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44 悪魔王と予見の姫

 仲間たちは楽しそうに狩りをしていたが、始めてからすぐに、ペテネラは退屈し始めた。

 ペテネラは接近戦では速さを重視し、相手の弱点を的確に突くことを期待された。個人的には肉を裂き、血を浴びるのが好きだ。


 期待される役割にとっても、個人の趣味にとっても、アンデッド軍団というのは極めて退屈な相手だった。

 弱点というのが特になく、破壊し尽くさなければならないことも、いくら切り裂いても血が出ないことも、ペテネラをいらつかせた。


 競争を提案したのは、面白そうだったというだけに過ぎない。自分が勝てるとも思っていなかった。ただ、勝ちたいという欲望はあった。

 自分が不利であることを、忘れていたのだ。人間街で、ソレアがゾンビの群れを相手に立ち回り、ペテネラは遠くで眺めていた。ペテネラは人間に関わりたくなかったのではない。ただ、ゾンビを殺しても面白くなかったために、手を出さなかったのだ。


 ペテネラは大量のアンデッドをほぼ素手で破壊しながら、より楽しい、血と肉を持った相手を求めた。

 その結果、上空に飛び上がる、大量の影を見つけた。

 ただの鳥かもしれない。アンデッドよりは、鳥の方がいい。さぞかし新鮮な血が流れているだろう。

 力魔法で大地からの引力を解き放ち、ペテネラは宙に浮いた。魔法は使ってはいけないルールだったが、こんなに退屈なのだ。勝負にこだわらなければ構わないだろう。


 ペテネラは、大量の飛行する生物が、苦しそうな表情を浮かべた人間の顔に翼をつけた生物だと見て取った。

 どうやら、魔物だ。

 ならば、狩っていい敵だ。壊していいおもちゃだ。

 集団の前に飛び出したペテネラは、まず手当たり次第に引き裂き、内臓を撒き散らし、血を浴びた。


「あははははっ! 戦闘ってのは、こうじゃないとね」


 ペテネラに敵わないと見て取ったのか、翼を生やした顔は反撃する様子もなく逃げ惑う。その中で、ひときわ大きな顔かと思ったが、顔ではなくドクロに翼を生やした一頭の前に、ペテネラは出現した。


「ひっ、悪魔!」


 ドクロの顔を持ったコウモリは、ペテネラの正体を言い当てた。それが、種族を見破ったのか、ペテネラの行為に対する賞賛なのかはわからなかった。実際のところ、どっちでもよかったのだ。

 ペテネラが同じように引き裂こうとしたところ、コウモリがさらに命乞いを始めた。


「わ、私は、魔帝国軍8軍の将、ド・ブラドー閣下の副官ブギーですぞ。私を殺せば後悔しますぞ」

「ド・ブラドー……副官……ふぅん。じゃあ、敵だね」


 ニニギがそう見なすだろう。ペテネラは迷わなかった。だが、ブギーと名乗ったドクロコウモリは、思いの外知恵が回るようだ。ペテネラのつぶやきから、相手が何者かの一端を掴んだのだ。


「敵、ということは、アムレーリアの味方なのですな! 予見の姫アムレーリアの命、失っても構わないのですな!」


 ペテネラはアムレーリアという名前は知らなかった。だが、ブギーを殺すのはためらった。

 予見の姫については、人間たちの住居を作るために潜った地下で、シギリージャから聴いていた。

 この地に人間が国を作ったのは、当時予見の巫女という未来を見る力を持った存在がおり、その導きによるものだという記録が残っていたらしい。ただの迷信ではないはずだった。人間に予見の力を持つ可能性を、ニニギが認めたというのだ。


 ニニギを呼び出すための魔法陣に魔力を送った結果、人間が魔力を吸い尽くされ、実に10万人が死亡した。

 なぜ、そこまでの犠牲を払ったのか。ニニギを呼び出して、何をさせたかったのか。それが、ニニギが知りたいと希望していることである。


 魔法陣を作成させたのも、人間の犠牲をやむをえないと判断したのも、間違いなく予見の巫女、現在は予見の姫と呼ばれる存在が関わっているはずだ。そうでなければ、10万の人間が死ぬとわかっていることを、実行させるはずがないのだ。


