して多くはない。薬草を二つ持てば、それは二つのアイテムとしてカウントされるため、珍しいドロップ品を求めてプレイしていると、割とすぐに一杯になってしまう。
このアイテムボックスはノンプレイヤーキャラクターにもあるが、基本的にノンプレイヤーキャラクター自身は戦闘時しか出現しない仕様であるため、予備の装備品を入れるためだけであり、アイテムボックスの収納数は16しかないのだ。
そのアイテムボックスが現在使用できるかどうかも、ニニギはまだ試していなかった。
財宝を管理しろと言われても、アレグリアとペテネラにどうすることもできたわけではない。したがって、宝物庫でニニギはアイテムボックスを試してみた。
ゲーム中であれば、コンソールを呼び出して操作するのだ。操作すると、右手前にアイテムボックスの窓が表示される。その窓をスクロールさせて、求めたアイテムを取り出すのだ。
スクエア召喚やポーン兵召喚は、魔法として覚えたのではなくゲーム的なシステムである。それが使える以上、アイテムボックスも使えるのではないかと思ったが、方法がわからない。魔法陣で召喚するのだろうか。それだと、少なくともソレアはアイテムボックスが使えないことになる。
もっと、単純なはずだ。
考えた末に、ニニギはアイテムの選択を呼び出すときの言葉を発してみた。
「アイテムボックスオープン」
とても簡単だ。右前方に、見慣れたアイテムボックスの小窓が姿を見せた。閉じるときはクローズと唱えればよかった。ペテネラとアレグリアにもやらせてみると、ゲーム同様ボックスの数が少ないだけで、同じように使用することができた。
「これで、財宝を持っていけるな」
ニニギは2人が喜ぶと思ったが、2人とも浮かない顔をしている。
「でも、ニニギ様、アイテムボックスはすでに予備の装備でいっぱいですし……全部入れ替えても、金貨16枚しか入れられないのでは?」
アレグリアが心底残念そうにいうので、そうなのだろうかと試してみる。
金貨を拾い上げ、アイテムボックスに入れる。ニニギのアイテムボックスには、かなりの余裕がある。以前はたくさんのアイテムを持ち歩いていたが、ほとんどが魔法でまかなえるようになってから、16でも多いぐらいなのだ。駒たちのアイテムボックスをいっぱいにしてあるのは、せっかくなので何か詰めておこうというただの貧乏根性である。
アイテムボックスに入れても、金貨は金貨としてカウントされるため、データ上の数字のみに変換されるはずで、アイテムボックスの容量を奪うようなことはないはずだ。しかし、ニニギが金貨をいれると、アイテムボックスの一枠に収まり、ただの数字には変換されなかった。もう一枚を同じボックスに入れようとしても入らない。隣のボックスを使ってみる。
アイテムボックスの二つの枠に、金貨が一枚ずつ収まっていた。これでは、ニニギでも最大255枚しか金貨を持ち歩けないことになる。
「もちろん、対策はあるんだがな。長いクエストに出発して、ドロップアイテムをほとんど諦めて捨ててくる、なんてことから苦情が殺到して、運営が特殊なアイテムを配布した。これがそうだ」
ニニギがアイテムボックスからとりだしたのは、風呂敷だった。
無限の風呂敷という立派な課金アイテムであるただの布だ。だが、この布で包んだ物は、一つのアイテムとしてカウントされる。大量に拾ったアイテムを一枚の布に包んでボックスに入れることで、ボックス数の節約になるのだ。
デメリットもある。布で包んでいるだけなので、ボックスから丸ごととりだした後でなければ、アイテムを使用できないのだ。出し入れは本拠地でやるのが当然であり、フィールド上でやれば、誰に見られているのかわからない状況で風呂敷を広げなければならない。キューブ大戦というゲームの仕様上、強制的に戦闘状態にならないことは救いだが、アイテムをばらまいて拾い集めるというのは、みっともないので慣れたプレイヤーはやらないのだ。
