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3 山城の探索

ニニギは、キューブ大戦という仮想空間を舞台にしたゲームで、最高レベルの400に到達した数少ないプレイヤーである。共にパーティーを組む7人のノンプレイヤーキャラクターまで全員を400レベルまで育て上げた者には、他に出会ったことはない。

 超人という種族は、プレイヤーが強制的になる種族で、レベルアップに伴うスキルポイントとステータスポイントの振り方で、どんなキャラにもなり得る優遇された種族でもある。


 スクエア戦闘を中心にプレイしてきた者の常で、ニニギも近接戦闘能力は伸ばしていなかった。プレイヤーキャラクターは、必ずチェスのキングの地位にあり、つまりスクエア戦闘では1マスずつしか移動できない。その上ポーン兵を召喚できるのはキングだけなので、スクエア戦闘では近接戦闘能力は使用せずに戦闘することがほとんどだ。

 だから、ニニギが遠距離攻撃を主体とする魔法執行者に傾倒したのは当然の成り行きだったが、実際はゲームの効率よりも、単に魔法執行者という職種に憧れていたから、という理由が大きい。


 結果として、400レベルに達したニニギは、魔法としての全系統を限界まで習得していた。さらに、課金によりスキルポイントを追加取得し、全く使用しない技能も身についている。

 目の前でニニギを見つめる美女は、サクヤと名付けた、スクエア戦闘では常にクイーンとして使ってきただけに愛着が深い、不死の霊峰である。


 400レベルに到達するには、ノンプレイヤーキャラクターはいくつかクラスチェンジをしなければならず、そのために種族特有のスキルにポイントを割り振っているため、通常の魔法や武器の習熟は遅れる。ただし、400レベルに達している段階で神話の化け物クラスの存在であり、モンスター相手にダメージを受けている姿を最近は見ていない。

 クイーンは最強の駒であり、近接戦闘も最も多く、最前線で戦う必要があるため、肉体能力も必要だ。その点で、筋力強化を魔法的な手段でする必要がない不死族をクイーンに据えたのは、正解だったとニニギは考えている。


 サクヤの名は、日本の神話、古事記のコノハナサクヤ姫からいただいたものだ。

 ナイト、ビショップ、ルークはまだ階段下で膝をついている。いずれも、ニニギの手を自分の顔に押し当てているサクヤを、非常に羨ましそうに見つめている。

 ナイト以下の駒は二つずつあり、性別は男女でわけた。そのため、3人が男なわけだが、その男のキャラクターまでが、涎を流しそうなほどの表情を見せているのは、ニニギにしては少し気持ちが悪い。

 口に出して言えば、間違いなくショックを受けだろうから、思っただけに留めておく。


「お前達が以前とは違う世界に来て、実体を持ったとしよう。俺のこの体も、本来はデータの集積に過ぎないのだ。だから、この体も実体であるとしよう。では、この世界はどこなのだ。今までの世界から見て、どの場所にある? 知っている者はいるか?」

「ニニギ様」


 口を開いたのは、男性のキャラクターでナイトの地位を割り当てた者だ。種族はホムンルクス、魔法生物である。

 実は、キューブ大戦は1アカウント1キャラクターという少なさである。その不満を解消するため、1人ずつプレイヤーそっくりのホムンルクスが支給される仕様となっていた。プレイヤーキャラのもう一つの可能性であり、本体のプレイヤーキャラとは正反対のメイキングをすることが多い。

ニニギも、自分が魔法職に特化した割り振りをした反動で、このホムンルクスは徹底的に戦士職に仕上げた。ホムンルクスは、超人であるプレイヤーの写し身であり、スキルポイントとステータスポイントで、どのような成長の仕方も可能なのだ。


 完全に戦士職として育成された結果、筋力、体力はどんな魔物よりも圧倒的に強い存在になった。その代わり、魔法の使用に関する能力は初期値のままだ。


「ソレア、何か意見があるの?」


 許可なく発言した魔法生物ソレアを、クイーンであるサクヤが睨みつける。ニニギがサクヤの肩を叩くと、サクヤはうっとりとした表情で振り返った。

 サクヤの表情はおいておき、ニニギが問い直すと、ソレアは答えた。


「元の世界から見て、この場所がどこにあるかは、重要な問題ではないかと」


 そうだろうか。それは、元の世界に戻ることを諦めることなのではないだろうか。ニニギは否定しようとした。

 だが、ニニギを見つめる視線には、反論の余地がないことを示していた。ニニギを取りかこむ最強の駒達にとって、元の世界に戻り、またただのデータに戻ることは、万に一つも望んでいないのだと理解した。