 だが、シギリージャはニニギの予想とは違う可能性をペテネラに指摘した。予見の姫が将来を見通す力を持ち、その力によって、ニニギを招く方法を知り得たのであれば、別の存在を招くこともできるはずだというのである。


 この世界には、ニニギを脅かす存在はいないかもしれない。ニニギに、戦力は必要ないかもしれない。そうであれば、ニニギが自分たちを必要とする状況を作り出すのだ。そのためには、予見の姫の力が必要なのではないか。

 地下30階で、シギリージャがペテネラに答えた、1つの可能性である。


「予見の姫アムレーリアか……あんた、居場所を知っているね?」

「し、知ってはいますが……」

「案内しな。あんたの命は助けてやろう。安心しなよ。あたしはそのお姫様をさらったりはしない。もし邪魔なら、そのド・ブラドーも殺してやる」


 ド・ブラドーがペテネラでは殺せない存在だったとしたら、それは好ましいことだ。この世界にはまだ、ニニギでも油断できないような強者がいることを意味するのだ。


「わ、わかりました」

「1つでも嘘をついたら、あんたの精神を犯す。一生あたしに仕えさせる。そのなりたいって思ったら、いつでも言いな」

「……はぁ」


 ペテネラはブギーを放った。

 飛ぶのが苦手らしく、上下動を繰り返した挙句、ブギーは悪魔の王を自らの主人がいる住処に誘った。






 ペテネラは、山間に隠れるように建つ古城に足を踏み入れた。

 魔物が徘徊し、人跡未踏と思われる山間部である。作ったのは、魔物か、人間をさらってきたのかもしれない。


 古びてはいるが、しっかりとした城だった。この城が、魔帝国の中枢ではないことはわかっている。少し高く飛んだ時、途中で巨大な山脈と、その山々に埋もれるように配置された明かりを見た。魔帝国の本拠地は、トーキン城と同じように山をくりぬいた城なのだろう。確かに、その方が魔物の使うには適している。 


 頑強な魔物が暴れても簡単には崩れないし、崩れても掘ればいい。新たに組み上げることより、掘ることのほうがずっと簡単だ。

 ドクロコウモリのブギーに案内され、ペテネラが城内に入る。城内に入った段階で、ペテネラは約束を破った。精神系統の魔法を発動させ、ブギーを完全に支配下に置いたのである。


 魔帝国軍の一部隊に過ぎないとはいえ、一軍の将がいるかもしれない。本当の目的は予見の姫だったが、敵の大将がいるかもしれないのに、避けて通るほど、ペテネラはお人好しではなかった。


「ここに、現在ド・ブラドーがいるかい?」


 精神系統の魔法は、相手を支配下に置き、従属させることに特化している。どんな生物であれ、脳の構造は複雑だ。第三者が情報を引き出すのであれば、本人を支配して口から吐かせたほうがずっと簡単だし、確実だ。


「はい。現在、魔都より戻り、第10軍からの連絡をお待ちです」


 ブギーは、ペテネラに傅いた。城の天井が高かったため、ぶら下がることはせずに石畳の上におり、平伏していた。


「第10軍の目的と規模は?」

「第10軍は八足豚ラミゴアの率いるオーク、トロル部隊です。トーキン城を陥落させ、マグマの支配者ガリゾンの生存を確認することです」

「ガリゾンが死んでいたら?」


 ペテネラは、現在のトーキン城の警備を思い出そうとして、放棄した。あまり興味がなかったため、そもそも把握していなかった。ガリゾンと呼ばれる魔物については、直接戦ったこともあり、知っていた。強かったという印象はないが、この世界に来て、唯一ニニギが正式にスクエア戦闘を仕掛けた相手だ。


