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7 魔王復活と召喚の魔法陣

 ニニギがチェスの駒として使用していた7人の1人である悪魔王ペテネラは、人間を発見していたが報告するのを忘れていたと独白した。


「で、でも、仕方なかったんです。人間たちがどうすればここまでたどり着けるか考えていて、突然、ニニギ様のお姿が見えて、思わず、こっちに来ちゃったんです。ニニギ様にお会いできて、嬉しくて……忘れていました」

「人間を連れてこいとは言わなかったし、さっきの人間のレベルを見れば、報告する必要がないと思っても仕方がないか……だが、問題はこれからどうするかだな」


 ペテネラは許された。というより、ニニギは罪だと思わなかった。サクヤがまだ魔王の死体と会話しているので、責める者もいなかった。


「どうする、とは、何か問題でしょうか? ニニギ様がさきほどの人間を意識なさる必要があるとも思いませんが」


 もう1人のナイト、ニニギと同じ外見を持つソレアが尋ねた。

 ニニギにも、間違いない確信があって言ったわけではない。とっさに、まずいことをしてしまったという思いに駆られ、人間たちの時間を巻き戻したのだ。現在でも、人間たちは時間が止まった中で静止している。


「この世界をもとより蹂躙するつもりであればそれもいい。だが、俺は、どうしてこの世界にいるのかもわからないのだ。何かの現象に巻き込まれたか、あるいは誰かが呼んだか、のどちらかだろう。他に考えようもないからな。前者の場合、俺たちがこの世界に干渉することで、この世界がより変質し、どんな事態が引き起こされるかわからない。また、誰かが呼んだのだとしたら、恐るべき力を持った何者かだろう。そいつの正体もわからず、この世界の出来事を引っ掻き回すのは、できるだけ避けたいのだ。かつての世界で俺たちが持っていた力がどの程度使えるのか、その検証すらしていない状態で……たぶん俺は、この世界の歴史を変えてしまった。これは、ゆゆしきこと、なのかもしれない」

「世界の歴史、ですか」


 邪神族であるシギリージャが首をひねる。シギリージャは存在そのものが古代の神であるという設定だ。世界の歴史を担ってきた存在ということでもり、自分が歴史を作るのだという認識があるのだろう。


「一つの山をくりぬいたような巨大な城があり、それを治める魔王がいるのだ。そこに、勇者が現れた。きっと、勇者が魔王を倒すという運命だったのだ。その魔王を、突然現れた俺があっさり殺してしまっては、世界にどんな影響がでるかわからないだろう」

「ですが、ニニギ様、あたしが見た限り、あの勇者は門番のゴーレムにも苦戦していました。あたしが召喚した悪魔をお供にしなければ、ここに辿り着くまでに死んでいましたよ。そんな奴が、あの程度の魔王とはいえ、倒せるものでしょうか」


 ペテネラも首をかしげる。ニニギは頷いた。


「勇者は人間だろう。いかに鍛えても、限界がある。だが、あえてこの城に、魔王の討伐に挑んだのだ。勝算がないとは思えない。仲間も、かなりの数がいた。15人パーティーというのは多すぎるぐらいだ。ゴーレムには弱くても、魔王にだけ特効のある剣を持っている、とかそんな事情があるのだろう。あるいは、勇者は魔王に敗北し、その経験を生かして英雄とかに今後なるのかもしれない。その勇者、どんな奴だ?」

「えっと……あんまり覚えていませんが、あたしの嫌いな感じの男です」


 悪魔に嫌われるということは、立派な男なのかもしれないと、ニニギは感じた。


「この城も俺が強引に乗っ取った感じだしな。少し気に入っていたのだが、俺の城にするのは待ったほうがいいだろうな。俺の城……そういえば、以前の世界にあった天空の箱庭はどこにいったのだ?」


 キューブ大戦というゲームは、1アカウントに一つ、天空の箱庭という城が与えられる。異世界、もしくは異次元にあると設定され、スクエア戦闘中以外の時には、ノンプレイヤーキャラクターはそこで暮らしていることになっている。

