6 勇者乱入
ニニギはキューブ大戦というゲームのプレイヤーである。
プレイヤーは全て超人という種族と設定されており、レベルアップのボーナスホポイントをステータスに割り振ることと、スキルポイントの割り振りで、あらゆることを身につけることができる。
料理人や大工仕事といった生産系のスキルもあれば、一般的に戦闘をするのに有利になる戦士や魔法といったものも身につけられる。
ニニギは、ポーナスポイントを全て知恵や思考力といった魔法を使用するのに必要なステータスに振り分け、スキルポイントも魔法の習得に費やした。
キューブ大戦における魔法の系統は11系統あり、それに種族固有の系統を加えた全12系統で成り立っている。
11の系統は、火、水、風、土、雷、熱、力、振動、光、生命、精神であり、全て1段階から10段階まで設定されている。
ニニギの種族である超人の固有魔法は時空であり、時間と空間を操る。但し、種族固有魔法は全て魔法陣により発動するものと設定されている。そのため、魔法陣を早く正確に作成する技術が無ければ役に立たない。高度な魔法陣は3次元以上に及ぶため、平面しか扱う技術がない者であれば、種族固有魔法のみ取得しても意味がないということになる。設定上は、手で書けば2次元上の魔法陣までは作成できることになっていたが、戦闘中にできるはずもなく、魔法陣は別の手法で描かれることが通例だった。
いわゆる、火であり光であり水であり塵であり電子である。それらを使用して魔法陣を描くためには、使用する系統の魔法を最高レベルまで極めなければならなかった。
各系統の魔法について、クラスが上がるほど威力や範囲が増していく。だが、最高レベルの魔法とは、繊細なコントロールなのだ。
ニニギは超人という種族魔法を極めるため、全系統の魔法を最高レベルまで取得している。
時空を扱うという超人魔法には、不可能なことが限りなく少ない。ただし、ゲーム上はできないことが大半だ。
時間を戻すといっても、世界中の時計を巻き戻すことができるわけではなく、魔法陣で囲われた一定範囲の時間を戻したり進めたりする。ゲーム上での意味は、死亡からのデメリット無しの回復効果でしかなかった。
だが、世界は変容した。ニニギは望むと望まないとに関わらず、ゲーム上の能力を保持したまま、別の世界に来てしまったようだ。
もはや、それを否定してもはじまらない。
受け入れるしかないだろう。
せめて、ゲームで得た強い体でこの世界に来ることができた幸運に感謝すべきだろう。ついでに、プレイしていたのが、キューブ大戦だったことも感謝すべきだ。
ニニギは元の世界では、いくつかの仮想世界を楽しむゲームにはまったが、ゲーム内の人間関係に嫌気がさして幾度となく引退した経験がある。
キューブ大戦にはまったのは、たった1人でも、強大な敵に立ち向かえるゲーム設計のゆえだ。途中でギルドに参加したこともあったし、気の合うプレイヤーもいた。だが、結局は解散した。ニニギだけが残った。このゲームで引退したら、もう二度とゲームはしないつもりだった。結局、引退することなく、別の世界に来てしまった。
元の世界に戻れるのだろうか。
考えてもわからない。だが、いずれは調べるべきだろう。
城のベランダに、自らが土魔法で作成した椅子に腰掛け、澄み渡る山河の景色を見下ろして、ニニギはそんなことを考えていた。
クイーンであるサクヤは、ニニギとテーブルを挟んで向かい合っていた。必死にテーブルを睨んでいる。
テーブルも、サクヤの座る椅子も、土魔法でニニギが作り出したものだ。テーブルの上にはもう一つ、ニニギが作り出したチェス盤と駒がある。
