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36 魔王の死を巡って

 魔帝国第8軍の将ド・ブラドーは、巨大な山脈にへばりつくように築かれた魔帝国の都、ヘェルガナルボビヨンを訪れていた。

 昼夜関係なく闇に覆われた都は、太陽の熱ではなく、地獄から呼び寄せているとさえ言われる業火によって、暖と灯りが与えられている。


 暗く、沈みきった街に、人間の姿はない。

 街の住民の全てが魔物であり、人型の生物を見ることはほとんどない。

 ゴブリンやオークといった、人間に近い種族は奴隷として使われることがあるが、人間が生きられる環境ではない。魔物たちが、自分たちに快適な環境を作り上げた結果、それ以外の生物にとっては生存さえ難しい都ができあがっていた。


 高レベルの吸血鬼であるド・ブラドーは、巨大なコウモリの姿に変化することができる。

 風をきって舞うド・ブラドーの前に、都の守備兵である亡霊がたちはだかった。亡霊といっても、死者の霊ではない。実態を持たず、ただ青い朧な姿をした魔物の総称として、亡霊と呼ばれている。

 亡霊は低位のものでは物理的な力を持たず、精神への影響力だけで敵を威圧する役目しか与えられないが、都を守る兵士は皆高位の亡霊たちだ。

 上半身だけの鎧を装備し、パルチザンと呼ばれる鉾を構えていた。


「我が君がおられる帝都に、上空からの接近は禁じられている」


 おどろおどろしい声で亡霊が宣言する。ド・ブラドーはホバリングに切り替えた。空中で静止する飛行方法だ。


「第8軍の将ド・ブラドーである。陛下への目どおりを願いたい。もちろん、ここからは歩いて行く」

「承知した。伝えよう」


 ド・ブラドーが地上に降りたのは、帝都ヘェルガナルボビヨンの巨大な門扉の前だった。ちょうどその場に降りるよう、亡霊の守備兵によって誘導されたのだ。気に入らないが、帝都の守衛として実に優秀だ。

 門にいた番兵は、緑色の肌をした食人鬼だった。鬼とつく種族は多く、人型で一定以上の体躯を持ち、巨人族ほど大きくない者は基本的に鬼族に分類される。


 魔王ゴルゴゾーラも火鬼族だ。ただし、鬼族は個体によって差異が激しく、固まって集落のようなものを作ることは少なく、同族意識も薄い。

 門の番兵を務めているのは、これといった特徴を有しない鬼族である。その様な鬼は、食人鬼と種別される。人間を食料として好むからというより、魔物の、人間種に対する侮蔑の表れである。


「魔帝国第8軍の将、ド・ブラドーだ」

「わがった」


 疑うでもなく、門扉が動き出す。

 基本的に、都の守りは人間の模倣である。帝都を作ったこと自体が、人間種の真似であるといってもいいぐらいだが、魔物たちは決して認めないだろう。強さのみが上下の基準である魔物は、脆弱な人間種の真似をしているとは認めたくないのだ。


 帝都の守りなど、初めから必要ないのだ。周辺一帯は魔帝国の領土で、十三人の将軍が好きに支配している。貴族や平民の区別はない。魔物で寿命があるもののほうが限られている。

 そのため、身分制度があるとすれば、人間に近いものほど待遇が悪く、人間からは別種族だと考えられているエルフやドワーフ、ホビットといった種族は、奴隷のような扱いを受けている。


 ただし、捕まって使役されれば、のことである。魔帝国の領土は広いが、管理がずさんであるため、少数の部落は数え切れないほど存在している。そういった種族は大抵が弱いため、魔帝国の皇帝が気紛れに軍を動かそうものなら、その移動の巻き添えを食らっただけで全滅することもある。

 門をくぐったド・ブラドーは、石造りの立派な建造物群に出迎えられたが、人間のように石を積み上げたのでも、樹木を伐採して加工したのでもない。


 巨大な岩を溶かす、スライム種を中心とした匠の技を持つ魔物たちが時に削り、時に溶かし、時に融合させた成果であり、人間の建造物ほどの繊細さには恵まれていないが、とにかく丈夫だ。

 人間の住居であれば、必要不可欠ないくつかの設備が欠損しているが、魔物が住むには、あるいは住む真似をするには何ら問題ないため、魔物たちは帝都が実に快適な都市だと認識している。