 箱庭には城の他、生産施設や食堂、畑、鉱山もあり、時間さえかければ箱庭内で十分強いアイテムや装備が作成できる仕様となっている。


 これは、キューブ大戦はあくまでも戦闘システムやキャラ育成を楽しむゲームであり、アイテムの開発などは緩くしようという趣旨があったためらしい。

 ニニギがこの世界に来た瞬間は、戦闘中ではなかった。1人でこの世界に呼ばれ、直後に戦闘状態に入ったため、システム上の仕様で7人の駒が現れた。その後八体のポーン兵を呼び出した。ということなら、天空の箱庭も存在してしかるべきだ。


「呼び出してみればいかがでしょうか。フェアリーが管理しているのでは?」


 ソレアが言った。さすがにプレイヤーの分身である。

 フェアリーは、いわゆる妖精である。ゲームを始めるとき、チュートリアルという、ゲームに慣れるための説明がある。その説明を行うのが、妖精族の小さな女の子だった。

 本格的にゲームが始まると、妖精は天空の箱庭の管理人という役職になるらしい。したがって育成することができないし、レベルも存在しない。戦闘に参加させることはできないが、プレイヤーが自分の箱庭を訪れれば、真っ先に遭遇するキャラクターでもある。


「そうだな。いずれ試してみよう。あの箱庭に自由に出入りできれば、俺たちの本拠地はその箱庭だ。この城に拘る必要もない。そうだな……魔王とその魔物達を戻して、勇者たちと対決してもらとしよう。それ以降のことは、俺たちは知らん。この世界で俺たちがどのように振舞うべきか、何もわからないうちに世界の運命をひっかきまわすことはない」


 ニニギが結論を出した以上、7人はただ平伏して実行するだけだ。


「サクヤ、魔王を生き返らせる。話は終わったか?」

「はい」


 ニニギは頷いて、ゴーレムたちに命じて、壁際に積み上げた氷漬けの魔物を元の位置に戻させ、熱系統の魔法が使える者たちに、解凍を命じた。






 勇者を迎える準備をするのに、ニニギは魔王の死体を玉座に座らせた。


「魔王のゾンビでもよろしいのでは?」


 サクヤが申し出たのは、自分の能力を示したいのだろう。ニニギは、何事もなかったかのようにして、この世界の命運はこの世界の者たちに委ねたいのだ。


「魔王らしい口上を述べることも必要だろう。ゾンビにしてしまってはそれもできまい」

「より高レベルのアンデッドに作り変えましょうか。それなら、口上も述べられますし」


 ペテネラが贄を糧として種族固有魔法により悪魔を召喚するのと同じように、サクヤはアンデッドモンスターを召喚できる。贄となった死体と、基本的には同レベルのものが出現するが、さらに魔法レベルを引き上げれば、贄よりも高レベルのアンデッドを召喚可能だ。ただし、とうぜん贄となった死体は消滅する。


「サクヤ、お前が生命魔法を使えないのはわかっている。気にすることはない。アンデッドに変えれば、まず間違いなく勇者たちは手も足も出ずに負けるだろう。何しろ、弱点が変わってしまうのだろうからな。レベル的に劣る勇者が、勝算ありとして乗り込んできたのであれば、間違いなく魔王の弱点を突くつもりなのだろう。火鬼族の弱点は水系統だからな。それが突然、炎系統の弱点を有する存在に変われば、そのために全滅もありうる。俺は、それは望んでいない。あくまでも、俺たちが関与しなくても行き着いた結論に導きたいのだ」

「……失礼いたしました」

「では、俺がやりますか」


 邪神シギリージャが進み出る。邪神族だけあって、シギリージャは種族固有魔法が特に多い。死者を復活させる魔法は、本来であれば邪神族にしか存在しないのだ。ニニギも生命魔法の系統を納めているが、そもそも生命に対して有効な魔法であり、死体は生命ではない。僅かでも生きた細胞があれば蘇生は可能だが、全ての細胞が死滅した後ではどうにもできない。

 ニニギは、少し考えた末に、首をふった。


「これは俺の責任だ。俺がやる」


 シギリージャは反論せずにひきさがった。ニニギの背後では、ゴーレムたちが壁際に積み上げた氷結した魔物を、元どおりの位置に並べている。解凍もしなければならないし、やることは多いのだ。