サクヤは、チェス盤を睨みつけたまま固まっていた。
「……降参です」
「早いな。もう少し、足掻いてみたらどうだ?」
「いえ。勝てる気がいたしません」
「そうか。サクヤは頭がいいぶん、見切りが早すぎるのではないかな。まあ、チェスで不利な場面から覆すのは並大抵のことではないが」
ニニギがなぜ、チェスをサクヤとしているのかといえば、暇だったのと、もともと好きだったからである。
サクヤと話し、ニニギとほぼ同じような魔法に対する認識を持っていたことを確認し、魔法ついては今まで通りに使用できるのだろうと解釈していた。
プレイヤーは、複数の魔法系統をその場に応じてブレンドして使うことができる。例えば、火に熱を加えて火力を上げることや、水を呼び出すのと熱を奪うのを同時に展開して氷に閉じ込めるなどだ。
だが、ノンプレイヤーキャラクターまで同様に行動を指定しては、行動の指定に時間がかかりすぎる。そこで、プレイヤー以外の魔法の使用は、複数系統の魔法の発動をあらかじめセットしておき、名称をつけることで簡単に指示できるようになっている。サクヤが王の間を一瞬で氷漬けにした『9階層の氷結』はそのひとつであり、最高水準の水魔法と熱魔法の混合魔法である。名称はニニギがつけたもので、特に意味はない。
ゲーム上では限られた魔法の使い方しかできなかったノンプレイヤーキャラクターであるが、この世界ではほぼニニギと同様に使用ができるらしい。
「サクヤ、話しかけてもいいか?」
ニニギが声をかけると、白蠟の頬がピクリとふるえた。ニニギを見る目に、アンデッドの身でどうしてできるのかわからないが、熱を帯びているようだ。
「ど、どうぞ。ニニギ様が望まれることをなさって、いけないはずがありません」
必要以上に気を使うのをやめてほしいと言いたかったが、そのうち慣れるだろうと放っておいた。
「この世界のこと、どう思う? 情報が少なすぎるのはわかっているが、今のところ、どんな感想を持っている?」
尋ねながら、ニニギはサクヤが降参したチェス盤上で、駒の配置を初期配置に戻していく。
「……ニニギ様とお話ができます。それだけで、価値ある世界だと思っております。それだけでなく……ニニギ様にまるで対等のように遊んでいただける……なんの不満がありましょう」
「そうか……元の世界に、戻りたいとは思わないか?」
「ニニギ様は、お戻りになられたいのでしょうか?」
サクヤの目が大きく見開かれていた。美しく、綺麗な瞳だ。戦闘中は闇を垂れ流している瞳だけに、どうしてこんなに綺麗な瞳ができるのか不思議だった。種族固有技能で外見を美しく見せるものがあっただろうか。
「この体があった元の世界は、俺の知る世界の一部に過ぎないはずだった。だが、現在はこの体が俺の全ての世界となっている。帰りたいか、といえば、なんとも言えないな。サクヤは帰りたくないのだろう?」
「また……ニニギ様のご命令をただ待つだけの生活が、悪いとは申しません。私たちは、それだけで十分幸せでしたから。でも……」
サクヤが手を伸ばす。指の先には、ニニギの手がある。触れるのをためらっているようだ。ニニギの手は、ナノアーティファクトに覆われて黄金に輝いている。全身が同じだ。
ニニギはサクヤの手を取り、自分の手に触れさせた。優秀な装備は、所有者の気持ちを代弁しているかのようにサクヤの手の感触、温度を伝えてくる。もちろん、サクヤの手は死人のように冷たい。
「こうして……ニニギ様に触れられる。この幸せが奪われるのでしたら、戻りたくはありません」
「……そうか」
データの集積だったものが、実体を得る。もともとの自我が存在していたニニギとは、感じ方も考え方も異なるのだろう。悪いことを聞いてしまったかと思ったが、一度は聞いておかなくてはならないことだ。