「アムノリアを滅ぼします。もはや用済みですから」

「なるほど……じゃあ、ニニギ様の敵になるかもしれないか。念のために、ド・ブラドーとやらも見ておこう。案内しな」

「はい」


 ドクロコウモリはよちよちと歩き出した。実にのんびりとした動作にみえたが、その歩く後ろ姿が滑稽だったため、ペテネラは何も言わずに静かに笑いながらついて行った。






 ブギーは大きな扉の前に止まり、扉をノックした。


「誰だ?」

「ブギーでございます」

「魔皇帝と交信中だ。後に……」


 最後まで聞かず、ペテネラは扉を押し上げた。

 古びた城にふさわしい、古めかしい調度が並んだ、広い部屋だった。

 中央の壁に姿見が備え付けられており、その前でド・ブラドーと思われる青白い肌をした男が膝をついていた。


「貴様、何者だ。魔皇帝の御前であるぞ」


 ペテネラは黙ったまま鏡の前に移動した。鏡の中には、毛だらけの魔獣が玉座に座っている。横に、しわがれた魔物が控えており、羊皮紙とペンをもっているところを見ると、目の前の姿見は魔帝国の帝都との交信用なのだろう。音声は送れないため、筆談をしていたということか。


 ド・ブラドーの手元にも、書きかけの書簡がある。文字の大きさからいって、通常の手紙ではない。鏡に向けて、意見を伝えるためのものだ。

 ペテネラは姿見に向かい、火魔法を操った。火で文字を形成する。


『魔皇帝かい?』


 ペテネラが作成した炎の文字は、少しの間とどまり、霧散した。ペテネラは、あまり多くの文字は扱えない。魔力の問題ではなく、そもそもこの世界の文字をよく知らないためである。

 文字を読むことはできる。ニニギも以前言っていたが、ゲームシステムが一部残っており、文字を見るとルビが振られるのだ。その結果、多少の文字は覚えたが、本格的に読み書きすることはできなかった。現在も、試しに書いてみた文字に、きちんと訳語が表示されたので、満足しているところである。


 そんな思惑を当然知らない鏡の中では、毛玉のような姿が目を見開いたのが分かる。

 途端に、形が崩れた。通信を終えたのかと思ったが、別の理由だった。毛玉にしか見えなかった玉座の上の影が形を変えたのだ。その姿は、漆黒の肌をした美しく細面の男のものとなっていた。


「……陛下」


 ド・ブラドーの驚きの声を無視して、ペテネラが再度問いかける。


『返事は?』


 姿を変えた玉座の主人が、隣にひかえる魔物に声をかける。すぐにペンが走り、書かれた文字をペテネラに向けた。

 読むだけなら、どんなに複雑でも大丈夫だ。


『あなたを我が城に招きたい』


 少し考えた後、ペテネラは再度おなじことを尋ねた。


『魔皇帝じゃないのかい?』

『魔皇帝だ。その名において、あなたを招いている』


 ペテネラは驚いた。どうやら、自分は求愛されている。いや、そこまでいかなくとも、好意をもっているらしいことは間違いない。自我を持ってから日が浅いペテネラは、自分の欲求を押し付けることはあっても、押し付けられることはなかった。

 返事をした方がいいだろう。


 だが、ペテネラが知っているこの世界の文字は少ない。しばらく考えた後、ペテネラは再び炎を躍らせた。

 自分が書いた文字に、自動でルビが振られる。


『クソして寝ちまえ。この雑魚が』


 思い描いたのとは少し違ったが、おおむね意図は伝わるだろう。鏡の向こうで、魔皇帝を名乗った細面の男が震えたのがわかる。その男が、ペテネラと同じ悪魔種族だとすぐに見て取った。


『余を愚弄するのか?』


 隣にいた魔物が、メモを走らせて鏡に向ける。どう返したものだろうか。さっきの言葉で真意が伝わらなかったとしたら、あれ以上の悪態をつかなければならない。言葉ではいくらでも言えるが、知っている文字が少ない。