 この話題に触れるのは危険だ。ニニギはそう判断した。


「なるほど。確かに、ソレアの言う通りだろう。では、この世界のことを知らなくてはならないだろう。お前達は俺とともにこの世界に来た。だから、知っているはずはない。だが、幸いにもサクヤのおかげで情報源がある」


 ニニギは、現在では玉座から降ろされた、凍りついた魔王を見下ろした。

 サクヤは褒められたと思ったのか、瞳をキラキラと輝かせている。戦闘中は、サクヤの目は黒一色に染まり、目から闇が溢れ出すという禍々しさを持っていたはずだが、現在はとても綺麗な瞳をしている。統一感を出すために、7人全員に人間形態を取れるよう設定してある効果だろうか。


「サクヤ、この魔王殿を解凍しろ。知る限りのことを聞き出す。他の者はこの部屋を出て建物全体を調べてくれ。多分、この部屋に全ての魔物が集まっているというわけでもないだろう。魔法一撃で凍りつくような連中だが、この世界の生物だ。攻撃されるまで戦闘はするな。また、言葉を話せる相手なら連れてこい。俺は、魔法で周辺を探る」

「お側にいるのが、サクヤだけで大丈夫ですか?」


 訪ねたのはビショップの地位にいる黄金のドラゴン女王だ。純粋なドラゴン種でありながら、特殊能力で人間形態への完全な変化を可能としている。現在は、流れるような金色の髪に碧色の瞳、やや紅潮した白い肌をしている。

 まさに美女、という理想のような姿をしているが、戦闘時には実に役立つ能力を多く所有しており、クイーンの次に指示を出す回数が多い。アレグリアと名付けている。


「私がそばにいて、何を心配なことがあるの?」


 丁寧だが、抑揚が全くない平坦な言い方は、どれほど怒っているかが知れる話し方だった。


「この世界が未知であるとは、ニニギ様ご自身がおっしゃったことです。心配するのは当然でしょう」

「私と2人になるのも、またニニギ様のご指示です。アレグリア、あなたはニニギ様のご指示に従わないというの?」

「まさか! ニニギ様、私の無礼な発言をお許しください」


 ニニギは、目の前で展開される女の戦いを興味深く見つめていた。

ただの戦闘の駒だった。確かに、一人一人大切に育てあげ、仕事中も育成方針を考え続けたが、こうも人間とかわらない姿を見せられると、本当に自分が作ったキャラクターだろうかと思ってしまう。


「いや、アレグリアの心配はうれしい。俺のことを気遣ってくれたのだしな。だが、心配ない」

「ほら、見なさい」


 サクヤが胸を張る。体はまだ鎧を着ているので、胸は見られない。


「いや、そうではない。スクエア召喚」


 ニニギが戦闘開始時の合図をすると、7人が一瞬消え、再びいつもの配置、チェスの駒の位置に出現した。


「こ、これは?」

「以前の世界の、システムの一部が残っているのだろう。そんな気がしたんだ。必要があれば呼ぶ。それに、ゴーレム達もいる。俺の心配はいいから、お前達はこの建物内のことを頼む」

「はっ」


 6人が一斉に頭を下げた。






 王の間の清掃も終わり、部屋の壁には氷漬けの魔物達がうず高く積み上げられていた。その前に、仕事を終えたゴーレム達が行儀正しく居並んでいる。

 儀仗兵のごとき礼儀正しさだ。

 まだ最高レベルには至らないものの、ゴーレムの中でも最高級のアダマンタイトゴーレムたちだ。

 ニニギはその景色を見ながら、魔法を発動させる。


 11ある系統のうち、電気系、振動系魔法を使用して、周囲に感覚を張り巡らせるように広げていく。

 電気系魔法は、放電や雷撃といった、直接攻撃力に優れた系統だが、最も有効な技は、全ての物質が含む電子を操ることにある。周囲を探り、感覚として把握することができるし、電子の流れからかなり詳細な状況変化もわかる。


 また、振動魔法は物質に振動を与えて破壊することや、大気に振動をあたえて防音壁を作ることもできる。それに加えて、音の伝達は全て振動を介して行われるため、振動魔法を行使することによって、生物の鼓動や足音を把握し、慣れれば遠方の会話をきくこともできる。