 ド・ブラドーは街を通り抜け、皇居の奥に進む。帝都が山の裾野を掘り抜いて作られた都市であり、皇居は切り立った山脈の断崖絶壁の内側を掘り抜いた建物である。その点では、トーキン城と構造は同じである。


 ただし、トーキン城と違って、特殊な環境を好む魔物が多く、植物が自生できないため、帝都の基礎となっている山は岩肌が露出した禿山である。

 魔皇帝への謁見を申し出ると、少し待たされた後で謁見の間に通された。

 魔物の価値観として、強さこそすべてである。要は、魔皇帝は帝国内のあらゆる魔物より強いのだ。

 その側近も同様である。魔帝国の全体から見た場合、ド・ブラドーが率いる第8軍というのは、微妙な立ち位置なのだ。


 魔皇帝の側近としては、他に宰相や近衛がいる。その次に第1軍から第7軍までの将軍が近くに仕え、第8軍から第13軍までの5軍は、魔帝国の領土の外縁部に領地を与えられている。

 その違いは、単純に強さである。

 魔皇帝をはじめ、その側近たちは、いずれも高位の吸血鬼であるド・ブラドーから見ても、化け物ぞろいなのだ。


 謁見とは、上位の存在が下位の者に会うことを意味し、ド・ブラドーが謁見の間に通された段階で、側近とは立ち位置が違うと断言されたようなものだ。

 ド・ブラドーが進み出ると、一段高い位置に魔皇帝バハケルス・ドン・フェラシオの毛深い顔があった。いつも直立した猛獣の姿をしているが、見る度に姿が違うので、気分によって使い分けているのではないかと思われた。


 今日は、毛深い熊を思わせる姿に、皇帝らしいきらびやかなローブをまとっている。

 その左右には、宰相であるボロをまとったような不景気な姿の傀儡師と、近衛隊長の獣人に見える悪魔種が控えていた。


「よくぞ来た」

「はっ。ありがとうございます」


 会う度に姿は変わるが、目の前にいるのが魔皇帝であることを疑ったことはない。圧倒的な存在感と、他者を威圧する底力を感じさせられる。


「貴様に命じたのは、トーキン城の地下に沈むマグマの支配者ガリゾンを配下とすることだったな。そのことで来たのか?」

「はっ。まさにそのことでございます」

「そうか。では、発言を許す」


 魔皇帝の言葉は、あまり長くはない。基本的に他者に話をさせ、要訣のみを抑えるのが魔皇帝のやり方だ。ド・ブラドーは承知している流れだったので、淀みなく報告を行なった。

 トーキン城の地下に、マグマの支配者ガリゾンが眠り、いずれかの方法によって魔王ゴルゴゾーラが盟約を結んでいること。魔王ゴルゴゾーラが死ねば、殺した相手に報復するために、ガリゾンが暴れ出すはずであること。地上に出たガリゾンは、魔皇帝であれば従えることはできると思われること。


 加えて、魔王ゴルゴゾーラは人間の勇者ロベルトに撃たれたと思われること。その生首を配下の人面コウモリが見ていること。だが、ガリゾンはトーキン城の地下から出てくる気配がないこと。

 現在、魔王の生首は人間たちが保有しているが、ガリゾンに狙われるのを恐れて、奪還していないこと。人間たちの目的が、ド・ブラドーが保護している予見の姫であること。

 魔皇帝は黙ったままド・ブラドーの話を聞き、宰相ブヘレス・タリマンに視線を向けた。


「ガリゾンが動かぬ理由は?」

「わたくしが知る限りですが……魔王ゴルゴゾーラが生きているか、あるいはガリゾンが死んでいるか、二つに一つでしょう。どちらも、ということもあるかもしれませんが」

「……ガリゾンが死ぬなどということがありますか?」


 ド・ブラドーは思わず口を挟んでしまった。慌てて口を塞ぎ、頭を下げた。自分より上位者たちの話だ。途中で口を挟んでいい場面では、本来はなかったはずだ。

 だが、ド・ブラドーの言葉は好意的に返された。叱責されなかっただけでもありがたい。だが、魔皇帝が返した相手は宰相である。


「余ですら、簡単には倒せないであろうな。寿命で死ぬような可愛げがある奴とも思えない。ああ……そうか……全ては……ゴルゴゾーラの企みだったということもあり得るのか」