 ニニギが、玉座の上でぐったりと倒れている魔王に対して魔法を発動させる。

 種族固有魔法は魔法陣を伴う。したがって、雷魔法を使用して、まずは空気中に電気で文字を作成する。


「こんな奴に、そんな上位魔法はもったいなくないですか?」


 ペテネラが覗き込んできた。死んだばかりの者の蘇生は、生命魔法で修復し、魔方陣を使って使用するごくごく初歩の魔法で、魂を召喚することによって行う。二つのステップを踏むことになる。だが、ニニギはそれを一度で済ませようとした。

 ニニギにとっては、この方が早かったのだ。


 魔法陣は魔王の体を取り囲み、目まぐるしく変化しながら回転し、明滅を繰り返した後に、効果を表した。

 全身が焼け焦げていた魔王の体がみるみるうちに回復していくばかりか、燃えたマントが復元し、装備の黒い焦げ跡まで綺麗に直っていく。

 魔王が目を開けたところで、ニニギは魔法を止めた。


「この規模であれば、たいして負担にもならないからな」


 ニニギは、玉座の周りの時間を戻したのだ。


「さっすが、ニニギ様」


 呆れたように言ったのは、ニニギの魔力量に対してだろうか。超人の中でも、ステータスを魔力系に全振りしているニニギは、特別に魔力が多い。しかも、課金アイテムも使用して底上げしているのだ。


「お前たちが前衛だからこそ、ここまで魔力をあげられたのだ。感謝しているよ」


 言いながらペテネラの頬を叩くと、真っ黒な頬が上気した。そうとわかるほど火照っていたので、よほどのことだろう。

 ニニギが視線を向けると、魔物たちの解凍がほぼ終わったところだった。


「お、お前たちは……何者だ」

「魔王殿、俺たちのことなどどうでもいい。扉の外に、勇者たちがきているぞ」

「……そうか。ついに。我が城を踏破する者があらわれたか」


 魔王に、ニニギに殺された記憶は残っていないようだった。ソレアと戦っていたことも忘れているようなので、少し時間をもどしすぎたかとも思ったが、別に覚えておいてほしいということもない。ニニギは、うやうやしく見えるように腰を折ると、魔王に告げた。


「勇者を呼んでまいります。とつぜんの訪問は失礼かと思い、扉の外で待たせてありますので」


 ニニギが丁寧な言葉を使い、魔王が鷹揚に頷いた故に、サクヤをはじめチェスの駒たちが不機嫌そうにしているが、ニニギは気にしなかった。ゲーム内で最高レベルだろうと、実社会で偉かったわけではないのだ。


「よかろう。呼んで参れ」

「はっ」


 ニニギは魔王に背を向ける。7人に従うように指示すると、まだ作業中だった8体のゴーレムには、壁際に移動するよう手で指示をする。壁際に立っているだけなら、彫像と見分けがつかないのだ。

 王の間を、魔物たちを避けながら移動する途中、解凍された魔物たちも、半分は意識を失ったままだということがわかった。


 さすがに全員を起こしている暇はないし、そこまで親切にしなくてもいいだろうと思い、王の間を通過し、扉の前に立った。

 時間を停止させた時空魔法の効果範囲ぎりぎりに立ち、7人には左右に散らせる。ニニギも扉にぶつからないように脇に移動してから、魔法を解除した。


「魔王ゴルゴゾーラ、この勇者ロベルトが相手だ」


 さっきと全く同じ台詞を吐きながら、勇者が扉を引き開ける。

 今度は魔法で静止させられなかったため、勇者は一気に王の間に駆け込み、14人の仲間たちが後に続く。


「よくぞ来た勇者よ。まずは我が配下を見事倒してみせるがいい」


 魔王は立ち上がった。とても楽しそうに見えたが、多分気のせいだろう。

 ニニギは、勇者一行と魔王の軍勢の対決を満足して見つめながら、チェスの駒たちとともに王の間を後にした。






 最後に王の間を出たニニギが、後ろ手に扉を閉める。ペテネラが首を傾げた。


「でもニニギ様、あの勇者では、王の間の魔物たちにも勝てないと思いますよ」

「魔物にも弱点や相性がある。むざむざやられないだろう。それに、勇者が負けてもいいんだ。それがもともとの運命だったということだろう。全くの第三者である我々が、うっかり魔王を殺してしまった、というのが大問題なだけだからな」