 ゲームであったころは、さすがにそんな使い方はできなかったが、現在の環境なら可能ではないかと思い、ニニギは玉座に座したまま魔法を展開させた。


 結果として、ニニギの魔法に対する洞察は正しかった。

 ニニギが突如現れ、支配した形の魔王の軍勢が住む場所と規模が、手に取るようにわかった。

 ちなみに、ニニギ以外の7人にも、ホムンルクスのソレアを除いて魔法は習熟させている。種族スキルと直接戦闘スキルとにも割り振る必要があるため、ニニギのように全系統の魔法を習得させることは、いかに最高レベルでもできなかった。それに、キングの位置であり、基本的に指示を出しているだけのニニギとは違う。魔法の行使に必要な能力だけにステータスを振るわけにはいかず、同じ魔法を使用させても効果が劣るだろうと思われた。それ故、魔法を使った周囲の探知はニニギでなければならないのだ。


 結果としてわかったのは、この魔王の居城は、巨大な山脈に穿たれた洞窟だということだ。

 人間の城のように階層がきっちりと分かれているわけではないため、天然の洞窟を掘削したのだと思われる。

 内部はかなり広いが、廊下や壁は平らに整備され、装飾も施されていることから、かつてはかなり知性の高い種族が利用していたのではないかと思われる。


 この世界に人間という種族がいるのかどうかは、現在のところ不明だ。

 王の間に居た魔物以外にも、城に住む者は多そうだったが、放った配下たちについては、ニニギは心配していなかった。

 どういう理由で王の間に魔物が集まっていたのかは知らないが、王の間に集められた以上、この場所にいた魔物たちが精鋭部隊なのだと考えて間違いないだろう。その全てが、けん制の意味で放った魔法を1発で凍りついてしまったのだ。王の間に呼ばれなかった魔物たちが、より強いということはないだろうと考えられる。


 内部に城が埋まった形の山はかなり大きく、城とした部分はごく一部でしかないようだ。山脈を構成する岩盤はしっかりとした岩山で、内部で少々暴れても崩れたりはしないだろう。

 王の間は、城の中では最上階に近く、これより上には王の私室と思われる最上階の部屋があるだけだ。

 その部屋に意識を向け、内部を探ったところで、空気の通り抜けている場所があることがわかった。外部とつながっているのだ。

 ニニギは、直接外を見たくなった。

 立ち上がると、玉座の隣で魔王を解凍していたサクヤが振り向いた。


「溶けたか?」

「はい。解凍は終わりました。心臓も動いておりますので、目覚めるのは時間の問題です。ただ、私は生命に関する魔法は身につけておりません」


「ああ、気にするな。なにしろ魔王殿だ。溶けさえすれば、勝手に回復するだろう。それに、死を司るサクヤに生命魔法を習得させなかったのは、俺の責任だ」

「責任などと……ご自分を責めるのはおやめください。私自身が罵倒されるより辛く感じます」


 ニニギはサクヤの生みの親であり、現在のレベルまで育て上げ、全てを与えた存在でもある。だから、慕ってくれるのは嬉しい。しかし、少し行き過ぎなのではないかとも感じる。


「そうか……俺は上の階に行く。直接見たいものがあるのだ。サクヤはどうする?」

「この者は、いかがいたします?」

「置いておけ。俺たちに逆らおうとしたところで、脅威にはならないだろう」

「では、お供いたします」

「ただ、上の階に行くだけだがな」


 ニニギが笑いかけると、サクヤは楽しそうな笑顔を見せた。






 玉座の背後にある広い階段に向かうと、ちょうど黒い鎧を着た2人が降りてくるところだった。

 城の内部を探索するように指示した駒たちは、当然上の階にも行っていた。

 降りてきた2人は、ルークに配置した霧状生物であり魔物に属するファルーカと、虫族のうち、ツクモ虫であるグァヒーラだ。


 この2人は、ニニギの配下の中でも最も異形である。ファルーカは本体が霧状の体であり、定型を持たないため、黒い鎧がある意味では本体である。ただし、霧の密度を上げて人の形態をとることもできる。装備しているはずのナノアーティファクトも、体と同様に霧状に変化しているはずだ。