『あたしは高いよ』


 結果として、そう文字を綴った。鏡の中の悪魔が、なぜか笑った。魔物がメモを取り、鏡に向ける。


『ド・ブラドーはいるか?』

「ド・ブラドーってのは、あんたかい?」


 ペテネラに場所を奪われ、床でしりもちをついていた吸血鬼が頷いた。ペテネラと魔皇帝のやりとりは、見えていなかったようだ。角度が悪かったのだろう。 

ペテネラが手招き、立たせると、鏡の向こうで反応があった。


『その女を連れてこい。もし余のもとまで連れて来られれば、側近に取り立てる』


 魔物のメモにはそう書かれていた。


「……なっ!」


 ド・ブラドーは、意味をなさない声を上げたきり、黙ってしまった。

 ペテネラも見ていた。

 これ以上、情報は聞き出せないだろう。炎で文字を形作る。


『失せな』


 鏡の中で魔皇帝が笑いながら消えた。

 部屋には、ペテネラとド・ブラドー、加えてただ平伏しているドクロコウモリのブギーが残された。






 ペテネラは、魔帝国第8軍の将軍であるド・ブラドーに向き直った。


「これは、遠隔地を映す鏡か……光魔法のマジックアイテムだね」


 ペテネラが覗き込むと、現在は愛らしい、黒い顔を映し替えしてくる。


「ああ」

「で、さっきのが、魔皇帝」

「そうだ」


「あたしを連れて行けば、あんたは出世できる。簡単なお仕事だ」

「……そうだな」

「本当に、そう思うかい?」


 ド・ブラドーはペテネラを睨み殺そうとするかのような眼光を向ける。赤く輝いた。吸血鬼の種族固有技能の1つ、精神支配を試そうとしているのだとわかる。


「その力じゃ、あたしには通じない」

「そうだろうな。では、力づくで、ということになる」

「へぇ。あんたがそれを試してみたいっていうのなら、付き合わないでもないよ。でもね、あたしもこの安っぽい城に、遊びに来たわけじゃない」


「……何をしに来た?」

「予見の姫、いるんだろう? 出しなよ」


 この城の主人がド・ブラドーであることは間違いない。ブギーに、ド・ブラドーのところに案内させたのは、城に着いてからである。それまでは、予見の姫のところに案内させたはずなのだ。つまり、予見の姫はこの城にいることになる。


「なるほど……予見の姫を求めるということは、アムノリアの手の者、というとか。どうして、悪魔が人間の味方をする?」


 ペテネラが予見の姫を求めたのは、ニニギがどんな情報を得ることになるのかを、ニニギの前に知りたかったことと、ニニギに匹敵する強者の召喚の可能性を探ることにあった。アムレーリアの人間のことなど、どうでもいいのだ。

 だが、ペテネラは、アムレーリアのために動いていると思わせることにした。なぜか。その方が面白そうだと思ったからだ。


「ふむ……そうだね。あんた、あたしをどう見る?」

「悪魔だな。人間にうまく化けているが、その力は隠しきれない」


「そのあたしが、どうして人間の味方をするのかって? 味方をしたいはずがないじゃないか」

「……弱点を握られているのか」


 ド・ブラドーは勝手に解釈した。ペテネラは頷く。首を縦に振っただけで、何も言っていない。その動作をどう思おうが、ド・ブラドーの勘違いである。


「人間を舐めない方がいい。あれは、実に狡猾な生き物だからね」

「そうだな。あなたを縛り付けているものがあるのなら、取り除こう。どうすればいい?」

「あたしからは言えない。だけど、あたしは予見の姫の無事を確認したい。そこまで言えば、わかるだろう?」


「そうか。アムレーリア姫のところに来たのは、人間たちの命令で無事を確認するだけではなく、どうすれば自由になれるのか、調べるためか。いや、あなたほどの悪魔なら、そのことも知っているのかもしれない。むしろ、私に聞かせて、あなたを解放させるためだな。だから、姫のところにいかずに、先に私のところに来たのか。はっはっは。私は運がいい。では、あなたを縛り付ける原因を取り除き、魔皇帝の元にお連れしよう。あの方が女性をどのような扱うかはわからないが、気に入られたのだろう。悪いようにはしないさ」

