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4 チェスの駒

 超人ニニギのチェスの駒のうち、ナイトの地位を賜っていたホムンルクスのソレアは、命令により王の間より地階を探索していた。

 1人ではない。注意して事にあたるようにというニニギの意思を汲み、同じくナイトの地位にあるペテネラとともに行動している。

 もう一組、ビショップの2人とは別行動だ。


 ソレアは特別なノンプレイヤーキャラクターである。プレイヤーのもう一つの姿であり、駒たちのなかでは唯一戦闘に特化している。というより、400レベルが上限という種族は特殊な背景や設定を持つ者が多く、どうしても間接攻撃能力が主体になる。そもそも、直接戦闘のみに特化して、400レベル分のスキルポイントを使いきるほうが難しい。


 種族としてはほぼ特徴を持たないホムンルクスを直接戦闘に特化させたのは、ニニギ本人が、魔法に特化していたため、ニニギの写し身でありもう一つの可能性としての役割を持つソレアには、あえて魔法を取得させなかったのだ。結果として、ソレアは多くの生産職も持つことになった。400レベルのキャラの中では、生産職を持つのはニニギとソレアだけだ。ちなみに、ニニギは限界まで課金アイテムでスキルポイントを上昇させており、ソレアよりはるかに多い。


「ソレア、あんたはニニギ様のこと、詳しいだろう。どうだった? あんたの感想は?」


 探索を始め、ビショップの2人と別れるや、ベテネラはたわいもない話を振ってきた。

 ソレアは主の言いつけを忠実に実行しないと気が済まない性分であり、いきなり世間話をする気にもなれなかったが、何しろベテネラの種族は悪魔であり、400レベルの彼女は悪魔王である。気まぐれなのも仕方ないと言えたし、何より怒らせていい相手ではない。


「姿は私と全く同じはずなんですがね。どうして、ああも違うのか」

「そうだよねえ。違うよねぇ。ナノアーティファクトをあそこまで鍛えているのもびっくりだけど、なんていうか……子宮がうずく人だよねぇ」


 ペテネラは、外見としては黒人の特徴を持っている。現在は人間形態を維持して、真っ黒い肌に金色の瞳をしており、髪は細かく編み込んだドレッドヘアだ。戦闘時には、悪鬼のような顔に髪が大蛇に変わるが、変わらなければ戦えないわけではない。


「私は男……とも、いえませんか。魔法生物ですので、生殖能力がありません。子宮なんてありませんから、その気持ちはわかりませんよ」


 王の間から出てしばらくは、長い通路だった。壁も床も丁寧に舗装されている。魔物がやったにしては、几帳面すぎるような気がした。


「じゃあ……ニニギ様を見て、感じたりしないのかい?」


 何を、と問い返そうとして振り向くと、ペテネラは手で下品な形をつくっていた。


「精神的な高揚はありますよ。でも、そもそも私は性欲がありませんのでね。もし……ニニギ様が私の体を求めるというのであれば、当然拒みはしませんが、さすがにそれはないでしょう。あの方は、女好きだと思いますよ」

「本当かい? じゃあ、私にもチャンスがあるかな?」

「狙っているんですか?」


 何を、ともペテネラは聞き返さず、正直に頷いた。


「もちろんさ。そのためなら、世界を悪魔で覆い尽くしてみせるよ」

「それを、ニニギ様が望むとは思えませんが」


 ぺテネラの種族固有魔法の一つに、儀式というものがある。同族を召喚することができる魔法で、ペテネラは最高位まで修めている。能力の高さから考えても、できないことではない。