 一方のグァヒーラは無数の足を持つ虫だが、ツクモ虫というのは想像上の虫で、ムカデより一本足が少ないという意味らしい。だが、ニニギがゲーム時代にじっくり数えた結果、二百本を超えたところで放棄した。その全ての足で武器を持つこともできるが、武器が必要ないほどの硬度を誇る、おそるべき虫に成長している。


 現在は黒い鎧に無数の足を無理やり閉じ込めている形ではあるが、スキルによって形態変化も身につけているので、あまり人間とは変わらない姿になることもできる。ただし、虫の限界か、人間そっくりとはどうしてもなれないようだで、形態変化というより虫の擬態そのものだ。戦闘時の姿は、ニニギでさえ目を向けるのをためらうほどである。


 2人とも、実は戦いの経験は多くない。というのも、チェスの場合、ルークは縦横に自由に移動できるが、配置が盤上の1番端で、目の前にポーン兵が配置されるため、ある程度局面が進まないと身動きができないのだ。

 キューブ大戦の時も、ポーン兵をよばない格下相手の時しか出番はなく、ポーン兵を呼ぶ場合には、出番の前に戦闘が終わることが多い。

 キューブ大戦は、盤上に呼び出された駒に均等に経験値が入る仕様だったが、もしそうでなければ、この2人が最高レベルに到達することはなかっただろう。


「ご苦労。どうだった?」


 ニニギが声をかけると、2人はその場で膝をついた。


「かしこまらなくていい」

「そうはいきません。ニニギ様より上から申し上げられません」


 2人は階段にいたので、ニニギより頭の位置が高いのだ。ニニギは、面倒臭いと思いながら階段を登り、頭の位置が高くなった段階で再び問い直す。


「報告しろ」

「はっ。上層は一階層だけです。生物はおりません。構造、作りからいって、王の部屋かと思われます」


 霧状の生物が声を出しているのは不思議ではあったが、逆にどんな器官も作り出せるということでもある。ニニギは知っていた情報なので、鷹揚に頷いた。グァヒーラが続ける。


「ニニギ様のお部屋に相応しいかと」

「それを決めるのはニニギ様です。差し出口は控えなさい」


 サクヤが冷たく言い放つ。クイーンとして長く配置していた結果だろうか。仲間には優しくしてもいいのではないかと思ったが、ニニギは口を挟まなかった。


「はっ。申し訳ありません」

「よい。まだどんな部屋か見ていないが、グァヒーラがそう思ったということは記憶しておこう。これで、お前が俺にどんな印象を持っているのかがわかるというものだ」


 グァヒーラが顔を上げた。兜は脱いでいる。擬態で人間よりに変化させた顔なのでさほど恐ろしくはないが、大きな複眼と口からはみ出した牙に似た器官が目につく。ちなみに、女の子である。虫族は、オスよりも圧倒的にメスの方が強いため、メスに設定した。ファルーカは男設定だが、霧状生物に性別の意味がどれだけあるかはわからない。


「どうした?」


 表情がわかりにくいが、あまりにも不安そうな顔をしているような気がして、グァヒーラに尋ねた。


「あ、あの……もし、お部屋が気に入らなかったら……私は……ニニギ様に大変失礼なことを……言ってしまったかと……」

「気づくのが遅いわ」

「別に、不快になど思わないがな。ただ……グァヒーラの感性が知れるというのは、楽しいと思っただけだ。俺はお前たちの全てを作成したが、戦闘能力以外のことはあまり知らない。この世界に来て、実体を持ったのであれば、内面こそが重要だ。だから……気にするな」


 ニニギは屈み込み、ひれ伏すグァヒーラの頭をなでなでした。やはり、髪ではない。無数の触覚だ。素手で触れば痛いかもしれない。触覚にふれるというのは、虫族は嫌がるだろうかと思ったが、そうでもなかった。


「……ニニギ様」

「どうした?」


 グァヒーラが声を震わせる。ニニギの手の動きに合わせて、体が痙攣するかのように波打っている。触覚にふれられて、辛いのだろうか。


「ニニギ様のお子なら、一度に100人以上産んでご覧にいれます」


 虫である。それは可能かもしれない。だが、前提がおかしい。


「あなた! 何を言っているの!」

「サクヤ、クイーンだからといって、安泰だとは思わない方がいいわよ。他の2人だって狙っている。でも、私が1番たくさん産める! そもそもサクヤ、アンデッドに子供は産めないでしょうに」