「ああ。そうだといいね」


 ド・ブラドーは高笑いを続けた。ペテネラは内心で舌を出しながら、いかにも悲劇のヒロインらしく振る舞おうと、この時だけは決めた。






 ド・ブラドーに案内された場所は、城の中にある塔の一室だった。

 塔の最上階で、一フロアを全て使用しているので、決して狭くはない。

 だが、空間が狭くないというだけで、実際に自由になる場所は、ごくわずかしかない。


 奥には若い娘が一人、専用のベッドと共にいる。部屋の中央には床一面に魔法陣が描かれ、薄汚いローブを身につけたしわがれた老婆が、儀式を執り行っていた。


「あれはなんだい? 人間、じゃないのかね」


 2人が部屋に入ると、魔法陣を囲んでいた老婆が集まって来た。


「申し訳ありません。なかなか、結果が出ず」

「色々と試したのですが、どうしてもアムレーリア様の力の謎が解明できません」

「このままですと、やはり数年後には、これまでの姫と同じように……」


 口々に謝罪する老婆たちを、ド・ブラドーは押しとどめた。


「予見の姫さんってのは?」

「ああ。もちろん、この者たちではない。あちらにいる人間だ」


 ド・ブラドーが示した先には、まだ10代前半と思われる少女がいた。


「こいつらは、なんだい?」

「ああ。魔女だ。このあたりの森に、小屋やら塔を建てて住んでいるのだ。予見の姫がせっかく手にはいったので、その力を解明しようとしていたが、上手くいかない。姫の方も協力的だったんだがな」

「姫が、魔物に協力的? よくわからないね」


「予見の姫の力は、生まれつきの能力らしい。血筋で発動するらしいが、その力についてはわかっていない。だが、予見の姫の力が強ければ強いほど、短命らしい。二十歳をすぎての生存例がほとんどないので、予見の力を絶やさないために、子供を産める年齢になったら結婚させられるそうだ。どうやら、それが嫌みたいでな……魔女の力で予見の力を解明できれば、命が削られる理由もわかるだろう。そのための実験であれば、拒む理由もない。この屋敷に来てからはずっと協力的だ……お前たち、ご苦労だった。しばらく、外していいぞ」


 最後の言葉は、魔女たちに向けられたものだ。10人を超える魔女たちが、いずれも平伏したまま部屋を出て行く。

 魔女たちの退出を待つこともなく、ペテネラは大股で部屋を横切った。床に描かれた魔法陣にどのような効果があるのか、ペテネラにはわからなかった。いずれにしても、二次元で構成されている初歩の魔法陣が、ペテネラに対して効果を及ぼせるとは思えなかった。


 種族固有魔法は、全ては魔法陣を使用する。床に描かれたのが、魔女としての固有魔法であるなら、ペテネラが知らないのも当然だ。だが、ペテネラは、魔女がド・ブラドーの機嫌をとるために、儀式の真似事をしていただけではないかと思っていた。いずれにしても、ペテネラが興味を惹かれることではない。

 部屋横切り、奥のベッドの前に立つ。ペテネラの姿に、まだ幼さの残る少女は、怯えるでもなく見上げていた。


「アムレーリア、こっちのお方が、お前の力を借りたいとおっしゃっている。協力してくれるね」


 ド・ブラドーは優しく、だが反論を許さない口調で言った。アムレーリアと呼ばれた姫は、小さく頷いた。


「できるとは……限りません。見たいものが自由に見られるわけではないので……ですが、努力します」

「あんたに聞きたいことがあってきた。別に、能力を使ってもらわなくても構わないさ。さっきの話しの通りなら、命を縮めるんだろう?」

「そうかもしれません。でも、そうではないかもしれません。私の力については、何もわかっていないので」


「あたしが知りたいのは、2つだ。いや、3つだね。トーキン城の王の間にある魔法陣で、あるお方が召喚された。たぶん、あんたがやらせたんだろうと、あたしたちは思っている。目的はなんだい? 2つ目、そのお方と同等かそれ以上を呼び出せる可能性はあるのかい? 3つ目、あたしを人間が使役している方法を知っているかい?」