「それが問題だね。それに……この世界の魔物がどの程度の強さかにもよるよね。強い魔物が沢山いてくれたほうが、退屈しなくて済むよね」

「すぐに分かりますよ」


 ソレアは、長い通路の先に現れた扉を指で示した。






 緩やかに下った長い通路の先は、控え室になっていた。

 比較的狭い部屋にさらに複数の扉があり、王の間に進もうとする者たちが、ここで身なりを整えるのだとわかった。

 だが、魔物がそんなことをするだろうか。魔王が、身なりを気にするのだろうか。

 ソレアは扉を点検し、罠がないことを確かめた。ソレアは魔法系のスキルをほとんど持っていない代わりに、戦士系やレンジャー系のスキルでかためている。ちょっとした盗賊の真似ごとぐらいなら簡単だ。


「どの扉から行きます?」


 扉は三つある。サイズに違いはない。


「1番強い奴がいそうなとこがいいね

「そう言うと思いましたよ。では、ここですか?」


 ソレアは、多分1番多くの魔物がいるだろうと思われた扉に手をかけた。


「いいや、こっちだ」


 隣で、ソレアがあえて避けた扉を開けながら、ペテネラは舌を出していた。






 ソレアとペテネラは、その者を見上げた。

 間違いなく、その者は動けない。

 首に太い鎖を巻かれ、手足にも重しが乗っている。

 巨大な、あまりにも巨大な存在だった。

 山のような、という言葉がぴったりな、文字通りの巨人である。


「誰だ。お前ら」


 ただ1人の巨人が、まるで暴風のような音量の言葉を発する。


「どうして、この扉を選んだんです?」

「面白そうだったらから」


 ペテネラは再び舌を出した。


「そりゃ、面白いかもしれませんがね」

「それに、あれを見なよ。こいつ、番人だ。宝物庫の番人だってなら、当たりじゃないか」


 ペテネラが指差した先には、巨人の体からするとあまりにも小さな扉が見える。


「当たり、の意味がわかりませんが……交渉してみますか。ニニギ様からは、先には攻撃をしないように言われていますからね」

「任せる」


 実に勝手な、とはいっても、ペテネラがニニギを裏切るとは思えない。ソレアとはなかなか噛み合わなくても、ニニギ本人はペテネラを気に入っていた。ソレアは仕方ないと肩をすくめた。


「この城の魔王は死んだ。そこの宝を渡すなら、殺しはしない」

「魔王は死なねえ。信じられねえ。宝はやらねえ」

「あそこに宝があるのは間違いないみたいね。あたし、先に行ってくる。こいつの始末はよろしく」

「ペテネラ!」


 ソレアが叫んだところで、止まる女ではない。ベテネラは巨人に向かって飛び込んだ。巨人は踏みつぶそうとするかのように足を持ち上げたが、そのまま、下ろさずにペテネラの通過を許した。その途中で、ペテネラが一瞥を投げかけたのをソレアは見ていた。

 何らかの種族スキルを使ったのだとしか、ソレアにはわからなかった。

 ただ、巨人はソレアに対して牙を剥いた。きっと、悪魔王の強力な視線に恐れをなし、見なかったことにしたのだとソレアは感じた。


「あの人のような力はありませんが、私も戦えば同程度には強いですよ。それでも、やりますか?」


 腰から剣を抜き、ソレアが構える。


「ああ。やる」

「では、どうぞ」


 巨人が腕を振り下ろした。一撃で象すら殺せるだろう一撃だったが、ソレアは避けることなく頭で受けた。兜ははずしていたが、ナノアーティファクトが反応し、頭部を守っていた。

 確かに重い、破壊力のある一撃だったが、ソレアは足元すら揺るがなかった。


「ふむ。あの魔王には及ばないかもしれませんが、なかなかのレベルのようですね。どうです? ニニギ様に仕えませんか?」


 巨人は答えず、咆哮した。腕を引き戻し、拳を固めて渾身の力を乗せて振り下ろす。

 ソレアは剣を一振りした。巨人の拳が、血を吹き上げながら床に転がった。


「ぎゃあぁぁぁぁっっっ!」


 腕を抑えて苦鳴を発する巨人の頭部に、跳躍してソレアが立つ。


「交渉できるなら連れて行く予定でしたが、攻撃を先にはもらったら反撃してもよいことになっていますのでね。きちんと報告はさせてもらいますよ。推定レベルは100前後、雑魚だったと」