ニニギが元の世界へ戻りたいなどといえば、どれだけ落胆されるか想像できる。
ニニギが自分の考えに没頭しながら、チェス盤上で最初の一手を打つ。サクヤはチェス盤を見ていなかった。サクヤの手は、ニニギの手を握ったまま、少しずつ腕を登ろうとしていた。
「はぁい、そこまで。サクヤぁ、時間切れだよーー」
ニニギの目の前に、漆黒の燕尾服を着、それよりもさらに黒いと思われる肌をしたナイト、悪魔王ベテネラが浮かんでいた。
ベランダより外である。文字通り、空中に浮かんでいたのだ。
驚くことではない。悪魔は種族特性として、飛ぶことができる。飛ぶための魔法も取得させているし、ニニギはペテネラが近づいていることを察知していた。警戒のため、周囲を探知する雷魔法を微量に発動させたままだったのだ。
「ペテネラ、何用です?」
サクヤの声が上ずった。動揺しているらしい。
「何用って、ご報告に決まっているでしょうが。ニニギ様……」
ペテネラが言葉を切ったのは、ニニギが止めたからである。空中の黒い美女に手のひらを向けると、今度は逆に手のひらを自分に向けて、指でペテネラを招いた。
「堅苦しい話はあとにしよう。緊急の要件であれば別だが、せっかく飛んできてくれたのだ。まずは、おいで」
「ニニギ様!」
「わぁぁぁい!」
叱責するような鋭い声を発したサクヤを無視して、ペテネラは嬌声を上げてニニギの胸に飛び込んできた。ニニギが最高レベルに達していなければ、ダメージを受けたかもしれないと思えるほどの勢いだった。
黒い塊となった女を胸で受けとめ、といっても、ニニギは鋼鉄の鎧を脱いでいないが、それでもペテネラはご満悦だった。
「ニニギ様とずっと離れていて、寂しかったんですよぉ」
「そうだな。以前の世界では、ずっと一緒で、単独の任務を与えるようなことはなかったものな。もし……元の世界に戻れるとしたら……ペテネラは戻りたいか?」
ニニギの質問に、サクヤが表情を硬くしたのがわかる。サクヤは否定した。だが、ペテネラはどうだろうか。ノンプレイヤーキャラクターの性格まで設定した覚えはないため、ペテネラの言動はゲーム設定に準拠しているのだろうと思う。そのペテネラは、どう思うのだろう。
「嫌です」
意外に即答だった。こちらの世界に来てからずっと一緒に行動していたサクヤとは、少し違う反応が来てもいいかと思っていたのだ。
「どうしたか、聞いていいか?」
「いままでは、こういうことができませんでした」
「ペテネラ!」
叫んだのはサクヤだった。ペテネラは腕をニニギの頭部に伸ばし、ぎゅっと抱きついたのだ。悪魔ではあっても、女性特有の柔らかい匂いにつつまれる。
ニニギは自分の正面にあるだろうペテネラの体に腕を回したくなったが、その後のサクヤの反応を想像して、ペテネラの胴体を両手でつかんで、そっと引き離した。
「確かに……だが、思い出すなあ。全員、まだほんの一レベルの頃から知っているからな。とても懐かしく思うよ。ずいぶん強くなった。そのお前たちと、こうして触れ合えるのだから、この世界に来たことを感謝しなければな」
「えへへっ」
はにかんだように笑うペテネラを膝に乗せ、ニニギは続けた。
「城の中はどうだった? なにか変わったものはあったか?」
「あの……ニニギ様、ペテネラを降ろされてはいかがてしょう」
「あっ、焼いているの?」
ペテネラがサクヤを煽る。サクヤの、血が通わない頬がふるえた。
「ニニギ様に対して、無礼だとは思わないの?」
「思うよ。ニニギ様がお命じくだされば、このペテネラ、椅子にでも便座にでもなってご覧にいれましょう」