「いずれ全員死ぬんですし」


 サクヤが悟ったように頷いたが、もともと死を統べる者である。生者に対して、暖かい振る舞いを期待してはいけない。


「どうせ、人間ですしね」


 ドラゴン王のアレグリアも共感していた。ドラゴンから見れば、人間は確かに脆弱な生き物だ。

 こうして見ると、人間に同情的な種族がいない。邪神族はどうだろうか。聞いてみたくなったが、なぜか1番酷いことを言いそうな気がして避けた。


「さあ、これでこの城のことはもういい。どうする? 俺たちの本拠地、天空の箱庭でも探しに行くか?」

「その前に、宝物庫はどうします? 黄金の量が多いだけで珍しいマジックアイテムもなかったですし、もらってもいいのでは?」

「そうしましょう」


 ペテネラの言葉に、アレグリアが力強く同調する。ドラゴンの黄金好きは有名だ。悪魔もしかりである。


「そうだな。財宝の管理を2人にまかせると約束したところだった」

「巨人族の死体もあります」

「ガーゴイルが守っていた扉の先も気になります」


 ソレアとシギリージャが続けて口にする。


「ふむ。こう考えると、意外とやることはまだまだあるな。他に、何かしたいことはあるか?」

「私は……もう一度ニニギ様と……あのベランダで……」


 サクヤが恥ずかしそうに俯きながら言うと、全員が色めき立った。


「何をしたの?」

「さすがニニギ様、お手が早い」

「ふ、不潔です」

「お子様が楽しみですな」

「落ち着け。チェスを一ゲームやっただけで、子供ができてたまるか」


 ニニギの冷静な指摘に、駒たちの表情が色々と変わった。

 最終的に元の表情に戻るまで待ち、ニニギは背後の扉を指で示した。


「とにかく、ここにはもう用がない……」


 指で示しながら、ちらりと視線を向けた。用はないと公言した王の間の、ただの扉に、ニニギは釘付けになった。

 ニニギは、気がつくと突然王の間にいた。だから、この扉を見たのははじめてだ。

 大きな両開きの扉には、見たことがある模様が刻まれていた。幾何学的な模様に、魔法文字、2次元で描くそれは、初歩の召喚用魔方陣だった。


「ニニギ様、いかがいたしました?」

「……お前たち、これか何かわかるか?」


 ニニギは魔法陣に手を触れる。硬質な感触が伝わってくる。ただ描いたのではない。ニニギが知らない材質の鉱物を埋め込んで、決して破壊されないように細工してある。魔力を流せば、すぐにでも機能するだろう。


「魔法陣かと」

「ごくありふれたものに見えますが」

「ニニギ様がその程度、わからないはずがない。お尋ねになったのは、材質のことではないか?」

「……なるほど……見たことがありませんね。この世界の特産でしょうか」


 駒たちの言葉を背後で聞き、目の前の魔法陣が何を意味しているのか、誰も理解していないことを悟る。駒たちは、すでに目にしているのだ。だが、気に止める必要もないと判断したのだろう。それは、ある意味では正しい。だが、ニニギにとっては違う。


「この魔法陣は、紋章で再現する種族固有魔法の中では、もっとも低い段階で習得するものだ。いくつかの固有魔法系統で、同じ魔法陣がある。これは……魂の門と呼ばれる、死者の魂を呼び出すためのものだ。低位で2次元のみの記述で実現できるから、魔法陣さえ正しく描き、魔力を注げば、実際には誰でも召喚が可能だ。だが……この魔法陣は完成していない。本来は、この部分に召喚する者を指定する文言が入る」