ニニギはさらに、風呂敷の中にたくさんの風呂敷を包んでいるので、幾らでも風呂敷はある。
「2人に与える。アイテムボックスは2人とも16ずつだから、16枚ずつでいいな」
「なんと。主様の貴重なアイテムをいただけるとは」
「さっすがニニギ様、太っ腹です」
「俺が命じた作業だ。持ちきれない場合は、俺のアイテムボックスに……いや、なんでもない」
絶対に全て自分で持つのだというアレグリアの決意に満ちた瞳に、ニニギは何も言えなくなった。ペテネラも、舌なめずりをしている。
どうしてこんなに黄金が好きなのだろう。種族柄なのか、女性だから、あるいは両方か。
2人をその場に残し、ニニギは宝物庫を後にした。
宝物庫の外では、ソレアとシギリージャ、ルークのファルーカとグァヒーラが待っていた。
「2人はどうしています?」
尋ねたシギリージャに、ニニギは笑いかけた。
「財宝に夢中だ。マジックアイテムの鑑定はしていないが、黄金の力はすごいな」
特にアレグリアの痴態を思い出し、ニニギは顔色が変わってもわからないナノアーティファクトに感謝した。
「ニニギ様を置いて、ですか?」
「俺が命じたことだ。2人とも楽しそうだしな。邪魔することはない」
「……不敬な」
霧状生物のファルーカが硬い声を出すが、ニニギが軽くなだめると、すぐに態度を軟化させた。
「さて、この巨人だが、いずれ同族のところに案内してもらう必要が出るかもしれない。このまま、ここで暮らさせよう。財宝がなくなったことぐらいで、この世界がどうこうすることもないだろうしな」
「承知しました」
シギリージャが頭を下げる。巨人は従順に見えるが、やはり直接の命令はシギリージャに任せたほうがいいだろう。
ニニギはシギリージャが巨人への指示を終えるのを待ち、声をかけた。
「では、次に行こう。このガーゴイルが守っていた扉というのが気になる」
「はっ。ところでニニギ様、巨人が我らと同行したいと言っておりますが」
巨人ガベが同行したいと言っていたのは、そばで聞いていた。面倒なのでシギリージャに説得を委せようと思っていたのだが、あらためて相談されるということは、説得できなかったのだ。
「魔王に仕えることに、未練はないのか?」
「ソレアの話では、拘束されてここから動けないようにされていたとのことです。財宝が好きで守っているドラゴンとは違うのでしょう」
思わずニニギは金貨の山の上でご満悦のアレグリアを思い出し、相好が崩れそうになった。さすがに、配下の前でだらしない顔をするのはいただけない。
「そうだな……役に立つか?」
「なんでもずる」
ニニギの問いに対して、直接答えた。シギリージャに服従するように、というのは復活の魔法の際にシギリージャがそのような条件をつけたからだ。もはや本人の意思とは関係なく、服従するしかない。本来は存在しない命なのだ。
「仕方ないな。いずれ仕事を任せる。それまでは付き従え」
巨人ガベは、返事をしようとして、上手く言葉が出てこなかった。しばらく目をきょろきょろと動かした挙句、ゆっくりと、巨大な頭を下げた。
「ニニギ様、終わりました」
宝物庫から、タイミングを見計らったかのようにアレグリアが顔を出す。
微笑んでいるように見えるのは、満足いくだけの財宝をアイテムボックスに収納できたのだろう。
「早かったな」
「はい。もう、この場所には用はございません」
「もう、ただの部屋だからね」
ペテネラが笑った。ニニギは首をかしげる。
「まさか……風呂敷に全て包んだのか?」
「驚かれるようなことでしょうか?」
アレグリアがちょこりと首を傾けた。その首の力で、降ってきた隕石さえ叩き壊せると知ってはいても、可愛いと思ってしまうのは、自分が育て上げたから、だけではない。どう見ても美人で可愛いのだ。