「まっ、待て」


 ソレアは剣を振るう。巨人の頭部が転がり落ちた。






 巨人の死体を乗り越えて宝物庫と思われる扉を開けると、中で悪魔王ペテネラが金貨の海に沈んでいた。


「何をしているのです?」

「入浴」

「鎧を着たままで、ですか?」


 ペテネラの黒い顔が、きらびやかに光る金属の輝きの中に浮かんでいた。


「ちゃんと脱いでいるよ。中は全裸。見たい?」

「代償をもとめられないなら、興味はありますね。私には性欲がありませんから、服を脱いだ悪魔がどんな姿なのかという、単純な興味ですが」

「つまらない男」


「どう言われても結構ですよ。それより、金貨が大量にあるのはわかりましたが、その他に値打ちものはありましたか? 魔法の力が込められているようなものが」

「あるにはあるけど、大した力はないね。ニニギ様がご自分で作成したもののほうが、はるかに強いと思うよ。あの方は、アイテム作成と魔法付与のスキルも限界まで修めているはずだしね」


 悪魔の王は、金貨の山に埋もれてご満悦だ。ニニギのスキルポイントは、本来ならソレアと同一であるはずだ。それだけ、ソレアも優遇されているともいえる。

しかし、課金によるスキルの実というアイテムを使い、さらに上限を引き上げたニニギは、アイテム作成系の技能まで有している。


「あなた、お金に弱かったんですか?」

「悪魔とドラゴンは財宝好きって、知らないの?」

「まあ……金貨が大量にあるということは、金貨を使う文化が存在する。つまり金本位制の経済が成り立っている可能性が高い、ということはニニギ様にとって大いに重要な事項でしょうけどね」


「あんた、真面目だねぇ」

「ペテネラさんも、もう少し真面目にやってくださいよ。どうします? 別の部屋に移動しないのでしたら、この部屋の金貨でも数えていてください」

「嫌よ、そんな退屈な仕事なんて。すぐに行くわ。服を着るから……見ていてもいいわよ。でも、何かちょうだい」

「ナノアーティファクトで覆われれば、一瞬でしょうに。そんな手には乗りません」


 ペテネラの舌打ちが響く。しかし、どこか冗談めかしている。悪魔らしく実に正体がつかめない女だと、ソレアは認識を改めた。






 それからソレアとペテネラは、いくつかの部屋を渡り歩き、その度に魔物と遭遇したが、巨人の以上の者はいなかった。主にアンデッド系と獣人が多く、この城の主人である魔王はヴァンパイアだろうと2人で推測した。


 魔物と遭遇するたびに戦闘になったが、最初の数匹を簡単に殺すと、ほとんどが戦意を失って従属すると言いだした。魔王が死んだことを信じない魔物もいたが、何よりペテネラの存在が、魔王よりもはるかに恐ろしい何か、という印象を魔物達に与えた結果、魔王が生きているかどうかは関係ないという結論に至った魔物が多かった。

 獣人とは、オオカミ人間やネコ人間だ。それなりの知能を持つため、どれを連れて行こうかソレアが考えていると、横からペテネラに突かれた。


「どうしました?」

「私の鼻にひっかかった奴がいる。誰か、外から入ってきたよ。この匂いは……人間だ」


 にたりと笑ったペテネラは、赤い舌を覘かせて唇を舐めまわした。

 悪魔は人間を堕落させ、時に貪る。そのことに、代え難い快楽を見出す種族だ。ソレアには止められない。そもそも、止める理由がない。


「しかし、人間なら、有益な情報源です。ニニギ様の許可が得られるまで、手出しはしないように」

「チッ。わかっていますって」


 ペテネラが、非常に残念そうに両手を上げてみせる。おどけてはいるが、仲間内でも邪悪さにかけては右に出るものがいない女の行動を制することに、ソレアは早くも諦めていた。