「このままでいい」
「お許しいただきました」
ペテネラがサクヤに笑い返したが、たぶんサクヤからは邪悪な悪魔の笑みに見えているだろうと思う。ニニギにしてみれば、自分の便座にでもなるといわれて、降りろと言えるはずもない。そもそも、ニニギも男である。美女を膝に抱いて、気持ちよくないはずがない。
ペテネラが報告を始める。ニニギの膝の上で、まるで夢見心地の少女のような口調ではあったが、城の内部にいた巨人族のこと、守っていた財宝のことを語る。
おおむねニニギが知っていた内容だったが、あらためて経験した配下から聞くと、自分の探知魔法がどの程度正確に探れるものかの確認もできる。
ニニギが満足して話を先にうながそうとしたところで、扉をノックするような音が響いた。ベランダにつながる寝室の扉が叩かれたのだ。
「誰か来たようですね」
「ファルーカだ。俺を呼びに来たのかな」
「見て来ましょう」
サクヤが立ち上がる。すぐに戻るだろう。だが、その僅かの隙を見つけて、ペテネラがニニギに囁いた。
「あたしは悪魔です」
「知っている」
「悪魔は、贄をいただけると、力をより発揮します」
実際には、囁く必要はないのではないかと思う。だが、ペテネラは囁いた。
「そんな設定はなかったはずだが」
本当のことだろうか。ニニギにはわからなかった。
「この世界の独自ルールかと思われます」
悪魔王であるペテネラが言うのなら、そうなのだろう。
「そうか。では……どうしたい?」
「主様の一部をいただければ、あたしはどこまででも力を出せそうな気がします」
「ふむ……目玉とか、か? そうしなければならない理由ができた時には仕方ないが……」
「いいえ。そこまで素敵なものでもなくても……ちょっとした体液で十分です」
「……血か?」
ニニギが出血するのは、ナノアーティファクトを外さなければありえないだろう。ニニギは、体内以外はあらゆる障害から守られている状態なのだ。
「……唾液でも」
なるほど、ペテネラが囁いた意味がわかった。サクヤに聞かれたら、激昂すると思ったのだろう。その考えは正しい。
「では、その必要が生じた時にな」
「……残念。でも、約束ですよ」
サクヤが、黒い鎧をまとったファルーカを引き連れていた。ファルーカがいつまでも鎧を脱がないのは、そもそも実態と呼べる体がないため、ファルーカにとっては通常装備なのだ。ナノアーティファクトは、この場合体内に取り込んでいるという扱いになる。
全員が同じ黒い鎧を着ていたのは、むしろファルーカに合わせたのである。
ファルーカは鎧を脱ぐとただの黒いわだかまりになってしまう。実際にはその方が、相手の体内に侵入して破壊するなど、凶暴性が増すのだが、普段の生活ではどこにいるのかわからないという不便がある。ファルーカ自身には不便はないが、周囲が困るのだ。特にニニギに気を使わせてはいけないという理由で、ファルーカは鎧を脱がないのである。
「……ニニギ様、ペテネラを除いた全員が集まりました。ペテネラは時間がかかるかましれないとソレアが申しましたので、先にお伺いに……ペテネラ」
ファルーカは報告しながら視線を上げ、ニニギを視界に入れて、固まった。ベランダで椅子に座ってくつろぐニニギと、ニニギの上でご満悦の悪魔がいたためだ。
「ああ。ペテネラはここにいる。全員揃ったというわけだな」
「はっ」
「では、行こう」
ニニギがペテネラを持ち上げると、さすがに悪魔も床の上に降りた。ニニギが立ち上がるわずかの間に、ペテネラは恭しく膝をつく。
立ち上がるニニギの前に、サクヤとファルーカも膝を落とした。
「ついてこい」
「はっ」