「さすがは陛下、お気づきになられましたか」


 魔皇帝の知恵に、宰相と近衛が頭を下げる。


「あの……どういう……」


 勝手に納得した魔皇帝は、これ以上の口を開くつもりはないだろう。困惑したド・ブラドーに、傀儡師の宰相が説明を加える。


「つまり……マグマの支配者ガリゾンという強大な力を持った魔物など、はじめからいなかったかもしれないということだ。全て、ゴルゴゾーラが我が魔帝国を恐れ、進撃されないための口実に過ぎなかったのだろう。確かに、そのような魔物がいてもおかしくない場所だし……確認もせず、陛下の配下とするべきだと考えたのは、早計だったやもしれん。魔王ゴルゴゾーラが本当に死んでいたとしても、それなら説明がつく。私としては、まだゴルゴゾーラが生きているのではないかという可能性も捨てきれないと思うが……」


「はっ。その可能性を考慮し、我が軍でも指折りの配下を確認に放っております」

「トーキン城か?」


 訪ねたのは近衛の、獣人に近い姿をした悪魔だった。人間に近い姿の魔物は蔑視されがちだが、特に戦闘を主とする役職には、関係なく強い者が就いた。実際には、人間の形態に近い魔物に強い者は多い。魔皇帝も、獣の姿を解けば、その姿は人間に近いという噂もある。もっとも、魔皇帝の本性が人間に近いとは、誰も考えていない。


「いえ。魔王の生首を持ち帰ったと思われる、アムノリア……まずはもっとも近いククル村にですが」

「手回しがよいな。ならば、そちらはこのままド・ブラドー閣下にお任せして大丈夫かと思いますが」


 宰相が魔皇帝の顔を伺い、毛深く大きな顔か頷き返す。宰相はそれを確認して、続けた。


「トーキン城をいかがいたしましょう。ガリゾンの存在を確認しなければなりません。長年にわたり、我らを謀ってきた可能性があるのです。それに……もし魔王ゴルゴゾーラの生首が偽物であれば、本人はおそらくトーキン城にいるでしょう」

「あの城は、小さいが攻めにくい。外部から侵入すれば、すぐに見つかってしまう。潜入調査は難しいですな」


 近衛の獣人が腕を組んだ。

 側近たちが黙る中、魔皇帝が口を開く。


「第10軍に出撃を。トーキン城を落とせ。ド・ブラドーの軍は待機せよ。ガリゾンがいないとなれば、もはや人間に価値はない。アムノリアを攻める準備をせよ」


 熱のこもらない淡々とした口調で、魔皇帝は結論のみを述べた。トーキン城の魔物は、500だと聞いている。アムノリアの人間は80万にもおよぶと言われるが、軍としてはその十分の一もいないだろうし、所詮は人間の軍隊だ。ド・ブラドーの手勢で壊滅させられるだろう。

 決定は下された。ド・ブラドーは、己のこれまでの判断が間違っていなかったことを確信し、謁見の間を辞した。



    ※



 王の剣第四の剣シュレル・ハリヤーは、不自然な闇に、うなされるように目を開けた。

 実際にうなされていたのかもしれない。だが、記憶はない。

 目の前に広がる暗闇が視界を埋め尽くしている。


「誰だ?」


 森に至る辺境で、魔帝国軍の将軍に仕えるメイド姿の吸血鬼を捉え、最寄りのククル村に帰還した2日後のことである。

 ククル村は、勇者ロベルトの仲間たちの死体を捜索しに森に入り、3度にわたって捜索隊が全滅したという憂き目にあったばかりだ。


 そのためか、シュレルが率いる二十人の騎士たちが滞在したいと申し出た時、できるだけ長く村にとどまるよう要望された。

 それだけ、村の守り手の数が減っているのだろう。可能な限り村を守ることを約束し、村に到着した翌日、書簡を王に向けてしたため、捕獲した吸血鬼を尋問したが、さすがに吸血鬼はアンデッド種だけあり、どのような責め苦にも顔色を変えなかった。


 もっとも、シュレルの見た限り、もともと何も知らないようだ。本当に吸血鬼になったばかりだというのなら、ククル村の住民だった可能性も考慮したが、村に住む誰も、レモンと名乗る吸血鬼の生前を知らなかった。


 いつまでも、辺境の村で時間を潰しているわけにもいかない。明日には、部隊を三つに分けて、森の周辺で魔物を狩る部隊と村を守る部隊、王都に判断を仰ぎに行く部隊に分けようか。あるいは、森の周辺で魔物を狩る部隊が夜に帰ってくれば、村を守る部隊は必要ないだろうか。