   ※


 ニニギの直近の配下のうち、ビシッョプの地位にあるアレグレアは、同じくビショップであるシギリージャとともに城の奥深くを探索していた。

 ナイト達が城の中でも外に近い部分を受け持ったとして、ビショップの2人はより山の内部に近い方を探索している形になる。


 アレグリアの種族は黄金のドラゴン王であり、ドラゴンの最上位種になる。ごく普通に人間形態をとれるが、ドラゴンから見れば人間種というのは配慮する必要もない脆弱な種族であり、わざわざ姿を似せることは屈辱でしかない。ただ、自らの主人であるニニギに対する敬愛と忠誠が、普段の姿として人間形態を選ばせている。


「シギリージャは神の眷属だと思うけど、どうしてニニギ様に従うの?」

「おや、それは不敬な物言いだな。俺は神の眷属といっても、古代の人間に祭り上げられただけだ。神でありたいと思っていたわけではない。俺を生み出し、育て、力をあたえてくださったニニギ様にお仕えすることに、なんの問題がある。俺から見れば、種族としてプライドの高いドラゴン王の一族が、超人とはいえ人間に仕えることの方が不思議だな」


 シギリージャの種族は邪神である。邪神族を極めたシギリージャは、破壊と創造を司る最上位の存在へと昇格している。

 その姿は浅黒い肌を保つ精悍な若者であるが、普段は隠している目が身体中に存在し、一つの目で一つの世界を滅ぼせる力を、目の数だけ所有しているという設定である。


 もちろん、キューブ大戦の駒たちは、戦闘をするかアイテムを作成するかぐらいしかプレイヤーは設定できない。ドラゴン王と邪神族の設定は、ゲームの運営会社が考えた設定である。その設定では、黄金のドラゴン王はブレスの一息で世界を焼き尽くせることになっている。

 設定上では卓越した破壊力を持つ2人がビショップに割り当てられたのは、遠距離からの攻撃手段を多彩に持つうえに、近接戦闘でも、肉体能力の高さ故に非常に強いからである。


「ドラゴン族はプライドが高いから、ニニギ様以外には従わないわ。口には気をつけるのね」


 アレグリアが睨むと、視線が光線となって照射される。スキル、破壊の視線である。うっかり発動させてしまった。あわててアレグリアは自分の目をおさえる。


「仲間同士での殺し合いは、ニニギ様の意には沿わないだろうよ」


 いやらしい物言いをして、シギリージャは歩き続ける。


「わかっているわ。仕方ないでしょ。まだ慣れていないのよ。ニニギ様の命令以外で能力を使ったことなんかなかったもの。あなたも一緒でしょ」

「確かに。この世界は生きづらい。ニニギ様に命じられたことだけをしていられたあの頃が懐かしいね」


 シギリージャが言ったのは、つい最近、ゲームのデータとして生きていた頃だ。その頃は、生きているとさえ言えなかった。ニニギがいなければ、存在さえ許されなかった。


「あの頃に、戻りたいというの?」


 アレグリアには考えられなかった。信じられなかったのだ。確かに、データとして存在していただけの頃は楽だった。だが、すでに実体をもち、呼吸をし、自らの意思で主に仕えることの素晴らしさを知ってしまった今、どうして戻りたいと思えるのだろうか。

 2人は長い通路を山の深淵部へと伸びる方の道を選び、いくつかの部屋を訪れ、魔物たちを発見していたが、2人は話題に集中していた。


 魔物は見つけていた。だが、2人の目には入らなかった。黄金のドラゴン王と破壊と創造の邪神である。2人の姿を見た瞬間、石像になったかように固まった魔物たちは、2人の注意を引くことなく、ただ悪夢のような実力差を感じてやり過ごしていたのだ。