サクヤが声を発して、3人が立ち上がる。
ニニギに対する忠誠も、時と場合をわきまえているのだと、ニニギは自分が育て上げた者たちの成長に、嬉しくなっていた。
ニニギが部屋を出て王の間にもどるための階段を下っていると、打ち合わされる金属のような硬質な音がひびいてきた。
魔法による知覚で、その正体をあらかじめ推察したニニギは、慌てることなく階段を降りる。
ペテネラを膝から下ろした後、鋼鉄の鎧は脱いでいたので、ニニギの全身は黄金に輝くナノアーティファクトに、魔術師用の魔力を付与された装備を上からまとったものである。魔法のローブの上から鎧を着ていたので、ニニギに関しては三重装甲だったわけだ。
ニニギが姿見せた瞬間、チェスの駒たちが一斉に膝をついた。真っ赤な肉体をマントで覆った、魔王以外の全員である。つまり、打ち合っていたはずのソレアすら、隙だらけになることも構わずに膝をついて平伏していた。
魔王は呆然と立ち尽くしている。
「頭が高いわ」
グァヒーラの昆虫とは思えない艶やかな声と共に、魔王が絶叫を上げて崩れ落ちた。頭を抱え、痙攣した。
もともと少ない白目を最大限に向き、口から泡を垂れ流している。
「グァヒーラ、魔王殿になにかしたのか?」
ニニギは言いながら、当然のように玉座に腰を下ろす。
「はっ。魔王が暴れないようにご下命いただきましたので、脳に寄生する眷属を一匹、送り込んであります」
「それは辛いだろうな。魔王が苦しんだところで俺は構わないが、目障りな上に騒がしい。やめさせよ」
「はっ」
グァヒーラが数多い腕の一本を振ると、魔王の動きが止まった。
魔王は目をむき出し、周囲をにらみつけた。ニニギは気にせず、自分の配下の者たちを眺める。
後から付き従ったサクヤ、ペテネラ、ファルーカの3人が玉座の前に同様にひざまずく。
全員が揃ったのを確認して、ニニギが口を開いた。
「面を上げよ」
全員が一斉に顔をあげる。その動きに、魔王が反応した。
「き、貴様が……こいつら主か……」
立ち上がる魔王の体から、湯気が立ち上る。汗ではない。体の水分が蒸発したかのような湯気だった。
さらに、周囲の空気が歪む。
体が熱を帯びているのだ。
「お前の話は後で聞く。まずは、報告を受けよう。全員、ご苦労だった」
「もったいないお言葉」
ニニギと一緒にいたために、何もしていないサクヤが答えたが、やはりクイーンとしての立場というものがあるのだろう。ニニギが頷いて続けようとすると、魔王が遮った。
「なにが後でだ! 我が城に無断で侵入し、生きて帰れると思うな!」
「……生きては帰れない……か。俺がどうしてここに来たか、知っているのか?」
ニニギの脳裏をよぎったのは、元の世界に帰れるか、ということだ。そのために、回答がかみ合わなくなった。だが、魔王はそう思わなかったようだ。
「知るはずがなかろう。だが、この場で死ぬことだけは約束してやる」
報告を聞くのは後回しにした方が良さそうだと、ニニギはソレアに視線を向けた。
「だそうだ。どう思う?」
「自分の実力を測れないでいるのでしょう。あるいは、私たちが高みに行き過ぎたのかもしれません」
「だが、ソレアはこの魔王殿と戦ったのだろう?」
「やけになって自殺しないよう、とどめておいただけです」
「だ、そうだが」
ニニギが視線を魔王に向ける。魔王は、もともと赤い肌をさらに紅潮させた。
「ならば、我が秘術を、身をもって知るがいい。ギガントフレア」
魔王の前に巨大な火の玉が出現し、ニニギを襲う。ニニギは風邪系の魔法で、空気の壁を作り上げた。壁というより、窒素のみを集めた溜まり場のようなものだ。