 そのように悩みながら、与えられた布団に入った。その日の夜のことだった。


「鋭いんだな。気取られる要素はなかったと思うが」


 闇の中で、何かが動いた。まるで、闇そのものが意思を持っているようだと感じ、そんなはずはないと頭の中で否定する。


「私の部屋だ。どうやって入った?」

「入るのは簡単だ。それに、あんたの部屋? 借り物だろう? 騎士の、隊長さんかな?」


 自分のことを知らない。シュレルは、この段階で相手がたまたま忍び込んだ野盗の類か、魔物の一種だと断定した。何れにしても、殺してはいけない理由はない。


「王の剣第四の剣、シュレル・ハリヤー」


 名乗りながら、シュレルは枕の下に忍ばせた短剣に手を伸ばす。


「ほう。つまり、アムノリアに仕える者、というわけだな? では、こちらも名乗ろう。魔帝国第8軍の将ド・ブラドー閣下に仕える特殊部隊、血染めの牙の隊長を務める、シャリア・モウという」

「第8軍……ド・ブラドー……お仲間を助けに来たのか? それとも、復讐か?」

「……『お仲間』? 知らないな。誰か、捕まえたのか?」


 シュレルの手が、固い感触を確認する。指先に触れた短剣の柄を握りしめる。

 声の主が近づいて来た。床が軋む。実体のある何者かだと感じ、それだけでも安堵した。


 闇の中に浮かび上がったのは、見事な装飾が施された服を優雅にまとった、優男だった。若く見えるが、魔物の多くは年を取らない。また、長い年月を生きた魔物ほど強力になると言われている。特殊部隊というのがどんな位置づけかわからないが、隊長を名乗る以上、弱いはずはないだろう。どれほどの年月を生きているのか、想像もできない。


「レモン、という吸血鬼を助けに来たのでないのなら、何の用だ?」

「魔王ゴルゴゾーラ、奴の死を確認するのが俺の任務だ。生首をもっているという話だが?」

「……ああ。ここには無いが」


「見せてもらおう」

「予見の姫、アムレーリアの無事が確認されるまでは駄目だ。我々は約束を果たした。魔帝国は、約束を反故にするのか?」


 シャリア・モウと名乗った、人間の男に見える存在は、魔物だとシュレルは断定した。長年の勘、というのも軽視はできない。なにより、その佇まい、雰囲気が、人間以外の何かだと訴えかけてくるようだった。


「心配ない。お姫様は無事だ。アムノリアにとって……人間という弱い種族にとって、未来を見ることは実に大切なことなのだろう。魔帝国では、その程度の力は重視されない。誰も手を出そうとはしないから、安心していい。だが、問題もある」

「問題とは?」


「予見の姫は、魔帝国にさらわれたのではない。本人が逃げ出したところを、我らが保護したのさ。どのような条件をつけようと、我らが姫様をお返しする理由はないね。どうしてもというのなら、救いに来るがいい。まあ、森を抜けることもできないと思うが」


 シャリア・モウが真横に立った。シュレルが短剣を突き立てる。速さ、力ともに、申し分のない突きだった。短剣の柄までが、シャリア・モウの横腹を貫いた。


「うむ。いい腕だ。だが、相手の力量を読むというのも大切だろう。王の剣殿、あなたが相手にできる程度の魔物だと、どうして思った?」


 シャリア・モウがシュレルの頭部を掴んだ。凄まじい握力だ。そのまま、頭蓋骨を握りつぶすことも可能だったのに違いない。だが、シャリアはそうはしなかった。片腕で掴んだシュレルの頭部を持ち上げる。シュレルはその腕に斬りつけるが、何の武装もしていないはずの腕が鋼鉄の短剣を弾き、ただ固い手応えを残した。