「産めるわ! きっと……ですよね?」


 どうして自分を見るのだろう。ニニギは一瞬頭の中が空白になり、ああ、自分の子供の話かと、思い至り、何かが間違っている。いや、全てが間違っていると思った。


「ファルーカ、フォローしろ」

「申し訳ありません。我では、力不足でございます」


 戦場では絶対に言わないだろう言葉を放ち、事実上、見捨てられた。ニニギは大きく息を吸い、サクヤとグァヒーラに視線を向ける。


「お前たち自身が、俺にとっては子供も同然だ。自分の子供に、子供を作らせたいと思うほど、俺はふけこんではいないよ」


 まだ、孫を持つのは早い。実生活での子供もいないのだ。2人はどうとったのか、衝撃を受けたような顔をした。どうしてそんな顔をしているのかわからなかったニニギに、教えてくれたのはファルーカだった。


「ニニギ様の気にいる女をさらいましょう。やはり、人間がよろしいですか?」

「ま、待て。まだ……そうだな。お前たちではダメという意味ではなく……もう少し、待てという……」

「グァヒーラ、もし人間の女をファルーカがさらってきたら」

「わかっているわ。全て美味しく頂かせてもらいます」


 グァヒーラは人間を捕食する種族だったかと、ニニギは設定を思い出す。別なことを考えたのは、自分の子供を産みたいと言い出した2人のことを考えたくなかったためだ。


「この世界に人間がいるのかどうかすら、不明なのだ。まず行動の方針をはっきりさせるまで、控えよ」

「はっ」


 3人が声を揃えた。その中のサクヤが尋ねる。


「方針の中には、戦力増強のため、ニニギ様の血を残すことも含まれるべきかと具申いたします」

「わかった」

「ニニギ様の血を絶やさないためには、できるだけ強い母がよろしいかと」

「……そうだな」


 サクヤが何を言いたいかわかってきたが、否定するのは恐ろしい結果を生むような気がして、そのまま了承した。


「では、行こうか」


 ニニギが階段を上ろうとすると、サクヤが隣に並ぶ。ひざまずいたままの2人を振り返ると、サクヤの勝ち誇った顔と、グァヒーラの悔しそうな顔が対照的だった。


「2人はこの部屋の守備につけ。この城の主人、魔王殿がいずれ目覚めるだろう。暴れないように頼む」

「かしこまりました」

「ナイトとビショップが戻ったら、呼びに来てくれ。俺は上の階を見ている」


 指示を与えた瞬間、2人はさらに平伏した。なぜか非常に嬉しそうに見えたが、ニニギには理由がわからなかった。その理由が、主人から命令を与えられるという非常に単純なものだとニニギが理解するのは、もう少し先のことになる。


「ゆっくりでいいですからね」


 最後にサクヤがよくわからないことを言ってから、ニニギの後に従った。






 上階の様子は魔法でほぼ把握していたが、あえて直接足を運んだのは、この城を占拠するのであれば、自分の部屋となることが想像できたのと、外の様子を見たかったからである。

 王の部屋は豪華だった。魔王の部屋と聞けば、おどろおどろしく悪趣味か、意味もなく豪華かという想像が働くが、この魔王は部屋をデコレートする趣味はなかったらしく、まるで人間の王族が住むような品のよい部屋だった。

 柱にも壁にも意匠が凝らされ、魔物が作ったとは思えないほどの出来栄えだ。


「やはり、かつて住んでいた、知能の高い者たちがいたのか……あるいは、俺がこの世界に来てしまったように、城がゲーム世界から移動して、この世界にはまり込んでしまったのだろうか」

「どうかされましたか?」

「この部屋の調度品を見ると、魔物たちが作ったとは思えない。一体、誰が作ったものかと思ってな」


「そうですね。あの魔王が目覚めれば、わかるのでしょうか」

「そうだといいが……それが大切なことかどうかは、別にしてな」


 話をしながら、ニニギは王の住まいとして作られた部屋を見て回る。マンションなら超豪華マンションにちがいない。5LDKといったところだ。しかも、その一つ一つの作りがとても大きくて立派だ。

 ただし、清潔かというと、そうでもない。ベッドは何日も寝ていないかのように冷えていたし、埃があちこちに溜まっている。作りは豪華でも、まめに掃除をするという習慣は魔王にはなかったのだろう。