「俺だって、あの頃に戻りたいなんて、これっぽっちも思わない。だが、ニニギ様はどうなのだろうな。ニニギ様は、あの方の話ぶりでは、別の実体をお持ちのようだった。ひょっとして、戻りたいと思うのかもしれないな。その時、お前はどうする?」

「……お引き止めするわ」

「できないと知ったら?」

「戦う」


 それは、ニニギとの戦いを意味していた。アレグリアは言ってから、その想像のおぞましさに身震いした。


「……そうか」

「あなたは? あなたはどうなの? ニニギ様がどうしても戻りたいとおっしゃったら、どうするつもり?」


 自分の声が震えていることを知っても、アレグリアは止めることができなかった。動揺している。黄金のドラゴン王である自分が、動揺している。

 実は、そのアレグリアの精神的な動揺の余波を受けて、周囲の魔物たちが痙攣を起こした。だが、アレグリアにはどうでもいいことだった。


「俺を邪神だと決めつけたのは人間だ。だから、人間という種の特徴は、ドラゴンよりも詳しいつもりだ。超人とはいえ、人間に非常に近い特徴をもっとニニギ様だ。お止めするさ。どんな手段を使っても。ただ……確認したかったのだ。お前が、ニニギ様を止めるために、どこまでできるかを知るために」

「ニニギ様と、戦わせるため?」


「ニニギ様を止めるには、もっと有効な手があるさ。人間という種は、短命だ。超人は別だろうが、短命である種は、異性の誘惑に弱い傾向が強い」

「……ニニギ様をお止めするために、私に……体を捧げろと?」


 アレグリアは、自分の頬が上気しているのを自覚し、頬を抑えた。

 通りかかった通路にいた魔物たちが、茹で上がるように倒れていったことなど、知るよしもない。


「ドラゴン殿には屈辱かもしれないが……」

「確かに、その役は私にしか務まらないでしょうね。死体とか悪魔とか昆虫とか、そんなのは、あの方には似合わないから」


 アレグリアは強く確信した。ニニギを、周囲の化け物たちから守るのだ。それができるのは、自分だけなのだと。

 自分が最強の化け物の一画であるという自覚は、もちろん存在しない。






 通路はだんだんと狭くなり、二体の彫像が守護するように配置された、粗末な扉の前に行き当たった。


「この先に、物騒な奴が居そうね」

「汚い扉を置いてあるのは、カモフラージュだな。そうでなれば、ガーゴイルを配置する理由がない」


 2人は会話に夢中になっていたため、ニニギから命じられた任務の内容を大方忘れていた。

 記憶していなかったというわけではない。意識していなかったため、道中で何があったのか、注意するのを失念していたのだ。

 たいして注意を引くものがなかったのだろうと、アレグリアは扉に意識を向けた。シギリージャも同じだったようだ。


「待て」


 扉に手を伸ばしたアレグリアに、扉を守っていると思われた魔物の彫像が話しかける。


「この先には、許しを得た者しか通すわけにはいかない」


 彫像が動き、アレグリアの手を止めようとした。


「俺がやろう」

「不要よ」


 シギリージャの申し出を断ったアレグリアは、手の先だけ、本来のドラゴンのものに戻した。

 黒い鎧の手甲を破壊し、飛び出したのは六本の指を持った巨大な鉤爪である。

ニニギに言われて防御を外した頭部以外は、ナノアーティファクトに守られている。微小金属の集合体である防具は、薄さでは分子一つ分までひろがるという設定通り、アレグリアの変形した手を包み込んでいる。


 形状だけではない。その大きさも、手だけで通路いっぱいに溢れるほどの大きさだ。ナノアーティファクトが薄く広がっているおかげで、手を覆う金色の鱗がはっきりと輝いて見えた。

 動く彫像はガーゴイルと呼ばれる魔物だ。普段はほとんど動かず、侵入者に対して彫像のふりをして、突如襲いかかる。


 相手の不意をつく以外にも、長時間全く動かなくても平気なガーゴイルは、優秀な警備兵だ。ニニギの持つポーン兵の中にもいたはずで、最上級のゴーレムたちが損傷して休ませる間は、ガーゴイル兵を使用することが多い。アレグリアの知るニニギ配下のガーゴイル兵のレベルは、300を超えているはずだ。