 魔物が腕を振るう。固いベッドから投げ出され、シュレルが床に転がされる。

 短剣を構え、屈んだままで攻撃体制を取ろうとしたシュレルの前に、豪華な衣服を着た男が立った。

 足が上がる。

 シュレルはその足を止めた。止めたと思った。体が跳ねあげられた。


 王の剣の一族に伝わる身体の強化法を使用していなければ、腕の骨が折れていたところだ。下手をすれば、内臓を破裂させて死んでいたかもしれない。

 ひと蹴りで、まるでボールのように壁に叩きつけられ、床の上に崩れながら、なおもシュレルは戦意を失ってはいなかった。

 だが、基本となる能力があまりにも違いすぎる。軍属の魔物とはこれほどの強さかと、絶望的になりながらも、シュレルは死んではならないと自分に言い聞かせた。


「姫が生きていると確信が持てれば、こちらも魔王について知る限りの情報を渡す」


 一か八か、シュレルは戦闘の姿勢を崩さず、這いつくばるように床に伏せたまま、短剣を握りしめ、交渉に出た。

 まともな思考回路をしている相手だとは思えなかったが、隊長を名乗ったのだ。交渉には応じるはずだ。


「アムレーリア姫は、ド・ブラドー閣下が治める領地内の城でのんびりと暮らしているよ。生きているかどうかの証明など、俺にできると思うのか? そちらこそ、無理な注文だろう」

「……わかった。それでいい。だが……魔王の首は渡せない。知る限りを教えるが……魔王の首は、アムレーリア姫と引き換えだと王に言われている」

「心配するな。首まではいらない。俺も、閣下からは首は持ち帰るなと言われている。確認ができればいい」


 シャリア・モウと名乗った魔物は、その場を動かず、シュレルを見下ろしていた。シュレルは意外に感じた。もっと耶蘇な魔物だと、最初は感じたのだ。意外と冷静だし、圧倒的な力を持っていながら、シュレルの様子を見ているかのようだ。

 警戒を解かず、短剣を握る手に力を込めたまま、シュレルは立ち上がった。


「部下たちが交代で守っている。見せるのはいいが、俺も立ち会わせてもらう」

「構わんよ。本物かどうか確認するだけだ」


 シュレルは頷いて、魔物を見据えたまま扉に移動した。シャリア・モウは大人しくしていたが、扉を開けるとき、呟いた。


「そのお前の部下たち、無事だといいな」


 この時は、シャリアの言葉の意味を、シュレルは理解できなかった。





 ククル村からは、空き家となっていた建物を一軒借り受けていた。

 比較的大きな建物で、一階には吹き抜けのフロアがあった。

 その中央に魔王ゴルゴゾーラの生首が入った箱が置かれ、兵士たちが監視している。もちろん、一見して魔王の生首が入っているとわかるようにはなっていない。そのほかの雑多なものに紛れており、ただ物資を守っているだけだと装う努力はしている。


 シュレルが与えられた二階の扉から出ると、吹き抜けになった一階の物資置き場が目に入った。そこだけ、松明による明かりを灯しているからである。


「あの中だ」

「そうか」


 シュレルが先導する。首や肩が痛んだ。さきほど、凄まじい力で床に投げられた時に痛めたのだ。人間の力とは思えない。もちろん、相手は人間ではない。

 先導しようとしたとき、シュレルは異変に気付いた。

 常時2人の見張りが付いていたはずだが、見張りをしているはずの兵士の姿はなかった。


「持ち場を離れるような連中ではなかったはずたが……」

「責めてやらないでくれるといいと思うがね。何しろ、人間程度に抗えるものではない」

「何をした?」


 シュレルが背後の魔物を睨み付けると、シャリア・モウはおどけたように肩をすくめる。


「俺は何もしていない。ずっと、あんたと一緒だっただろう? だが、俺は1人で来たわけじゃない。俺と同格の力をもつ部下を、2人ばかり連れて来ている」


 シュレルは舌打ちと同時に飛び出した。階段を降りる。

 積み上げられた野営の道具や食料には異常はない。魔王の生首も無事だろう。だが、見張っているはずの兵士の姿だけがない。


「おいっ! 誰か……」


 声をあげたシュレルが、凍りついた。吹き抜けの空間につながる、いくつもの扉がある。その扉の一つから、切なそうな喘ぎ声が聞こえてくる。シュレルが率いて来た兵士に、女はいない。ただ、捉えた吸血鬼の女がいるだけだ。その女は、建物の地下に監禁してある。


「俺たち吸血鬼は、情報を得る相手を虜にして従わせることが多い。交渉のようなまどろっこしいことをするのは、人間として生かしておいたほうが役に立つと思われた相手だけだ。たとえば……王の剣……そう名乗る、アムノリアを支配するものたちがいたことを思い出した。あんたは人間のままのほうがいい。だが、お供の兵士たちには、それほどの価値は見出せなかったようだ。その判断をしたのは俺じゃない。俺の部下たちだ。まあ、本人たちも楽しんでいるし、悪いことばかりじゃない。吸血鬼の眷属となった人間を部下として連れ帰るかどうかは、あんたが判断してくれていい」