 ニニギは、魔法陣の内側の一部を指差した。種族ごとの特殊技術は、固有魔法系統と固有技能系統がある。特に固有魔法系統は、すべて魔法陣によって発動し、紋章魔法とも呼ばれる。この中では、紋章魔法の知識がないのはソレアだけだ。ニニギが魔法職に特化した分、ソレアはそれ以外の方面に特化させたためだ。最高レベルのキャラクターでプレイヤー同様のスキルポイントがあり、魔法が一切使えないというのは珍しい存在のはずだ。


 ソレア以外の6人にとっては、ニニギの言葉は当然のことであり、特に疑問を挟むことはなかった。それがどうしたのか、というところだろう。ニニギは続ける。


「この状態で魔力をこめ、魔法を発動させても、何も起こらないか、あるいはたまたま近くにいた者が呼び出される。この魔法陣は魂の門という名称だが、実際の効果は違う……」


 ニニギは違和感を持った、自分自信の知識についてである。ニニギの知識は、ゲームの知識だ。実生活で魔法執行者だったわけではない。魔法に興味があったわけではない。ゲームはゲームだと、割り切って遊んでいたはずだ。どうして、自分にこんな知識があるのかわからない。ゲームの中で、魔法職に特化した影響だろうか。職としての知識が、強制的に流れ込んでいるのだろうか。魔法陣の書き方は考えなくてもわかるし、何より、知識として知らないはずのことを有している。

 ゲームの時の機能が一部生きているというのなら、それでもいい。いまは、重要なことではない。


「この魔法陣はごく低位のものだから、物質は通せない。重さがないに等しいものしか召喚することができない。魂ぐらいしか呼び出すことができないからこそ、安全に魂を召喚することができる。お前たちは気づかないか? 重さがないものを召喚するための魔法陣だ。魂であり……あるいは、データだ」

「に、ニニギ様……では……ニニギ様がおっしゃりたいのは……ニニギ様が、この魔法陣で召喚されたということでしょうか」


 サクヤの声が震えた。サクヤは知っている。ニニギが、元の世界に戻ることを考えたことを。ペテネラも同様だ。だが、サクヤの反応から推察して、ニニギは本心を明かさなかった。

 サクヤの声に、仲間の6人が注目する。答えたのはニニギ自身だ。


「データの集積である俺が、この魔法陣で召喚され、この世界の法則に従って実体を持った。直後に戦闘状態に入り、システム上、お前たちが召喚された。そう考えるのが自然だ」

「なるほど……では、いかがいたしましょう」


 邪神族のシギリージャが尋ねる。冷静な声だった。本気で、ニニギがどうしたいのかを尋ねている。サクヤは動揺し、ただじっとニニギを見つめている。


「俺を召喚した者に、尋ねるべきだろう。なんのために俺を呼び出したのか。何をさせたいのか。それによっては、今後の行動を変えていく必要がある。まあ……今のところ、行動の方針があるわけではないんだがな」

「ニニギ様がこの魔法陣で呼び出されたということは、別の存在も呼び出される可能性があるということでしょうか」


 キューブ大戦の、別のプレイヤー、または別のゲーム内の存在も、呼び出される可能性がある。


「ほとんどの場合、何も起きないだろう。俺が召喚されたのは、たまたま近かったのだろうな。距離的なものではなく、次元的な何か、としか言えないが。特定の場所と常に近いのか、近づいたり遠ざかったりを繰り返しているのかすら、わからないが」

「この魔法陣を使って、別の世界へ行くこともできるのでしょうか? 例えば、かつての世界へ戻るような」


 尋ねたのは、ニニギの分身であるソレアだ。魔法陣に対する基本的な知識がないため質問だとニニギば解釈したが、サクヤはソレアを睨みつける。ニニギは、サクヤの形相を見なかったことにして返答した。


「この魔法陣は、呼び出すだけだ。実態を持った者も召喚できないから、この魔法陣で、すでに実体を持ってしまった我々が別の世界に行くのは無理だな。だが……この魔法陣で異世界からの召喚が可能なのであれば、より高度な魔法陣なら……不可能ではないだろう」