生み出された炎がニニギに向かって飛び、炎はニニギの眼前で掻き消えた。
「な……なに?」
「火系統の魔法は、魔王殿の種族火鬼と相性がいい。だが、火系統は単体で使っても、派手なだけで実用的ではないだろう。熱系統の魔法も合わせて使わないと、ダメージを与えるには足りないとは思わないか? それと、魔法を発動させる時に、叫ばない方がいいな。魔法を使うとわかっていれば、いくらでも対処できるものだ」
「な……なにを言っている?」
魔王がぶるぶると震えていた。ニニギは魔王の様子を見て、ビショップのシギリージャに問いかけた。
「この魔王、ずっとこんな感じか?」
「そうですね。突然ソレアに対して勇者と呼びかけ、武器をとりました。意味は不明ですが……」
「あまり、有益な情報源にはならないかかもしれないな」
冷静に話ができないのでは、得られる情報も知れている。
「では、どうします?」
「そうだな。サクヤ、お前の能力で、死者からも情報を得られたな?」
「はっ。お任せください」
「ならばいい。このままでは、落ち着いて報告を聞くこともできない」
ニニギは結論を出した。その間にも、魔王はいくつもの火系統の魔法をつかい、ニニギに阻まれていた。
「いいか、魔王殿。魔法は重複して使ってこそ効果があるものだ。たとえば、こんなだな」
ニニギは、火系統の最弱の魔法を使用し、指先に火を灯す。その火を、まっすぐに魔王に向けて放った。
生み出された火は、まるで導火線を辿るように魔王に向かって伸びる。
「な、なんだ。この程度の魔法で……我を……がっ!」
魔王の周囲には、酸素が集められていた。ニニギの魔法である。高濃度に凝縮された酸素を魔王の周囲に集め、魔王にたいして小さな火を放った。
爆発的に火炎が燃え盛り、一瞬で鎮火する。
純度の高い酸素の燃焼力は凄まじく、魔王は全身を焼け焦がして倒れ伏した。
「生きているか?」
尋ねたのはグァヒーラに対してである。自らの眷属を埋め込んであるのだから、状態はすぐにわかるだろうと判断し、それは正しかった。
「死にましたわ」
「そうか」
ニニギは言うと、力系統の魔法を発動させた。比較的使用頻度が高く、使いやすい魔法である。引力を操って、魔王の死体を引き寄せる。
玉座の隣に転がし、サクヤに命じた。
「この魔王から、知っていることを残らず聞き出してくれ」
「はっ」
サクヤが進み出る。魔王の頭部を持ち上げた不死族の固有魔法を発動させる。魔王の死体に、いつものに魔法陣が浮かび上がった。たぶん、少し時間がかかるだろう。ニニギは視線をドラゴン族の王に向けた。
「アレグリア、そこのガーゴイルはなんだ?」
問われた、人間形態で輝くような美女は、嬉しそうに答える。何が嬉しいのかといえば、どうも、話しかけられただけで嬉しいらしい。
「この城の奥の扉を守っていた二体のうちの一体です。扉の奥にも長い通路がありそうですが……おそらく、この城の魔物より強い者が潜んでいるかと。ガーゴイルはその扉の見張り役のようです」
「……ほう。面白いな。そうだろうな。幾ら何でも、魔王が弱すぎると思ったのだ。この程度の魔王では、まだ中ボスですらないのだろうな。よし、全員で行ってみるか」
「ニニギ様、財宝はいかがいたしましょう」
ペテネラが口を挟んだ。それに、サクヤもまだ魔法を続けている。ペテネラの発言は、手柄を取られたような気がしたのかしれない。すぐに全員で向かうのは難しいかもしれないと思いながら、ニニギは質問を重ねる。
「その扉は、封鎖されているのか?」
アレグリアは背後に置いたガーゴイルを振り返る。ガーゴイルはしゃべらなかった。
「どうなの?」
「詳しいことは、魔王様しかわかりません」