「この城にしばらく住むとなれば、やはりこの部屋は俺が住むことになるのか?」

「間違いなくそうなるかと思いますが」


 寝室の天蓋付きベッドに腰を下ろして口にすると、間髪入れずにサクヤが答える。


「しかし、1人では広いな」

「では、ご一緒いたしましょう」


 サクヤの顔がほころんでいた。花が咲くかのように、血の通わない肌が紅潮するはずがないのに、そう見えるほどだ。


「下の階に住居に適した部屋がなければ、全員で暮らせるぐらいの広さはあるな」

「全員で、ですか」


 なぜかしゅんとして下を向くサクヤの手を取り、ニニギは立ち上がる。


「それより、この部屋に先に来たのは、生活できるかどうかを確認するためじゃない。見たいものがある」

「なんでしょう」


 尋ねながら、サクヤはニニギの手をしっかりと握り返している。


「来い。外の光景だ」

「はい」


 ニニギも見たことがない。だが、この城が山の洞窟を利用して作り、現在の位置がかなりの標高だと知っている以上、どうしても期待してしまう。

 ニニギはサクヤの手をとり、寝室の出入り口の他に、取り付けられていたもう一つの扉に向かう。

 外につながっているはずの扉に手をかけ、ひき開ける。

 目の前の光景は、予想以上だった。


 ベランダになっており、眼下には、雄大な自然が広がっていた。

 豊かな自然が足元から見渡す限りの深い森を形成し、落ち窪んだ山間では谷となって川が流れている。

 木々は青く、空はさらに青い。透き通る空気が気持ちよく、空気の感触を伝える自分の完成されたナノアーティファクトの機能に満足しながら、ニニギは眼下を見渡した。


「絶景だな」

「ニニギ様がお手にするに、ふさわしい光景かと」


 隣に並ぶサクヤも、目を細めていた。死の世界を統べる存在であっても、やはり生に満ちた世界は美しく映るのだろう。


「そう思うか?」

「はい。ただ、この森が死の世界であっても、ふさわしくないということはないと存じます」


 違った。サクヤは生の世界を美しいと思っていたのではなく、世界の広大さに目を引かれ、ニニギのものとするのにふさわしいと言っていたらしい。

 ニニギはサクヤの腕をとった。

 鎧を着たままではあるが、十分に女らしい体を抱きしめる。サクヤがニニギの腕の中で歓喜に震えたのがわかる。


「この世界がなんなのか、俺たちに何が起きたのか。それを考えても仕方がないことだ。まずは、できることをしていこう」

「はい。では……まずは子作りでしょうか?」

「この世界を知ることだ」


 上気しても顔色に現れるはずのないアンデッドの頬を撫で、再びニニギは雄大な世界を見下ろした。

 山から平地に変わった先に、建造物群らしきものが見える。


「あれは……街か。人間がいるのか?」

「偵察を行いますか?」


 サクヤがふわりと浮き上がる。力系統の魔法もサクヤは習熟しており、重力を操って飛行することなどはたやすく行える。もちろん、ニニギも同様だ。


「わざわざ行くまでもない」


 ニニギは、光系統の魔法を発動させた。遠くにある建造物群が、まるで目の前にあるかのように映し出される。光の屈折を利用して、遠くを見る魔法である。


「流石はニニギ様」

「どうやら……人間の町らしいな」


 手もとに引き寄せた映像から、動いている影の詳細を拡大する。

 人間の町がそこにあり、生活を営んでいる姿が確認できた。

 ニニギが見ているのは、王の城がある王都のようである。

 人々はたくましく、引き締まった顔つきをしている。


 印象としては、ファンタジー系の映画で見る中世の街並みに近い。

 魔法が発動できることは、図らずもこの世界に着いた瞬間から実感していた。

 予想していたとおり、剣と魔法が支配する、異世界に来てしまったのだと確信する。


「王がいるようです。滅ぼしますか?」


 突然物騒なことを言い出すサクヤだが、すでに種族として頂点に立っている者からかすれば、あえて生かしておく理由もないのかもしれない。


「その判断は早計だな。魔王がこんなに山の中に引きこもっていたのは、人間たちははるかに強いのだということも有り得るだろう。まずは、やはり情報の収集だ」

「かしこまりました」


 サクヤが頭を下げた。ニニギは、このまま城に閉じこもってのんびり暮らすのも悪くないかもしれないと、思い始めていた。


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