「ニ……ニニギ様」

「どうした? サクヤ」

「ニニギ様は、お戻りになられたいのでしょうか」


 サクヤの声が震えている。全員の視線が、ニニギに向けられている。ペテネラには意見を聞いた。7人のうちに、戻りたいと思っている者はいないだろうと推測できる。だが、ニニギば嘘を言えなかった。嘘をつくべきだと感じてはいても、自分が育て上げた者たちを騙したくなかった。


「俺自身にもわからない。だが……お前たちとこうしていられるこの世界のことは、嫌いではない」

「でしたら!」

「サクヤ、止めろ」


 止めたのはシギリージャだった。


「何を止めろと言うの? あなたは、ニニギ様と共に過ごせるこの時間など、どうでもいいと言うの?」

「ニニギ様に従うことこそ、我等が意義だ。ニニギ様は、我等にありえないほどの愛情を注がれている。ニニギ様のなさることを信じろ。それ以上に、考える必要はない」

「シギリージャ、お前の気持ちはありがたいが、俺は考えることを放棄した人形のような者は欲しない。お前たちが自分で考え、行動しているからこそ、この世界が気に入ったのだ。サクヤを責めるな。それ自身、俺の意思だと知れ」


 異形の男が、静かに頭を下げた。誰も動かない。サクヤも、表情を伺うようにニニギを見つめていた。


「しかし……困ったな。この魔法陣のことを1番詳しく知っているのは魔王だろうが、話を聞くにもこのままでは勇者に殺されてしまう」

「ニニギ様を召喚したというのなら、魔王を倒すためではないでしょうか。なら、勇者側に事情を知っている者がいるのでは?」

「そうだな。俺たちが現れた時の魔王の様子を見ても、俺たちが来ることを予想していなかったようだ。ならば、勇者側がやったのかもしれないが……現実の問題として、無理だろう?」


 ニニギはペテネラを見つめる。真っ黒い肌をした悪魔王は、こっくりと頷いた。


「門番のゴーレムにも苦戦していましたから。ニニギ様を呼び出して、わざわざ外に戻るとか、意味がわかりません」

「魔王でも勇者でもないなら、誰が、ということもあるが……この低位の魔法陣なら、遠方から起動させることも可能だ。まずは、この魔法陣をなんのために誰が描いたのかを確認すべきだろうな。わざわざ、俺たちが知らないような鉱物を埋め込んで描いている。簡単にできたはずはない」


 ニニギはサクヤを見る。サクヤは、おどおどと視線を逸らした。


「サクヤ、魔王から情報を引き出しただろう。何か言っていなかったか?」

「聞き出したのは、魔王の素性やこのあたりの勢力などですので……扉の魔法陣のことは、私も知りませんでした」


「聞いていないか。やはり……直接聞くしかないか。勇者様に殺されないよう、ちょっと手を貸すか」

「ニニギ様、それは……ニニギ様が望まれなかったことでは?」


「事情が変わった。なんのために俺をこの世界に召喚したのかということは、非常に重要だ」

「ならば……その役目、私にお任せいただけないでしょうか」


 ニニギはサクヤを見つめた。サクヤが見つめ返してくる。目を逸らさない。強い意識を感じた。

 どうして強く決意したのか、考えるまでもない。サクヤは、ニニギが真実に触れることで、元の世界に戻ることを選択することを恐れているのだ。視線を他の6人に向ける。サクヤに異論を挟もうとする者はいない。


「わかった。この場はサクヤ、お前に任せる。くれぐれも言っておくが、俺たちが介入することで本来の歴史を変えるようなことは避けろ。俺たちが誰になんのために召喚されたのか、少なくともそれがわかるまでは駄目だ」


 決して、帰りたいから調べるのではないのだということを強調しておく。サクヤは妙に力の入った声で返事をした。心なしか、目がきらきらと輝いているような気もする。種族的にはありえないことなので、多分見間違いだろうと思う。サクヤはアンデッドであり、涙どころか血も流れていないはずなのだから。


「では、サクヤはこの場に残り、この魔法陣について探れ。他の者は俺と共に来い。まずはそうだな。宝物庫に行くとしよう」

「はいっ」


 誰よりも大きく、ドラゴン王アレグリアの声が響いた。


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