 ガーゴイルも、ゴーレムと同じくポーン兵に特化して作成された種族で、レベル上限が高い代わりに、スキルポイントがもらえない。いくら高レベルになっても、壁以外の役には立たない魔物だと考えられている。

 アレグリアは一体のガーゴイルを手で掴み、持ち上げた。もう一体の上にその手を下ろすべきかどうか迷った。


「こいつらを殺すと、ニニギ様の言いつけを破ることになるのかしら」

「攻撃をされたわけではない。こちらからの一方的な虐殺は、ニニギ様の意に反するだろう。だから、俺がやると言ったんだ。無生物にすら精神支配を行える俺であれば、ガーゴイルごときなんの役にも立たないというのに」


「精神支配も、攻撃の一種でしょ」

「相手にそうと分からせなければ、問題はないはずだ」

「屁理屈よ」

「まあ、それは違いないがね」


 仕方なく、アレグリアは手を開いた。ニニギの命は絶対である。それは、生まれてから現在の最強種族にいたるまで、ずっと変わらなかった。ニニギの指示に従っていたからここまで強くなれたのだ、という思いは強い。逆らうことなど、思いもしないのだ。


「で、誰の許可をとればいいの?」


 ガーゴイルを殺すことができなくなったアレグリアは尋ねる。ガーゴイルの役目がこの扉の死守であれば、話すはずがない。誰の指示でここを守っているかすら知らない相手に、この場を明け渡すわけにはいかない。だろうと思いながら、アレグリアは尋ねたのだ。

 結果は予想とは違った。


「どうぞ、お通りください」


 二体のガーゴイルが這いつくばって平伏していたのである。通常、ガーゴイルが普段の姿勢を崩すことはない。アレグリアも見たことがなかった。


「いいの?」

「はい。高位のお方に、生意気な口を聞きましたこと、お許しいただければ幸いです」

「私たちはさほど高位の者ではないわよ。私はただの黄金のドラゴン王で、こっちは破壊と創造の邪神というだけ。大したことはないわ」


 アレグリアが名乗ると、ガーゴイルががたがたと震えだした。おかしな反応だ。


「どうしたのかしら?」

「怯えているように見えるな」

「奇遇ね。私にもそう見えるわ」

「た、大変な失礼を……ど、どうか命だけは……」

「もともと殺すつもりは……いえ、最初はあったわね。面倒だったから」

「アレグリア、待て。あまり時間をかけて、ニニギ様をお待たせするのもよくないだろう。ガーゴイルども、この扉の奥には何がある?」


 邪神族のシギリージャが尋ねると、一方のガーゴイルが顔を上げた。


「我々は入ったことはありません。数年に一度、魔王様が確認にいらっしゃいますが、中に入ることなく立ち去りますので、皆目わかりません。ただ、変わりがないことを確認すると、安心したようにお戻りになりますので、よほど恐ろしい者がいるのではないかと」

「なるほど。アレグリア、ここは一度戻って、この場所の探索はニニギ様のご判断を仰いだ方がいいだろう。この野生のガーゴイル、気に入られるかもしれない」


 シギリージャは、ひれ伏しているガーゴイルの一体をひょいとつまみあげた。ガーゴイルにこれほどまでに恐怖の表情を浮かべさせることはできないだろうというほどの、引きつった顔をしたガーゴイルを見て、アレグリアは別の疑問を抱いた。


「箱庭に、まだ空きがあったかしら?」


 箱庭とは、キューブ大戦で捕獲したモンスターを飼っておく、モンスター動物園である。捕獲したモンスターはスクエア戦闘の駒として利用できるが、箱庭に話した段階でレベル1に下がってしまう。キャラクターは育てるものだというゲーム制作者の思が反映されたものらしい。