 最後の3つ目は、ペテネラの嘘である。もちろん、ペテネラは人間に使役などされていない。嘘をついたのは、ド・ブラドーに言ったこととの整合を図るためだ。アムレーリアは、見たいことを見られるわけではないと言った。それが真実であれば、誤魔化すのはどうにでもできる。だから、あえて質問に加えたのだ。


「……あなたは……そうですか。あの方のこと、ご存知なのですね」

「あんたが言うあの方ってのが、あたしが言っているあのお方と同じなら、そうなるね。あんたは会ったことがないはずだ。何を見た?」

「私が見たのは……金色に輝くお方……」


 この段階で、候補は2人に絞られる。だが、もう1人の可能性、アレグリアだということはないだろう。ペテネラは勝手に決めつけた。もちろん、それが正解だと信じて疑っていない。


「そのお方を、トーキン城の王の間に呼びつけたんだね」

「……はい。私は……あの場所に召喚の魔法陣を設置し、ある時間に魔力を送ることで、召喚の門が開かれることを知りました。その門から、とても強い力を持った方が現れる。そのお方こそ、私の救世主となるお方だと、確信いたしました」

「ちょっと待ちなよ。救世主はまだいい。『私の』って言ったかい?」


 予見の姫、アムレーリアが救世主の来世を告げ、人間たちはそれがサクヤだと思っているということは聞いていた。サクヤだと勘違いしたのは、勇者ロベルトを助けたのはまさにサクヤであり、ニニギを含む他の6人は、トーキン城の王の間ではすれ違っただけだからだ。


 救世主の特徴をアムレーリアが詳細に残さなかったため、直接尋ねなければ、本当は誰のことを意味していたのかはわからない。確かに、ニニギ以外の者はニニギに引きずられるようにこの世界に来た。だが、ニニギでなくとも、この世界の魔物を駆逐することも、逆にこの世界を破壊することもできる。それだけの力を持った者が、同時に7人呼びせられているのだ。

 だからこそ、アムレーリアの語る『私の』という言葉が腑に落ちなかった。


「その方は、私に命を授けてくださいます。私は、そのお方のもとでなら、長く生きることもできるでしょう。ですが、そのお方に巡り会えなければ、明日をもしれない命なのです」

「その為に、人間がかなり死んだよ」


「はい。ですから、私のお願いを王が叶えて下さるかどうか、分かりませんでした。王が願いを叶えて下さらなければ、私の救世主様はこの世に現れません。私は、絶望のあまり死を求めて国を出たのです」