「こちらの世界で、風呂敷の仕様も少し変わっているかもしれない。後で見せてくれ。今出すと、戻すのが大変だろう」
「もちろんでございます。財宝は全てニニギ様のものですから。私はただお預かりしているだけ」
「ニニギ様にお渡しする気あるの?」
ペテネラが揶揄するが、アレグリアの表情は変わらない。
「黄金を敷き詰めたベッドの上で、いずれにニニギ様は私を召し上がろうとなさるのでしょうから、それまで大切に保管いたします」
頬を上記させたアレグリアから、ニニギはゆっくりと視線を動かした。
ペテネラが頬を脹めている。一方で、シギリージャがにやにやと笑っているような気がした。ソレアは表情を変えず、ただ忠義を尽くそうと命令を待っている。
ファルーカは、そもそも頭部を黒いヘルムで覆っているが、ヘルムを取っても顔がないだろう。グァヒーラも複眼に昆虫の顔なので表情はわからないが、寂しそうに見えた。ガベがどんな顔をしていようが、知った事ではない。
ニニギは咳払いしてから、告げた。
「ガーゴイルの守る扉に行く。強敵がいるらしい。気を引きしめろ」
返答が上がった。チェスの駒たちが、一斉に唱和した。
複雑に入り組んだ通路の奥にガーゴイルの守る扉があったため、結局巨人ガベは途中で置いてこざるを得なくなった。巨人を通すために通路を破壊するのは、やりすぎに違いないためだ。
巨人をなだめてから奥に奥にと進んでいく。
「ここです」
アレグリアに引きずられていたガーゴイルが答える。ニニギは、粗末な扉と一体のガーゴイルに相対していた。
「お前たちは、この先に何があるのか、知らないのだな?」
アレグリアに引きずられていたガーゴイルを元の位置に戻し、ニニギが尋ねた。
「はい。ただ、ここを守り、異変があれば知らせるように言われていただけです」
通常ガーゴイルは、自らが主人と認めた者以外と会話することはない。できないというより、種族的な矜持であるらしい。アレグリアに完全に屈服し、アレグリアがニニギに仕えている段階で、逆らう気力はなくなっているようだ。ガーゴイルは躊躇することもなく答えていた。
「魔王にか?」
「はい」
「お前たちが知る魔王は、赤い体をし、頭部に角を生やしたものだな?」
「はい。間違いございません」
ガーゴイルの一体は、王の間まで運ばれている。確認したのは念のためだ。
「異変が、どのように起こるかきいているか?」
「詳しくは聞かされておりません。ですが、この扉の奥から、異変は起こるのだと、魔王様はお考えだったようです」
「それ、当たり前じゃない」
ペテネラが愚痴るが、ニニギは黙らせた。
「少し、探る。下がれ」
「はっ」
駒たちが後退し、ニニギが魔法を発動させる。こういう時は、電気系統の微弱魔法を使用することが多い。電子はあらゆる場所に潜んでいるため、神経を通わせることでかなりの広範囲まで探ることが可能だ。ゲーム時代には、電気系統を高めていくことで、攻略前のダンジョンのマップすら手にできたものだ。
この世界ではそこまで便利には働かないだろうが、扉の奥に広がる新たな空間の地形、道筋、魔物の有無までが、ニニギの手に握られる。
「おい、お前、異変はなかったのか?」
ニニギは、ずっと扉の前から動かなかった方のガーゴイルを睨みつけた。
「いえ……さきほどから、これまでになかった唸り声や地響きが時折続いていましたが……この場所を離れるわけにはいかず……魔王様以外への報告は求められていなかったので……」
「気の利かない奴ですね。破壊しましょう」
アレグリアを押しとどめ、ニニギが言った。
「奥にでかいのがいる。最近目覚めたらしいな」
ニニギが駒たちを振り返り、笑った。
「やるか?」
ボス戦に挑むプレイヤーそのままの感覚で尋ねた。
「御意のままに」
シギリージャの声に、他のものが一斉に唱和する。結論をニニギに丸投げしたように見えて、全員が戦いの予感に楽しんでいるのが見て取れた。