 キューブ大戦というゲームでは、始める段階で7人までノンプレイヤーキャラクターをもらえるが、それではポーン兵は課金しなくては手に入らないことになる。そのための救済措置であり、十分な課金をしていたニニギには必要ないものだったはずだが、最高レベルのノンプレイヤーキャラクターを揃えたことからも分かる通り、ニニギは集めるのが好きなのだ。最高レベルは種族ごとに異なっており、400まで到達できる種族はごく一部なのだ。


「それはニニギ様が判断されるさ。モンスターごとき、いらない奴を潰しても問題はないだろうしね」

「そうね。では、ここの警備は一体で十分でしょう?」


 つまり、一体を連れて行くということだ。ガーゴイルたちは互いに顔を見合わせながらも、逃げる方法を見いだせずにいた。



 ルークの位置を与えられた霧状生命体であるファルーカは、上階でニニギから命じられたとおりに王の間に戻ってきた。ツクモ虫であるグァヒーラも一緒である。

 スクエア戦闘は、実際のチェスとは違って一回で打つ手が多く、駒同士で戦闘を行うこともあり、ほとんどが三ターンぐらいで大勢が決する。


 その場合、ルークの出番はほとんどない。ポーン兵を召喚しない場合でも、縦横にしか進めないルークは、相手のルークに突入することはあっても、キングやクイーンのような主要な駒と戦う機会はほとんどない。その意味で、7人の配下のうち、少し立場が弱い。


 実際の種族も、他がドラゴン王や邪神、悪魔王、超人の写し身、不死の霊峰であることに比べると、若干見劣りするのは仕方のないことだ。

 しかし、霧状生物と虫というきわめつけの異形であるがゆえに、能力は特殊なものが多く、いずれ役に立てる時が来ることをファルーカは信じていた。何より、最高レベルまで育成してくれたニニギが、2人を見捨てるはずがないと信じていたのだ。


 上階からニニギに命じられて王の間に戻ると、解凍された魔王が横たわっていた。サクヤによって解凍されたのだ。

 その他の魔物たちはまだ凍りついたままだ。サクヤの魔法により凍結したものは、簡単には溶けないだろう。最高レベルの熱魔法で凍りつかせたのだ。季節をいくつか過ごす必要があるかもしれない。

 積み上げられた魔物たちの前に、儀仗兵のようにゴーレムたちが控えている。2人が姿を見せても、ゴーレムは動かない。生物ではないため、敬意を表すということはない。


 玉座の横で意識を失ったままの魔王は、静かに胸が上下している。息をしているのだ。

 ファルーカは霧状生物である。呼吸というものをそもそもしない。隣にいるのは虫であり、呼吸方法は肺ではない。

 上下する胸を見ても、それが何を意味するのか理解できなかった。


「ニニギ様からは、暴れさせないように言われたが、目覚めさせろとは言われなかったな」

「そうですわね」


 虫であるグァヒーラは、なぜか艶っぽい話し方をする。あえて意識しているのだろうか。自らの意思で行動できるようになって、まだそれほどの時間は経過していないが。


「寝ているうちに、操り人形にしておこうか」

「毒でも打ちますか?」

「それもいいが、俺の体の一部を偲ばせる方が有効ではないかな」


「確かに。でも、それでしたら私の眷属を体内に入れましょうか。脳に寄生するものたちを住まわせれば、安全に操れます」

「ああ……そうだな。それが1番、失敗しても損がないな」

「では、そうしましょう」


 グァヒーラは横になる魔王に覆いかぶさった。ニニギからは、暴れさせないように言われた。ただ拘束するだけなら、誰でもできる。だが、より優秀な配下であれば、ニニギの意思と自分たちの能力を勘案し、最善を尽くすのだ。

 覆いかぶさったグァヒーラの口から産卵管のようなものが伸びるのを、ファルーカは頼もしく思いながら見つめていた。


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