「そこで、私に救われたというわけだ。この話はもういいだろう」


 ド・ブラドーは話しを早く切り上げたかったのかもしれない。だが、ペテネラにとっては、始まってもいない。


「あんたの王様は、そのお方があんただけの救世主だって、知っているのかい?」


 もし知っているなら、人間たちのサクヤに対する態度は納得いかない。アムレーリアは、首を少し倒した。


「言ってはいないかもしれません。ですが、同じことでしょう。私に命を与えられるほどのお方が、人間にとって救いにならないということはないでしょうから」


 ペテネラはド・ブラドーに笑いかける。


「言ったとおりだろ。人間は油断ならない。決して、弱みを見せちゃならないのさ」

「あなたにとって、重要なことですか?」

「いや。褒めたのさ。この姫、人間にしちゃ、気が利いている。確かに、あたしはあんたの救世主様を知っている」


「ああ! ついに……私の願いが叶うのね」

「だが、会わせるのには条件がある」


 ペテネラは、つい笑みが溢れた。予見の姫は予想より強かだったが、影響はない。重要なのはここからで、ペテネラは、交渉の十分な材料を持っているのだ。


「なんでしょう?」

「あんたが見たあのお方にお会いしたら、あのお方は、必ずお尋ねになる。どうして、この世界に召喚のしたのか。その時、あんたはどう答える?」

「私の閉ざされた運命を切り開けるのは、あのお方だけ」


「それじゃ駄目だ。あんたは、こう言うんだ『この世界を滅ぼそうとする7つの力がございます。この世界を滅びの運命から救うことができるのは、あなた様しかおりません。何卒、世界をお救いください』ってね。どうしてか、わかるかい?」

「……さあ」


「あのお方は、あんたの治療が目的で呼ばれたとわかったら、そりゃ、直してくれるだろうさ。あのお方にできなければ、誰にもできないだろう。だけど、その後、どうするのさ。役割がなくなれば、帰ろうとなさるかもしれない。元いた世界にね。あんたはそれでもいいかもしれないけど、あたしは嫌なんだよ」

「私も嫌ですよ。だって、そのお方は私に命を授けて……下さるはずですもの」


 アムレーリアが顔を赤くして俯いた。ペテネラは勘には自信がある。つい、姫の胸ぐらを掴み上げた。400レベルの悪魔の腕力である。アムレーリアはたまらず咳き込んだ。


「あんたに命を授けるって、あんた自身の寿命の話じゃないのかい? あんたに、あのお方が……手を出すとでも……」

「私ももう、子供を産めます。その時期が来たから、無理に嫁がされるのが嫌で、逃げ出したのですから。あなたの言うことはわかりました。私も、あのお方にはずっとこの世界にお残りいただきたいと思います。でも、世界が7回滅びるって、どうして知っているのですか?」


 ペテネラはアムレーリアの胸倉から手を離した。アムレーリアはニニギを誘うかもしれない。だが、それはまだ起っていないことだし、ニニギはサクヤを求めた。この若い姫が思い描くようには、物事は進展しないかもしれない。


「なんでもいいんだ。あのお方が、まだこの世界にやることがあるって判断されるなら。7回でなくても、9回でも、13回でもいい」

「いえ、7回です」


 アムレーリアは断言した。ペテネラは、あまりにもはっきりと言い切ったアムレーリアの言葉に、眉を寄せた。


「言いきれるのかい?」

「予見の姫は私だけではありません。代々、最も力の強い者がその名を受け継いで来ましたが、歴代の姫が見た未来は、全て記録されています。この世界は、といっても、主に人間の世界が、という意味ですが……7回滅びることが、これまでの予見とその分析からはっきりしています。滅ぶのは1度で十分なはずなのに、どうして7回も滅びるのか不思議でしたが……あのお方が防がれるのですね。王に言ったこと、嘘にならなくて安心しております」


「やっぱり、自分のために嘘をついたのか。まあ、いいけどね。で、その7回ってのは、すぐに起こるのかい?」

「ええ。時期は比較的重なっているようです。その1つは、もう起きてもおかしくないのですけどね。アムレーリアがマグマに覆われるはずですが……」

「へぇ。そりゃ怖いね」


 ペテネラは薄く笑った。7回のうちの1回は、すでに防いでいることがはっきりしたのだ。


「じゃあ、2つ目の質問だ」

「はい」

「あのお方を呼び出したように、召喚で誰か別の存在を召喚できるのかい?」


「あのお方がこの地に来るには、あの場所と、あの時間しかありませんでした。1時間ずれていれば、誰も死なずに、何も起こらずに終わったはずです。どうして、あのお方を呼び出せたか、ということはわかりません。ただ、私はたまたま、その未来を見る幸運に恵まれたというのに過ぎないのです。ですから、同じように見えたことがあるかということにお答えすると……私ではありません。過去の予見の姫の中に、見た方はおります」


 ペテネラは頷いた。

 3つ目の質問は、ただアムレーリアが首を横に振ったことで、実にあっさりと終了した。

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