アレグリアは頷き、ニニギに返答した。ガーゴイルとニニギが直接口を利いてはいけないと思ったのだろうか。ニニギは王となった経験はないのでわからない。まあ、悩むことでもないかと思考を切り替える。
「すぐに問題がないということなら、そのままでもいいな。全員の手が空いた時にしよう。この城全体のことはわかった。財宝はそうだな……ペテネラとアレグリアで管理しろ。巨人は生き返らせよう。同族がいるかもしれない。そのほかに……問題は、この城の魔物たちだ。外には人間たちの街もあるようだし、魔物と人間たちがどういう関係なのかわからないが、俺に従わないものは殺しておいたほうがいいのか?」
ソレアがペテネラを見ていた。その意味を、ニニギは気づかなかった。
ペテネラはアレグリアとともに、財宝の管理を任されたことで嬉しそうに平伏していたところだった。
その時だ。王の間の扉が開かれた。
引き開けたのは、人間だった。
額に冠のような輝かしい鉢金をつけ、胸当てとマントで身を守り、腰に剣を下げたたくましい青年だった。
「勇者ロベルト、ここに参上した。魔王ゴルゴゾーラよ! 観念しろ!」
勇者ロベルトと名乗った人間は、ニニギに向かってまっすぐに指を突きつけた。
ニニギは驚いて、すぐには言葉が浮かばなかった。扉の外に、何者かがきていることは承知していた。
魔物とは少し違うとは思っていた。
人間だったとしても不思議ではない。だが、自分に対して魔王よばわりされるとは、全く思っていなかったのだ。
いや、きっとニニギを指したのではない。玉座を指しただけなのだ。決して、ニニギが魔王っぽく見えるということではないはずだ。
「……聞いていないな」
ニニギのつぶやきに、全員の目が一斉にペテネラに向いた。
ペテネラの、真っ黒い顔から血の気が引いたのがわかる。
「あ、あたしは……その……」
ニニギが人間に視線を向けると、勇者の隣には老人のような姿の、悪魔がいた。
視線を自分の隣に移す。
サクヤが魔王の頭部を持ち、語り続けている。たぶん、死体と会話をしているのだ。
間違いなく、ゴルゴゾーラという名の魔王は、これだ。
ニニギは立ち上がった。
「勇者ロベルトよ、少し待て。手違いがあったようだ」
「なに?」
「魔王ゴルゴゾーラは確かにいる。だが、少しばかり待て。すぐに呼んでくる」
「お前は、魔王とはどんな関係だ?」
「待てっ!」
ニニギのことを『お前』と呼んだ勇者に対して、7人が一斉に敵意を向けた。ニニギの鋭いひと声に、全員が一斉に平伏する。その中の1人に、勇者が指を向けた。
「あっ、あなた! どうしてここに! やはり、魔王の仲間だったのか!」
指さされたのはペテネラだった。
これは、収拾がつかなくなりそうだと感じたニニギは、魔法を発動させた。
勇者を中心に、王の間の扉が周辺を、一気に魔法陣で囲む。
発動させたのは雷系統の魔法である。電子はあらゆる物質に含まれており、つまり固形物の中にでも魔法陣を形成できるため、ニニギが好んで使用する魔法系統だ。
電子で描かれた魔方陣は複数の輪を重層的に作り出し、明滅を繰り返しながら球形を形作る。さらにニニギが立体魔方陣を構成する一つ一つを操ると、勇者の動きが静止し、巻き戻されていく。
超人の種族固有魔法は、時間と空間を操作する。魔方陣で囲まれた一定範囲のみだが、時間が巻き戻されていく。
逆回転して勇者は後退し、引き開けたのと全く同じ姿勢で、扉を閉ざす。
ニニギが操作を止めると、魔法陣が停止する。魔法陣を残し、その場が保存される。つまり、時間が静止した。
「さて、ペテネラ、聞かせてもらおう」
ニニギの言葉に、漆黒の女性悪魔が申し訳なさそうに話し出した。