 途中から、態度が急変したとは思っていた。王の剣が何か知らないのだと思っていたが、思い出したということか。


「では……あれは……」


 シュレルは、喘ぎ声が聞こえてくる扉の一つを指でさした。喘ぎ声は、二箇所から聞こえて来ていた。


「俺の部下が楽しんでいる。久しぶりの人里だ。この程度は許してやらないとな。まあ……明日には人間のままではいないだろうが、あんたの部下も1人は楽しんでいるだろう。もう1人は微妙だな。あれを楽しめる性癖の持ち主であることを祈るといい」


「吸血鬼というのは……眷属を増やす時に、血を吸うだけでは足りないのか?  人間の魂を貶めることが必要なのか?」

「実に面白い発想だが、そうでもない。あれは、ただの部下たちの趣味だ。俺の部下たちは、人間の判断基準では実に美しく、魅力的なのでね。男なら、なかなか逆らい難いようだ。もう手遅れだよ。お前は人間のまま生かしておくと決めた。無駄な時間を使うのは止めようじゃないか。魔王の首はどこにある?」


 シュレルは、肩を落とした。逆らえない。せめて、相手が約束を守ることを祈るしかないのだ。





 漏れ聞こえる男女の嬌声を務めて無視しながら、シュレルは魔王の生首を収めた木箱を取り出した。

 特殊部隊と名乗る魔物は3人で、いずれも吸血鬼だという。寿命を持たず、年月を経るほど強力になっていく、厄介な魔物だ。


 木箱を開け、生首を取り出す。シュケルも、数かぎりない死体を、魔物といわず人間といわずに見てきた経験がある。生首を恐れたりはしない。

 捧げられた魔王の首を受け取り、吸血鬼シャリア・モウがじっくりと眺める。


「……どうやら、作り物ではないな。人間に倒せる相手とは思えないが、どうやって倒した? やはり……血の繋がりか?」

「ああ。勇者ロベルトが挑み、その生首を持ち帰った。当時の経緯が知りたければ、勇者ロベルトを訪ねることだな」


「いや。魔王が生きているのかどうか。知りたいのはそれだけだ。この状態であれば、死んだふりをして実は生きていた、という可能性はないだろう。少なくとも……人間が騙しているということはない。ド・ブラドー閣下には、そう伝えよう」


 シャリア・モウが魔王の首を木箱に戻したとき、ほぼ同時に二つの扉があいた。

 美しい、ほっそりとした、だが血色の悪い美女が2人、それぞれに兵士を伴って姿を見せた。


「隊長、生首の場所がわかりました」


 2人の美女が口をそろえる。だが、シャリア・モウはすでに検分を終えている。


「たった今、確認した。魔王ゴルゴゾーラは討たれた。疑問の余地はさなそうだ。撤収する」

「はっ」


 2人の美女が頭を下げる。だが、その背後には兵士が残る。


「ま、待て。そいつらは、どうする?」


 シュレル・ハリヤーは、まるで魂が抜かれたかのように立ち尽くす2人の兵士を指さした。もう、死んだものと諦めていた。だが、外傷はない。ひょっとして、まだ生きているのではと考えないではなかった。


「どうしたい?」


 シャリア・モウは部下たちに訪ねる。


「不要です。捨てていくつもりです」

「だ、そうだ。後始末は任せる」


 言うと、シャリアと2人の吸血鬼は、姿をゆっくりと変えた。人間から、三匹の巨大なコウモリに変化しようとする。


「待てっ! ド・ブラドーに伝えてくれ。魔王の生首は、アムレーリア姫と交換だ」

「ああ。伝えはしよう。だが、どうするかは、ド・ブラドー様次第だ」


 聞きにくい声でそれだけ言うと、吸血鬼たちは羽ばたいて玄関の扉に体当たりし、強引にこじ開けて飛び去った。

 後には、吸血鬼と化した2人の兵士が残った。


「お前たちは、飛ばないのか?」


 拓けた場所に移動しながら、シュレルは短剣を構え直す。

 兵士だった吸血鬼たちは、ゆっくりとシュレルを見た。虚ろな目に、しだいに不気味な輝きが灯る。

 獲物を見つけた、魔物の瞳だと感じた。


 吸血鬼が移動する。

 速い。

 シュレルはすでに身体能力の向上を終えていた。2人の吸血鬼を迎え撃ち、飛び去ったシャリア・モウとの実力の違いに慄然とした。

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